第46話真冬は思いを拗らせる。

 

 真冬Side



 大学2年生の夏。

 私は旅館で住み込みのバイトをしている。

 通帳の残高が厳しいんだからしょうがないよね……。うん、しょうがない……。

 ま、まあ、大学生の夏休みはとても長い。

 なので、3週間働いたとしても、まだまだ残っているわけで……


「ずるい」


 シェアハウスに住んでいる私以外の住人達は夏休みらしく、お祭りやらバーベキューやらをして楽しんでいるのを見て悲しくなった。

 なんで、わかるかって? そりゃ、普通に小春ちゃんのSNSに書いてあるからね。

 それにしても、悠士が他の子と仲良くしているのを見ていると……


 ――なんだか嬉しい。


「高校生は私以外とは全然だったからね」

 そう、高校生のときの悠士は陰キャだった。

 ひょんなことをきっかけに仲良くなった私以外とは、今みたいな交友関係はなく暗い日常を送っていたのを今でも思出せる。

 ゆえに、今の明るい日常を送っている姿を見ると、親みたいな感じで嬉しい。

 楽しそうでよかったね、と。

 だけどまあ、私だけの悠士じゃなくなっていくのはちょっと寂しい。


「ほんと、あの頃はほんと可愛かったな……」

 ふと、私は思い出してしまった。

 私と悠士が仲良くなり始めて初めて迎えた夏休み。

 まだ私達が付き合っていなかった頃、一緒にとあるアニメの劇場版を見に行ったあの日のことを。

 具体的に言うと、女の子と遊びに行ったことがない悠士の慌てっぷりを。


   ※


 じりじりと肌を焼く太陽の日差しが激しい外。

 私は駅前で数少ないというか、一人しかいないオタク趣味を共有できる友達のを待っていた。

 そう、今日はとあるアニメの劇場版を一緒に見る約束をした。

 友達とは普通に遊ぶことは多いけど、今日はなぜだか緊張する……。


「……まだかな」

 腕時計を見ると、時刻は10時ちょっと前。

 加賀くんとの待ち合わせ時間は10時15分。

 おそらく、もうちょっとで来ると思う。

 私は改めて自身の体を見て、おかしなところはないか確認した。

 よしっ、特に変なとこはないね。と思ったとき、


「お、お待たせ」

 加賀くんがやって来た。

 いつも通り、ダサくて陰キャ丸出し……じゃないんだけど!?


「きょ、今日は格好いいじゃん」


「氷室さんにちゃんとした格好を教えて貰ったから……」

 私と悠士は学校じゃ接点のない二人。

 なので、二人で歩いているところを見られたら変に噂をされたら困る……と言って、私は悠士の服装と髪型を弄って変装させてみた。

 どうやら、今日はこの前のあれを参考に、コーデを決めてきたようだ。


「ふ、ふーん。でも、その服は私見たことないんだけど」

 悠士が着ていた見たことのないトップスを見る。

 すると、悠士は苦笑いしながら私に言った。


「えっと、自分なりに考えて買ってみた。だ、ださいか?」


「ううん。似合ってる」


「そ、それなら良かった。それにしても、氷室さんは今日もおしゃれだな」


「まあね。さてと、映画が始まるまで時間あるけど?」

 映画の上映時間は11時15分。

 現在の時刻は10時10分で、1時間ほどの待ち時間がある。

 私は陰キャな悠士に意地悪でこれからどうする? と聞いてみた。


「……いや、えっと」

 ふふっ、こういうの慣れてないんだね。

 私に、『これからどうするの?』と振られた加賀くんはおどおどした感じだ。


「キミが映画までの時間をどうするか決めてよ」


「じゃ、じゃあ」


「じゃあ?」


「服が見たいです」


「ん?」

 てっきり、アニメショップやら、ゲーセンやら、本屋やら、そこら辺に連れて行かれるのかと思っていたのにね。

 なんか、意外かな……。


「似合う服が欲しい。ほら、まだまだセンスには自信がなくてさ……」


「ふーん」

 加賀くんは、ちょんと背中を推してあげるだけで、自分で前に進みだすタイプなのかもしれない。


「だ、だめ?」


「別にいいよ。せっかくだし、色々と見てあげる。さ、行こっか」

 私は友達との会話で小耳に挟んだ男子高校生がよく服を買うようなお店へ、悠士を連れて行った。

 辿り着いたお店はやっぱり若者の男子向けのお店。

 加賀くんは私に色々と聞きながら、服を選んでいく。


「じゃ、ちょっと試着してみるな」


「うん、試着したら私に見せてよ?」


「もちろん」

 加賀くんはそう言って、試着室のカーテンを閉めた。

 一人になり、ちょっと手持ち無沙汰になった私は、とあることに気が付く。

 今日のこれって、『デートみたいじゃん』と。

 普通にオタ友達と映画を見に行くだけ。今日はそんなはずだった。

 でも、まるでこれじゃ加賀くんとデートしてるみたいじゃんと。

 デートみたいだと思ってしまったら考えは止まらなくなる。

 よくよく思えば、

『男友達と二人きりで遊びに来るのは初めて?』とか、『周りから見たら完全にカップルみたいじゃん』とか色々と考えてしまった。

 いや、別に加賀くんとデートしてるわけじゃ……と思い耽っていたら、


「似合ってる?」

 試着室のカーテンが開き、私が見繕ってあげた秋夏兼用できそうなシャツを着た加賀くんが出てきた。

 ちょっと気恥ずかしそうに頬をかきながら。

 なんだかその様子がちょっと可愛らしくて、私は笑顔になってしまう。


「似合ってる、似合ってる」


「じゃあ、買ってくる」

 加賀くんは素直に褒められて嬉しそうだ。

 まるで親から褒められて喜ぶ無邪気な子供みたいである。

 そんな加賀くんは試着した服を脱いで、レジに向かった。

 また少しの間一人になった私は……今日はデートみたいじゃんと思ったことについて、結論を出した。


「ま、いっか」


 嫌いじゃない相手と一緒にお出掛けする。

 それはデートか、デートじゃないか、そんなのどっちでもいいじゃんと。


「買ってきた。そろそろ、いい時間だし映画館に行くか」


「だね」

 私と加賀くんは映画館に向けて歩き出した。

 そんなときである。

 加賀くんが私にそわそわとした感じで聞いてくる。


「今日は何気なく映画に誘っちゃったけどさ。その、こういう風に一緒に映画に行く男の友達っているの?」


「ん、いないよ。加賀くんだけ」


「そ、そうなのか」


「って、急にどうしたの?」


「いや、ちょっと気になっただけだから、うん、本当に……」

 加賀くんは慌てた様子ながらも、どこかホッとした面持ちだ。

 その様子を見て、私は気が付いた。

 待った。加賀くん……って、もしかしてだけど……。


 わ、私のことが、す、好き?

 

 なお、後に私は知ることになる。

 この頃の加賀くんは別に、私のことを異性として好きじゃなかったと。

 ……私のことが好きみたいなような素振り。

 それは、ただ単に女慣れしてないかっただけだったらしい。

 

  ※



 初々しい記憶を思い出した。

 あの頃の悠士は全然、女慣れしていなかったのに……。


「女の子とちょっと仲良くするだけで、あたふたするような陰キャだったのに……」


 私だけでなく、今は色んな女の子と仲良しである。

 悠士が仲良しな相手が増えたのが嬉しい半面、やっぱりむかつくところもある。

 夏は男女が距離を縮める季節。

 夏を経て、秋に入った頃、付き合い始める男女は結構いる。


 そんなことを考えていたら、ちょっと心配になって来た。


「……バイトを終えて帰ったら、私以外の子と付き合ってたらどうしよ」

 私は今、悠士と恋人ではない。

 だからまあ、別に私以外の相手と付き合おうが悠士の勝手である。

 そして、私は悠士への思いをどんどん拗らせていくのであった。





 久しぶりに会ったとき、盛大にやらかしてしまうほどに。




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