第7話キスだって余裕だし!
俺の歓迎会は恙(つつが)なく行われている。
用意してくれた料理はほとんど無くなり、お酒の缶もたくさん空いた。
成人済みの日和さん、朝倉先輩、俺は良い感じに酔っている。
だがしかし、一人だけ例外は居る。あ、小春ちゃんはそもそも論外だ。
「君さ~、もっと引っ越してくるなら早く言いなよ。ね~、聞いてる?」
俺の肩を揺する真冬。
お酒で酔ったら君が責任を取ってくれるならと言われて、何の気なしにOKしてしまった結果がこれだ。
「酔ってますね。真冬ちゃん。これだから、お酒が好きじゃないと言ってたんでしょうか?」
「酔ってないから! まだまだ飲めるし! 私、お酒大好きだし!」
こんな風になるから、嫌いだと言って自分を守ってるのだと理解したのか、日和さんは苦笑い。
どんどん真冬の酔いは酷くなって来ている中、日和さんがハッキリと告げた。
「部屋に帰らせましょう」
「ですね」
俺が続く。
「僕もそう思うよ。さすがにこれ以上はね……」
朝倉先輩も。
「同じくそう思いまーす。ま、見てて面白いですけど、さすがにこれ以上は明日になったら死にたくなっちゃうと思うので!」
小春ちゃんまでもが部屋に帰らせようと言い出す。
「なんでよ。私だけ、仲間外れにしないで欲しいんだけど!」
歯向かってくる真冬。
そんな彼女の手を掴み、俺は強引に引っ張って行く。
「じゃ、部屋にぶち込んできます」
「はい。お願いしますね」
日和さんに見送られ真冬を部屋へ帰すべく運搬を始める。
他の住民から見えなくなった階段前。
手を引っ張ってもいきなり動かなくなり、ぺたんと床に座り込んでしまう。
「おい。いきなりどうした?」
「おんぶ」
駄々をこねる子供かのように、階段前でおんぶをせがみ座って動かなくなる。
手を引っ張っても、全然動く気配がない。
俺が動かないのに困っているのを見て、真冬はなんだか嬉しそうだ。
「ほら、立て」
「おんぶしてよ~。悠士~。いつもならしてくれるのに、今日はなんで~?」
「……おい。普通に下の名前で呼ぶな。変に思われるだろうが」
「しらない! 悠士は悠士だし!」
「だから下の名前で呼ぶと、元恋人同士だって周りにバレて面倒になるから、下の名前で呼ぶなって」
「君こそ、なに? 私を氷室さん。氷室さんって他人行儀にさ~。ちゃんと真冬って呼んでよ!」
「めんどくさいな……。ほら、氷室さん。これで良いか?」
真冬と意地でも呼びたくない。
なので、それとなく真冬と呼ぶような感じで氷室さんと言ったら、割と大きな声が飛んで来た。
「真冬!」
「ったく。真冬、行くぞ。ほら、これで良いだろ? 階段の前で座ってないで、さっさと立て」
再会してから頑なに氷室さんと呼んできた相手を真冬と呼ぶ。
すると真冬は満更でもない顔をして顔を綻ばせた。
「よろしい。で、おんぶは~?」
立て、嫌だ。立て、嫌だと何度も何度も押し問答を繰り返す。
いつまで経っても、真冬が立たないのでしゃがんで背を向けてやった。
「んしょっと」
すぐ俺の背に乗り体を預けて来た真冬。
久しぶりに触れた真冬の体。
別れたのにな……。
なんでこんな風になってるんだかと、しみじみしながら背中に引っ付く元カノをおんぶして歩く。
背中から転んだら危ないので前傾姿勢でゆっくりと階段を上った。
そして、4号室と書かれたドアの前に辿り着く。
部屋に鍵がかかっており、扉は開かない。
「おい、鍵はどこだ? 取り出せ」
「左のポッケ」
「おい、取り出せって言っただろうが」
「悠士が取れば良いじゃん」
一向にポケットから鍵を取り出さない様子の真冬。
雑に真冬を床に置き、左のポケットをまさぐると中から出て来た部屋の鍵。
「悠士のえっち」
「お前なあ……」
真冬にえっちだと蔑まれて手に入れた鍵で部屋の扉を開けた。
「ほれ、さっさと入れ」
「やだ。ベッドまでおんぶして」
真冬に浮気されていると思って別れた。
だけど、実際は浮気なんてされていなかったと知ってしまった。
でも、今更もう遅い。
俺と真冬は終わっているはずなのに、こんな風に甘えられたら困る。
複雑な心境で俺は真冬をベッドまで運んでやる。
というか、責任は取ってやると言ったが無視すればよかっただろ。
なんで率先して真冬を介抱してやってんだ?
「じゃあな」
「悠士。こっち向いて」
「なんだよ」
後ろを振り向いた時だった。
「んっ」
奪われる唇。
俺は約2か月ぶりに真冬とキスをしていた。
「おやすみ!」
寝る前の軽いキス。
同棲し始めた頃は毎日のようにしていた。
「お前……」
「だって、浮気されてなかったんだもん。それだったら、別に悠士とは同棲が上手く行かなかっただけで、嫌いってわけじゃないもんね~。だから、キスだって余裕だし!」
「ああ、そうかよ。お休み」
「お休み~」
能天気にお休みと言って静かになった真冬。
シェアハウスに引っ越した理由。
それは、真冬への未練を断ち切るためだ。
一緒に暮らしていた部屋に住んで居た時、ふと真冬の姿を思い出してしまうのが嫌だったからだ。
同棲を始め息が苦しい思いをし、互いに鬱々とした時間を過ごすようになっていって。
喫茶店で真冬が楽しそうに男と話しているのを目撃し浮気されたと思った。
だから、真冬に別れようって言った。
喧嘩は増えていたけど、本当に真冬の事が嫌いになって別れたわけではない。
浮気されていると思って、別れを切り出しただけ。
そして、それを認めるかのようにすんなりと別れてくれた真冬。
ああ、くそ。なんなんだよ。これ。
真冬への未練を消し去るためにやって来たシェアハウス。
浮気してなかったことを知り、未練を消し去るどころか、未練がより一層と強まって行くばかり。
だって、多分俺も真冬と同じで『同棲が上手く行かなかった』だけで、別に本人が嫌いなわけじゃ無いんだから。
じゃあ、もう一度付き合えば良いだろって?
「真冬。酔ってるだろうが、最後に一言だけ言わせてくれ。俺とお前の同棲は失敗した。で、別れた。これに間違いは無いよな?」
「……」
返事はない。真冬は多分もう寝た。
浮気なんてされていなかったとしても、そもそも別れる理由は十分にあった。
真冬が浮気をしたと勘違いしたのも、同棲がうまく行ってなかったから。
好きだけど、先が見えない。
いつまでも関係を続けていても、きっと幸せになんてなれないに決まってる。
「じゃあな」
行き場を失った気持ちを抱きながら真冬の部屋を俺は去る。
*
真冬Side
カーテンの隙間越しに光が差し込む。
目をこすりながら、私は目を開く。
「良く寝た。って、あ、あ、あっ……」
手で自分の顔を覆い隠した後、声にもならない声を上げ醜態を後悔し続ける。
「やらかした」
お酒が飲めないのを気にしていた。
それを弄る悠士に対して、少しムカついたから飲んでやろうと思った私はお酒を飲んだ。
「あぁぁ……」
そして、盛大にやらかした。
悠士にダル絡みをし、迷惑をかけこの部屋までおんぶさせた。
そして、悠士が去ろうとした時、
「ああああああああああああああああああ!!!」
キスしてしまった。
やっちゃった。なんていう事をやったんだ。
別れた元カレにキスするとか、本当に何やっちゃってくれてる!?
しかも、最後には悠士だからしたと言い、まだ好きだと打ち明けてしまった。
「ど、どうしよ」
取り返しのつかないミス。
どうすれば良いのか分からぬ私は、枕に顔を押し付け叫ぶ。
感情は収まるどころか高まって行き、悠士へ八つ当たりし始める。
「元カレが引っ越してくるなんて思う訳ないでしょ!」
「同棲が失敗したのにシェアハウスっておかしいから!」
そう、私と悠士の同棲は大失敗だった。
大学2年生の4月1日。
私と悠士は大学の近くで1DKのアパートで同棲を始めた。
だが思った以上に、私達は一緒に暮らすのが性に合わなかった。
ゴミ出しを怠ったというだけで、大喧嘩。
勝手に冷蔵庫にあった食べ物を食べた事で、大喧嘩。
休みの日。予定がなく二人で一緒の部屋でずっと居ただけで、なぜか大喧嘩。
酷いくらいに喧嘩をして、互いに一緒に居るのが気まずくなった私は、悠士の部屋でなく実家に帰るようになってしまった。
そんな関係になった頃、唐突に悠士に別れようと告げられる。
浮気してるのを目撃してたし、私はすんなり受け入れて、見事に私と悠士は恋人じゃ無くなった。
そうであったはずなのに――
「浮気してなかったなんてずる過ぎる……」
悠士が私以外の女性と楽し気に話しながら歩いているのを目撃した。
その時、ああ、浮気されてるんだって思った。
でも、実際は私との同棲が上手く行かない事を姉である優子さんに相談していただけだった。
これを知ってしまってから、私は駄目だ。
「気になっちゃうに決まってるでしょ……」
同棲している時にたくさん喧嘩した。
それでも私は普通に悠士に好きだと言えるくらいには好きだった。
だからこそ、浮気してないと分かってしまった結果。
悠士の事が気になりすぎてドキドキが止まらない。
「よりは戻せないって分かってるのにね……」
そう、浮気だけが別れた理由じゃない。
きっと浮気してると勘違いしたのは『同棲が上手く行かなかった』からだ。
はっきり言える。
悠士が浮気してなくても、私と悠士は遅かれ早かれ別れていたと。
そのくらいに気持ちは離れてた。
「うっ」
いきなり蘇る同棲時代の嫌な記憶を思い出しえずいてしまう。
ちょっとしたことですぐに喧嘩。1か月も経たずに同棲生活は崩壊した。
まあまあ私にとってトラウマ。
だから、先が見えなくなっている悠士と、今更よりを戻すのはあり得ない。
「どうすれば良いんだろ」
儚げな私の声が静かな部屋に響き渡る。
ほんと、どうしてこうなった?
というか、昨日キスしちゃった事はどう説明すれば良いの……。
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