1-8、鼠の一撃
圧倒的な力を見せる
「この化け物がァ!」
四足状態のまま口の中の肉を咀嚼する
強烈な打撃をもろに受け、
「こんちくしょう! もうどうにでもなりやがれ!」
ひるんだ隙に、ゴートンが大斧を振り回して重い斬撃を怪物の腕に叩き込む。毛皮を切り裂き赤黒い血が滲む。矢でさえ完全に貫くことができなかった厚い毛皮の上から斬撃を通したのは、さすがの膂力だ。
『ウルルルッ!』
立ち上がった
「ま、またかよ……!」
つい最近投げ飛ばされた記憶が蘇ったのか、ゴートンは苦しげな声で呻いた。立ち上がろうとするが、うまく呼吸ができずにもがいている。あれではしばらく戦線に戻るのは難しいだろう。
次に
嵐のような攻撃は止まない。
「まだまだっ!」
レンは額から流れる血を拭い、荒い息で
誰も彼女に加勢をしようとしない。
冒険者たちは目の前で繰り広げられる凄惨で一方的な戦いを、ただ青い顔で見ているだけだった。
なんでだ? なんで誰もレンを助けようとしないんだ?
このままでは、彼女は確実に死ぬ。今はなんとか攻撃を防げているが、時間の問題だ。すぐに
誰か、誰か動いてくれ——そう願いながら周囲を見るが、誰も足を踏み出そうとする者はいない。みんな気づいたのだ、
おれだってそうだ。
おれだって、クソ情けない奴らの一員だ。震えて突っ立っているだけの臆病者だ。
だけど、おれにできることなんか何一つない。怪物に近づくこともできないんだ。鼠が狼に敵う道理なんて、この世のどこを探してもありはしない。
「何が英雄になるだ……! なんもできやしないくせに!」
そう呟いた時、脳裏にとある少女の声がよぎった。
『ラッドくんだけができることは、たくさんあります』
昨晩、一緒に夜食を食べた時にイリスから告げられた言葉だ。何をやっても中途半端な自分を卑下したおれに、彼女は真面目な顔でサンドイッチを頬張りながら言った。
なんでだ? なんでこんな時にあいつの言葉を思い出すんだ?
『確かに君は少しだけ人より臆病かもしれない。だけど、それだけ君が踏み出す一歩に価値はあるんだ』
続いて聞こえてきたのは、今まさに目の前で戦っているレンの声だった。
レンは戦場に出ることに尻込みしていたおれを勇気付けてくれた。彼女にはなんの徳もないはずなのに。
なんでだ? なんでおれはこんなにもたくさんの言葉をもらって、ただ震えているだけなんだ?
もしもこの一歩に価値があるのなら、願わくば誰かを助けるために使いたい。目の前で追い詰められている誰かを。
自分の心を改めるように、おれは一つ大きく深呼吸した。
考えろよ、おれ。何かができるはずだろう。ビビリで、弱くて、満足に剣も振るえない落ちこぼれのおれだけができる何かが!
「きゃあ!」
レンの悲鳴が聞こえた。
顔を上げると、
「このっ……放せっ! 放せぇぇぇぇぇ!!」
レンはもがくが
レンの声が聞こえた瞬間、おれは一歩を踏み出していた。
恐怖が消えたわけじゃない。心はずっと震えたままだ。だけど体は動いてしまった。踏み出してしまった。
どうせ
おれが踏み出せるのはこの左足の一歩だけだ。踏み出した勢いのまま上半身を捻り、全ての力を込めて——剣を投げる。
何かを投げるのは昔から得意だった。石も、木の枝も、リンゴも、金槌も。剣を投げるのは初めてだが、きっとできる。そんな根拠のない確信だけはある。
剣は地面と水平に回転しながら宙を飛ぶ。
『ウルルルァアアアアア!!!!』
見たか
見たか
「見たか、一撃!」
体の内側から込み上げる恐怖と興奮に、おれは半分泣きながら叫んでいた。
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