2章

第21話前途多難な恋

真冬Side


「真冬先輩! ちょっと聞きにくいんですけどお……聞いて良いですか?」


「良いよ。何?」

 リビングでくつろいでたら、いきなり小春ちゃんに話しかけられる。

 このシェアハウスのオーナー兼管理人である日和さんの妹。

 愛嬌があり、誰とでも仲良く出来る良い子である。


「し、下着ってどこで買ってますか?」


「ん~、安すぎないブランド物かな。結局、ブランドのを買った方が履き心地は良いし、割と長持ちするし。特にブラは本当にちょっと高いのが良いよ。ブランド名は――」

 小春ちゃんも高校生でお年頃。

 ちゃんとした下着が欲しいのだろう。

 私は普段買っているブランドの名前を幾つか小春ちゃんに教えてあげた。


「なるほど」


「日和さんには聞かなかったの?」


「あ~、お姉ちゃんに教えて貰った所は、なんか一昔前というか……。いえ、悪くはないと思うんですけど、若者って感じじゃ無くて」


「で、私に聞いて来たと」


「そういう訳です。こう見えて、学校で私はファッションリーダー的な存在。誰かに教えて貰う前に、教えてやる側にならなくちゃいけませんし」


「分かる。ホントそれは良く分かる」

 そう、目立ってると周りの子に聞けないのだ。

 逆に聞かれてしまう。

 私なんて別におしゃれじゃ無いというのに、綺麗で可愛いからと言う理由で友達から何度も何度も服について聞かれた。

 こっちが聞きたいってのにね……。

 どうやら、小春ちゃんもこっち側の人間だったようで親しみを覚える。


「そうなんですよ。聞いたら聞いたで、小春の方がおしゃれ~って感じではぐらかされ教えてくれないんですよ」

 

「まあ、そうだよね。私もそうだったし」

 見た目が良いだけ。

 それだけで、何もかもおしゃれだと扱われる。

 そんな風に扱われるのはうんざり。 

 大学生になった今も、一目見れば分かるノンブランドの服を着てるのにどこのブランド? って聞かれた時は本当に顔が引きつった。


「それにしても真冬先輩って、本当に綺麗でおしゃれですよね。元カレは釣り合うイケメンさんだったんでしょ?」


「めっちゃダサいよ。メガネで髪の毛にワックスは付けなかったし、眉毛も剃って無かった」


「またまた~、そんなこと言って~。こんなに綺麗な真冬先輩の元カレがダサいわけないじゃないですか。さてと、有益な情報ありがとうございました。それじゃ、今教えて貰ったブランドの下着を買うためにお小遣いをせびりに行ってきます!」

 たったっと軽やかな足取りで小春ちゃんは日和さんの元へと消えていく。

 悠士を避けるためにリビングに居なかった私は今までと違って優雅にくつろぐ。

 だって、ここなら……。


「ただいま」

 

「おかえり。悠士」

 悠士と会えるし。

 反省して前の失敗を繰り返さないようにと言える様になったら、よりを戻す約束をした今、悠士を避ける必要は無いからね。


「ん、真冬かリビングに居るのは珍しいな」


「だって、悠士を避ける必要ないし。で、今日の夜ごはんは食べた?」


「適当に食べて来た」


「そっか」

 当たり障りのないなんて事の無い会話。

 これすらできなかった少し前。

 こんな風に話せるのが楽しくてしょうがない中、日和さんの部屋から小春ちゃんが1万円を手に戻って来た。


「真冬先輩。勝ち取ってきましたよ! あ、悠士先輩。お帰りで~す」


「おう、ただいま。で、小春ちゃんは何を勝ち取って来たんだ?」


「お金ですよ。お金。女子高生するにはお金がかかるんです。だから、お姉ちゃんに頼んでお小遣いを貰って来たという訳です。ただ、代償は大きかったですけどね!」


「代償か……。ちなみにどんな代償を支払った?」


「このシェアハウスってハウスキーパーさんが居ませんよね? なので、共用部分の掃除は姉ちゃんがしてるじゃないですか。それを私がするって事で、お小遣いを貰ってきました」


「なるほどな」


「という訳で悠士先輩。今度、一緒にお買い物しません? ちょうど、来週の休みは友達と遊ぶ予定が無いので!」


「俺なんかと行っても、別に何のメリットもないだろ」


「ちっちっち~。ほら、これを見て下さい!」

 小春ちゃんがスマホの画面を見せつけて来る。

 画面にはインスタの投稿。

 『小春ちゃんと悠士がタピオカジュースを持ってる写真』の投稿だ。

 ユーザーが良いと思ったら押すボタンである『いいね』が飛んでもなく伸びてる上、『誰それ!?』とか『良いな~カッコイイ彼氏!』とか『ストローの色がお揃いとかマジ卍!』といったコメントもたくさん書かれていた。

 

「伸びてんな」


「はい。かなり良い感じに伸びてます。なので、第二段と行こうかなと。こう言う風に私は誰かにちやほやされたいので。お礼はしますから、一緒に匂わせ写真を撮りに行きましょうよ~」


「ったく。楽しいのは分かるけどなあ……」


「お願いです~。悠士先輩~。お礼しますから~~~」

 悠士の肩を揺さぶる小春ちゃん。

 やれやれという顔をしながらも、悠士はどこか楽し気にこう言うのだ。


「分かった。分かった。行ってやる」


「いえい! じゃ、今度のお休みは小春ちゃんとデートですからね! 忘れないでくださいよ?」


「だから、デートじゃ無いだろって」


「もう、照れ屋さんなんですから。私と悠士先輩のお出掛けは、どう見てもデートですって。ね? 真冬先輩!」


「え、あ、な、なにが?」

 いきなり声を掛けられて慌てて内容をイマイチ飲み込めない。


「私と悠士先輩がお出掛けした場合、それはお出掛けではなく、デートと言えるってことです。悠士先輩は恥ずかしがり屋で、デートだと認めないんですよ。真冬先輩も、どこからどうみてもデートだと思いますよね?」


「……ん~。そ、そうかもね」


「ほら~。真冬先輩もこう言ってるんですから、お出掛けじゃなくて、デートですからね! まったくもう」


「はいはい。で、その手に持ってる1万円は無くさないように財布に仕舞っとけ」


「は~い!」

 1万円を持って自分の部屋へ小春ちゃんは帰って行った。

 残された私は悠士にそわそわとした気持ちで聞く。


「小春ちゃんと仲良いじゃん」


「まあ、妹みたいなもんだし」

 確かにそうだ。

 私達は20歳。

 小春ちゃんは15歳。

 ちょっと年の離れた妹みたいな存在なのは良く分かる。

 でもさ、


「それにしても仲良しじゃん」


「そりゃあ、小春ちゃんと俺の仲だし」

 自信ありげに仲の良さを自負する悠士。

 それを見た私は背中にじんわりと汗をかいてることに気が付いてしまう。


「あ、あのさ。例えばなんだけど、小春ちゃんから好きって言われたどう?」


「可愛い奴めって思う」


「そ、そっか」

 ホッとした。

 本当に妹みたいにしか見てないような悠士の振る舞いに安心を覚える。

 だって、私には悠士を止める権利などないのだから。


 悠士が小春ちゃんを好きになったのなら、それに私がダメと言える訳がない。


「小春ちゃんに嫉妬してるのか?」


「し、してないし」

 

「本当に小春ちゃんと俺はお前が思ってるような仲にならないからな」


「そう言うけど、ちょっと迫られたらコロッと心変わりするんじゃないの?」


「しねえよ。ったく、まあ、あれだ。気まずくなるのもあれだから、言いたくないけど、昔も今も俺が好きなのはお前だけだって」

 

「言いたくないのになんで……」


「嫉妬されてるみたいだからな」


「だ、だから嫉妬してないし」

 とまあ、そんな感じで押し問答をした。

 実際の所、悠士が小春ちゃんを好きじゃないのは分かる。

 だけど、それは今だから言えることで、もし仮にだ。

 小春ちゃんが悠士に好意を持ち始めて、アプローチを仕掛けられたらどう?

 普通に悠士もなびくに決まってる。

 それが怖くて、悠士と小春ちゃんが仲良くしてるのを見てると、びくびくしてしまうのだ。


 そう、今の私と悠士は『よりを戻す約束』はしたが、『ただのシェアハウス住む友達』という関係だ。

 相手の事に大きく口を挟んだりできる立場じゃない。


「さてと、カバン置いてくる。まだ、リビングに居るか? だったら、戻って来るけど……」


「うん。まだリビングに居る」


「じゃ、置いたら戻って来るか」

 帰って来たばかりで、カバンを持ったままだった悠士は自分の部屋へカバンを置きに行く。

 階段を昇り、誰も居なくなったリビングで私は気が付いた事を口にしていた。


「よりを戻す約束はしたけどさ……。この先、どうなるんだろ」

 もし、反省しきる前に、悠士が私以外の誰かを好きになるかもしれない。

 そんな悩みがぐるぐると渦巻く。

 机に突っ伏し、ぼ~っと悩んでいたら朝倉先輩がリビングにやって来た。


「最近、真冬ちゃんもよくリビングに居るじゃないか。もしかして、加賀くんと少しは仲良くなれたのかな?」


「あははは……。避けてたのバレてたんだ」


「バレバレだよ。だから、眉毛を整えてあげたらとか、仲良くなるためのアドバイスをしてあげたんじゃないか。で、僕のアドバイスのおかげで仲良くなれたのかい?」

 直接的には役立ちはしなかった。 

 しかし、朝倉先輩の言葉は少なからず私に影響を与えてくれた。


「うん。おかげさまで」


「良かった。良かった。これで、今年の夏は楽しそうだ」


「なにが?」


「ん? ああ、そう言えば真冬ちゃんはこのシェアハウスに引っ越してきたばかりだったね。このシェアハウスってコミュニケーション重視って謳ってるでしょ?」


「うん」


「その理由って日和さんが住民のみんなと遊ぶのが大好きだからなんだよ。去年の夏は川に海にプールに山。そして、バーベキューって感じでめちゃくちゃにイベント盛りだくさんだったんだ」


「へ~。そう言えば、私と悠士の歓迎会もしてくれたね。ああ、そっか。私と悠士が仲良くなきゃ、そう言うイベントの時、楽しみ切れないか……」


「そういうこと。だから、僕は意外と頑張ったんだよ? 真冬ちゃんと加賀くんが仲良くなるにはどうするのが良いのかってね?」


「ははは。ありがと」


「それにしても、真冬ちゃん。しれっと、加賀くんの事を悠士って呼び捨てたけど、どうしちゃったのかな?」


「あ~。もともと友達に加賀君って呼んでた人が居たから悠士って呼ぶことにしただけで何もないから」

 何とも単純な言い訳だ。

 嘘だと言われ、からかわれるかと思いきや、朝倉先輩は意地悪くない。


「確かに。誰かもともと知り合いで同じ呼び名で、呼んでる人が居たら違和感が凄いしね」


「でしょ?」

 私は嘘を本当にするため、堂々とした顔でそう言うのだ。





 悠士Side


「……」

 カバンを置いてリビングに戻ろうとした。

 しかし、俺はイマイチ階段の下からリビングに行くことが出来ない。


『あはは、朝倉先輩も?』


『うん。僕も僕も』


 楽し気に会話してるのは真冬と朝倉先輩。

 二人の話し声を聞いていたら、足がすくんでしまった。


 俺は反省しもう失敗を繰り返さないと言い切れる関係に成ったら『よりを戻す約束』を真冬として安心していた。


 しかし、これには致命的な欠点がある事に気が付いたせいだ。


 そう、反省し失敗を繰り返さないと言い切れる関係になる前に――

 真冬が誰か俺以外の男を好きになるかもしれない。

 そうなった場合、俺に止める権利はない。


「はあ……。前途多難だな」

 自分の置かれてる状況。

 それはとても不安定で曖昧な状況だと俺は思い知るのであった。




 







(あとがき)

2章スタートです。

あ、真冬が寝取られるとかは絶対にないですからね!

だって……まあ、


これからもお付き合いのほど、よろしくお願いいたします!

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