第45話小春ちゃんに弱みを握られる
食費の節約のため、1食50円以下の袋麺を食べようと思い鍋を用意していたら、
「ただいまで~す!」
元気そうに帰って来たのは、いつも明るい小春ちゃん。
――ではなくて、その姉の日和さんだった。
明らかに上機嫌なので、どうしたのかと思っていたら……。
キッチンに立つ俺の存在に気が付き、嬉しそうに理由を語ってくれた。
「いや~、久しぶりに4連休が貰えました。夏休みとは別に!」
「それでご機嫌だったんですね」
「はい、そういうことです。もう、仕事用の携帯は電源切ったので、これで4日は自由の身ですよ」
「社用の携帯って電源切ってもいいんです?」
「……ま、1日に1回は電源を入れて確認しますから」
「全無視はしないんですね」
「本当はそうしたいとことろですけど。っと」
社会人は大変そうだと苦笑いしていると、日和さんは冷蔵庫を開けてビールを取り出した。
そして、スーツ姿のままでグビっとビールを煽った。
「ぷはぁ~~、明日は休みなので今日は飲みますよー! あ、加賀君も飲みます?」
「ただなら」
「ええ、もちろんです」
と、日和さんから缶ビールを貰う。
プルタブを開け、グビっと飲む。
節約のためにお酒は飲み会以外では買うことはないのだが、こうして日和さんが気前が良いこともあり、定期的にお酒を嗜んでいる。
なんか、ダメになりそうだな~と思いつつも、日和さんは聞いてきた。
「加賀君は20歳になったばかりなのに、意外とお酒に強いですよね」
「奢って貰えるんで飲む機会が多いのと……」
「多いのと?」
聞き返されるも、俺は口にするかどうか迷った。
なにせ、『彼女が酔うとダル絡みしてくる。外でそれは危ないからと、お酒を呑んでも飲まれないように練習していた時期があったから』からだ。
まあ、彼女がいたのは知られてるし、真冬の名前を出さなきゃいいか。
「前に付き合ってた彼女が酔うとやばい奴だったんで。なので、その練習に何度も付き合いました」
「なるほど。で、強くなったというか、慣れていったと」
「はい。あんま、お金も掛けたくなかったので度数高めのストロング系で練習に付き合わさたのもそこそこ強い理由のひとつです」
「ストロング系……ですか」
日和さんの顔はどこか浮かない様子だ。
好きじゃないのだろうか? と気になる。
「日和さんはストロング系は飲まないんですか?」
「あれ、飲みやすくてペースがわからないんですよ」
「あー、確かに」
そう、俺も真冬も炭酸とすっきりした飲み口にやられた。
気が付かぬうちにキャパオーバーとなり、酷い2日酔いに悩まされた経験がある。
「私は悪酔いしてからは封印してたんですけど、久しぶりに飲みたくなってきましたね。あいつはどんな魔物だったのかと思い出すために。ちょっと買いに行ってきましょうか……」
貰ったビールを日和さんに向けながら俺は言う。
「あー、買ってきましょうか? これ、貰ってますし」
「いえ、私が行きますよ。おつまみとか色々欲しいので」
とはいえ、貰ってばかりなので申し訳ない。
大学生らしいノリで俺は日和さんに言った。
「んじゃ、俺も行きますよ。荷物持ちとして」
「あ、ちょっと着替えて来てもいいですか?」
「スーツのままですもんね」
そして、数分後。
日和さんはスーツからおしゃれな格好に着替え、俺の前に戻ってくる。
「この前に買ったノースリーブシャツなんですけど、似合ってます?」
日和さんのトップスを見る。
ノースリーブは涼し気で、暑い夏にぴったりな服装だ。
「はい、夏っぽくていいと思います。それじゃ、行きましょっか」
俺と日和さんはビールを少し飲んだほろ酔い気分な足取りで歩き出した。
※
スーパーに向けて歩いていると、浴衣を着ている人とすれ違った。
ふと、俺は横を歩く日和さんに聞いた。
「どこかでお祭りをやってるみたいですね」
「神社の方でしょうね。毎年、結構な数の屋台が出てて賑わってますよ」
「へー」
「せっかくなので寄りましょうか」
「あー、手持ちがちょっと……」
屋台の食べ物は高い。一人暮らしを始めてから、それを痛いほど知った。
特に今は、そんなに金銭的な余裕があるわけでもないわけで……。
「ふふっ、奢りますよ」
「いやいや、さすがに俺だって奢られっぱなしだと申し訳ないですって」
シェアハウスに引っ越してきてからというものの、奢られまくっている。
なので、今さらどの口が言うと言った感じだけどな。
「私のお財布を舐めて貰っちゃ困りますよ?」
「あははは……」
うん、日和さんって結構ガチで稼いでいるんだよな。
同年代の人に比べたら、超エリートだと言われるレベルで。
「ほら、行きましょ?」
「え、あ、はい」
なし崩し的に俺と日和さんは予定を変え、お祭りが催されている神社の方へ歩き出した。
神社に辿り着くと、そこは人でごった返している。
「まずは……ビールを買いましょうか」
ビールを売っている屋台に一目散に向かう日和さん。
そして、お祭り価格のビールを両手に持って戻ってきた。
「最初から2杯とは楽しむ気満々ですね」
「あははは、片方は加賀君のですよ」
「ごちそうになります」
「いえいえ、お代わりが欲しくなったら遠慮なく言ってくださいね。さ、行きましょっか」
俺達は屋台がたくさん出ている通りをぶらりと歩き始める。
たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、とお祭りには欠かせないオーソドックスな粉ものが多い。
しかし、日和さんと俺の手にはビールだ。
ビールに合いそうな、比較的軽いおつまみからスタートするのは言うまでもない。
そんなわけで、日和さんが最初に買ったのは牛串だった。
「お待たせしました」
「あ、どうも」
と言いながら、俺は預かっていたプラコップに注がれているビールを日和さんに返した。
そして、その代わりに牛串を貰う。
「屋台の牛串はあんまり美味しくないのにどこか魅力的で、つい食べたくなっちゃうんですよね。んぐっ……」
日和さんは食中毒防止のために、これまでかとガチガチに火を通されて固くなっていそうな牛串を頬張った。
俺も日和さんと同様に一口頬張る。
うん、味は想像通りだ。
肉汁は消失しガチガチだし、牛肉の旨味はそんなに感じなかった。
そして、しょっぱい。
でも――
ぐびぐびぐびと日和さんはビールを飲む。
「ぷはぁ。これが意外とまあ、お酒に合うんですよね」
「ですね」
しょっぱすぎて文句を言うレベルの牛串もお祭りで食べるとそうでもない。
理由はハッキリと言えないけど、なんだか悪くない。
「あ、次はあれ買ってきますね!」
牛串を完食すると日和さんはじゃがバターを買いに行った。
トッピングし放題のお店だったみたいで、大ぶりなジャガイモにこれまでかと明太マヨと大量のバターを掛けたものを手に戻って来た。
「ふふっ、やり過ぎちゃいました。それでは、いただきますっと」
日和さんは箸を使ってジャガイモを切り口へ運ぶ。
すると、はふっ、はふっ、と熱さのあまり口を忙しく動かしだした。
熱さがひとしきり落ち着くと、満足そうな顔で俺に言う。
「口の中、やけどしちゃいましたよ」
「んじゃ、次はかき氷ですね」
「はい、加賀君もどうぞ」
日和さんは俺の口にじゃがバターを運んできた。
な、なんでだ!? と思う俺は遠い昔に死んだ。
まあ、陰キャだった頃はおどおどしただろうが、漫画やアニメだとシェアするのは恥ずかしい行為に描かれがちだ。
間柄にもよるが、現実は男女だろうが普通にこんな感じで食べ物をシェアする。
「あっつ!!!」
「ふふっ、ですよね?」
俺もやけどしたのが嬉しいのか、日和さんは笑った。
それから、俺と日和さんはお酒を呑みながら、屋台での食事を楽しんだ。
で、だ。
「……っと、すみません」
日和さんは通行人にぶつかったことを謝った。
人が多いからではなくて、日和さんの足がおぼつかないからだ。
そう、日和さんは……。
「まだまだ、のみますよお~~~~~」
酔っ払いそのものだ。
もう、ふらふらと本当に危なっかしい足取りである。
「ほら、日和さん。危ないですって……」
「……ん!」
日和さんが俺に手を差し出してきた。
これって、あれだよな。
握れってこと……か?
「いや……。その……」
陰キャな俺は死んだ。
というのは、嘘だったみたいである。
今のこの雰囲気であれば、恋愛関係などなくとも普通に手を繋ぐだろう。
しかし、俺は真冬以外の女性から手を握ってと差し出される経験なんて別になかったわけで、あたふたとしてしまった。
うん、やっぱり俺の根はやっぱり陰キャなんだろうな……。
「心配なら、握ってくれてもいいじゃないですか! なんです? 私の手は汚いから握れないんですかぁ!?」
日和さんに怒られた。
しょうがないな……と、俺が日和さんの手を握ったら、
「あ、悠士先輩とお姉ちゃんが手を繋いでる~~~~~!!!」
おそらく、友達とお祭りにやって来ていたであろう小春ちゃんに見つかった。
当面の間、『真冬先輩にお姉ちゃんと手を握ってたの言っちゃいますよ?』と脅されるのが決定した瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます