第32話真冬の水着姿
掃除のせいで汗をかいたが、それも過去の事、綺麗さっぱり汗を流し気分爽快。
自分の部屋に戻ろうとするも、リビングのソファーで項垂れてる小春ちゃんを見つけてしまう。
「元気が無さそうだな。で、どうした?」
「あ、はい。元気ないんです。机の上、みてどうぞ……」
死んだ魚のような目でリビングにある机の方を見た小春ちゃん。
その視線に釣られて俺も見た。
机の上に置かれているのは先ほど小春ちゃんが着て見せつけに来た水着。
それがどうしたんだ? と思っていたら、
「肩ひも切れました……」
背中で結ぶための紐が切れた水着。
ああ、確かにな。良く見ると紐が繋がってない。
でも、切れたって、相当無理しなきゃ切れることは無いのに一体どうしてだ?
「劣化してたのか?」
「いえ、去年友達とのお戯れで引っ張られたのが原因かなと」
「過激な遊びは流行るもんな。大学生ですら、相手のポロリを狙って水着を引っ張るくらいだし」
大学生で海に行けば、大人として大人らしく冷静沈着に遊ぶ……と思っていた。
しかし、そんなのは幻想で現実は恐ろしいものだ。
仲の良い連中が、恥をかかそうと腰ひもを縛っているのに、強引に海パンを引きずり降ろそうとして来るのである。
「え~、大学生にもなってそんな遊びしてるんですかあ……。子供ですね……」
煽りにキレがない。
どうやら、水着がダメになってしまったのが相当に堪えている様子。
ちょっとテンション低めな小春ちゃんを慰めるべく俺はリビングに腰掛けて、適当に話し込んでやることにした。
シェアハウスにおける住民同士の会話のきっかけは本当に小さな出来事から始まるのだ。
「紐が切れるってどんな無理したんだか」
「そりゃもう。ぽろっと出るレベル……って、セクハラですよ? 私に説明させないでくださいよ」
「悪い悪い。で、水着はどうする気なんだ?」
「普通にもう一着持ってるので、今年はそれで乗り切ります。お姉ちゃんにお小遣いをねだっても貰えないでしょうし」
「労働を対価に貰えば良いだろ。日和さんはちょろ……、優しいんだし」
つい、日和さんはちょろいと言いかける。
言う事は厳しいけど、普通に優しくて譲歩してくれる良い人なんだよな……。
「今、お姉ちゃんの事、ちょろいって言いましたね?」
「言って無い」
「え~、言いましたって」
「優しいって言っただけだ」
「惚けても無駄ですよ。まったくもう。後で、告げ口してやりますから覚悟しといてくださいね?」
「はいはい。それにしても、その駄目になった水着って相当にお気に入りだったのか?」
「お姉ちゃんにもお母さんにも、まだあなたにその値段帯の水着は早いって言われたのをなんとか説得して買って貰った奴ですし」
露骨にテンションが下がってしまっている小春ちゃん。
クッションを抱え、ため息ばっかり吐いている。
「でも、小春ちゃんなら割とどんな水着でも似合うと思うぞ? 水着が安かろうが高かろうが、小春ちゃん自身の方が魅力的なんだからさ」
「取ってつけたような励ましは結構ですので」
「バレたか。ま、水着は残念だったな。それじゃ」
適当に励ましてやる話題も尽きたので、リビングを去ろうとする。
そんな時であった。小春ちゃんは俺の方を向いて小さく笑った。
「悠士先輩って昔から弱ってる子に優しいですよね。ありがとうございました。ちょっとだけ元気でました。ちょっとだけですけど」
「優しさが俺の強みだからな」
「昔と違って、謙虚すぎないですね。あ~あ、あの謙虚だった悠士先輩はどこに行っちゃったのやら」
「小春ちゃんも変わったんだ。俺だって変わるっての」
手を軽く振りながら、俺はリビングで項垂れている小春ちゃんの元を去ろうとした時、ちょうど真冬がリビングにやって来た。
で、元気が無さそうな小春ちゃんを見て、俺の方をじっとりとした目で見る。
「いじめたの?」
「いじめてない。お気に入りの水着の肩ひもが切れちゃって、元気がないだけだ」
「へ~、なんで切れちゃったんだろ。あれって、そう簡単に切れる作りじゃないのにね」
「友達とのお遊びで強く引っ張られた経験がおありだそうだ」
「あははは。そっか」
真冬も水着の引っ張り合いに覚えがあったのか笑っている。
意外と誰しもが水着を脱がす事で、相手に恥をかかせようという遊びを経験したことがあるのかもしれないな。
「今、笑いましたね?」
打ちあがった魚のようにソファーで寝転んでいた小春ちゃんが顔をすっと起こし、俺と真冬の方を見た。
「ごめんごめん。私も水着を強く引っ張られた経験があってさ。やっぱり、誰でも馬鹿なことをして遊ぶんだなって思うと懐かしくてね」
「真冬先輩にもそんな時期があったんですね。あ、そうだ。真冬先輩って、水着は持ってますか? 唐突にお姉ちゃんが夏は海こそ至高とか言い出して、車で海辺まで埒って行くことが多々あるので」
「イベントというか、遊ぶの好きだよね。日和さんって」
「はい。だからこそ、シェアハウスなんてものを運営してるんでしょう。ま、シェアハウスを運営してるのは大人らしい汚い一面もありますけど」
「どういう事だ?」
ふと気になったことを小春ちゃんが口ずさんだので口を挟む。
すると、普通にどういうことか教えてくれた。
「お姉ちゃん、ああ見えて建築士なんですよ。この家が建っている土地はもともとおばあちゃんが持ってた土地でして、実績のためにこの家を設計し、シェアハウスとして運営してるように見せて、自分の功績としてアピールポイントにしてるんです。お姉ちゃんの営業トークとしてこの家は良く使われてるわけです。結果として、この家を建ててからのお姉ちゃんの実績は鰻昇りだそうで」
「そんな事情があったのか……」
「意外な理由でびっくりかな……」
「あ、あと、お姉ちゃんは1級建築士だそうですよ」
「……なあ、真冬よ」
「あはは……うん。そうだね悠士」
なぜだか分からないが、妙にひそひそとしてしまう俺ら。
それもそのはず、このシェアハウスの管理人ことオーナーである日和さんが、俺達の思っていた以上に凄い人でびっくりしているのだから。
いや、1級建築士の資格ってかなり難しいって聞いた覚えが……。
「二人ともどうしてひそひそとしてるんです?」
「日和さんが思っていた以上に凄い人だな……って」
「私もそんな感じでびっくりしてる」
「え~、凄くないと思いますよ? 建築士としての年収は300は越えないって言ってましたし」
俺と真冬は目と目を合わして密かにうなずき合う。
『いや、絶対に嘘だ。小春ちゃんにうるさくされそうだから、絶対に嘘を教えてる』
羽振りの良さと、身につけている明らかに高そうな腕時計。
私服も真冬から聞いたが、それなりに良いところのブランド物だという。
よその教育方針に口を出すわけにもいかず、俺と真冬は素知らぬ顔で小春ちゃんにこう言うのだ。
「なるほどな」
「そっか」
絶対に小春ちゃんが言った年収は越えてそうなのをバレないようにと。
「なんか二人が怪しいですがまあいいでしょう。ふ~、やっと元気が出てきましたよ! いやはや、元気がない時は誰かとおしゃべりするのに限りますね!」
お気に入りの水着が台無しになり、結構落ち込んでいた小春ちゃん。
しかし、それも終わりのようだ。
俺と真冬と一緒に何やらお喋りしたせいか、切り替えが出来たのだろう。
さっきの大人しめな雰囲気はどこに行ったのやら、いつも通りの平常運転へ。
「さすが小春ちゃん。立ち直りが早いな」
「私を舐めて貰っちゃ困ります。なんて言ったって、私は最強JKですからね!」
「ふふっ。最強JKってなに……」
小春ちゃんが変に威張り散らす様子が面白かったのか笑ってしまう真冬。
それに気が付いた小春ちゃんは元気よく立ち上がった後、真冬に言い放つ。
「あ~、今、笑いましたね? 笑っちゃいましたね? これは真冬先輩には私を笑ったお詫びをして貰わなくては! という訳で、真冬先輩。今後恐らく、水着を見せて貰う機会はあるでしょうが、今見せてくださいな?」
いじらしく笑う小春ちゃんに真冬は詰め寄られた。
でもまあ、さすがに一緒に暮らし始めてもう大分時間も経った。
小春ちゃんから好みの男性を聞かれ、たじたじになっていた真冬はもういない。
「今度ね。だって、日和さんが海とか連れて行ってくれるんでしょ?」
「むっ。それはそうですけどお。私は今みたいんです! ダメですか?」
「お楽しみで」
「良いじゃないですか~。私だって、さっき悠士先輩に水着を見せてあげたんですし、良いじゃないですかあ~」
真冬を物理的に肩を掴んで揺さぶり落としに掛かる小春ちゃん。
中々に折れる様子を見せてはいなかったものの、小春ちゃんが俺に水着を見せたと聞いてから真冬の目つきが急に鋭くなった。
「へ~、悠士は小春ちゃんの水着姿見たんだ」
「はい! そりゃもうばっちりと」
「ふ~ん」
蛇に睨まれたかのような真冬の鋭い視線が俺の背筋をぞっとさせる。
お、俺、何かしたか?
ぞわっとしてる中、真冬は小春ちゃんの方を向き笑顔で言った。
「しょうがないなあ。小春ちゃんの要望に応えてあげよっか。ちょっとだけだからね?」
「いえい! 現役大学生の水着姿、とくと見せて貰いましょう! っと、おトイレ、おトイレ~」
真冬に水着姿を見せて貰えると分かるや否や、トイレへ走って行く小春ちゃん。
鋭い視線を浴びせられたせいか、ぞっとしてる俺は真冬の顔色を伺う。
「い、いきなりどうして見せてあげる気になったんだ?」
「べ、別に何でもない。気まぐれだし」
「本当に?」
怖いが踏み入って聞く。
そしたら、真冬はもじもじとしている。
「悠士がさ、こ、小春ちゃんの水着姿に見惚れるのが嫌なだけだし」
「へ?」
「水着見せてくれない子より、水着見せてくれる子の方、どっちが魅力的?」
「別にそんなこと気にしないぞ」
あたかも冷静を装ってはいるが、俺という男の内面を良く知っている真冬は嘘つけと言わんばかりだ。
そ、そりゃ水着見せてくれる子の方が男は嬉しいんだからしょうがないだろ。
開き直ろうとする前に、真冬が俺にハッキリと言った。
「悠士が取られるのだけは嫌だから……」
「お、おう」
よりを戻す約束をして以来、真冬は今まで見せて来なかった嫉妬してる姿を見せてくれるようになった。
今までに見た事のない真冬の一面を見ると、驚いてしまう。
もう知らない事はないと思っていたのに、まだまだ知らないことだらけ、最近の真冬は俺の男心をくすぐって来る。
「ん~~、本当にヤダ。私、こんな事を言うようなタイプじゃなかったのに!」
狼狽える俺の前で、真冬は恥ずかしそうな顔でその場にうずくまり嘆く。
そして、負けん気が強そうな上目遣いで俺を見た。
「小春ちゃんの水着姿よりも、ドキドキさせてやるから……」
「あ、ああ。楽しみにしとく」
小春ちゃんに負けじと俺に水着姿を見せつけようとして来る真冬。
もう勝敗は決しているも同然。
だって、すでに小春ちゃんの水着姿を見た時よりも、真冬にドキドキとしてしまっているのだから……。
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