第33日-2 超越
それは二日前、リュウライが戻ってきたときの話だ。
「イアン・エバンズが、工場でオーラスに接触した?」
それは、オーラスがリュウライの潜入していた工場に視察に来ていた話だという。
前々から、光学研のイアン・エバンズ(ガサ入れのときに資料をぶちまけたあの気弱そうな男)がスーザン・バルマとの連絡役だと睨んでいたリュウライは、視察の日にエバンズが居たのを見て、こっそりと後を追ったらしい。リュウライが工場の東へ行った経緯はこれだな。
そして、そこでリュウライは、オーラスとエバンズが時間差で同じトイレから出てくるのを見た。そこで接触したと睨んだのだ。
「なんのために」
「わかりませんが……普通に考えて、何か受け渡ししたものと思われます」
受け渡しのものは、金や物といった実物だけでなく、情報といった形のないものも含まれる。そのうちのどれかというのがここでは重要だが、リュウライは流石にトイレの中にまで入ることができなかったから、何なのかはわからないそうだ。
「入る前と出た後、何か違いはなかったのか?」
「……わかりません。持ち物に変化はありませんでしたし……。
ただ、健脚のオーラスに杖は必要ない気はしましたが」
オーラスの爺さんの健康ぶりは、たまにテレビで映っていたので俺も知っていた。とても杖なんか必要なさそうな爺さん。
そんな人物がなぜ杖を持ち歩いているのか。
辿り着いた俺たちの回答は一つだ。
気を付けていたはずなのに、遅かった。
気付いたときには、オーラスは目の前から消えていて、俺の背後に立っていた。
後頭部に硬いものが押し付けられている。銃だと気付いた俺は、そのまま身を硬直させた。
「おお、これはなかなか愉快だな」
悦に浸った笑い声が、手を伸ばして固まったままの俺の耳を付く。
「俺のような老いぼれでも、若造の背後を易々と取れる」
「その代わり、身体ん中に毒が溜まるって話だぜ」
ゆっくりと手を下ろし、腰に手を回して武器を取ろうとして――気付かれたか。後頭部の痛みが増す。野郎、銃口をさらに押し付けやがった。
「この年齢の者にそんな脅しは効かんよ。既に痛みの一つや二つ抱えている。それに、時間を超えれば、さしたる問題でもないわ!」
「グラハムさん!」
リュウライの叫び声が聞こえたのと同時に、もう一度右側頭部に痛みが走った。野郎、杖で殴りやがった。衝撃そのまま、左側に倒れ込む。
痛い頭を押さえながら、相手に背を向けた状態だったが、なんとか身を起こした。
「本気で……本気で時間を超えるなんて考えていやがんのか!? 過去を書き換えるなんて、そんなこと」
「目の前に我慢ならない事実が転がり落ちている。それを排除しようとして何が悪い」
「無関係な人間を巻き込んで不幸にしているだけで十分あくどいぜ!」
身体を反転し、地面に座り込んだまま、オーラスに向かって銃を突きつける。オーラスは慌てた様子もなく、冷めた目で俺を見下ろし、銃を突き付けた。
「その事実も、間もなく消える」
「マーティアス・ロッシの時間超越理論は、自分を過去に飛ばすことだ。あんた自身が若返って、もう一度過去をやり直せるわけじゃない」
「だが、過去の俺に別の未来を渡すことはできる」
「現在の自分は消えるぜ」
「目的が達成されるのであれば、構わん」
自分がどうなろうと構わないと思っているわけだ。そりゃあ、形振り構わず悪事に手を染めるわけだ。
「親殺しのパラドックスって知ってるか?」
あんたのすることに意味はない。そう言ってみるけれど。
「だったら、何故お前は俺を追う?」
オーラスは踏み留まらない。むしろ言葉に詰まったのは俺のほうだった。何故? そりゃ、パラドックスやらに賭ける自信がないからだ。俺は、現在のこの日々が愛おしい。自分で認識できなかったとしても、この日常を失いたくない。
愛しい彼女と、その妹。可愛い後輩と、頼もしい仲間。たまたま出会ったアスタたちだって心配になるし、オーパーツなんてとんでもないものに毒されていても、この爺が作ったんだとしても、この街が大好きだ。
だから、一片たりとも失くしたくない。
それが俺の答えだ。
「……何故です?」
脇から声が上がる。俺に銃を向けられている所為でちっとも動けない捜査員たち。同じ歯がゆさを味わっていたリュウライが、ふと我を忘れたようにオーラスに詰め寄った。
「そんなに……
「リュウくん……?」
オーラスを囲む際カモフラージュのために灰色のツナギに身を包んでいるリュウライだが、なんか少しいつもと様子が違う。恰好の問題でなく、ちょっとだけ冷静さを欠いているような?
変だと思っている目の前で、オーラスが銃の存在をアピールするように手を振る。リュウライはそれで歩みは止めた。だが、視線はオーラスに固定したまま、ある種の懇願の色を宿している。
「現在の自分を捨ててまで、過去にいったい何を求めるんですか。多くの人を巻き込んで、中にはその〝現在〟が大切な人もいるのに」
「悔やんでも悔やみきれない過去を持ったことがない小僧には解らんよ」
リュウライの台詞を切り捨てるのを見て、俺もまた一瞬失った戦意を取り戻した。
「解りたかないね、そんなの!」
声を張り上げる。オーラスの気を引くのと同時に、リュウライに活を入れた。リュウライが何を気にしているか解った。その上で、あいつに言い聞かせるように続ける。
「いらねぇよ。過去には戻れない。それが普通だ」
リュウライの表情が元に戻る。それでこそリュウくんだ。
「あんたに過去をやり直しされちゃ、俺は可愛い彼女を失っちまう。だから断固阻止させてもらう」
リュウライが地面を蹴る。その手には、紅閃棍があった。あれで老人を殴りかかるのかと思うとあれだが、目的はたぶん杖。あれがオーパーツだ。
エバンズとバルマの絡みから、オーラスの不似合いな杖はオーパーツなのではないか、と俺たち推測をつけた。例えばトイレに行っている間にエバンズが杖にオーパーツを取り付けるなりしたんじゃないかと。
まさかと思ったが、その推測はあたっていたわけだ。
しかもリュウライが反応したことを考えると、それは〈クリスタレス〉。リュウライはアーシュラお手製の〈クリスタレス〉レーダーを持っているから。
棍を振り下ろした軌道上に、オーラスの姿はなかった。奴は、リュウライの攻撃を受けることよりも、時間を停止させて躱すことを選んだようだ。そうして振りかぶられた杖。回避が間に合わなかったリュウライの身体が飛ぶ。続く、銃声。幸いリュウライに怪我はなかった。
「銃を捨てろ!」
茂みから、物陰から、次々と出てきた捜査員たちがオーラスに銃を向ける。ひやり、と冷たいものが俺の背を流れ落ちた。
「やめろ、撃つな!」
制止も間に合わず発砲音。幸か不幸か、銃弾は石畳を打った。
すかさず叫ぶ。
「下手すりゃ同士討ちだ! みんなはそのまま待機!」
その一方で、俺のほうはオーパーツの準備だ。リュウライが上手く立ち回って、他人の居ない方へ俺の射線を誘導してくれる。狙うは――杖。
「老人を敬わんか、若造どもめ!」
「だったらお手本示すんだな!」
電気弾を発砲するが、被弾する前に、オーラスは手元の杖を操作した。
また消えるか、と思ったが。
オーラスは変わらずそこに居たままで、紫電の球だけが空間の途中で消えて、予想もつかない方向からリュウライに向けて飛んできた。
「なっ!?」
驚きつつも、さすがリュウライは冷静に躱す。
「カミロのと同じやつか!?」
弾道が変化することから、一瞬先日のカミロ戦を思い浮かべた。あれと同じものか。しかし、カミロのオーパーツは水鏡による光の発射。オーラスの今のは、よくわからないが反射じゃない。
隙を見てカートリッジを変え、水弾を連射する。弾種を見極められなかったオーラスは、また同じことをした。撃った弾が、途中で別の位置にワープしてリュウライに襲いかかっている。
「どうなってんだ!?」
ワープっていうのは解った。だが、原理が理解できないから対策もできない。銃を向けつつ、取るべき手に迷って歯噛みする。
「これが、オーパーツだ!」
オーラスは哄笑する。
「同じ機能を持つものでも、少し弄ればこうも多彩なことができる。使い道はいくらでもある。それなのにお前たちと来たら、危険だから、の一点張り……実に愚かしい!」
――さあ、どちらがオーパーツを扱うに相応しいか、見てみるといい!
すっかり粋がったオーラスは、そう叫ぶと、また杖のスイッチを押した。
オーラスの姿が消える。
今度は時間停止か。そう判断した俺たちは、周囲の気配を探ったが、オーラスはどこにも見当たらなかった。
「…………うん?」
逃げたのか。だが、キアーラによれば、時間を停止させられるのは、使用者の体感でせいぜい数秒ほどのもの。改良で多少延びたとしたって、ここから姿を消せるほどの時間は無理なはず。
それに、「見せつける」とか言っていた奴が、ここで逃げ出すか?
「……出てこないな」
「そうですね……」
それから十分後、リュウライが局長に連絡を取り、撤収を言い渡されるまで、俺たちはずっとオーラスが出てくるのを待っていたが。奴はいつまでも出てこなかった。
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