第43話余裕がなくなってきた二人
二人で海に行った思い出。
あの時は、これからもずっと一緒にいるもんだと疑うことはなかった。
けど、今の状況を見ると、情けない気持ちでいっぱいだ。
「あの時は楽しかったよな……。別れるなんて微塵も思ってなかったくらいにはな」
「私もかな……。でさ、気が付いたことが一つある」
「なんだ?」
「私って、さ、誘うのへたくそ過ぎない?」
「そこに触れたか……。いや、誘うこと自体は下手ではないと思う……。てか、本当に触れてもいい話題か?」
「まあ、うん。よりを戻すためにも、触れなきゃでしょ」
「だな。デリケートな話題かと思ったけど、結局は、しっかりと踏み込まなくちゃダメだったことだろうし」
デリケートな話題だから、口にするのはどうかと思った。
しかし、それはあくまで付き合う前や、付き合いたての場合のみ。
末永く、よろしくしたければ、そんなデリケートな話題だからって、遠慮して踏み込まないなんて……ダメだったんだと思う。
「で、どう思ってるの?」
「誘うのは下手じゃないと思ってる。可愛げがあっていいと思ってた。でもさ、こう、長年付き合ってると、その……本当に言ってもいいのか?」
「だ、大丈夫。覚悟はできてる」
「結構面倒くさかった」
「うぐっ……。そりゃ、そうだよね……。長年も付き合ってるのに、回りくどかったら、何だこいつってなるよね……」
ショックを受けたのか、胸元に手を押さえ苦しそうな真冬。
でもまあ、仮病というかリアクションであり、本当に苦しんでいるわけではないので、少し経つと普通に元通りだ。
そんな彼女に、今まで遠慮して言えなかったことを、ハッキリと伝える。
「したいなら、したいってハッキリと言ってくれ。ボディタッチでそれとなく訴えかけられても、疲れてるときは、ちょっとムカつくときがあるし」
「……うん。そうだよね」
「でもまあ、俺も馬鹿だったと思う」
「なんで?」
「今言ったことを、言えば良かっただけだってことだよ。うざいから、堂々と誘えってな……。こんなことも言えずにいるなんてさ、本当に馬鹿だろ」
この回りくどさも真冬の魅力なんだって思い込んで、誤解して、それで耐えきれなくなった。
変な見栄。俺は真冬をわかってる。
そんな風な、驕りがあったせいだ。
「かもね。でも、悠士は悪くないって」
「いいや、俺がハッキリと言えば、真冬は怒らずに直してくれたと思う」
「まあね」
「なら、俺も悪いだろ。言いたいこと、言えないのはさ」
「そっか……」
いつまでも同じじゃダメ。
それを知れて、また一歩、復縁に近づいた気がする。
満足気に思っていたら、真冬がもどかしそうに聞いてきた。
「す、素直に誘えるように頑張りたいんだけど、何したらいい?」
「んー、例えば、表情で俺に伝えたいことを訴えかけるの禁止とか?」
素直じゃないが、真冬はクールそうな見た目に反して、表情の変化が人よりもハッキリとしているのでよくわかる。
何を伝えたいかなんて、口にしなくともわかるケースがほとんどなのだ。
だからこそ、その豊かな表情を封じれば、嫌でも何をして欲しいか、言葉で伝えなくてはいけない……と思う。
「どうやって、私の表情を封じればいいんだろ……」
「顔を見えなくするのが手っ取り早いし……覆面?」
「え、それはちょっと……」
「あ、マスクってのは?」
「……なるほどね。じゃ、今度、試してみよっか」
割といい感じにまとまったな。
二人して過去を思い出したことで、なぜ一度は決別するに至ったのか知る。
こうして、やり直すべきところをしっかりと見つめ合う。
また一つ、強くなれた気がする。
ダメなところを治すべく、具体的な解決策を見つけなくちゃいけない。
だって、俺達はやり直したいんだから。
さてと、今度は俺の番だな。
反省すべきは、真冬だけじゃなくて俺もだ。
「で、まあ、ちょっと聞きたいんだけど……。何かと、リア充イベントがあったら、俺はオタクだし、こんなの似合わないって言ってただろ?」
「うん、めっちゃムカつく。こいつ、こんだけリア充なくせして、いつまで過去を引きずってるんだって」
「あ、はい。すみませんでした」
過剰に昔の自分を引きずり、こんな陽キャっぽいイベントは自分には似合わない。
そんなことを付き合っていたときは言い続けていたが、その都度、真冬は違うでしょと言っていた。
どうやら、卑屈な俺に対して、真冬はやっぱりムカついていたようだ。
「謙虚なのはいいとこでもあるけど。しすぎは普通に面倒だし。まったく、悠士は自分が思っている以上に魅力的な人なんだからね?」
「で、でも……。いや、そ、そうかもな」
でも、と言ったが、それじゃあ前までと同じだと思い、すぐに取り消した。
すると真冬は、ふふっと笑って、俺の背中を優しくたたいて喝を入れてくれる。
「そうそう、格好良いよ。悠士は」
「……」
「……」
話に一区切りがつくと、得も言われぬ間が生まれた。
互いに真摯に向き合うことで、なんというか気恥ずかしくてしょうがない。
それと同時に、俺はというと、なんというか、本当に単純でさ……。
「……あははは、なんか、ダメかも」
唐突に真冬が頬を赤らめて俺に微笑む。
「な、なにが?」
「悠士となんでもいいから、恋人っぽいことしたくなってきちゃった」
「だ、ダメだろ。まだ、俺達は……ほら、恋人に戻れるかどうかすら、ハッキリしてないんだしさ」
口で言ったものの、俺も我慢の限界が近かった。
なんというか、過去の思い出が俺を駆り立てる。
あの頃の、楽しかった時間をまた味わいたいと。恋人らしく、恋人として、好きな人と好きなことをしたい。
ドクンドクンと高鳴る鼓動を感じながら、とめどなく溢れてくる欲望。
「そ、そうだね。そ、そういやさ……」
真冬が適当に話題を振ってくれた。
が、あまり話に集中できない。
もちろん返事はちゃんとしたし、何を話してくれたのかも聞き流してはいない。
けれども、なんというか真冬に対し、何とも言えない欲情が止まらない。
そんな気持ちでシェアハウスに辿り着いた。
手洗いうがいを済ませ、自分の部屋へ戻る。
が、のどが渇いていたのでお茶を取りに共用冷蔵庫の元へ。
そこには日和さんがいて、俺の顔を見て少し心配そうな顔で聞いてきた。
「顔、真っ赤ですね。何か、ありました?」
「あははは……。別に何もないですよ」
「そうでしたか。でも、顔が赤い加賀君にはこれをあげましょう」
冷凍庫から火照りを冷ましてくれそうな小さな棒アイスをくれた。
このサイズを部屋で食べるのもなと思い、その場で食べ始めた。
そして、俺は横で冷蔵庫の中身を見て、今日の夜は何を作ろうか唸っている日和さんに聞いてしまう。
「た、例えばなんですけど、このシェアハウスに住んでる者同士で恋人になったら、日和さん的にはどうですか?」
「恋人ですか……。ん~、止めはしませんね。ただまあ、風紀を著しく乱すようであれば、お説教です。ちなみに、酷い場合は強制退去です!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえいえ、それにしても、急にこんなことを聞くとは……、もしや、このシェアハウスに住んでいる誰か好きになっちゃいましたか?」
ニコリと面白そうなおもちゃを見つけたと、俺を見つめる日和さん。
そんな彼女に対し、俺は下手な誤魔化をしてしまう。
「べ、別にそういうわけじゃないですって」
「へー、そうなんですか? で、誰が好きなんです?」
「だから、違いますって……」
アイスを食べ終わり、日和さんの前から去るまで俺は弄りに弄られるのであった。
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