1-6、槍使いレンは戦場を舞う
冒険者たちが小走りに森の境目を目指す流れとは逆方向に、家財道具を背負った住民や子供の手を引く家族たちが青ざめた顔で避難している。
両者は対称的だ。冒険者は降って湧いた儲け話に意気揚々としている顔が多いのに比べ、住民たちはこの世の終わりが訪れたかのような絶望の表情を浮かべている。きっとおれはその中間の顔をしているだろう。高揚する心と、悲嘆の心。相反する二つの心がぐねぐねと螺旋を描いてやがる。
「ほら、ラッド。もうすぐだよっ」
先行するレンが顔を前方に向けたまま、緊張を滲ませた声で言った。
レンはすでに相棒の槍を手に持っている。彼女の槍は一般的なものよりも短く、取り回しがしやすい形状になっている。元々は故郷で棍術を習得していたらしいのだが、その技を槍に転用したという。
街と森の間には斜面の草地が広がっており、そこが戦場になっていた。
黒の毛皮に包まれた
草地を見渡す丘の上では、数人の
すでに戦闘は至る所で展開されている。白目を向いた
「おぉらよっと!」
叫び声と共に大斧を振り回し、一匹の
ゴートンだ。
鎧などの防具を減らし機動性を高めた斧戦士のゴートンは、体格からは想像できない身軽さで
怪物の巨体がどう、と草地に倒れる。ゴートンの自慢げな高笑いが戦場に響いた。
「こりゃあたしも負けてらんないね! ラッド、ここからは別行動だ。武運を祈るよ!」
「あ、あぁ! レンも気をつけて!」
言うが早いが、レンは地面を蹴って一番近くにいた
レンが穂先で突きを放つのは、確実にとどめが刺せると確信した時だけだ。それまで彼女の槍は、変幻自在に敵を打ち付ける打撃武器と化す。
頭部に打撃をくらい足腰がおぼつかない
その一片の無駄のない流れるような動作は、まるで美しい舞を見ているかのようだ。おれは自分が戦場にいることを忘れて、彼女の戦いに見入っていた。
レンが槍を引き抜くと、その動きに合わせて
「どうしたの、ラッド。さてはあたしに見とれたのか?」
少女は悪戯そうな笑みを浮かべながら言う。
「み、見とれてなんかないさ! 相変わらず華麗な戦い方だとは思ったが!」
「へへへー。そっか、ありがとう」
言ってから、見とれていたのを自分で認めたようだったと気がつき恥ずかしくなった。
レンはおれの憧れだ。
我流で剣を振り回していただけのおれと違い、鍛錬を積んだレンの槍さばきは洗練されている。彼女のように戦えたらどれだけ素晴らしいかと何度思っただろうか。
おれはすぐに後ろ向きな考えをしてしまうが、レンはいつでも明るく前向きだ。誰とでも分け隔てなく接する心の広さも持ち合わせている。褐色の宝石のような美しい容姿と合わせて、まさに完璧と言う言葉がふさわしい。
「……別行動なんだろう。おれに構わず、レンは自分の戦いを続けてくれ」
わざと距離を取るような言い方になってしまったのは、彼女と話していると自分がどんどん惨めに思えてくるからだ。
我ながらなんと器の小さい人間かと情けなくなる。
「……りょーかいだよ。ラッドも頑張ってね!」
レンが笑って手を振り、再び戦場へと戻って行った。その顔に一瞬だけ悲しげな表情が浮かんだように見えたのは、おれの気のせいだろうか。
そうだ、おれも戦わなくては。一匹でも
誰がどれだけ怪物を討伐したかは、丘の上から戦況を見る
だから、自分自身で戦うしかないのだ。
左腰に下げた鞘から、震える手で剣を引き抜く。
長くもなければ、短くもない。強いて言うならば、扱いやすさが特徴の初心者向けの剣だ。
まだ駆け出しだった頃に、なけなしのマグヌ銀貨四枚で購入した。銘もない安物だが、手入れは欠かしていない。しっかり当てれば
戦場を見渡せば、続々と増援が到着する冒険者側が怪物たちを押しているようだった。戦線はジリジリと森に迫っている。ならばこの流れに全力で乗ろう。せこい考えだが、今のおれではそうすることしかできない。
集中しろ。気合を入れろ。
決めたんだろ——おれは変わるって!
「おぉおおおお!!!!」
おれは叫声と共に足を踏み出す。他の冒険者たちの後に続き、草地を駆けた。
狙いはたった今森の中から出て来た
怪物の姿が近づくにつれ、足が鉛を流されたかのように重くなる。体が恐怖を感じているからだ。動け、動けと心の中で唱え続けて自分を鼓舞する。一瞬でも気を抜けばすぐに足が止まってしまう。
あと少しで剣が届く——そう確信した時、
鈍い輝きを放つ、獰猛な獣の目だ。
瞬間、体が硬直する。息が苦しくなり、頭が真っ白になる。
くそっ、まただ。またこの感覚だ。恐怖で身がすくむ。体がこの先に進むことを拒否している。
なんでだ! なんで、おれはこんなにも駄目なやつなんだ。
目の端から涙が滲む。恐いからではない。情けないからだ。敵を前にしても動くことができない自分が、情けなくてしょうがないからだ。
「へっ、ボサッとしてんなら俺が行かせてもらうぜ!」
足を止めたおれの横を、長剣を手に持った男が颯爽と通り過ぎていく。男はおれが狙いをつけていた
男は怪物の市街から長剣を引き抜くと、虫を見るかのような目をおれに向ける。
「戦えもしないビビリ野郎は戦場に出てくんじゃねぇよ。ま、おかげで俺は報酬を稼がせてもらったがな」
おれは何も言い返せなかった。男の言っていることは全て正しい。おれはビビリ野郎で、そんな奴は戦場に出る資格などないのだ。
男は周囲を見渡して、近くに獲物がいないことを知ると森の方へ足を向けた。
「お、おい、あんた……森の中には入っちゃいけないって言われていなかったか」
おれはレンを通して聞いた冒険者
「ハッ! 何言ってんだ、ビビリ野郎。こっちは危険な場所にわざわざ出向いて怪物の数を減らそうってんだから、むしろ感謝してほしいくらいだぜ。じゃあな。お前は一生そこで震えていろよ!」
男はおれの言葉なんて気にもせず、手をひらひらと振って森の中へ入っていった。さらなる報酬を求めての行動だろう。今回の緊急
だが、なぜだろう。
目の前の
その時、低い獣の唸り声が森の奥から聞こえてきた。昨晩、おれが宿の部屋で聞いたのと同じ声だ。
通常の
唸り声が終わると、木々の間から大きな物体が飛んできた。おれの目の前に落ちて地面を転がったそれは、さっき森の中に突入していった長剣使いの男の成れの果てだった。全身の骨という骨がへし折られ、人間の形を成していない。まるで大きな手で握りつぶされたかのようだ。
「ひぃ!」
おれは無残な死体を前に腰が抜け、地面に尻を着いた状態で後ろに下がった。
森の奥に広がる闇の向こうから、地響きとともに巨大な影がゆっくりと近づいてくる。
木々の頂点に近い葉を揺らして現れたのは、銀色の毛に包まれた巨躯を揺らす異常な
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