第4話元カノとの新しい関係

 真冬と話をつけた後、引っ越し業者がやって来た。

 もどかしい気持ちを抱きながらも、荷解きに取り掛かる。

 しわになると不味いスーツを段ボールから取り出し、部屋にあるクローゼットに掛けた。

 そのまま、流れるように他のものも荷解きしているのだが、


「ふぅ~。ダメだ」

 どうしても気が乗らない。

 4号室に住む元カノの事が忘れられない俺は休憩するため階段を降りる。

 コンビニで飲み物でも買おう。


「あ、悠士先輩。どこ行くんですか?」

 リビングを通った時、薄手のパジャマに着替えてごろごろしてる小春ちゃんに声を掛けられた。

 高校生ながらも、日和さんという保護者が居るのでシェアハウスに住んで居るという珍しい子だ。


「ちょっとコンビニまで行って来るつもりだ」

 

「それじゃあ、アイスを買ってきてください! 後で、お金を払うので」


「お、おう」


「あ、今こいつ。馴れ馴れしいなって思いました? その通りです。私こと、小春ちゃんは誰にでも分け隔てなく、馴れ馴れしい子なんですよ。でも、悠士先輩には、超特別で他の人以上に馴れ馴れしくしてるんですけどね!」


「俺が特別?」


「そうですよ。超特別です。ふっふっふ~。このシェアハウスって入居審査がありましたよね。お姉ちゃんが悠士先輩の書類審査をしている時、私がこの人は、ちょっと根が暗いけど、大丈夫ですよ~って口添えしてあげるくらいには特別です」


「根が暗いって酷い言いようだな……。まあ、実際そうだから何も言い返せないけどさ。てか、なんで俺は特別なんだ?」


「ん~、内緒ですよ。ええ、内緒ですとも。それじゃあ、アイスよろしくで~す」

 俺に対して、やたらと絡んで来る小春ちゃん。

 入居審査の段階から、馴れ馴れしくしてくれていたようで、管理人である日和さんに入居が出来るかどうか決める審査の時、口添えまでしてくれたらしい。

 こんな風に馴れ馴れしくしてくれるのは、本人曰く理由があるというが見当もつかない。


「教えてくれよ」


「だって、すぐに教えたら面白くないですもん。まあ、近いうちには教えますって。私が悠士先輩に馴れ馴れしくする理由を! それよりも、アイスよろしくです。200円くらいまでなら何でもOKです」


「任せとけ。じゃあ、行ってくる」

 引っ越してきたばかりなので土地勘はないが、コンビニがどこにあるのかは事前に把握済み。迷わずにコンビニに辿り着き、買い物を始める。

 飲み物を数本。食料を少々。

 そして、小春ちゃんに頼まれたアイスを籠に入れてレジに並ぶ。

 しかし、前に並んでいたのは元カノである真冬で俺に気が付いた様子。


「げっ」


「おい、げっとはなんだ。ちゃんとさっき話をしただろうが。シェアハウス内で出会った、知り合いだって感じに振る舞うと」

 終わった関係。他の住民に気遣わせないため、赤の他人として過ごす。

 そう決めたのに、まるで顔を合わせるのが気まず以下のようにげっと言われ、気まずそうな顔で見つめられた。


「ごめん」


「ん、ああ」

 浮気されてたわけじゃ無いので、敵視する必要もなくなった。

 別にどぎつい喧嘩をして別れたわけでもないのが、もどかしさを募らせていく。

 可愛げの薄い格好をしている真冬。

 でも、誰もが一目で綺麗で可愛いと言うような美女。

 元カノで可愛さは今も健在。

 もちろん中身も好きだったけど、それと同じとまではいかなかったが見た目も好きだった。

 好みというのはそう簡単に変わらない。


 別れたとはいえ、可愛い元カノが横に居るとドキドキが止まらない。


   *


 コンビニで会計を終え店内を出る。

 それは真冬もほぼ同時であった。

 顔を合わせた後、真冬は申し訳なさそうに口を開く。


「ちょっとだけ話そっか」


「仲良くする必要なんて別に無いだろ」


「喧嘩別れしたんじゃないし、少しくらい良いじゃん」


「……」

 ぐうの音も出ない。

 本当に浮気されてたのなら、お前なんて知らねえよ! と言えたんだけどな。

 黙っていたら、真冬は肯定と見たのか俺に話し始めた。


「悠士……。ううん、違う。シェアハウスでは他人だよね。加賀君はさ、新しい出会いを求めてシェアハウスに引っ越して来たって、日和さんが言ってたけどさ。あれって、事実?」

 俺の事を加賀君と呼ぶ真冬に答える。


「おまけだ。おまけ。事実だけど、そこに重点は置いてない。お前と別れてから、いまいち調子が出ない。だから、環境を変えてみただけだ」


「そっか」


「日和さん曰く、真冬……じゃなくて、氷室さんも新しい出会いを求めてシェアハウスにやって来たって聞いたが?」


「ま、見ての通り、男との出会いなんて無かったよ。でも、君と同じで、新しい出会いなんて、おまけだから別に良いんだけどさ」


「てか、同棲が失敗したってのに、よくシェアハウスに住もうって思ったな」


「ん~、それは君も同じじゃない? まあ、私は同棲が失敗したからと言って、誰かと住むのを過剰に嫌う必要がないかなって。君とはうまく行かなかった。でも、他の人とは、必ずしもうまく行かないとは限らないでしょ?」

 臆病になってもしょうがないか……。

 俺は愛想笑いを浮かべながら話を続けた。


「その辺はそっくりそのまま俺もだ。で、どうだ? 2週間前から住んでるんだろ? うまく行ってんのか?」


「今のところはね。いや~、気づかされたよ。君との同棲がなんで失敗しちゃったかをさ」

 苦々しく笑った真冬はそっぽを向いて俺から顔をそむけた。

 そして、感情を込めずに淡々と語った。


「勝手に悠士……じゃなくて、加賀君が買って来た食べ物を食べたのに、悪びれなく当たり前のように振る舞ってたでしょ?」


「まあ、そうだな。それがどうしたんだ?」


「それって、普通にダメだったんだよ。親しき中にも礼儀ありってこと。日和さんにさ、このシェアハウスに住んで居る人って仲良しでしょ? なのに、なんでこんなにもルールをしっかりしてるか聞いたんだ」


「何て言われたんだ?」


「親しき中にも礼儀ありだってさ。好きな人だろうが、それを忘れたら痛い目に遭うって日和さんは言ってた。そして、言ってた時の目は物凄く何かを経験して来たんだろうなって感じ」


「親しき中にも礼儀ありか……。なら、同棲してた時みたいに俺の飲み物を勝手に飲んだりしないってか?」

 軽い感じで言ってやる。

 そしたら、真冬は逸らしてた顔を俺に向けて軽く笑った。


「もう、やらないかな」


「お、おう」

 同棲してた時には、反省する素振りを見せてくれすらしなかったのに驚く。

 たじろぐ俺に真冬は続けて語る。


「恋人だからって、何もかも甘く見てた。だから、たくさん言い合いしたし、一緒に居るのすら嫌になったんだと思う。本当にそこはごめんって思ってる」


「……今更、謝るなよ」

 後悔したって遅い。

 もう関係は終わってしまっている。


「は~……。心機一転、頑張ろうと思ったのにまさか元カレと再会しちゃうとは思って無かった」

 うんざりとした顔をした後、真冬は微笑した。

 そして、コンビニの袋から一本のコーヒーを俺に渡してきた。


「さっきは溢したジュースを片付けるの手伝ってくれてありがと。後さ、こればっかりは謝っとく。浮気してると思ってて、本当にごめん」


「だから、謝るなって」

 コーヒーを受け取る。

 そして、軽く頭を下げた真冬に頭を上げさせた。


「謝りたかったんだから許してよ」


「ただまあ、あれだ。俺もお前が浮気してると思ってた。それに関しては、本当に悪かった」


「謝るなじゃなかったけ?」


「お前なあ……」

 終わってしまった関係。

 だけど、再び始まってしまった俺と真冬の新しい関係。

 真冬が先に宣言して来た。


「浮気してたのは勘違い。でも、勘違いするほどに関係は冷めてた。だからさ、私と君はもう恋人じゃないからね?」

 儚げに笑った真冬。

 そんな彼女と俺の今の関係は――


「ああ、俺とお前はもうシェアハウスに暮らすルームメイトだ」


「ルームメイトって、シェアハウスに住んでる住民に使うのはおかしくない?」


「まあ、似たもんだし良いだろ。てか、あれだ。無理して俺と仲良くしなくても良いんだからな」


「分かってる。君には、あんまり近づかないから安心してよ。まあ、別に同棲が上手くいかなかっただけで、加賀君の事は別に嫌いではない。話しかけて来たら、相手してやっても良いけどさ」


「未練がましい奴め」


「こっちから仲良くしてあげようって近づいたのに。それってなくない?」


「ったく。ま、気が向いたら話してやるよ」

 夏に向けて暑くなり始めた6月中旬。

 俺は元カノとシェアハウスで一緒に暮らすルームメイト? になった。




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