シェアハウスで再会した元カノが迫ってくる【WEB版】

くろい

1章

第1話順風満帆な新しい生活と思いきや……

 彼女との同棲が上手く行ってない中、彼女が浮気しているのを目撃した。

 もともと関係が険悪になりつつあったので、別れた方が良いのかと思っていた中で見てしまった浮気。

 彼女のことは普通にまだ好きと言えた。

 でも、浮気されていたという事実は俺に別れる覚悟を与えてくれた。

 浮気されても、まだ彼女が好きだった。浮気されたのは、俺にも原因があると言い聞かせるくらいには。

 それくらい好きな彼女と喧嘩して別れたくなかったので、浮気してるだろ? 

 そう問い詰めることもなく、別れを告げた。


 結果はハッキリしていた。

 彼女はすんなりと応じる。


 別れたその日から、俺は浮気していた元カノが忘れられない。

 こうなるんだったら、ちゃんと浮気してるのを問い詰めて別れた方がマシだったと何度後悔したか。

 そこで、俺はうじうじとした気持ちを入れ替えるべく、彼女と同棲していたアパートを引き払い別の場所へ引っ越すことにした。


 今、まさに引っ越してきた部屋に入ったばかりな俺は気合を入れる。


「よしっ、心機一転頑張りますか」

 まあ、気合を入れる理由は彼女への未練を消す以外にもある。

 何故なら、俺の新しい生活の拠点は、


 ――シェアハウスなのだから。


 今まで住んでいた部屋とは、かなり勝手が違うのは目に見えている。


「そろそろ行くか」

 シェアハウスにやって来た俺。まだ引っ越し業者が来るまで時間がある。

 そのことをシェアハウスのオーナーであり、管理人としてシェアハウスに住んでいる早乙女(さおとめ)日和(ひより)さんに伝えた。

 そしたら、シェアハウスについて改めて説明してくれるという。

 俺は階段を降り、待ち合わせ場所である共用スペースのリビングへと向かう。


「お待たせしました」


「いえいえ、引っ越し業者が来る前に説明を終わらせましょうか」

 管理人さんである早乙女(さおとめ)日和(ひより)さん

 柔らかい印象を覚える優し気な顔。加えて、雰囲気に合う落ち着いた服装。

 年上のお姉さんと呼ぶのにふさわしい女性が、シェアハウスについて説明をしてくれる。

 手始めに案内されたのは、シャワー室に繋がる脱衣所だ。


「ここが脱衣所です。この扉を開けるとシャワー室があります。シャワー室の扉には鍵がありませんので、シャワーを浴びる際は脱衣所の扉についてる鍵を閉めてください。お風呂に浸かりたい場合は、近くに銭湯があるのでそちらへどうぞ」


「何で浴槽ってないんですか?」


「水道代とガス代が高くなります。あと、一人当たりが使う時間が長くなってしまい、お風呂を使う時間帯で喧嘩が起きます」


「なるほど」


「シャワー室はまあ見ての通りですが、脱衣所は説明しなくちゃいけないことがあるので説明させてください。まず、脱衣所にあるこの洗濯機ですが、夜は回さない事、回すなら21時まで。その間でしたらご自由に使ってくださいね」

 洗濯機が置いてある上に取り付けられた棚に目を向けると、そこには衣類用の洗剤が幾つか並んでいた。

 洗剤には名前が書かれており、どれが誰のものかが一目で分かるな。


「洗剤は自分で買って、名前を書いてここに置いといて良いんですか?」


「はい。ちなみに他の人のでも、10円あげるから貸して~と言ったように許可を取れば、別に使っても大丈夫ですからね。ボディソープとシャンプーも衣類用の洗剤と同じで自分のを用意してくださいね」

 ちょうどそんなことを言われた後だ。

 脱衣所の扉が開いた。


「あれ、お姉ちゃんと……あ、もしかして新しい住人さんですか?」

 俺の通っていた高校の制服姿を着ており、手には着替えであるパジャマらしきものを持った女の子が現れる。

 まだあどけなさが残る可愛い顔。物怖じしないハキハキとした声。

 学校で同じクラスだったら、まず間違いなく可愛いと言える子だ。

 あれ? シェアハウスって高校生が住めるものだったっけか?

 と疑問に思っていたら、管理人である早乙女さんから説明が入った。


「この子は早乙女(さおとめ)小春(こはる)。私の妹です。高校生ですが、私という保護者がいるのでこのシェアハウスに住んでます」


「高校生ってシェアハウスに住めたっけ? と一瞬悩みましたが、そういう事なんですね」


「そうですよ。私は高校生でありながら、シェアハウスに住んでるちょっとした特別な子なのです!」


「こら、小春。初対面の人にいきなり馴れ馴れしくしないの! ちゃんと礼儀をわきまえなさいって何度言わせる気?」


「は~い。すみませんでしたっと」

 出会ったからには挨拶すべきだろう。

 俺は早乙女小春さんに軽く自己紹介をする。


「初めまして、加賀(かが)悠士(ゆうじ)です。これからよろしくお願いします」


「嫌ですね~。私の方が年下なんですから敬語なんて使わず、もっと、どっしりと構えて下さいよ~。という訳で、次は私ですね。早乙女小春、今年の4月からJKやってます。気軽に小春ちゃんって呼んでくださいね!」


「よろしく。小春ちゃん。これで良いか?」


「よろしくで~す。そして、すみませんが、シャワー使いたいので、ちょっと外して貰えませんか?」


「小春。ちょっとくらい我慢しなさい」


「え~、だって、汗でベタベタなんだからしょうがないじゃん。それに、悠士先輩に汗臭い子って思われちゃ困りますし!」

 いきなり下の名前で呼ばれ、何故だか少しドキッとする。

 小春ちゃんは見るからに汗だくだったので、シャワー室を出て行く俺達。

 脱衣所から出た後、小春ちゃんは扉を少し開く。

 顔だけを出した小春ちゃんが、俺を挑発してくる。


「悠士先輩! 覗いちゃダメですからね? まあ、鍵を掛けちゃうので覗けませんけど!」

 出した顔を扉から引っ込めると、すぐにガチャリと脱衣所の鍵が締まった。

 はあ……とため息を吐く姉は申し訳なさそうに謝る。


「お騒がせしました」


「いえいえ。親しみやすい子で安心しました。ああいう子は嫌いじゃないですよ。妹みたいで」


「妹さんがいるんですか?」


「小さいときにそれらしき関係の子がいただけです。本当の妹はいませんよ」


「シャワー室と脱衣所の使い方も説明はひとまずこのくらいにして置きまして、お次はキッチンでもと思ったんですが……。小春以外の住民も、ちょうど部屋にいると思うので挨拶しちゃいましょうか」

 小春ちゃんと出会い、挨拶を交わした。

 せっかくなので、他の住民とも挨拶をしてしまおうという訳だな。


「そうですね。お願いします」


「はい。それじゃあ、行きましょうか」


   *


 階段を上り、2号室と書かかれた部屋のドアの前に辿りつく。

 部屋番号の下に吊るされたネームプレートの字を確認する前に、管理人さんがコンコンコンと扉をノックした。


「すみません。龍雅(りゅうが)くん。今、ちょっと大丈夫ですか~」

 その声を聞いたであろう部屋の主。

 足音が近づき、ガチャリと部屋の鍵が開いた。

 そして、扉が開き中から人が現れる。


「日和さん。どうしたんでしょうか?」

 優し気な目つき。

 なで肩が本当に柔らかい雰囲気を漂わせ、すっきりとした鼻筋。

 ややサイズの大き目なTシャツをちゃんと着こなしている。

 俺目線からでも分かる程に、女子からモテそうな男の人が出て来た。


「今日引っ越してきた子がいるので、挨拶しに来ました」


「ああ、そうだったね。そう言えば、今日だったっけ。ちなみに、日和さんの横にいる人であってるかい?」


「はい。この子が加賀悠士君です」

 名前を伝えられた後、それに付随するかのように出て来た人に話しかけた。


「初めまして、加賀悠士です」


「よろしく。僕は朝倉(あさくら)龍雅(りゅうが)。大学3年生だよ。いや~、ちょうど男の住民である神田くんが短期留学に行っちゃってて、シェアハウスに男手が無くて心細かったんだよ。加賀くんが来てくれて助かったかな」

 手を差しだされたので、握って握手をする。

 力強い握手をした後、少しだけ他愛のない話を振る。


「このシェアハウスに、あわよくば出会いを求めてやって来たんですけど、正直そういのあるんですか?」


「ははは。コミュニケーション重視と謳っているこのシェアハウスは小規模だし、期待はしない方が良いと思うよ。今、このシェアハウスに住んでるのは留学中の神田くんと加賀くん。後は、女性だけっていう物凄くこじんまりしたシェアハウスだしさ」


「やっぱりそうですよね。まあ、出会いは本当にあわよくばって感じで、そこまで重視してるわけじゃないので大丈夫です」


「うん。加賀くんの言いぶりからして、なんとなくそれは分かったよ。あと、僕には敬語を使わずにもっと気軽に話しかけて欲しいな。まあ、そう言うんだったら、まずは僕が丁寧な口調を辞めろって話だけどね」


「分かりました。気が向いたら、雑に話します」


「そうしてくれると助かる。あ、そうだ。勝手に加賀くんって呼んじゃってるけど、問題はないかい?」


「え、あ、平気です。俺はえ~っと、なんて呼べば?」

 挨拶をしに来た朝倉(あさくら)龍雅(りゅうが)さんの事をどう呼べばいいのか分からない。

 つい相手に判断を任せると、気さくに笑って返事をくれる。


「朝倉先輩とでも呼んでくれ」

 さらに少しだけ朝倉先輩と話し距離を縮めるのであった。


    *


 朝倉先輩との話が終わった後、横で話を聞いていた管理人さんが俺に話す。


「私も管理人さんではなく、気さくに日和さんと呼んで良いですよ」


「あ~、確かに管理人さんって他人行儀ですもんね。あと、早乙女さんってこの家に二人いますし、せっかくなので日和さんって呼ばせて貰います」


「はい。よろしくです。それじゃあ、私も管理人としてお声掛けするとき以外は、住民の子を、くん、または、ちゃんづけの、似合いそうな方で呼んでるんですけど、それでも良いですか?」


「どうぞご自由にしてください」


「それじゃあ、加賀ちゃん。いえ、加賀君の方がしっくりきそうなので、加賀君と呼ばせて貰いますね。おっと、まだ管理人としてご案内中なので加賀さんと言っておきましょうか。さてと、お次の住人さんのとこへご案内しますね。ちなみに、次の子はちょうど2週間前に引っ越してきたばっかりの子で新顔さんですよ?」

 順調な滑り出しを見せるシェアハウス生活。

 彼女と別れてから、イマイチうだつの上がらない気持ちを払拭できそうだ。

 さてさて、次で取り敢えず今住んでる最後の住民。

 どんな人なんだろうな……。

 期待に胸を膨らませ、案内してくれる日和さんの後をついて行った。


 ちょっと歩いて別の部屋。俺の隣の部屋の前に辿り着く。

 4号室と書かれているプレートの下には、ローマ字のネームプレート。

 またしても、何と名前が書かれているか把握する前に、日和さんが隠してしまう。

 コンコンコンと日和さんが扉をノックしながら声を掛ける。


「日和です。真冬ちゃん。ちょっとお時間良いですか?」


「大丈夫だけど……何?」

 覇気を感じられないが透き通った声。

 その声を聞いた途端に、だらっと汗が噴き出してきた。

 ま、まさかな? 真冬と言う名前なんてありきたりだしな。

 そんなわけないよな?


「新しい住民さんが引っ越してきたので、挨拶しに来ました」


「今日だったっけ。ちょっと髪の毛、整えるから待ってて」

 顔はまだ見えない中、俺の中で嫌な予感は膨らみ続けていく。

 ドクンドクンと心臓が張り裂けそうになるくらいにうるさくなっていく。


「あ、面談のときに入居理由が『彼女と別れたから、その未練を断ち切るために出会いを求めて引っ越した』ってお方ですよ。ふふっ、聞いたとき、真冬ちゃんとそっくりな理由でびっくりしちゃいましたよ」

 真冬なんて名前は良くある名前だ。

 シェアハウスに住む理由も、彼女と別れて未練を断ち切るため。

 そんな理由もありふれていると俺は思う。


「そうなんだ。それじゃあ仲良くなれるかも」

 扉を開け、部屋から出て来た4号室の住人。

 そして、彼女と目が合う。


「か、加賀悠士です」

 反射的に名乗ってしまう。

 そしたら、向こうも、眉をぴくぴくと引くつかせて名乗ってきた。


「氷室(ひむろ)真冬(まふゆ)です」

 疑念は確信へと変わり、より激しく汗が噴き出す。

 意味の分からない感情が俺を押しつぶし、頭の回転を鈍らせる。


「どうかしましたか? あ、もしかしてお知り合いでした?」

 名乗った後、固まってしまった俺達を心配してくれる日和さん。

 心配させまいと、俺は慌てて取り繕った。


「いえ、違います」「うん、違うよ」

 声を揃えて否定するも、目の前にいるこいつと俺は知り合いどころかもっと深い関係だった。

 しかし、知り合いじゃ無いと否定するのも無理はない。

 だって、


 ――俺達は少し前まで恋人だったのだから。


 断ち切りたい未練の塊である元カノである真冬とシェアハウスで再会するってそりゃあないだろ……。

 

「……」

 不機嫌そうに無言で俺を見つめてくる氷室(ひむろ)真冬(まふゆ)。

 そんな彼女の姿は俺と付き合っていたときと少し違った。


 俺と付き合っていたときは肩にかかるセミロングの黒髪だった。

 だけど、俺の前に現れた氷室真冬は少し長めのボブヘアー。

 バッサリとまでは行かないが、髪の毛を短くした元カノと再会するなんて、少し前までの俺は想像もして無かった。



 なあ、俺のシェアハウス生活、一体どうなるんだ?







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