第31話扱いが気に食わない?

 じんわりと汗が服に滲んで気持ち悪い。

 暑くなってきた今日この頃、飲み物を取りに1階に降りると、そこにはリビングで扇風機の羽を取り外し綺麗に拭いてる小春ちゃんが居た。

 珍しい事にパジャマではなく、ちゃんと汚れてもよさそうな服である。


「あ、どうもです。お掃除中なので、リビングでくつろぐのはお勧めしませんよ?」


「いや、すぐに自分の部屋に戻る。そういや、お小遣いを貰う代わりに掃除するって言ってたな」


「そろそろ冷房器具をフル稼働の季節ですし。さっきまでエアコンの掃除をしてて、裏から扇風機も出して掃除と大忙しです。ま、これもお金のためなので、ちゃんとやりますけどね」

 せっせと扇風機の羽を拭き、組み立てなおす小春ちゃん。

 意外と面倒くさがりと思っていたが、実は働き者なようだ。


「小春ちゃんが働いてると違和感が凄いな」


「こう見えて私って働き者ですよ? 対価があればの話ですが」


「そうかそうか。じゃ、頑張れよ」

 冷蔵庫から飲み物を一本取り出し自分の部屋へ戻ろうとした時だった。

 小春ちゃんは自然と何食わぬ顔で声を掛けて来た。


「あ、その……。昨日は庇ってくれてありがとうございました」

 備品室で躓き盛大にラックにぶつかった。

 雨のように頭上に降り注ぐ物。

 それらから庇った事に対し、またお礼を言ってくれる小春ちゃん。

 うざいと思う傍らにこういう律儀なとこがあるから憎めないんだよな。


「もう終わったことだ。気にするなって」


「いえいえ。あれは私が馬鹿したからなので、ちゃんと謝らないとダメです。という訳で、悠士先輩。何かお礼としてして貰いたい事ってあります?」


「いやいや、そこまでの事をしたってわけじゃ……」

 いきなり手をタオルで拭いた後、小春ちゃんは俺の服をぺらっと捲った。

 捲ったまま背中の方に周り、なにやらじ~っと見つめているご様子。


「まったくもう。知ってるんですよ? 悠士先輩の背中に思いっきり重そうなものがぶつかってた事くらい」


「あざでもあったか? ぜんぜん痛みはないから、平気だと思ってたが……」


「ちょっと待っててくださいね~」

 携帯を取り出しカメラで俺の背中を撮る。

 そして、撮った写真を俺に見せてくれた。

 ちょっと青くなっていはいるが、この位は普通に見た事のあるあざだ。


「ちょっとしたあざだな」


「はあ……。全然分かってませんね。私の顔にあざが出来てたらどうです?」


「可哀そうだな」


「そう言う事ですよ。ちょっとしたあざでも、打ち所が悪ければ一大事。だからこそ、悠士先輩は私を庇ってくれた。それなのに、お礼をしないとか、私はどんだけ厚かましい子なんだ! って話です」


「ま、気にしないから適当に恩返しでもしてくれ」

 手をふらふらと振りながら俺は小春ちゃんの元を去って行くのであった。

 自分の部屋に戻り、さすがに我慢できずにエアコンの電源を入れる。

 部屋が涼しくなってきた頃の事だ。


「悠士先輩! お詫びと言ってもなんですが、掃除をしてあげましょうか? ほら、引っ越して来てから本格的な掃除はして無さそうですし」


「ん~」

 わざわざ2階にまで掃除機を持ち現れた小春ちゃん。

 お詫びしたいと言ってたし、適度に恩返しされた方が申し訳なさも和らぐはず。

 別に触られて嫌なものがあるかと言われればない。

 となれば、話は簡単だ。


「よしっ。任せた」


「じゃあ、お掃除頑張っちゃいますね!」

 ニコッと笑った小春ちゃんによる俺の部屋のお掃除が始まった。

 やっとの思いで涼しくなってきたエアコンの電源を切り、窓を開ける。

 そして、まずは掃除機と一緒に持って来ていた掃除用のはたきで溜まった埃を取って行く。


「意外と本格的だな」


「えっへん。こう見えて、家庭的なんですよ? 5年前まではお母さんと二人暮らし。掃除は私のお仕事でしたからね」


「体操服についた泥もちゃんと落としてたもんな。だとしたら、出来ないって言ってたけど、実は料理とかも出来るんじゃ……」


「いえ、出来ません。火と包丁は危ないから使うな! ってお母さんからキツく言われてたので。ん~、よしっ。今日は外もお天気が良いです。布団も干しちゃいましょうか」

 よいしょっと俺の布団を持つ小春ちゃん。

 見ているだけでも良いと言われたが、せっかくなので俺も掃除に精を出すことにした。

 布団を持って運んだ先は1階のちょっとした庭。

 物干しざおがあり、各自の部屋のベランダ以外にも洗濯物を干すことが出来る。


「ちゃんと布団を干せるのって良いよな……」


「ですよね。あ、消臭もしときましょうか」

 小春ちゃんは掃除用具置き場から消臭スプレーを持ってきて、シュッシュと俺の布団に吹きかけてくれる。


「至れり尽くせりだな」


「ふっふっふ~。そりゃあ小春ちゃんは良い女ですから」


「全くその通りだ」

 小春ちゃんの頭をぽんぽんと子供を褒めるように撫でる。

 その扱いが気に食わない小春ちゃんは、俺の手をぺしっと払いのけてプンプンと怒った素振りでこう言うのだ。


「子供扱いし過ぎですよ。まったくもう」


「だって、実際に子供だし」


「ぶ~。そう言いますけど、私はもう女子高生ですよ?」


「はいはい。そう怒るなって。まだまだ掃除は始まったばかりだ。部屋に戻ってちゃんと掃除するぞ。早く終わらせないと本当にきつくなる」

 燦燦と輝く太陽。

 日差しは強くまだまだひんやりとした風ではあるが、そのうち生ぬるい風になってしまいそうなのが容易に想像できる。

 さっさと掃除を終わらせてエアコンをつけて涼しい部屋でくつろぎたい。


「悠士先輩が私をからかうからなのに……。こうなったら、掃除と称して、悠士先輩の部屋にある何か恥ずかしいものを見つけちゃいますよ~だ」

 それから、俺と小春ちゃんは掃除を昼前まで続けるのであった。


   *


「ふ~。終わったな。ありがとな小春ちゃん」


「はい、やっと終わりましたね」

 結構ガチ目な掃除をした後、俺と小春ちゃんは汗だく。

 滝のように汗をかいてしまった。

 朝起きた時とは比べ物にならないほどだ。


「あっついな~」


「もう、夏! って感じですよね。あ、悠士先輩って夏の予定はあるんですか?」


「あるぞ。サークルで旅行に行ったり、バイト先の塾で夏期講習があるから、めちゃくちゃシフトが増えたりだ。小春ちゃんは?」


「私もお友達と海に行く予定がありますね。あと、プールも。遊園地にもいく予定だったんですが、お金が無いのでその予定は相談の結果なくなりました」


「青春の季節だもんな。夏と言えば」


「あ、ちなみに悠士先輩の高校時代はどんな経験を?」


「オタク友達と聖地に行ったな」

 そのオタク友達とは真冬のこと。普段つるんでる友達はインドア派だったので、遊びに行った思い出はあまりない。

 まあ、俺もそんな感じだったのだが、陽キャでアグレッシブな真冬はどうしても聖地巡礼がしたくてしょうがなかったらしい。

 しかし、一人で行く勇気もなく俺を誘うというか、強引に引き連れて、アニメの聖地にされやすい江の島まで行ったわけだ。


「聖地?」


「ああ、一般的には馴染みが無いよな。オタクが聖地って言う場所はアニメやら漫画の舞台として現存する実際の土地の事だ」


「へ~、そう言うのって楽しそうです!」


「さてと、汗かいたし俺はシャワーを浴びるとしよう」


「私もシャワーを浴びよっと。それじゃ、お先に!」

 ちょっと汗が引いて来たが、以前として汗が気持ち悪いのは変わりなく、シャワーを浴びようと口にしたら、私が先にと小春ちゃんが去って行った。


「今年はどんな夏になるんだか。って、その前に大学のテスト期間をどう乗り越えるかだよな……」

 大学のテスト。

 講義によってはほぼ100%の人が単位を出して貰える場合もあれば、約70%の人しか単位を貰えないのもある。

 といっても、70%の奴も毎回ちゃんと講義に出てテスト範囲をしっかり押さえておけば落とすことは無い。

 じゃあ、何で単位を落としてしまうかだって?

 そりゃあ、大学生はサボるのが大好きな生き物だからだ。


 部屋で小春ちゃんがシャワーを浴び終えるのを待ちながら、テスト日程の確認をしようと携帯を取り出す。

 すると、真冬からメッセージが届いていた。


『さっきからドタバタしてるけど何してるの?』

 送られてきたのは20分も前。

 掃除に気を取られ、メッセージが届いていた事に気が付かなかったらしい。

 今更、返信をしても遅いと思うが、既読無視になるし一応返信した。


『小春ちゃんと掃除だ。庇ったお礼に部屋の掃除を手伝って貰った』

 数秒後。

 真冬からメッセージが届く。


『そっか。良かったね。私もそろそろ部屋を掃除しようかな……』

 真冬とメッセージを送り合っていた時だった。


 バン!

 勢いよく俺の部屋のドアが音を立てた。


「悠士先輩! 見て下さいよ。これぞ、大人になった私の水着姿! ふっ。ナイスバディな私を見たら子供扱いなんて出来ない事でしょう!」

 可愛らしいパレオがついた水色の水着を纏った小春ちゃんが部屋にやって来た。


「いきなりどうした」


「そう言えば、去年の水着は大丈夫かな~って思いまして。着て見たので、悠士先輩にも可愛い私をお裾分けって感じです。ほらほら~、どうです? ドキドキしちゃってますか~?」

 小春ちゃんはにやにやと俺の方に近寄って来る。

 高校1年生にして、割とスタイルが良いのだが、やっぱり妹的な存在だ。

 ドキドキじゃなく、可愛いなとほんわかした気持ちになってしまう。


「可愛いな。海ではナンパに気をつけるんだぞ?」


「あははは、今時ナンパっていないですって」

 今時はナンパというものをあまり聞かない。 

 俺も大学生になる前まではナンパなんて……あるわけないだろって思ってた。

 が、しかし。


「それがあるんだよなあ……。本当に。さてと、水着を見せたいのは分かったが、俺もシャワーを浴びたい。さっさと浴びて来い」


「反応が薄いですね……。ふーん。そうですか。ええ、そうですか」

 ちょっとご機嫌ナナメになる小春ちゃん。

 どうしたんだ? と思いながらもすぐに答えを教えてくれた。


「悠士先輩って本当に私の事を妹みたいにしか見てませんよね。なんかちょっとそれが気に食いません」


「そりゃあそうだし。具体的にはどうして妹扱いが気に食わないんだよ」

 俺がちゃんと理由を教えてくれと言うと、小春ちゃんは口をもごもごさせて、何やらぶつぶつと呟く。


「だ、だって。私は悠士先輩の事を、お、お兄ちゃんじゃ……なくて普通に異性……で。な……のに、ゆ……じ先……、は私の事を本当に妹みたいに、か見て……なく……、私だ……け余裕がないみたいで……。はっ、いえ、今のは何でもないですから! ほんと、何でもないですからね!?」

 勢いよく走って俺の前から姿を消す小春ちゃん。

 イマイチよく聞き取れなかった小春ちゃんの嘆きについて考えてみた。

 俺がお兄ちゃんで小春ちゃんが妹みたい?

 う~ん。本当にぼそぼそな声過ぎて何を言ってたのか全然分からない。


 昔の関係をずるずると引きずられるのが嫌って感じかなのか?

 


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