第3話浮気なんて関係なく、きっと……

 元カノである真冬の浮気を目撃した。

 ちょうど同棲もうまく行ってないし、関係に区切りをつけるべく俺は別れ話を切り出した。 

 だというのに――


『浮気してたのは君でしょ?』と言われた。


 謎が謎を呼ぶ中、事の顛末を早く知りたい俺は、ジュースを浴びてしまいベタベタになった真冬がシャワーを浴びて戻って来るのを待ち続ける。


「お待たせしました。あれ? 真冬ちゃんはどこへ?」

 突然の電話から戻って来た日和さんは、真冬がどこへ行ったのか不思議そうにしている。

 別に、変に誤魔化す必要は無いな。


「ジュースをこぼして体がベタベタになったのでシャワー中です」


「なるほど」

 と話していたら、そそくさとシャワーを浴びて、新しい服に着替えて来た真冬が戻って来た。


「ごめん。日和さん。ジュースをこぼした。コップとかは割れてないから安心して。一応、溢しちゃった場所は綺麗にしたんだけど大丈夫そう?」


「見た感じ汚れてませんし、除菌スプレーしてあるっぽいですし大丈夫ですよ」


「そっか。それで、電話は大丈夫だったの?」


「あ~、また折り返し掛かって来るそうです。すみません。加賀さん、シェアハウスの案内は中断させてください」

 軽く頭を下げて謝る日和さん。

 シェアハウスの案内が中断になったのはむしろ好都合だ。

 真冬とのいざこざを解決したくてしょうがないし。


「いえ気にしないでください。それじゃあ、俺はまだ引っ越し業者が来るまで時間があるので、自分の部屋に引っ込んでますね」


「ほんとすみません。あ、そう言えば今日は、加賀さんの歓迎会をするつもりなので、夜ってお時間は大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


「了解です。じゃ、準備が出来たらお呼びしますね。っと、電話が掛かって来たので失礼します」

 再び掛かって来た電話に出ながら、自室へ戻って行く日和さん。

 そして、完全に姿が見えなくなってから俺は真冬の方を見た。


「ここじゃあれだ。俺の部屋か、お前の部屋で話すか……」

 引っ越し業者がまだ来ていないため、何の家具も置かれていない俺の部屋。

 そこで俺と真冬は座りもせず立ち話を始める。

 

 真冬の中では、俺が浮気していたからこそ、私と別れたくて別れようと言った事になっているらしい。


 そんなわけがあるわけない。俺は浮気されてても、真冬の事が忘れられずにうだうだと未練を引きずるくらいに好きだった。 

 それに見た目こそ、最近は張り切っているが、中身は陰キャ寄り。

 俺に浮気なんて大それたこと出来る訳がない。


 一方、俺は真冬が浮気したのをこっちはしっかりと、目撃してるんだからな! 

 責任転嫁されてるのに苛立ちながら、真冬の浮気現場を思い出す。 


 そう、あれは――


 とある日の大学の講義が終わった後だ。


   *


 俺は大きな本屋に漫画やらを買うために寄り道をすべく歩いていた。

 本屋までの通り道にある喫茶店。

 そこで、付き合っているはずの彼女が俺以外の男と楽し気に話している。

 もちろん俺の知らない男だ。

 

 ああ、そうか。俺、もしかして


「浮気されてんのか」

 怒りよりも悔しさがこみ上げて来る。


 浮気されても別になんら、おかしな状況じゃ無いせいだ。


 この春、俺と彼女である氷室真冬は同棲を始めた。

 最初こそ、うまく行っていたが最近は喧嘩が絶えない日々。

 喧嘩したくないからどうすれば良い? と姉に相談しているが、あまり効果はないまま時間だけが過ぎている。

 きっと、喧嘩ばかりしてしまう俺に愛想を尽かして、俺の知らない男と楽しくお喋りをしてるんだろう。


 潮時だ。

 同棲が上手く行ってないし、これ以上関係を続けるのもどうかと思っていた。

 こうして、俺は別れるのを決心をする。

 

 そして、浮気現場を見てから1週間後。

 これからについて、色々と話したいと俺は真冬をカフェに呼びだした。


「お待たせ。これからについて話したいってどういう事?」


「俺達がこれから上手くやっていける未来が見えない」

 揺さぶる。

 ここで食いついて来ないのであれば俺は、もう別れるつもりだ。


「そっか」

 ほれ見た事か。

 彼氏なんて放っておいて、男と楽し気に話すくらいだ。

 俺に別れようと遠回しに言われてようが、何の未練もないよな……。

 だとしたら、俺がすべきことは一つだ。


「別れよう」

 完膚なきまでに浮気されて捨てられる。そうなる前に俺は彼女に別れを迫った。

 恐る恐る俺は真冬の顔を見る。

 やや冷たい感じに見える顔で俺に淡々と告げた。


「うん。別れよっか。私も同棲が失敗して苦しかったし」

 こうして、俺は高校2年生の頃から付き合っていた彼女と別れるに至ったのだ。

 別れると決めてから、すぐに真冬は荷物を纏めて出て行く準備を進める。

 部屋の契約は俺名義。もし仮に別れても、出て行くのは真冬と決まっていた。

 荷物をそそくさとスーツケースに詰め、別れ際に肉たらしい言葉を残して俺の前から去って行った。


「次に一緒に住む人とは、うまく行くと良いね」


   *


 ――っていうことがあった。


 なのに、俺の気を知らずか、真冬は『浮気したのは君でしょ?』だと?

 まったく意味が分からない。 

 俺は皮肉めいた物言いで目撃した浮気現場の様子を真冬に話す。


「お前と別れた割には元気だったと思う。で、お前は本屋の近くにある喫茶店で楽しそうにお茶してた男とは、仲良くやってるのか?」 


「ん? ああ、宗近(むねちか)くんのこと? あいつとはあれ以来、なんも話してないよ」

 ほれ見た事か。宗近(むねちか)くんだなんて親し気に呼びやがって。

 やっぱり、浮気してたんだろ。

 ん?


「待った。あれ以来、あいつと会ってない?」


「宗近くんは、たまたま用あって都会に遊びに来た従弟(いとこ)だし。久しぶりに話したいって呼ばれちゃっただけ。で、呼ばれて行ってみたら、彼女さんに何をプレゼントしたら良いか相談された。せっかく、相談に乗ってやったのに、あれ以来すっかり連絡はないのがほんと酷いと思う」


「……」

 あれ? もしかして、真冬って浮気してなかった??? 

 いやいや、従弟とは普通に結婚できるし、きっと惚れてるはずだ。

 む、宗近くんとやらに、か、彼女が居るだって? 

 考えが追い付かない中、真冬は俺に悪びれる気は一切なく話を続けた。


「あの時は久々に昔話で盛り上がっちゃったよ」

 ま、まあ。浮気じゃ無かったとしよう。

 だがしかし、同棲が上手くいかず気まずくなって別れた。

 そ、それは変わらない事実だ。

 浮気だと勘違いして俺は早とちりしたわけじゃ無い……はずだ。


「ところでさ、君は最近元気にやってるの?」

 こっちの様子を探るかのように聞いてくる真冬。


「お前のせいで散々だ。めちゃくちゃ調子が狂ってるぞ」


「違う。私以外の女の人と会ってたじゃん。その人と、元気にやってるのって話」


「ああ、優子の事か?」


「優子ってやっぱり……。君の方が浮気してたんじゃん……。で、どうなの?」


「やけに食いつくな。まあ、引っ越す際に色々怒られたなあ。1DKの部屋で同棲は辞めとけって言ったでしょ? って。ん? 待った。俺が浮気してた? そんなわけあるかよ。だって、優子は俺の4つ年上の姉だぞ?」


「へ?」

 素っ頓狂な声を出す真冬。

 一体、何なんだ? 

 もしかして、真冬が俺と別れた理由は、俺が浮気してたと勘違いしてたからなのか? 

 でも、今はそんなことを堂々と聞ける空気では無さそうだ。


「我ながら、姉の助言を無視したのはバカだったって反省してる」


「あ、姉って本当なの? でもさ、私に隠れるようにして会ってたじゃん……。本当は姉だって事は嘘なんでしょ?」

 そりゃ、当然だろ。

 真冬に姉に相談してる格好の悪い姿なんて見せられない。


「同棲でうまく行かないって話を姉に相談しにいくのを、誰が彼女に言えるかよ。普通に恥ずかしいに決まってるだろうが」


「そ、そうなんだ……」


「俺が浮気してるとでも思ってたか?」


「べ、べつに? そんなの、全然、思ってないし。ほんと、ほんと」

 隠すように取り繕う真冬。

 否定しているが、どう見てもそう思っていたようにしか見えない。

 そして、はっと我に返り俺を責め立てる。


「き、君こそ、私が浮気してると思ってたんじゃないの?」


「はあ? そんなことあるわけが、な、ないだろ」

 たじたじになる俺。

 じっと睨まれる中、諦めて腹を割って話し始めた。


「……悪い。お前が俺に隠れて浮気してると思ってた」


「こ、こっちも、そう思ってた。ごめん……」

 気まずい。

 互いに浮気してると思い込んでいたのに、実際は浮気されてなかった。

 別れて1か月後に知った真実。

 それは、俺と真冬を苦しめる。


「別れようって話を切り出した時、すんなり別れようって受けいれたのは、俺が浮気してるとでも思ってたからか?」

 もう一度、真実を確かめるべく、ちらちら真冬の顔色を伺いながらも聞いた。

 そしたら、コクリと小さく頷き俺にも聞いてくる。


「私が従弟の宗近くんと浮気してるとでも思ってたから、君は別れようって言ったのかな?」

 俺は小さく首を振って頷いた。


「……」


「……」

 俺と真冬の間で静寂が漂う。

 誤解だったというのなら、それを認めれば元サヤに戻れたかもしれない。


 ただし、もう少し早ければの話だ。


 もう、別れてから1か月も経っている。

 それまでの間。俺は真冬を遠ざけてたし、真冬も俺を遠ざけて来た。

 今でも好きだ。けど、浮気してるのを問い詰めもせず、自分勝手に結論付けて逃げてしまった。

 きっと、それは……気持ちが離れていた証拠なんだろう。

 本当に好きだったら、もう少し何かしら行動していたに決まってる。


 たぶん、真冬が浮気してるのを目撃してようが、して無かろうが、遅かれ早かれ俺達は破局していた。


 それを告げるため、俺は皮肉めいた感じで口を開く。


「嘘に決まってるだろ。浮気してるのを目撃したから別れたを告げたとか、そんなわけない。何を信じてるんだ? 同棲が上手くいってないからが理由だ。ま、多少は浮気してると思ってたのも含まれてただろうがな」


「そっか。じゃあ、私も浮気されてると思ったから、すんなり別れるのに納得したわけじゃないと思う。一緒に、居るのが面倒になっちゃってたしさ。だから、もう別れても良いって思ってた。だから、君に別れようと言われた時、すんなり頷いたんだと思う」

 別れるまでに至った根本的な理由は浮気じゃない。浮気はあくまできっかけ。

 別れたのは、同棲が上手く行ってないところにあったと認め合う。


 だけど、浮気されてないし真冬の事を敵視する理由も無くなった。

 俺は複雑な顔で佇む真冬へこれからについて話すことにした。


「俺達は別れた。それは変わらない。で、だ。取り敢えず、今後の話と行こう」


「うん。これからどうする、私達?」


「もう終わってるんだし、別にどうしようもないだろ」


「だよね」


「ただ言わせて貰うなら、シェアハウスに住んでる他の住民に変に気遣われたくない。お前は?」


「私もそこは同じ。仲良く暮らしてる人たちの輪をかき乱したくない」


「それなら、お前と俺はここで出会った他人だ。それ以上でもそれ以下でもない。そんな感じでよろしくするだけ。幸い、浮気されてなかったし、別にお前を避ける理由も無くなったしな……」

 浮気されてると思っていた事への怒りや悔しさは収まった。

 変わりにもっと得体の知れない気持ち悪い感情に苛まれてるけどな。


「じゃ、私と君はここで出会った他人でよろしく」


「そう言う事だ」

 話に区切りがつくと逃げるように俺の部屋から去って行こうとする真冬。

 ドアを開けるも、中々俺の部屋から出て行こうとしない。


「どうしたんだ?」


「あのさ。私達は、シェアハウスで出会った他人だけどさ、ちょっと話したり、交流したりするのはOKだよね?」


「……まあ、良いんじゃないか。別に同棲が上手く行ってないだけで、喧嘩して別れたんじゃないし。一応、俺達の別れは円満と言えば円満だったしな」


「ありがと。話しかけんなとか言われたら、どうしよって思ってた。それじゃ」

 ガタンと俺の部屋の扉を閉め出て行った真冬。

 まだ引っ越してきたばかりの殺風景な部屋で俺は嘆く。


「浮気してなかったのか……」

 元カノへ抱いていた一番のもやもやとした部分である浮気。

 それが勘違いであったことを知った。

 だからと言って、何もする事は出来やしない。


 浮気されてようが、浮気してようが、俺と真冬は元の関係に戻れない。


 それは変わらない事実だ。


 だというのに、


「なんで、真冬とまた恋人になりたいって思っちゃうんだろうな」


 元カノの事が気になってしょうがないのだ。


 

 

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