第6話楽しい歓迎会
気がつけば、外は真っ暗。荷解きは終わってないが、今日はこのくらいにしておこう。
そんな時、誰かが俺の部屋にやって来た。
律儀にもコンコンと扉をノックし、俺に聞いてくる。
「歓迎会をそろそろ始めようと思うんですけど、大丈夫ですか?」
聞いて来たのは日和さんだ。
コミュニケーション重視を掲げているシェアハウス。オーナーであり、管理人である日和さんは積極的にイベントを作っているとの事だ。
俺の入居もイベントの一つに数え、歓迎会をしてくれるらしい。
「あ、はい。今行きます」
「それじゃあ、リビングでお待ちしてますね」
日和さんに続き、俺もリビングへ向かった。
くつろぎ重視のため、キッチン前にあるダイニングテーブルではなく、リビングにある低めの長机に用意されたちょっと豪華な食事。
そして、集まるシェアハウスの住民。そこにはもちろん真冬も居た。
人が揃ったのを確認し、日和さんが乾杯の音頭を取る。
「それでは、加賀君の入居祝いを始めましょうか。飲み物を手に取ってください。ビールと缶酎ハイ、ジュースと用意してあるのでお好きなものをどうぞ。もちろん、今日は私のおごりですよ!」
机に置かれた飲み物を手に取る。俺が手に取ったのはビール。
大学2年生の6月中旬。俺の誕生日はそれなりに早く、もう20歳を迎えている。
何の問題も無いので、お酒を手に取った。
俺に続いて各々、飲み物を手にする住民。日和さんは缶酎ハイを、朝倉先輩はビール、小春ちゃんはジュースを。そして、真冬もジュースだ。
一応、俺と同じで真冬も成人済み。
酔っぱらうとやたらと素直になり、べらべらと色んな事を喋るのでお酒は控えている。
きっと今日もそうなんだろう。
何で知ってるかって? そりゃあまあ……。真冬のお酒解禁の誕生日。
それを祝ったのは俺だったからだ。
今年の4月10日の事である。
「それでは乾杯!」
日和さんの掛け声で俺の歓迎会は始まる。
掛け声の後、ぐびっとビールを流し込んだ。
早速、横に座っていた朝倉先輩が気さくに話しかけてくれる。
「やあ、加賀くん。さっきぶりだね。改めて、これからよろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
「改めて自己紹介をしようか。僕の名前は朝倉(あさくら)龍雅(りゅうが)。大学3年生。ん~、これじゃあつまらないからもう少し踏み込んだ話をしよう。趣味はスポーツ観戦。恋人は今は居ないかな」
「そうなんですか? なんかモテそうなのに、恋人は居ないって意外です」
「そうかい?」
「あ、でも今はって事は彼女が居たことはあるって事ですよね?」
「あははは……。さあ、どうなんだろうね?」
彼女が居た事はあるんですよね? と聞いたら、苦笑いする朝倉先輩。
女の子からモテそうだし、絶対に居たんだろうが、ずけずけと聞くのもあれだったので、自分の事を曝け出す。
「改めまして、加賀(かが)悠士(ゆうじ)です。大学2年生ですが、見ての通り、もう成人済みです。是非、お酒とかを飲みに誘ってください。そして、その時に女の子からモテる秘訣を教えてくれると嬉しいです。ちなみに、彼女は居ましたが今は居ません」
「ははっ。女の子にモテる秘訣か……。気が向いたら教えるよ。今、加賀くんに言われたのもそうけど、さっきもこのシェアハウスに来たのは、彼女と別れた未練を断ち切るためとか言っていたね。どうだい? 新しい出会いは見つかったかい? 」
「いえ、ピンときませんね。というか、出会いを求めているのは、おまけ程度であんま気にしてませんし」
「あ、そう言えば、真冬ちゃんもここに引っ越した理由が『彼氏と別れた未練を断ち切るため。新しい出会いを求めて』と聞いたよ。もしかして、気が合うんじゃないかい?」
「「いや~、合わないですよ?」」
少し遠くで話に耳を傾けていた真冬と俺は声を揃えてしまう。
「僕は凄くあってると思うけど?」
同じタイミングで同じことを言ったせいか、くすりと朝倉先輩が俺達を笑う。
さらには、小春ちゃんもうんうんと頷き俺達に言った。
「キッチンで話していた時は、ぎこちないながらも、二人ともなんか楽しそうでしたしね」
小春ちゃんの言葉に笑顔を崩しそうになるが、抑え込んで反論する。
「そうか?」
「そう見えましたよ? というか、ちょっと話の内容で気になる事が聞こえちゃったんですけど、悠士先輩って彼女が居たんですか? 私、気になります!」
「あ~、居たな」
「嘘ですよね? いやいや、悠士先輩。龍雅先輩がかなり女の子にモテるからって、張り合う必要は無いんですよ? 」
「張り合ってない」
「じゃあ、証拠を見せて下さいよ~。別れたとはいえ、なんか残ってますよね!」
「残ってない」
「ほら~、やっぱり証拠が出せないって事は嘘ってことです。悠士先輩は格好は良いですけど根暗。さあ、おとなしく彼女が居なかったと認めちゃいませんか? あたっ。お姉ちゃんいきなり叩かないでください!」
おふざけで俺をからかって来る小春ちゃん。
それを見た日和さんが、やりすぎだと脳天をチョップして謝って来る。
「失礼な妹ですみません」
「いえいえ。普通に楽しいので気にしないでください。それに、小春ちゃんの言う通り、前は今以上に根暗でしたし」
「そうですよ~。お姉ちゃん。このくらいは悠士先輩と私の間では、ただのスキンシップです!」
おふざけムードが漂う中、俺と真冬があまり話していないのに日和さんが気付き、強引に真冬を話しに巻き込む。
「そう言えば、加賀君と真冬ちゃんは同じ大学に通ってるんですよね」
「どうしてそれを?」
「一応、管理人兼オーナーですからね。入居者の情報は知ってますし」
「へ~、そうだったんですか。氷室さんと同じ大学に通ってたなんてびっくりだ」
ここで出会ったばかりの見知らぬ人を演じるべく白々しくする。
それに乗じて真冬もわざとらしく演技した。
「そうだったんだ」
「あらま、なんか感動が薄いですね。持つべきものは友ですよ。同じ大学に通ってるのなら、講義のノートを見せて貰う事が出来ます。まあ、お二人は学部違いなのであんまり共通した講義はないでしょうけど。さて、二人ともどうして今通っている大学を選んだんですか? 良かったら聞かせてください」
日和さんに、俺が今通っている大学を選んだ理由を聞かれた。
それを説明するには――高校3年の春にさかのぼる必要がある。
*
――高3の春。
進路相談を終え教室を出る。
すると、廊下で待っていた彼女である真冬に声を掛けられた。
「終わった?」
「ん、ああ。終わった。成績的に行けそうな大学を幾つか候補で出してくれた」
担任から貰った冊子を見せつけながら言う。
大学の案内が書かれており、学力にあっている場所に折り目が付いている奴だ。
「じゃ、帰ろっか」
「ああ、帰るか。俺なんて待ってるのを目撃されたら、周りがうるさいのに良く待ってたな」
「最近、悠士と一緒に居る時間が少ない気がしたからね。今日は特別に待ってた」
俺の進路相談が終わるまで、待ってくれていた真冬と帰り道を歩く。
その際に俺は恐る恐る聞いた。
「真冬って行きたい大学とかはあるのか?」
「ないよ。ただ行きたい学部はある。社会学部に進みたいかな」
「そうか。じゃあ、俺と同じだ。漠然としてるが、俺も経済か経営のどっちかの学部で、学力にあった所を探すつもりだな」
「もしかしてさ、悠士。私と同じ大学に行きたいの?」
にやにやされている。
真冬がそんな顔で俺を見ているのが分かる。
顔を見られないようにそらして真冬に答えた。
「悪いかよ」
「ううん。悪くない。そうだね。学部は違うけど、同じ大学を目指そっか」
「俺に合わせる必要は無いんだぞ?」
学力の差がある。
だから、一緒の大学に通いたいだなんて中々言い出せなかった。
真冬は俺よりも頭が良いし、俺に学力を合わせる必要は無いのだから。
そう思っていた時だった。
「何言ってるの? 悠士が私に合わせるんだよ」
「え? いやいや、俺の成績じゃお前が合格できる大学に合格できるわけがないだろ」
「同じ大学に通いたくないの?」
「通いたいけどさ……」
「じゃあ出来る。はい、指切りげんまん嘘ついたらハリセンボンの~ます。指切った」
勝手に指切りげんまんをされてしまう。
そして、真冬とおんなじ大学に通うための厳しい日々が幕を開けるのであった。
そして、10か月後。
俺と真冬はおなじ大学に通う事が決まった。
――以上。回想おしまい。
*
って、ああああああああああああああああ!!!!!
ナニコレ。めっちゃ恥ずかしいんだが? めっちゃ死にたい。
別れた彼女と一緒の大学に通うって約束した結果。今の大学に通ってる?
くそ、くそ、くそが!
めっちゃ恥ずかしくて死にたくなるんだが!?
だって、あんな風に大学まで一緒に決めた癖に、今はもう別れちゃってるとか、本当に恥ずかしくて背筋がぞわぞわする……。
「いやあ、経済系の学部で自分の学力にあった所を選んだだけですよ」
「まあ、ほとんどの学生さんがそうですよね。真冬ちゃんはどうなんです?」
真冬の方を向く日和さん。
俺も向くと、口元に手を当てて笑いを堪えていた。
「っくふ」
「どうしました?」
「何でもない。本当に何でもないから」
俺の方をちらりと見るたび、笑いそうになっている。
自分の学力にあった所を選んだというのが真っ赤な嘘で、真冬の学力に合わせるために、必死こいて勉強していたのを知っているからに違いない。
「ちなみに真冬ちゃんはどうして今の大学を選んだんです?」
「私も普通に学力に合わせただけ。別にどこかの誰かさんと違って、背伸びして頑張りはしなかったよ」
「まあ、やっぱりそんなものですよね」
日和さんはグイッと缶を傾け、飲んでいた缶酎ハイを空にしもう一缶を開ける。
ちょうど大学の話題に一区切りがついた。
真冬が笑いを堪えるのに必死だったのを見て、少しムカついた俺は反撃に出る。
「なあ、氷室さんはお酒を飲まないのか?」
「あんまり好きじゃないからね」
「そうかそうか。好きじゃないか……」
「う、うん。好きじゃないから」
「酔うと人が変わるからじゃなくて、好きじゃないかあ……」
「よ、酔うと人が変わるわけないじゃん」
俺は知っている。この真冬という奴は酒を飲むと人が変わる。
缶酎ハイ一本を飲んだだけで、やたらと素直になり甘えん坊になり、べらべらと思っている事を喋ってしまう。
まあ、悪口はちゃんと抑えてるのか知らないけど、言わないけど。
好きじゃないじゃなくて、酔うと醜態を晒すから飲めないだけな真冬。
そして、飲めないことを気にしているのは良く知っている。
嫌味ったらしく俺は真冬に告げた。
「それにしても氷室さんは、お酒が飲めないのか。ちょっと残念だ」
顔には出てないが、内心では悔しがってるんだろうな。
とか思いながら、テーブルに乗っていたローストポークを取ろうとした時だ。
真冬はニコニコ笑いながら、俺の口元にプチトマトを押し当てて来た。
「君さ、お肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べた方が良いよ?」
真冬のこの行為は決して、親切心ではない。
俺はプチトマトが嫌い。
それを知っているからこその、嫌がらせ。
結局、口に放り込まれてしまっていたので、出すわけにもいかず嫌いなトマトを食べさせられるのであった。
「じゃあ、お前も好き嫌いせずに酒を飲んだらどうなんだ?」
「良いよ。お酒で酔っぱらったら、君が責任取ってくれるなら」
「ああ、取ってやるよ」
なお、この時の俺は軽口を叩いた事を後悔するのをまだ知らない……。
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