第5話私に何も言わずに出て行ったら怒るから

 コンビニで買い物を終えて帰って来た。

 買って来た色々を冷蔵庫に仕舞うため、リビングを通る。

 まだ依然として、リビングでごろごろしていた小春ちゃんに声を掛ける。


「アイスを買って来た。でもまあ、この暑さだ。ちょっと溶けかけてるから、冷凍庫に入れとくな」


「ありがとです。あ、アイスに名前を書いといてくださいね」


「食べられないようにか?」


「一応、書いておかないとお姉ちゃんがうるさいんですよ」


「確かにな。じゃあ、俺もっと」

 きっちりとした性格をしている日和さん。

 名前が書かれていない食べ物を見つけたら、誰のかを突き止めるべく周りに聞き回りそうだ。

 その様相を思い浮かべ、少し笑ってしまう。 

 そしたら、小春ちゃんはいじらしく俺をからかって来た。


「お姉ちゃんに言っときますね。名前を書かなかったら、煩そうな人~って悠士先輩が思ってそうだったって」


「勘弁してくれ」


「あはは、どうしよっかな~? まあ、冗談ですって、マジになっちゃダメですからね」


「小春ちゃんって中々に良い性格してるな」


「ですよね? そう思いますよね? 私もそう思います」

 ちょうどそんな時だった。

 何となく俺と一緒に帰って来るのを見られたくないと言った真冬が、時間をずらして帰って来た。

 

「あ、お帰りです。真冬先輩! いや~、真冬先輩が何かいる? って聞いてくれたのに、何もいりませんよって言った後、猛烈にアイスが食べたくなったので悠士先輩に頼んじゃいましたよ!」

 

「ゆ、悠士先輩って意外と親し気じゃん」


「そうなんですよ~。悠士先輩ってちょっとカッコイイ気がするので、媚びを売っとこうかな~って。なんちゃって」

 そう言った瞬間だ。

 真冬は苦笑いしながら、小春ちゃんに語りかける。


「そう? 私には加賀君の事、全然カッコよく見えないけどね」

 別れる前は、俺の顔が超大好きとほざいていたのはどの口だ?

 というか、今の俺がカッコよくないってお前が一番言っちゃダメだろ。

 俺の服って、思いっきりお前の趣味が反映されてるんだからさ。


「なあ、氷室さん。幾ら、出会ったばかりだからと言って、その物言いは無いと思うんだが?」


「だって、そうだし」

 売られた喧嘩は買う。

 反撃の機会を得るべく、俺は会話を広げていく。


「じゃあ、氷室さんはどんな顔付きの人が好みなんだ?」


「あ、そうですよ~。この前、真冬先輩に顔の好みを聞いてたのに、はぐらかされたんですよよ。ね~、教えて下さいよ~」

 興味を引く話題だったのか小春ちゃんも乗り気。

 困った顔で逃げようとする真冬だが、ここで逃げれば空気が悪くなるのを分かっているのだろう。

 そう、ここは物件情報にコミュニケーション重視と書かれたシェアハウス。

 元恋人同士だと隠し他人として振る舞うと決めたのも、ここがコミュニケーションを重視しているという側面が大きい。

 分かってるよな?

 仲良く暮らすシェアハウスに住んでるんだ。もちろん、険悪なムードを作るのはダメだよな?

 念を押すように逃げるなとニコニコと見つめ続けた結果。

 真冬は観念したのか、俺達に顔の好みを教えてくれる。

 ポケットから携帯を取り出し、一枚の画像を表示させ俺と小春ちゃんの前に差し出す。


「こんな感じ」


「この人ってイケメンですよね~。でも、あれ? この人って、悠士先輩に似てる気が……」

 

「おいおい。失礼だろ。こんなイケメンと俺を比べるなんて。全然、似てないぞ」


「え~、でも、顔の輪郭とか超そっくりですよ。あ、真冬先輩って、悠士先輩が好きなイケメン俳優さんにそっくりだから、緊張してカッコよくないとか言ってるんですね。もう、ツンデレですね~。このこの~」


「あははは……」

 真冬はしまったなあという顔で苦笑いする。

 咄嗟に見せた好みだというイケメン俳優の画像。それは俺の顔と似ている。

 まあ、そうだよな。だって、お前、俺と付き合い始めた頃、顔も割と付き合うきっかけだったって教えてくれたもんな?

 にやにやとした顔つきで氷室さんの方を見て挑発する。

 そしたら、氷室さんはむすっとした顔で俺の方を見て無言の圧力を掛けて来た。


「どうしたんだ? 氷室さん?」


「ううん。何でもない。それじゃあ、私は部屋に戻るから。あ、小春ちゃん。加賀君って相当にむっつりスケベでねちねちしてるから、あんまり気を許したらダメだよ」

 何てことを吹き込みやがると文句を言う前に去られる。

 で、小春ちゃんは俺に聞く。


「悠士先輩ってむっつりスケベなんです?」


「違うぞ。良いか、むっつりって言うやつの方がむっつりだ」


「なるほど、なるほど。そう言えば、アイス代を渡しますね。200円で良いですか?」


「ジュース貰ったし今回はタダで良いぞ」


「やりました。これぞ私の節約術です。先手必勝ですよ。悠士先輩に優しくすれば、私も優しくして貰える。ふふっ。ほんと、世の中ちょろいですよね」

 腹黒く笑う小春ちゃん。

 本当に良いキャラしてる。

 からかわれても、それを許せる優しさと気遣いが出来る女子高生だ。


「さてと、俺も部屋に戻る。まだ、引っ越しの片づけが終わってないからな」


「は~い。あ、手伝ってあげましょうか?」


「高いお礼を支払いたくないから、手伝わなくて良いぞ」


「あははは、そうですよ。小春ちゃんの優しさは有料ですからね。お忘れなく~」

 小春ちゃんを背に、俺は自分の部屋を片付けるべくリビングを去って行った。

 それと同時に、さっきコンビニで買って来た物を冷蔵庫に仕舞うのを忘れていた真冬が戻って来る。


「あ、入れ忘れですか?」


「まあね」


「真冬先輩! 私、もうちょっと真冬先輩がどんな人が好みなのか知りたいかな~って。イケメン俳優さんが好きって分かっただけで、興味出て来ちゃいました。綺麗で可愛い人がどんな人が好きなのかを!」

 とまあ、小春ちゃんに異性の好みをしつこく聞かれ始め真冬は困った顔で、色々と話し始めるのであった。

 

 っふ、ざまあ見やがれ。

 

 小春ちゃんに俺がむっつりスケベと吹き込んだ罰だろう。


   *


 で、まあ。

 部屋に戻り、荷解きを始め10分が経った。

 そしたら、俺の部屋に真冬がやって来て文句を言う。


「さっきのは何? 君のせいで、小春ちゃんに質問攻めにあったんだけど?」


「あ? お前が先に挑発して来たんだろうが」


「はあ? 私はただ事実を述べだただけだし。君が勝手に挑発して来たって、勘違いしたんじゃないの?」


「お前が過去の話を堂々と言いふらそうとしたんだろうに」


「ちがうっての!」


「あ?」

 話は平行線。

 やや喧嘩気味になりつつある中、真冬は怒りっぽく俺に言う。


「ごめん! はい、謝ったから悠士も謝って!」


「急だな……」

 いきなり謝られて戸惑う。

 てか、しれっと加賀君じゃなくて、悠士って呼ばれたんだが?


「別に喧嘩したくて私は悠士を煽ったんじゃないし。私はただ……君と仲良くしたくて。だって、浮気してないなら、君の事が別に嫌いってわけじゃ無いんだからさ……」

 もじもじと思いを打ち明ける。 

 確かに恋人としては終わっている。

 だからと言って、人間関係のすべてが終わってるわけじゃ無い。

 それだというのに、俺は――


「悪い。ちょっと変に身構えすぎてた」


「うん……」

 俺は変に気まずくなった空気を壊すべく冗談を言った。


「まあ、今も顔の好みは変わってないみたいだし、また俺に惚れるなよ?」


「誰が君に惚れるもんか。好みなんて、変わる生き物なんだからさ」

 ちょうどそんな時だった。

 まだ俺の連絡先を知らないはずであろう小春ちゃんから、メッセージが届く。

 日和さんに教えて貰ったのか?

 俺は届いたメッセージを確認した。


『よろしくで~す』

 短い文の後に長々とした文が送られてくる。


『真冬先輩の好みの男性を聞きだしたんで、お裾分けです! どうやら、真冬先輩は……風邪の時、甲斐甲斐しく看病してくれる人が大好きそうですよ! 別れちゃった元カレがそういう人で、別れた今でも、そこだけは忘れられないほどに大好きだそうですよ!』


「なに? 急にニヤニヤして」


「好みは変わるか……。てか、お前さ、まだ俺に惚れてんのか?」


「って、あああああ!!! 小春ちゃん!?」

 俺の持っていた携帯の画面を見て叫ぶ真冬。

 そして、俺にらしくない言葉を言って逃げる。


「浮気してる勘違いをさせる君なんて、全然好きじゃないんだから。200%大っ嫌いだから!」


「ああ、そうかよ」

 俺は笑いながら去って行く真冬を見送る。

 同棲での失敗が、俺達はもう恋人以上にステップアップが出来ないのを教えてくれた。

 先が見えない関係を続けても、きっと良い事は無い。


 だから、互いに好きであろうが俺と真冬は――


 恋人には戻れない。

 いいや、戻るべきじゃない。



「はあ……。なんで、あいつと再会しちまったんだか」

 手つかずの段ボール。

 それに手を付けるのが惜しい。

 今なら、また新しい引っ越し先を探してすぐにここから出て行けるのだから。


 ガタっと再び俺の部屋のドアが開く。

 小さく開けられたドアの隙間から真冬の声がした。


「私に何も言わずに出て行ったら怒るから」


「なんでだ?」


「私も悪いじゃん。気まずくなって出て行きたくなった時はちゃんと話してよ。私が出てくか、君がここに引っ越すときに掛かった費用を払うとか色々やりようはあるんだし」


「分かった。出て行きたくなったら、お前に話す。てか、なんで急にそんなことを言い出したんだ?」


「さっきは、ちょっと強く当たりすぎたし。それじゃ、私は帰る」

 ドアの隙間から話す真冬はドアを閉め去って行く。

 再び静かになった部屋で俺は頭を抱える。



「優しくするなよ……」

 未練を消しきれない相手から優しくされる。

 それは、俺の未練をより一層と大きなものへ変えていくのだ。





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