3-10、制圧
何を言っているんだ……?
クローディアは、一体何を言っているんだ……?
黄昏の魔女? イリアステラ? 邪教? 火刑場? 百人以上の人間を惨殺? 何一つわからない!
「待ってくれ、クローディアさん! きっとそれは何かの間違いだ。こいつはイリスと言って、普通の冒険者だ。食べることが大好きで、普段はあまり表情が変わらないけど、おいしいものを食べた時の笑顔が可愛いんだ。それで、それで……」
おれはイリスを背中で庇いながら、思いつく限りの言葉を並べる。
だが、これは時間を引き延ばしているだけだ。声が震えてしまっているのが自分でもわかる。おれはただ、真実を知ってしまう時を少しでも先延ばしにしようとしているだけなのだ。
「わかった、わかった。君はその魔女にかなり肩入れしてしまったようだね。ならば君が納得できるように説明してあげよう」
クローディアはおれの言葉を手で制すると、呆れたようにため息をついた。
「その前に私の自己紹介をしよう。『薄明騎士団』には団に所属する者とは別に、冒険者や行商人に身を扮して旅をしながら異端を狩る者もいる。もちろん、その存在は秘匿されているがね。私もその一人というわけだ」
イリスに突きつけていた切っ先を外し、クローディアは剣を眼前にかざす。
「改めて名乗ろうか。私は
それはおれが知っている高潔な冒険者であるクローディアからは想像もできない肩書きだった。
「その魔女は、かつて存在した邪教徒の集団『黄昏ノ教団』で崇められていた巫女だ。世界が混沌の夜に包まれた時、巫女イリアステラが新たなる神として目覚めて人々を救うという馬鹿げた教えだ。これは秩序の神への冒涜に他ならない」
そうだ。確か、数年前から世間で噂されるようになった言葉「黄昏の
しかもイリスがその教団の巫女だって? そんなのすぐには信じられるはずがない。
「まぁ、困窮した夫婦が金集めのため、自分の娘を巫女として担ぎ上げて作った教団だ。ただ利用されただけのそいつには、多少の同情の余地がないわけでもない。その後犯した罪こそなければな」
クローディアの声が冷たい口調に変わった。
「異端とみなされた教団は騎士団によって解体され、巫女であったイリアステラは火刑に処された。だが、そいつは磔にされて火に炙られていた状況から脱出し、処刑人の鎌を奪ってその場にいた百人余りを惨殺したのだ」
「そん……な……!」
おれはクローディアから告げられた言葉に、声を失った。
イリスが、百人以上の人間を殺しただって? 確かにこいつからは淡々と怪物にとどめを刺す無情さを感じることはあったが、人を殺すようなやつではない。
だっておれは知っている。イリスは不器用だけど優しい女の子なんだって!
「なぁ、イリス。嘘だろ……? お前がそんなこと、するはずがない、よな……?」
おれは振り返って尋ねるが、イリスは目を合わせようとせず、俯いて沈黙するだけだった。
クローディアは冷酷に話を続ける。
「長らく、その話は信じられてこなかった。縄で縛られ、炎で焼かれた、普通の少女がそれほどの惨劇を引き起こすなど馬鹿げた話だとな。だが、一つの仮説が浮かび上がると、急に現実味を帯びてきた。少女が悪魔と契約を交わし、その力を振るったのだと言う仮説がな」
イリスが悪魔憑きだと言うことがバレている……?
一体どこから漏れてしまったんだ。イリスがおれの他にも自分が悪魔憑きであることを話してしまっていたのか?
だが、クローディアが話しているのはあくまでも仮説だ。確信には至っていないはずだ。
「ラッド! イリスちゃん!」
その時、後ろを走ってきていたレンが騎士たちをかき分けおれたちに近づいてきた。おれと会話をする人物を見て、驚きで息を呑む。
「嘘。どうしてクローディアさんがここに……?」
レンに気づいたクローディアが、口の端を歪めて笑みの形を作った。
「やぁ、レン。任務ご苦労だったね。よく死神少女を見張ってくれていた」
おれはレンに視線を送る。まさか、彼女がイリスのことをクローディアに知らせていたのか。だが、それにしては取り乱す彼女の様子は、予想外の出来事が起きたような反応だ。
「見張るって一体どう言うことですかっ!? 確かにあたしはイリスちゃんに近づいて行動を共にするようにとは言われました。だけどそれは、
レンが叫び、クローディアを問いただす。クローディアは表情を変えなかった。ただ淡々と返答する。
「君は近くにいてもらうだけでよかったのだ。君に餞別で渡した水晶があるだろう? あれは最近増えてきた悪魔や悪魔憑きを感知するために作った騎士団の研究成果だ。まだ数は少ないが、悪魔の存在を感じ取ると、対となる水晶に反応を送ってくれる」
そう言って、クローディアは自分の首につけた水晶の飾りを見せた。水晶は内部からまばゆい赤い光を放っている。
レンは昨日、クローディアから別れ際に水晶の首飾りをもらったと言っていた。あれは悪魔を探知するための道具だったのだ。レヴィアタンは悪魔が生まれる
もしもメーアローグの事件の時に悪魔探知の水晶があったなら、すぐにモーリーが隠れた悪魔憑きだと炙り出せたのか。
「そ、それなら誤解です! この島では新しい悪魔が、
「ああ、この島で魔力が集まってきていることは知っている。だが、君がその魔女に近づいたことで私の持つ水晶の光が強くなったのは、彼女が悪魔憑きであるという何よりの証拠ではないのかな?」
クローディアが赤く光る水晶をレンに見せながら言った。
「……クローディアさんはあたしを利用したんですか?」
レンが静かな声で尋ねる。感情を押し殺しているかのような口調だった。
「利用ではない、協力だよ。異端を滅する崇高な使命に君は協力しただけのことだ」
「滅するって何ですか? 殺すってことですか? 悪魔憑きがどうとか、あたしはよくわからないけど、イリスちゃんは友達だ。友達を殺させなんてするものか!」
レンは水晶の首飾りを引きちぎって投げ捨てると、短槍を構えて一直線にクローディアに向かって駆けていく。
「やれやれ。君は物分かりがいい方だと思っていたんだがな……悲しいよ」
クローディアは右手の盾をわずかに動かし、レンの短槍の打撃を防いだ。レンは矢継ぎ早に連携攻撃を繰り出すが、その全てが盾によって弾かれてしまう。
これがクローディアの絶対防御。おれたちは彼女が傷ついた姿を見たことがない。
最低限の動きで盾を操り、効率的に敵の攻撃を防ぐ。レンはかなりの使い手のはずだが、簡単にいなされているようにしか見えない。
しかも、彼女の恐ろしさはそれだけではない。
「私が君の強さを知っているように、君も私の強さを知っているはずだ。君は確かに筋がいいが、私には届かない。決して、決してな」
クローディアがレンの体にそっと盾を当てた。次の瞬間、盾から爆発したような衝撃が生まれた。レンの体は宙に吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。
「がぁ!」
レンは激しく咳き込み、その場で体を痙攣させた。あれではしばらく立ち上がることもできないだろう。
防いだ攻撃を吸収し、衝撃波として放つ攻防一体の盾『バングリア』。その身に振動を溜め込み地震を自在に起こす怪物の鱗から作られたと言われている。
強力な力を持った盾とクローディアの類いまれなる防御技術が組み合わされば、誰にも突破することができない移動要塞が生まれる。しかも彼女はまだ剣を振るってもいないのだ。
「次は君か……?」
クローディアの冷たい目がおれを捉える。
おれは武器を手にすることもできないまま、ただ恐怖で震えていた。
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