第8話小春ちゃんですよ!
「おはようございま~す。先輩、朝ですよ!」
「ん?」
寝ぼけ眼を擦りながら目を覚ますと、ベッドで横になっている俺の腹の上に乗っかっている小春ちゃん。
あれ? 俺、鍵かけたよな? なんでここにいるんだ?
「言いたい事は分かります。どうやって部屋に入ったかですよね。こう言う事です」
鍵を見せつけて来る小春ちゃん。
小春ちゃんの姉である日和さんはこのシェアハウスのオーナー。
予備の鍵を持っていても不思議ではない。
というか、持ってるって自分で言ってたし。
要するにだ。
「勝手に拝借しちゃったと」
「そういう事です」
「……」
さすがになあ。ダメだろ。
そう思い、どう言い出そうか悩み始めるも、一瞬にしてその気を変える一言が小春ちゃんから飛び出してきた。
「悠士先輩と私の仲じゃないですか。一緒にお風呂に入った仲なのに、今更このくらいで驚かないでくださいって」
「ん?」
「ふっふっふ~。やっぱり、覚えていないんですね。ええ、そうですか。そりゃあ、そうですよね。私と最後にあったのは5年前ですし」
「ま、まさか」
「はい。あの小春ちゃんですよ? ところどころ、ヒントをあげてたのに、全く気付かないのは酷いのでこうして教えてあげに来たわけです!」
小春ちゃんとは俺が15歳の頃まで近所に住んで居た女の子だ。
小さい時から付き合いがあった。言わゆる幼馴染という関係である。
だけど、なぜ目の前にいるこの子が俺の知ってる小春ちゃんだと気がつけなかった理由はちゃんとある。
「でも、早乙女って名前じゃなくて、佐藤って名字だったろ」
「お母さんがお父さんとよりを戻したんですよ。それで、早乙女小春です! 別れ際に、早乙女小春になりますって言いませんでしたっけ?」
「小春ちゃんのお母さんが再婚するってのは聞いてたけど、そこまでは聞いてない」
シングルマザーだった小春ちゃんの母親。
俺の親と小春ちゃんの親の仲が良かったため、俺の家に良く預けられていた。
それこそ、小さい時は本当に頻繁と言えるくらいに。
「てか、よりを戻したって事は、姉の日和さんとは血が繋がってるのか?」
「もちろんです。お姉ちゃんはお父さんに引き取られてただけです。普通に血が繋がってるのでご安心ください」
「なるほど……」
「生まれた時は早乙女小春だったのが、離婚して佐藤小春になり、そして、親の再婚で早乙女小春に戻ったわけです。以上!」
「お、おう」
俺の腹にまたがっている小春ちゃんを見やる。
最後にあったのは俺が15歳の時で、小春ちゃんは10歳だった。
無事に小春ちゃんは成長期を迎え、俺が本人だと気がつけない位に美少女へ育っていたわけか。名前も変わってたら、そりゃあ気付かない……。
でも、気付かなかった一番の理由は――
俺が知ってる小春ちゃんはこんな性格じゃ無いからだ。
「変わったな」
「はい、変わりました! でも、酷いですよ~。私は悠士先輩が昔と違って、凄く格好良くなってるのに、一目見て気が付いたのに……。それだというのに、悠士先輩は私を忘れちゃうなんて最低ですよ。なので、今日は悠士先輩に悪戯しに来ちゃいました! ふっふっ~、驚きました?」
「ああ、驚いた。本当に悪かったっ。で、取り敢えず、俺の腹から降りろ。な?」
「は~い」
俺の上から居なくなる小春ちゃん。
久しぶりに会った幼馴染。
小春ちゃんが他の人以上に俺に馴れ馴れしくしてると言った理由。
それは知り合いだったからか?
「私が馴れ馴れしくする理由。理解できましたか?」
「ああ、俺に幼馴染だと気が付かせるためだろ?」
「あ、はい。違います」
「え?」
「あ~あ。これ、本当に忘れてるやつですね。まあ、あれです。改めまして、これからよろしくですよ。お兄ちゃん! 」
昔みたいにお兄ちゃんと呼ばれたせいか、小春ちゃんを一気にあの小春ちゃんだと再認識していく。
小春ちゃんが思った以上に可愛い子に育っていた。
あの小春ちゃんだと分かっていても、変わりすぎた姿を見ていると落ち着かない。
「久しぶりにお兄ちゃんなんて言いましたけど、なんか恥ずかしいのでお兄ちゃんじゃなくて、悠士先輩って呼びますね」
「そうしてくれ。可愛い子にお兄ちゃんと呼ばれるのは正直、体に悪い」
「おやおや~? それは私が美少女に育っていたからですかあ?」
「そんなとこだ」
「じゃあ、ドキドキさせてあげるために、時々お兄ちゃんと呼んであげましょう! さてと、悠士先輩。本当に本当に、これからよろしくお願いします。それじゃあ、学校に行かなくちゃなので失礼しました。あ、私が馴れ馴れしくする理由、ちゃんと思い出してくれなきゃ、またいたずらですからね!」
高校の制服をなびかせ、目の前から去っていく小春ちゃん。
昔は素直で、俺の言う事を聞く良い子だった。
それだというのに、俺をドキドキさせてあげるためにだとか言って、時々、お兄ちゃんと呼ぶという小悪魔っぷりを見せつけられた。
「まあ、昔とは違う方向性で可愛いから良しとするか」
そんな気持ちで迎えた朝。
時計は8時前を表示している。
今日は大学の講義は2限からでまだまだゆっくりできる時間だ。
二度寝したら寝過ごす自信しかないのでちょっと早いが起きるとしよう。
階段を降り、リビングへ。
そこには新聞を読み、スーツ姿でコーヒーを飲む日和さんが居た。
そう日和さんは、このシェアハウスの管理人でもありながらも、普通に働いている社会人だ。
「日和さん。おはようございます」
「あ、加賀君。おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「あ~、微妙です」
真冬にキスされ、中々寝付けなかった。
出会ったら文句を言ってやるつもりだ。
「そう言えば俺の部屋に小春ちゃんが忘れてったので、これ返します」
小春ちゃんが俺の部屋に置き忘れた部屋の鍵の予備を日和さんに渡す。
そしたら、日和さんが血相を変えて頭を下げて来た。
「申し訳ございませんでした。小春が大変ご迷惑をお掛けしました」
管理人兼オーナー。幾らそんな立場とはいえ、勝手に住民の部屋に立ち入ることはまずしない。たとえ、妹である小春ちゃんがやったこととはいえ、それは超えてはいけないライン。責任は自分にある。
そう思っているからこそ、日和さんは垂直になるくらい深々と頭を俺に下げる。
「いえ、気にしないでください。俺と小春ちゃんの仲なので」
「え~っと、どういう事ですか?」
小春ちゃんは母親に引き取られ、日和さんは父親に引き取られて離れて暮らしていた。姉妹だが離れ離れだった二人。
俺と小春ちゃんは普通に幼馴染。
でも、俺と日和さんはもちろん何の接点もないのは言うまでもない。
「実はですね――」
俺は日和さんに、俺と小春ちゃんの関係を簡単に説明した。
「なるほど。だから、あの子は加賀君には馴れ馴れしくして、大丈夫なんですよ~ってずっと言ってたんですね」
「はい。俺と小春ちゃんは幼馴染。といっても、ほとんど兄妹みたいなものでしたけど。というか、名前は変わってるし、可愛くなってるし、昔と全然性格が違うわで、小春ちゃんがあの小春ちゃんだったなんて全然気が付きませんでした」
「小春が10歳の時から、一緒に暮らしてますけど確かにあの子は一気に成長しましたから無理もありませんね。さてと、事情は分かりました。ですが、もう一度謝らせてください。小春が勝手に部屋に入ってすみませんでした。私の方から、きつく叱っておきます」
見紛う事なき大人の姿だ。
俺は大学生になって大人になったと思うようになって来た。
でも、日和さんを見たら、それが浅ましいことだと、なんとなく理解できた。
「さすがにちょっとあれは行き過ぎた行為ですね。俺からもちょっと小春ちゃんにはお灸を据えときます」
「……ふふっ。なんだか、小春の本当の兄っぽいですね」
「まあ、小学生になる前までは結構かまってあげてましたから。それこそ、日和さんよりも実は接してた時間が長いかも知れませんよ?」
「あ~、言われてみればそうかもしれません。さてと、姉である私からちょっとお願いしますね。小春は加賀君と接していると楽しそうなので、これからも仲良くしてあげて貰えると嬉しいです。あ、小春が迷惑を掛けたお詫びにコーヒー飲みます?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
日和さんが入れてくれたコーヒー。
それを飲みながら、小春ちゃんについて日和さんと色々と話す朝であった。
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