第20日-4 対面
「ここ……か?」
さすがのミツルくんのナビゲート。幸運を使い果たしていた俺のビビり具合を見事に払拭するかのように、かなり安全ルートで件の三〇五号室に到着しました。
リュウライにドアの前を譲ると、彼は慎重にドアを開けた。
「……誰もいません」
ほう、と息を吐く。まだまだ女神様は俺たちを見捨てていないらしい。
「入るのか?」
尋ねると、リュウライは束の間考え込んだ。
「ミツル、この部屋の脱出口は、ここ以外にある?」
『窓と換気孔が一つ』
また難しい顔で考え込んだ。相当気になっているらしいが、そんなことしている間に時間はなくなっていく。
何をそんなに考え込んでいるのか――おそらく俺の事だろうな。窓から逃げるったってここは三階、ブーツのない俺が飛び下りるにはさすがに無茶な高さだ。かといって、換気孔は俺が入れない可能性もある。
だが、リュウライは違う。違うだろう。小柄だし、こういうことに慣れているんだから、一人で逃げる手段くらいあるはずだ。
なら、腹を括るのは俺の方だな。
「よし、じゃあ俺が見張りをやるから、リュウくんちゃっちゃと見てきて」
ぽん、とリュウライの肩を叩く。ふふん。伊達に作業着を着てきたわけじゃないんだな。万が一見つかったら、装置点検の業者のフリをしようと思っていたのです!
「……大丈夫ですか?」
誰か来たら合図を送るよ、と言ったら、不安そうに見上げてきた。可愛い奴め。
「こんくらいの危ない橋は渡らないとね」
それに、いざっていうときにはリュウライ一人のほうが動きやすいだろう。こういうことに慣れてるんだから。
「俺だって伊達に修羅場潜ってないのよ。自分の身を守るくらいの事はできるさ」
「……分かりました」
リュウライはようやく決心したようで、力強く頷いた。こうなると切り替えが早いもので、リュウライは素早く三〇五号室に入っていった。
扉の前にもたれかかり、目を閉じる。廊下は非常灯が付いている程度の暗さだ。むしろ閉じてたほうが聴覚が研ぎ澄まされるだろう。足音の気配に気を配りつつ、時折リュウライの様子も確認して、潜入してからの事を思い返した。
運び出された工場機械。
行方不明だったアロン・デルージョの滞在の痕跡。
〈クリスタレス〉も含めたオーパーツの存在。
二個目を考えるに、この施設がRT理論――時間歪曲の研究に携わっていると見て、まず間違いないだろう。目的、は不明だが……。悪巧みはいろいろ思い付くだろうからな。魅力ある研究ではあるだろう。
三個目もこれに関連しているんだろうな。RT理論はオーパーツありきの理論だし、RT理論の研究を行っていたマーティアス・ロッシが持っていたオーパーツが〈クリスタレス〉だった。
だけど……そもそも時間歪曲と〈クリスタレス〉の関係性はなんだ? 時間歪曲のオーパーツはオープライトを必要としないものなのか? となれば、効率よく動かすために〈クリスタレス〉を調べる必要は出てくるのかもしれないな。
それに、一個目。ここは工場だったという事実。運び出されていたとはいえ機械があったってことは、何かしらのものを作ってたってことだ。何を作ってたんだ? オーパーツの類似品を作る技術はまだない……はずだ。少なくともオーパーツ研究の最前線であるO研はまだそこまでの域に達していない。制御部品? それは有り得そうだ。
さすが、リュウライや局長が危ない橋を渡ることを決心しただけあって、ここに来ていろいろと出てきたな。あとはリュウライがこの部屋で何を拾ってくるかだな。それ次第で、今後の捜査の動き方が大きく変わってくる……。
……足音がする。
扉から背中を離し、振り向いてノックする。リュウライへの合図。それから足音の方に意識を向けた。左手側、薄暗闇の中で目を凝らすと人影が見える。これはこっそり逃げるのは難しいだろう。あちらも俺に気付いている可能性がある。
仕方がないな。俺はもう一度扉をノックした。今度は強く、だ。
「夜分にすみませーん。点検の者ですけどぉー」
間抜けな声が誰もいない廊下に反響する。これがまたいやに大きく聞こえて、あえて見つかることを覚悟した俺も、内心ではビクビクしてしまうのです。
「……なんだ、お前は」
非常灯だけの視界の悪い中だから姿ははっきりしないが、やってきたのは二人連れ。前にいるのは男だ。この暗い中で黒いスーツのようなものを着ていて、判りづらい。後ろにいるのは……女か? 白っぽい服――白衣を着ている。あとは良く判らん。だが、話しかけてきたのは、そちらの方だ。
「あ、お疲れさまでーす。えっと、火災報知機の点検の者なんですけど」
「点検? そんな話は聴いてないぞ。しかもこんな夜中に来るなんて」
非常識だ、と言わんばかり。うん、俺も苦しいなとは思っていたけどね。
「ええっ? そんなはずは……」
知らんふりして、演じ続ける。苦しい嘘なのは知っているが、堂々としていれば相手に揺さぶりをかけられる。実際、二人は戸惑ったようで、薄暗い廊下に沈黙が落ちた。
「ここはいい。他をあたってくれ」
「いやぁ、そんなわけには……」
どうにか会話を延ばして時間を稼ごうと、食い下がったそのとき。
――ふと、空気が止まった感じがした。
なんだ、と疑問が頭を霞めた次の瞬間、視界の端で三〇五の部屋の扉が開いていることに気が付いた。
最初から扉は解放されてましたよ、と言わんばかりに、ぽっかりと。
途端、全身から汗が吹き出すような焦りを覚えた。自分が演技をしていたことも忘れて、銃を取り出して、部屋の中へと向ける。
視界の端から人が一人――前に居た男の方が、姿を消している。開けられた扉と同じように、最初からいなかったかのように忽然と。
頭が急回転する。ここはRT理論に関する研究を行っている。オーパーツを所持している。リュウライは、瞬間移動する男に遭っている。俺は以前、この感覚を体験している。
――時間操作のオーパーツ。
それが使われたとしか、思えない。
――リュウライ。
名前を呼びそうになったのを、すんでで堪える。ここで迂闊に身元を明かしてどうする。仮にも俺らは潜入捜査の身。もし名前からO監のことが知られたら……。厄介な事になるのは間違いない。
頼むから逃げていてくれ。
そう願ったのも虚しく、部屋の中から戦いの音がする。
援護しなければ、と飛び出しかけて、こちらに銃が向けられていることに気が付いた。慎重な動作で、首を動かす。ここでようやく、男の後ろにいた女が誰なのか、ようやく見えた。
「スーザン・バルマ所長……」
思わず呻き声が漏れる。
「誰だ……? いや……あのときのO監の捜査官か」
あちらも俺を覚えているか。当然だよな、上層部に話をつけて、突然面会を申し入れてきたりするんだし。
「ずいぶんと強引なこともするようだな、監理局は」
ニヒルな台詞が女から漏れる。剣呑な目つき。如何にも冷酷な研究者だ。とうとう本性を現したか。
「あんたたちほどじゃないと思うけどな。……違法にオーパーツを所持した挙げ句、ガキどもを実験台にするなんて」
「……そこまで調べが付いているのか。侮れないな。何処から漏れた?」
「何処からって……カミロさんがいろいろと怪しいことしてくれたものだからさぁ」
「……あいつの所為か。ふん、役に立たないばかりか、間抜けな奴」
ふぅん、やっぱり関係者か。
オーラス精密の営業に、オーラス精密所属の研究所の所長がこの件に関わっている。そんでもって、一企業や施設を買収するだけの財力。これは、オーラス精密が関わっているのは確実だな。
「まさか、オーラスさんが関わっているとはね……。なんだってこんなことを」
やれやれ、と呆れ半分で漏らしたら。
「シャルトルトの遺物を、シャルトルトの人間が利用して何が悪い」
如何にも不遜といった態度で、バルマは腕を組んで失笑した。
「なんだと?」
「国の狗が。普段はこんな端っこの島のことを気にもかけない癖に、こういうときばかり……都合が良いにもほどがある」
これには少しばかりカチンときた。俺だってこの島の住人だ、分からなくもない。オーパーツとやらのために、本国がこの島に介入してきたときは、俺も幼心に呆れたものだ。
だが、駄目なものは駄目だし、危ないものは危ない。それに、本国の対応に不満があるからって、子どもたちを実験台にしていいわけじゃない。
問題を履き違えるな、このアマ。
だが、忌々しそうに俺を見るこの女には、そんな言葉は通じない。
「これ以上余計な邪魔をさせるわけにはいかない。ピート! 全員始末しろ!」
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