第44話迫りくる終わり
気が付けば早いもので、試験を乗り越えて大学生2回目の夏休みを向かえた。
海、山、川、温泉、お祭り、花火大会、夏はイベントが盛りだくさんだ。
それに――
別れてはいるが、今でも好きな相手である真冬も近くにいる。
これから繰り広げられる夏っぽいイベントが楽しみでしょうがない。
しかし、この期待は大きく裏切られた。
「じゃ、出稼ぎに行ってくるから」
旅行用の大きなカバンを持った真冬が、俺に去り際の挨拶をする。
友達と一緒に旅館の住み込みバイトへと行ってくるそうだ。
期間は3週間と普通に長い。
「稼げるうちに稼いどかないと大変だからね」
真冬は苦笑いしてこう言うのだからしょうがない。
「そうだな。俺もバイトのシフトをたくさん入れてる」
「敷金と礼金で無駄遣いしなきゃ良かったんだけどね」
「あはは……」
真冬は痛い所を突いてくる。
まあ、うん。ほんと、あれがなきゃ余裕があった。
「んじゃ、行ってくるね」
「ああ、気を付けてな」
名残惜しさを感じながら、俺は出稼ぎに行く真冬を見送った。
そんな出鼻をくじかれた夏休み。
夏期講習のバイトはまだ始まっていないため、数日の間は暇だ。
共用スペースのリビングでダラダラしていると、小春ちゃんに声を掛けられた。
「悠士せんぱ~い!」
「どうかしたか?」
「こってり系の家系ラーメンを食べに行きたくなったんですが、一人で行くには中々にハードルが高そうで……」
ちらっ、ちらっ、ともの欲しそうな目で俺を見てくる小春ちゃん。
うん、言いたいことは何となくわかった。
「俺に着いて来て欲しいと」
「そういうことで~す。あ、お金は大丈夫なので。ストーカー対策のために、悠士先輩を連れて行くと言ったら、お姉ちゃんが悠士先輩の分もくれました!」
「なんか悪いな」
「いえいえ。ストーカー対策は大したことですよ。で、一緒に行ってくれますか?」
「ん、そうだな。せっかく奢って貰えるんだし行こうかな」
といった感じで、小春ちゃんとこってり系のラーメン屋さんへ向かう。
電車を乗り継ぎ大体50分ぐらいで、目的地へ辿り着くのだが……。
20人くらいの人が並んで行列を作っていた。
まあ、ラーメン屋の回転率はいいし、見た目よりかは待たされることはないか。
にしても、あれだ。これは小春ちゃん一人で入るのはハードルが高い。
並んでいるのは男、男、男、男、男、男、男。小春ちゃんを除けば、驚異の男性率100%である。
まあ、こってり系のラーメン屋の客層らしいと言えばらしいな。
「悠士先輩は大変ですね」
列に並んでいると、急ににやりとした顔をする小春ちゃん。
一体、何が飛び出してくるんだろう?
少し身構えていると、小春ちゃんの可愛らしい口が開いた。
「お姉ちゃんから、シェアハウス内に気になる人がいるって聞きましたよ」
「うぐっ」
「あははは、図星なんですね……。では、私が恋のキューピッドをしてあげましょう。ま、ちょっと意地悪なですけど。というわけで、HさんとMさん、どっちの情報が欲しいか教えてください。ちなみに、Kちゃんの情報を欲しいと言ったら、優しいのでそれも教えてあげましょう」
Hは氷室でMは真冬だろう。あー、バレバレってことか……。
にしても、HさんとMさんって言うけど、どっちも同じじゃ?
そして、Kちゃんは小春ちゃんのことだろう。
「んじゃ、Hさん」
「あー……」
「ん、どうかしたか?」
「いえ、別に何もないですよ?」
一瞬悩ましそうな顔をした後、小春ちゃんはびしっと俺に指を向け、Hさんの情報を語りだした。
「まず、Hさんは寂しがり屋です」
「うんうん」
知ってる。伊達に恋人を数年間やってたわけじゃないからな。
真冬が意外と寂しがり屋なことは、普通に履修済みだ。
「仲良くなると、凄く色んなことを話してくれます」
「そうかそうか」
「そして、わりと気前がいいです」
「ほう?」
行列に並んでいる間、小春ちゃんHさんの情報をこれでもかと俺に教えてくれる。
ただ、小春ちゃんから聞いた情報は俺よりも精度は低く、ところどころ『ん?』と首を傾げるものは幾つかあった。
※
「ふぅ~、こってり系はとても背徳的な味でした……」
次の日に響くような胃にくるラーメンを食べた小春ちゃんは、満足そうな顔だ。
何度か男友達とこってり系のラーメン屋に入ったことはあるが、今日のお店は今まで食べた中でも上位に入る美味しさだったな……。
俺も小春ちゃんと同じくお腹一杯で、とても満足できた。
「にしても、よく食べられたな」
「ふふっ、なにせ今日はこのために朝ご飯を抜きましたからね!」
「これからどうする?」
「せっかくわざわざお出掛けしたので、ぶらぶらと散策しましょう。暑いですけど、わざわざ電車に乗って来ましたし」
「ああ、もったいないもんな」
見知らぬ街を歩きながら、何か面白い物はないかと散策を始めた俺達。
もちろん、無言ではなく他愛のない会話を繰り広げながらだ。
「真冬先輩はせっかくの夏休みだというのに旅館へ出稼ぎに行っちゃいましたね」
「お財布事情が苦しいって言ってたし、しょうがないだろ」
「大学生って、やっぱりお金が大変なんです?」
「あー、一人暮らしをしてると大変だな。俺は1年のときは実家に住んでたけど、明らかにお金の減りがえぐい」
「私も大学生になったら苦しむかもしれませんね」
「ないな。日和さんが甘やかしてくれると思うぞ。衣食住のうち食住は」
実際問題、厳しそうに見えて日和さんは凄く甘いし気前がいい。
ぶっちゃけた話、日和さんの収入は大学生を一人養うくらい余裕だ。
小春ちゃんがバイトでひぃひぃ言うような生活を送ろうなら、援助は惜しまないような気がする。
ただ、しっかりはしているので、小春ちゃんをダメにしないために、助ける部分は徹底しており衣食住のうち食住だけ。
よりいい服を欲しければ労働をしろと言いそうだ。
「趣味とかおしゃれとか以外で使うようなお金はしっかり出してくれそうですよね」
「ま、あんまり甘えすぎないようにな。日和さんにも日和さんの生活があるし」
「わかってますってば」
「ほんとうかぁ?」
わざとらしく訝しげな顔をして言うと、小春ちゃんは悪そうな顔をする。
「ふふっ、悠士先輩もこっち側に落ちましょう。お姉ちゃんから、搾り取る側に」
「俺が日和さんから搾取する側に……。それはそれで魅力的だな」
「へー、そうですか。今の言葉、Mさんに言っちゃいます?」
「すみませんでした」
「それにしても、悠士先輩。色恋でギスギスは気を付けてくださいよ?」
「ああ、そう……だな」
元恋人同士だったとはバレてないが、真冬に好意を抱いているのはバレバレか。
小春ちゃんに釘を刺されたので、素直に頷いておく。
確かに、シェアハウス内で色恋でギスギスしているのを見せられるなんて、堪ったもんじゃない。
そもそも、小規模シェアハウスで色恋なんてあまり見たくないって人がほとんど。
だから、真冬と復縁したら――
シェアハウスから出ていくと決めている。
「っと、悠士先輩。あのお店みたいです!」
少しばかり思い耽っていた俺の腕を引っ張る小春ちゃん。
まあ、復縁して出ていくのはまだ先の話だし、それまでは今を楽しむとしよう。
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