第33話近いのに遠い
「悠士先輩! 私と真冬先輩の水着姿。どっちが可愛かったですか?」
純真な目で俺にどちらの水着姿が良かったか聞いて来る小春ちゃん。
「私ですよね? 私ですよね?」
超自信満々な小春ちゃん。
自分が負けるだなんて微塵も思っていない様子。
ったく、俺の答えはもちろん……
「勝者は小春ちゃんだ!」
ボクシングのレフェリーが勝者の腕を天に掲げるのを真似し、小春ちゃんの腕を握って上へ掲げた。
そう、小春ちゃんの勝利は揺るがない。
え? 水着姿を着る前から真冬にドキドキしてたって?
そりゃそうだが……、いや、うん。まあ、あれだ。
「実家に置きっぱなしだったなんてね……」
膝を抱えてソファーにちょこんと座っている真冬が嘆く。
残念な事に真冬は水着を一着も持ち得ていなかったのだ。
実家というものは簡単になくなる物ではない。
ゆえに引っ越す際、荷物の中に水着を詰め込んでなかったという訳だ。
当然、真冬の見てない水着姿とついさっき見たばかりの小春ちゃんの水着姿。
どっちが可愛いかって聞かれたら、小春ちゃんと言うしかあるまい。
「ま、お前が水着を持ってれば勝敗は分からなかったのにな。小春ちゃんも可愛いけど、真冬も負けてないのは誰が見ても分かるし」
「っく。引っ越すときに、ちゃんと段ボールに詰め込んだ気がしたんだから……。たぶん……」
ちょい拗ねてツンツン気味な真冬。
それを見た小春ちゃんはおふざけで勝ち誇りながら真冬をからかう。
「真冬先輩も意外と負けず嫌いなんですね! あ、私の水着を貸してあげましょうか? せっかくだから、悠士先輩にも見せて、どっちが可愛いか勝負しましょうなんて言ったのは私ですし」
「……あはは。そこまではしないよ」
「っち。私の罠に嵌りませんでしたね。借りると言ったら、学校指定のスクール水着を渡そうと思ったのに」
どうやら悪だくみを考えていた小春ちゃんは残念そうだ。
大学生2年生の真冬にスクール水着を着せて辱めようとは、中々に良い趣味をしてるな、と考えていたら真冬が俺の方を見た。
絶対に着ないからね? と言わんばかりにきつめな目で。
「それはそうとして夏だ。真冬は水着がないと困るんじゃないか?」
「ん~、海に行く予定があるし。実家に取りに行かなくちゃかな」
「あ、いっそのこと、新しいのはどうですか? 真冬先輩の水着姿に悠士先輩はきっと興味津々ですし。着た姿を一番最初に見せてあげるから買って? とお願いしたらいけますって」
あざとい小春ちゃんの悪魔のささやき。
おい、俺はそんなにチョロくないからな。
「小春ちゃんこそ、頼んでみたら? お気に入りの水着がダメになったんだしさ」
と言うと、小春ちゃんは笑顔で俺達に言うのだ。
「え~、頼んだら本当に買ってくれそうなので遠慮してるんですって。さすがに悠士先輩のお財布を寂しくさせちゃうのは可哀そうですからね!」
「さすがに俺を舐め過ぎだ。小春ちゃんに『買って?』と可愛くおねだりされようが俺はそう甘くない」
「ふふふ。本当にそうですかね~」
小春ちゃんは無邪気な子供かのような上目遣いをうまく使い演技を始めた。
「水着買ってくれたら嬉しいな~。ねえ? 買ってくれませんか?」
上目遣いからのニコッとした甘えるような笑顔。
妹みたいな小春ちゃんでなければ、多少はくらっと来たに違いない仕草。
とはいえだ。俺にとって小春ちゃんは小春ちゃんだ。
「買わないぞ」
「っけ。しけた悠士先輩ですね。けちんぼ!」
態度は急変。
笑顔から煙たがるようなわざとらしい演技をする小春ちゃんを懲らしめるべく、こめかみをぐりぐりとする。
「この前一緒にコンビニ行った時、アイスを買ってやったのを忘れたか?」
「あたたたたた。分かってます。分かってますって。悠士先輩は超優しいので、グリグリはやめ、止めて下さい!」
「分かれば良し」
「まったくもう。悠士先輩ってホント私の扱いが雑ですよ……」
「これでも優しくしてやってる方だと思うが?」
「え~、そうでしょうか? 真冬先輩! 悠士先輩って酷いですよね?」
「ん? あ、うん。そうだね」
ちょっとぎこちない笑顔を浮かべる真冬はそう答えた。
小春ちゃんとベタベタしすぎたか?
幾ら、俺にとって妹みたいな存在であろうとも、真冬からしてみればそんなのは関係ないのだから。
「うぅ。悠士先輩が意地悪なので慰めて下さい」
真冬に泣きつく小春ちゃん。
それを嫌な顔せず、受け止めて真冬は小春ちゃんの頭をポンポンと軽く撫でる。
ぎこちない笑顔はとっくに消え去っており、真冬は小春ちゃんの肩を持つべく、蔑んでいるかのような目で俺の方を見た。
「こんな可愛い子を虐めるなんて最低だからね?」
「はいはい。分かった。分かった。優しくしてやるって」
ちょっとぎこちない笑顔を浮かべた真冬。
少しそれが気になったものの、どうやら俺の考えすぎだったようだ。
真冬Side
すっかり日が暮れて真っ暗になってから数時間が経った。
私は自分の部屋で少しばかり思い耽っている。
「私もあんな風に悠士に甘えた方が良いのかな……」
小春ちゃんと悠士。二人はいつも楽しそうである。
私も小春ちゃんみたいに悠士に振る舞えたのなら楽しいのかもね。
嫉妬すると言うよりも、二人のあの楽し気な関係性に惹かれてしまう。
もし、私もあんな風に楽しく悠士とコミュニケーションを取れていたのなら、同棲は失敗せず苦しい思いをしなかったのかもしれないと。
後悔はいまだに消えてない。
乗り越えなくちゃいけない障害に真っ向から勝負を挑んでるからこそ、悠士が私に見せない顔をさせられる小春ちゃんの振る舞いが羨ましい。
「変わらなくちゃいけないからね……」
私が小春ちゃん見たいに振る舞ったのをちょっと想像する。
『悠士。遊んでよ。ねえ、遊んで?』
『真冬ちゃんは甘えん坊だな~。よし、しょうがない。遊んでやろう』
『やった~』
「おぉぉ……ないない!」
物凄いこれじゃない感が私を襲う。
自分らしくない私が気持ち悪くて一瞬にして鳥肌が立った。
「よいしょっと」
ふと、水着の事が頭によぎった私は寝転んでいた体を起こす。
そして、私は自分の部屋に置いてあったカバンからお財布を取り出した。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……」
あんまり入ってないお財布の中身。
シェアハウスに引っ越すときに使ったなけなしの貯金。
バイト代が入るのはもうちょっと先。
水着姿すら悠士に見せつけることが出来なかったから、ここは新しい水着を買って驚かそうとも思った。
が、まあ、残念な事にお財布は寂しいのだ。
「本当に買ってって言ったら、買ってくれるかな」
小春ちゃんは言っていた。
買って? とおねだりすれば悠士はチョロいから買ってくれるかもと。
……おそらく買ってくれる。
だけど、まあ小春ちゃんの言う通り、悠士のお財布を寂しくさせるだけだ。
変わらなくちゃいけない自分。
確かに素直にはなって来てるけど、変わり切れない自分にやるせなさ。
少しづつ前には進んで居ると思うが、それでも焦りが容赦なく私を苦しめる。
「シャワー空いたぞ」
コンコンと部屋の扉がノックされた後に聞こえて来た悠士の声。
そう、シャワーを浴びようと思ったらかち合った。
なので、悠士が先に使い使い終わったら私に教えてと頼んでいたのだ。
「うん。分かった」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
夜も遅い。
扉一枚隔てた先に居る悠士はお休みと言って消えていく。
一緒に暮らして、一緒に過ごして、近い距離に居る私達。
だけど、遠い。
今だってそうだ。
何の気なしにお休みと言って消えていった悠士。
少し前……と言っても、かれこれ2カ月以上も前だけど付き合っていた時はもうちょっと色々あった。
その色々が恋しくてしょうがない。
「さっさとシャワー浴びて寝よ……」
着替えを持ってシャワーを浴びに行く。
悠士が使ったばかりのシャワー室。
ふと頭によぎってしまったなんて事のない事実が頭から離れなくなる。
気が付けば色々と思い耽けり、悶々とした気持ちが止まらなくなる。
頭に熱いお湯が降り注ぐ中、私は鬱憤を晴らすべくボソッと口にする。
「悠士のばーか……」
元カレを罵倒した。1ミリも悪い事はして無いのに。
はあ……。私って本当に性格悪いなあ……。
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