One week later(後)
並べられた料理に舌鼓を打つ。今日はアーシュラが気合を入れて時間をかけて作っただけに、最高の出来だった。リュウライもこころなしか満足そうだ。
アスタたちが居なくなって寂しがっていたアーシュラも、俺と同じくロッシのことでリュウライを心配していたキアーラも、楽しそうにしている。
メインディッシュが終わり、双子たちは食べ物が綺麗になくなった皿を下げた。デザートの前に皿を片付けたいから、と二人揃って台所に立っている。
「それにしても」
俺のグラスに炭酸ジュースを注いでくれながら、リュウライはこっそりと口を開いた。ちらりと流しに立つ双子たちに目を向ける。
「よく許してもらえましたね」
何のことを指しているのかは、すぐに分かった。
一週間前。事件が片付いたその日。俺たちは、マーティアスのオーパーツを壊したことを局長に叱られたわけだが……実はその後、アーシュラとキアーラの二人にもこっぴどく怒られていたのでした。それもリュウライと、二人揃って。
なんてったってまあ、物凄い貴重なオーパーツ。七年半前に、O研が特別チームを編成してまで解析に取り組んでいた代物だ。下手をすれば、オーパーツの由来を知ることができたかもしれない貴重な資料を、完膚なきまでに破壊したのだから、怒られるだろうなーとは思っていましたよ。事後だけど。
でも、まさか、家に立ち入り禁止になるとまでは予想していなかった。
「いや、ホント、あのときは参ったよ……。本当に玄関開けてくれないし、インターホン鳴らしても返事もしてくれなくてさ。立ち入り禁止ったって、いつまでとかそういうのもないし」
まさかこれから先永遠にってことはないだろうとは思ったけれど、いつ終わるか分からない状況に、俺は許しを請うこともできず、ただハラハラするしかなかった。局で捕まえようかとも思ったが、ずっと外にいてその機会もなかったし。この一週間一人寝が寂しくて寂しくて仕方がなかった。
「だけど、一昨日ようやく電話があってさ」
用件はアスタたちの見送りの件だったが。遠回しに許してもらえたことも察して、ようやく落ち着いたっていうわけだ。
「それは……大変でしたね」
珍しく同情した様子でリュウライは言う。こいつは二人の――特にキアーラの怒りぶりに相当ビビっていたからな。
「まあ、アーシュラたちが怒るのも解るんだけどな」
なんていったって、RT理論を証明するかもしれないオーパーツだ。これが解明できれば世の中はきっと変わる。時間旅行も本気で夢じゃなくなるかも。その可能性をボコボコに叩き潰したっていうんだから、研究者たちの嘆きはかなりのものだろう。もしかすると、俺は今O研の研究者たち全員から恨みを買っているのかも。……どうしよう、夜道で背後に気をつけたりした方がいいのかな。
「でも僕は、あれで良かったと思います」
ポツリ、とリュウライは溢す。確かにあのとき、止めてこないな、とは思ったけれど、こいつもそう思っていたのか。
リュウライはしばらくお茶入りのコップを手で弄ぶ。
「今日、マーティアスに会ってきました」
びくり、と内心で心臓が跳ねる。ミツルに聞いて知っていたが、そこは言わずに黙って話を促した。
「彼女はまだ、アヤ・クルトの救出を諦めきれていないようでした。七年以上の間、それだけを目的に生きてきたのだから当然だとは思います。もしあのオーパーツが残っていたら、彼女はきっとどんな手段を使ってでも、過去へ戻る手段を試していたことでしょう」
ロッシは一度自分を死んだと見せかけて、病院から脱した過去がある。それを考えると、今回の逮捕は彼女の足枷にこそなりはするだろうが、諦めさせる要因にはなりはしないことは容易に想像できる。
「でも、あのオーパーツが壊れたことで、彼女は目的を失いました。ようやく現実を直視できるようになったんです。それはすごく意味のあることだと、僕は思います。オーパーツが何処から来たものであれ、どういうものであれ、僕たちが生きていく世界は此処です。僕は……彼女をこの世界に繋ぎ止めることができて、本当に良かった」
「そっか……そうだな」
あのときの俺は、ただ『こんなものはいらない』という想いだけで破壊活動を行った。時間を操作しようだなんてそんなことを思う奴が今後また出てきたら困る、とただそれだけの想いでやったつもりだったが……深いところでは、リュウライの言うとおり、世界を変えたくないという気持ちがあったのかもしれない。
俺は、今この場所で広がっている世界以外の場所で生きたくない。
いつかの後悔をやり直せるかもしれなくても、リュウライと、アーシュラとキアーラと知り合わない世界で過ごしたいと思わない。
そして、彼らにもそんな風に思って欲しくないから、可能性を潰そうとした。
とんだ我が儘だ。でも、罪悪感などまるでない。それで良いのだ、と確信を持って言うことができる。
「これでようやくリュウくんの初恋にも決着がついたというわけだ。良かった良かった」
少なくともその功績はこうしてここにあるわけだし、な。炭酸ジュースに口づけて、パチパチと弾ける感触を楽しむ。
「なに言ってるんですか。酔ってるんですか? シードル一杯で」
リュウライが不貞腐れた顔をするけれど、そういうところがまた怪しいんだよなぁ。いや、さっきから頭がちょっとくらくらするけどさぁ。
「違うの?」
「違いますよ。彼女はただの一お客様です」
「ホントかなぁ」
意固地になっているのが面白くて、つい突いてしまう。
「じゃあ、リュウくんの初恋はいつなのか、教えてもらおうか」
「ありません」
「嘘だぁ。二十年近く生きて、ただの一度も? 健全な青少年が? そんなわけないでしょ」
「じゃあ、自分はどうなんですか?」
はぐらかすために質問で返すリュウくん。彼女の家だっつーのに、答えにくいこと聞くなぁ、もう。意地悪なんだろうけど。
「そりゃあアーシュラに出会うまで、過去に二人か三人女の子と付き合っていたことはありますけれども」
「別れたんですね」
「鬱陶しい、うるさすぎ、ノリについていけないって……古傷を
悲しくなって机をバンバン叩いていると、うるさい、とデザートの皿を持ってきたキアーラから一喝された。
「机まで壊したら放り出すわよ」
「壊しませんって!」
机
「はい、紅茶のシフォンケーキ。ホイップクリーム好きなだけかけて召し上がれ」
並べられたケーキの皿に、テーブル周辺が沸き立った。普段感激などしないリュウライも、なんとなく浮かれている様子を見せている。
少しだけ寂しくなったけれど、こういう時間が過ごせることが、今日はやけに嬉しくて仕方がない。
今回の事件、無事に終わって良かったな、と改めて心から思うのでした。
携帯電話の着信音で目を覚ます。
アスタが使っていたソファーをごろんと落ちると、掛かっていた毛布も布団も落ちてしまって冷気に身を震わせた。本当に空気が冷たい。冷蔵庫の中にいるようだ。
ローテーブルの上にあった携帯電話を手に取ると、リュウライからの着信だ。
『グラハムさん? おはようございます』
「おはよー、リュウくん。どうしたの? 忘れ物?」
はっきりしない頭で時計を見て、まだ朝の五時半だと知る。今日はアーシュラの家から出勤予定なので、自宅に帰る必要もなく、起きるにはまだだいぶ早い時間なんだが……。
『いえ。先程局長から連絡がありまして』
あまりの嫌な予感に、寝ぼけ頭にかかった霧がぱっと晴れる。
『アーキンの貨物列車の荷物の中に、オーパーツが混じっていたそうです。それがなんと……〈クリスタレス〉だったそうで』
「……え?」
『しかもその車両、オーラス財団の所有のものだったそうです。それで、至急調査してこい、と局長が』
「今から?」
『はい。六時に局の前まで迎えに行きます。いま、イーネスさんの家ですよね? すぐに準備して、待っていてください』
電話は、俺の返事を待つこともなく、ブチッと切れた。話中音が、夜明け前の薄闇の中で鳴り響く。ため息を吐きながらスイッチを切ると、携帯電話をローテーブルに放り出し、ソファーの上に座ったまま両手で顔をなんども擦る。
「あーもうっ! しゃーねーなぁ!」
パシン、と膝を叩いて立ち上がると、洗面台へと急ぐ。鏡の前、手櫛で簡単に髪を纏めて、冷水で顔を洗うと、完全に目が覚めた。それからリビングに戻って書き置きをし、お気に入りのジャケットを羽織って、音を立てぬよう外に出る。
セキュリティを潜り抜けて外に出ると、薄明かりの中で雪が舞っていた。道理で寒いわけだ。すでに薄く積もった雪に足を滑らせないよう気をつけながら、急ぎ足で局に向かう。
夜勤の人間だけの、人気の少ない局内を駆け抜け、いつもの装備を身に着ける。それから通った道を戻って外へ。
リュウライは、すでにバイクに乗って玄関前に居た。
「早いね、リュウくん」
「グラハムさんこそ」
放り投げられたヘルメットをキャッチして、いそいそとそれを被り、リュウライの後ろへと乗った。
「朝ごはん、まだ食べていないのよ。さっさと調べて、食べに行こーぜ」
アーキンに美味しい食堂があるのだ、と言ったら、リュウライの呆れた溜め息が聴こえた。
「それじゃあ、行きますよ」
リュウライのバイクが唸り声を上げて、まだ車通りの少ないセントラルの道路を走り出す。信号を右に回り、北へ。雪の降りしきる街を危なげなく走り抜けながら、俺はリュウライの説明に耳を傾ける。
創建した王を失くした島、シャルトルト。
―end―
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~Side G:触れたい未知と狂った運命~ 森陰五十鈴 @morisuzu
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