第2話浮気してたのはそっちでしょ?
氷室真冬という元カノとシェアハウスで再会し、内心びくびくしてる俺。
心機一転、新しい生活を始めようと思い、このシェアハウスに引っ越してきたのにこれはなんなんだ?
とめどなく溢れる汗。うまく考えられない頭。
それでもなお、俺は日和さんに不審がられないようにと、元カノに軽い自己紹介を始めた。
「どうも、初めまして」
「こちらこそ、初めまして」
「これからよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
ガチガチに緊張し、単調な受け答えを繰り返す。
適当に話を続け続ける事、3分。
そろそろ話を終わらせても不自然じゃないと判断し、会話を終わらせた。
「それじゃあ。改めて、よろしく。氷室さん」
「こっちこそよろしく。加賀君。それじゃあ、日和さん。私は部屋に戻るから」
「はい。お時間ありがとうございました」
日和さんが話し終えると、自分の部屋に引っ込んで行く元カノ。
ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす。
「ふぅ。後は短期留学に行ってる神田さん? っていう人だけですよね」
「そうですよ。たしか、夏休み中に帰って来るとか、帰ってこないとか」
もう一人いるこのシェアハウスの住民である神田さん。
しかし、どうやら会うのは相当先になるようだ。
心労が凄まじい中、一度リビングに戻るため歩いている俺に他愛のない話を振って来る。
「ところで、真冬ちゃんと話していた時、ガチガチに緊張してましたね。もしかして、意外と好みのタイプですか?」
「あはははは、全然好みじゃないですよ。あんな胸無し女」
「こらっ。本人が居ないとはいえ、言葉を選ぶこと! まったくもう。シェアハウスの同じ住民の事を悪く言っちゃダメですからね! 酷いと強制退去です!」
「すみません。気をつけます」
怒られて当然だと反省する。
元カノだったとは、日和さんが知る由もない。
興奮冷めやらぬまま日和さんによるシェアハウスの案内は続くと思いきや。
リビングに辿り着いた時、日和さんは時計を見て俺に言う。
「ちょっと休憩しましょうか」
「いや、大丈夫ですよ? 」
「新しい人と挨拶して、不安な感じがビンビンですよ?」
優し気に笑ってくれた日和さん。
新しい人との出会いを不安に感じていると思われようだ。
俺は、むしろ逆の理由で不安になっているんだけどな。
「まあ、不安と言えば不安ですね」
「新しく出会った人達。誰も仲が良い人が居ないと心細いでしょう。なので、ちゃちゃっと、私と仲良くなっちゃいましょう。そんなわけで、休憩がてら、プチ親睦会です。今、ジュースを用意しますね。座って待っててください」
ひとまず、住民達への挨拶が終わった後、やって来たリビング。
その隣にあるキッチンに備え付けられたダイニングテーブルに半ば強引に座らせられた。
ジュースを用意するため、冷蔵庫の前に立った日和さんは俺の事を呼ぶ。
「やっぱり休憩に入る前に、ちょっとだけキッチンの案内をしちゃいましょうか」
休憩前にキッチンの使い方を説明してくれる日和さん。
冷蔵庫から取り出したペットボトルを見せつけて来た。
「蓋を見て下さい。日という字が書かれてますよね」
「もしかして、日和さんの日って事ですか?」
「冷蔵庫を使う場合は、誰のものか分かるように名前を書いてくださいね」
「気をつけます」
「ちなみに書いてないと、高級なもの以外だと小春がよく勝手に食べて、食べちゃったのでお金払いますね~って、感じで食べ物がお金に変わることがあります」
「お金はちゃんと払うんですね」
「しかも、買った金額よりも多い金額を渡してくるし、愛嬌があるしで、怒るに怒れなくなっちゃうんですよ?」
「確かにそれは怒るに怒れないな……」
「怒られない程度に人をからかうのが得意なので、おそらく加賀君も普通に弄られちゃうので気を付けてくださいね」
言われてみれば、シャワーを浴びる前にもからかわれたな。
とまあ、そんな風に日和さんと話していたら、目の前に現れた小春ちゃん。
「おや、お姉ちゃんと悠士先輩だ。ご案内は終わったんですかあ?」
シャワーを浴び、制服姿からパジャマに着替えた小春ちゃん。
少し暑いのかボタンが割と下まで外されており、ちょっと目のやり場に困る。
「あ、悠士先輩。今、胸元を見ましたね?」
面白いものを見たと笑う小春ちゃんは俺に詰め寄って来た。
で、俺の胸をつんつんとわざとらしく指で突いてくる。
「悠士先輩のす、け、べ! もう、エッチな目で私を見ちゃダメですって~」
やたらと馴れ馴れしくからかって来る。
横で見てる日和さんはクスリと笑っている。
ね? からかう達人ですぐ人を弄って来ますよね? って感じだ。
怒られない程度に人をからかう達人と言うのは、日和さんの言った通り。
「お近づきのしるしに、これどうぞっと。じゃ、失礼しますね~」
小さいパックジュースを冷蔵庫から二つ取り出し、一つは自分で持ち。
もう一つを俺にくれた。
なるほど、確かにこれはからかう達人だ。一気に怒る気が失せていく。
「ふふっ。どうでした? からかう達人って意味が分かりましたか?」
「凄く分かりました。なんと言うか、馴れ馴れしさの中に、ちゃんと気遣いもあって、怒られないように根回しもしっかりしてる。ほんと、良い性格ですよ。あれ」
「前はあんな子じゃ無かったんですけどね。昔は暗くて、引っ込み思案。それを変えたくて、あんな風なキャラになっちゃったんですよね……」
「なんか心配してるみたいですけど、どうしました?」
「ああいうキャラも良いと思います。ただ、誰にでもああいう風に接してたら、いつか痛い目に遭っちゃいそうなのが姉として心配なんですよ……」
「あ~、勝手に勘違いしちゃう男って多いですからね」
「そうなんですよ! あれはあれで、愛嬌があって私は良いと思うんですけど、ちょっと危ない気もして……。ん~、どうしたものかって感じです」
妹想いな日和さん。
そんな彼女は思い出したかのように冷蔵庫の使い方の説明を続けてくれる。
「あ、冷蔵庫ですけど、袋に名前を書いて仕舞うのもありですよ。こんな風に」
真冬とでかでかと書かれているコンビニのロゴが入ったビニール袋を見付け、冷蔵庫から取り出して俺の前に出してきた。
「名前を書かないとやっぱり誰かに取られちゃいますもんね」
彼女とは短いが同棲をしていた間柄。
その際に冷蔵庫に入ってる食べ物について、何度も何度も喧嘩した。
アイスをお風呂上りに食べようと思っていたら食われていたり、飲み物があると思っていたのに、いつの間にか飲まれてたりした。
気がつけば、苦々しい思い出に浸っているのが顔に出ていたのだろう。
「あ、その皮肉めいたお顔。冷蔵庫でトラブルを起こした事があるって顔ですね」
「大ありですね。ちなみになんですけど、このシェアハウスで冷蔵庫でのトラブルって起きたことは?」
「たまに起きますよ。私のデザート倒したでしょとか、熱々なものをすぐに冷蔵庫に入れたせいで、私のモノがぬるくなってるんだけど? とか、色々です。でも、今の住民さん同士で、いざこざを起こしたのはまだ見たことありませんね」
「小春ちゃんも起こしたことがないんですか?」
名前が書かれて居なければ、勝手に食べる。
で、ちょっとだけ多めのお金を渡すことで解決してしまう小春ちゃん。
そんな風にしていたら、トラブルを起こしていると思っていたのにな。
「不思議な事に、トラブルを起こしたことが無いんですよ。あ、私とはもちろん起こしますよ? あの子、姉である私には本当に遠慮がないので。さてと、休憩するためにも、キッチンの案内を終わらせましょう」
それから、キッチンの案内をパパっとして貰った。
そして、俺の緊張を解くための、プチ親睦会兼休憩が始まった。
「どうですか? シェアハウスでの生活は楽しそうに見えてきました?」
「はい。おかげさまで。取り敢えず、日和さんが凄く良い人そうで安心しました」
一人でも面倒見の良い人が居てくれると勝手はだいぶ違う。
なにかとお世話になりそうだし、日和さんとはきちんと接していきたいものだ。
「褒めても何も出ませんって。あ、私は別として他の子とはうまくやっていけそうですか?」
「あははは……それなりには」
元カノと言う障害のせいか、やや苦笑い。
隠しきるのが筋だと思うが、簡単に気持ちを整理できる程、俺は強くない。
「苦手って感じる子がいたと。ずばり、真冬ちゃんですね?」
「なんでそう思ったんですか?」
「そう言う顔をしていたので。まあ、時間はたっぷりあります。真冬ちゃんとも、きっと仲良くなれますって」
親睦を深めるべく日和さんと話をしていた時だった。
階段から降りて来て、姿を見せた真冬。
「あ、真冬ちゃん。プチ親睦会中なんですけど、せっかくなので、真冬ちゃんも親睦を深めちゃいませんか?」
傍から見ても、ぎこちない俺と真冬。それを解消するためのお節介だろう。
日和さんは俺の元カノである真冬を強引に捕まえ、ダイニングテーブルの席に着かせてしまう。
断り切れずに、座ってしまった本人は引きつった顔で席に着き愛想笑いを浮かべている。
で、真冬を席に着かせた日和さんはというと、
「おっと、電話がかかって来たので、少しだけ失礼します」
何やら急用で俺達を置き去りにして自室に引っ込んで行ってしまった。
「……」
「……」
互いに気まずくて喋れない時間が続く。
そんな中、日和さんが用意してくれたジュースを一口飲む真冬。
「ゲホッ、ゲホッ」
真冬はジュースが変な所に入ったのかむせた。
そして、手元を狂わせてしまいジュースを盛大に溢し、体に浴びてしまう。
大丈夫か? と近寄る。
そしたら、冷たい目で俺を睨む。
「今更、私に優しくしたって、君とよりなんて戻さないから」
むせたジュースのせいで、口元を濡らしながら言われてしまった。
「人の親切を何だと思ってんだよ」
心配してやったというのに、叩かれた憎まれ口。
やっぱり駄目だな。
元カノが居るシェアハウスさっさと、お金が溜まったら出て行こう。
普通に浮気されても好きだった。
なので、喧嘩して別れたくなかったからこそ『浮気してるだろ?』と問い詰めなかったが、ちゃんと問い詰めてやる。
そう覚悟した時だった。
真冬がキツイ眼光を放ちながら俺にハッキリと告げる?
「私は君が浮気してたの知ってるんだよ? 今更、やっぱり、私が良いとか無しに決まってるんだからさ」
「は? 浮気してないんだが? 浮気してたのはそっちだろ。だから、俺が別れようと言った時、都合が良いと思ってすんなり別れたんだろ?」
「え? 浮気してたのは君でしょ? 早く新しい女と同棲を始めたい。だから、一緒に住んでる私は用済み。それで、私に別れようって言ったんでしょ?」
「お前が浮気してたんだろ?」
「浮気してたのは君でしょ?」
いがみ合う俺達。
別れて1か月。
まさか、こんな事態が起こるとは思いもして無かった。俺が浮気してただって?
俺が浮気出るような男じゃないのは、お前が一番知ってるくせに何を言う。
そして、浮気を認めない性悪女に言ってやった。
「じゃあ、お前の言い分をきちんと聞かせて貰うけど良いのか?」
「うん。良いよ。ちゃんと話してあげる。そっちこそ、私にびびって逃げないでよ?」
バチバチと火花を散らしながら、真冬がむせた際に溢したジュースをひとまず掃除をするのであった。
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