第23話真冬は色々したかった

 付き合っていた頃。なんとなく真冬のお腹をぺちぺちと触るのが好きだった。

 気が付けば、もう一度真冬の方に手が伸びてしまう。

 が、しかし。


 ぺしっと手を払いのけられた。


「悪ふざけだし、何度も触らせてあげる訳ないじゃん」


「お前から触らせてきた癖に」


「……ど、どうしてもなら良いけど」


「ん? なんか言ったか?」


「ううん。何も言って無い」

 話してる間にドタドタと飲み物を持って俺の部屋に小春ちゃんが戻って来た。

 さてと、元恋人っぽい会話は封印だ。

 依然として、元恋人だとシェアハウスの住人にバレれば、気まずい思いをさせてしまうのは変わりないし。


「ただいまです。はい、悠士先輩と真冬先輩もどうぞっと」

 小春ちゃん愛飲のパックジュースを貰う。


「気が利くな」


「小春ちゃんって、そう言う風に自分だけじゃ無いとこが可愛いよね」


「ですよね? さ、続きと行きましょうか!」

 ちゅーっとパックジュースに刺さるストローを吸い始めた真冬は俺に聞く。


「せっかくだしさ。話題とか云々じゃなくて、面白いのを見せてあげようよ」


「高校で話題に出来るような作品が良いって思ってたんだけどな。まあ、アニメ好きになって貰いたいし、ちょっと古いけどかなり人気が出た奴を見るか……」

 

 それから、俺達は1、2年前に物凄く人気が出たアニメを見るのであった。

 で、区切りの良いとこまで見終わると良い時間。

 そろそろ、夕食の時間なのでアニメを見るのを辞め小春ちゃんに感想を聞く。


「で、どうだった?」


「はい。今日見た中で、一番面白かったですよ!」

 小春ちゃんも満足して貰えたようで何よりだ。 

 でも、わざとらしく俺の目をにやにや見て来る。


「まあ、アニメよりも悠士先輩が真冬先輩に弄られて、きょどってる方が面白かったんですけどね?」


「耳元で囁かれたら、くすぐったくなって誰でも顔を赤くするからな?」


「え~、本当ですかあ?」


「じゃあ耳を貸せ。分からせてやる」


「またまた~。悠士先輩ってば負けず嫌いなんですから。しょうがないですね~。小春ちゃんがお相手してあげましょう!」

 耳をこっちに向ける小春ちゃん。

 お前はまだ分かってない。

 耳元で囁かれたり、息を吹きかけられたりするだけで意外と恥ずかしい事を。

 そろーっと耳元に口を近づけ、俺は囁く。


「昔と変わったな。見違えて可愛くなった」

 ちょっとキモイな……。

 小さい声なのが気色悪さをより一層と引き立たせてる。

 罵倒されるの覚悟で小春ちゃんの方を見たら、


「あ、あぅ……」

 ポッと顔を真っ赤にして唸る小春ちゃん。

 まあ、分かる。そう、そうなんだよ。

 意外と耳元で囁かれるのってあんまりない経験だから普通に恥ずかしいし、ぞわっとするのは俺だけじゃないはずだ。


「な、なんだよ」

 小春ちゃんが顔を赤くする一方。

 めっちゃ怖い目で真冬がこっちを見ていた。


「ううん。何でもないよ」


「いや、絶対になんかあるだろ」


「ねえ、悠士って何歳だっけ? 」


「20歳だ」

 今年の4月に誕生日を迎えもう20歳を過ぎた。

 年齢がどうしたんだ? と思っていたら、真冬は背筋を凍らせる一言を告げる。


「高校1年生。15歳の子に変なことしちゃダメだからね? 機嫌を損ねられたら、普通に捕まるよ?」


「……ま、まあ。小春ちゃんは妹みたいなもんだ。せ、セクハラで訴えるような事、し、しないよな?」

 耳元で囁いた時から、ずっと顔を真っ赤にしたままの小春ちゃんに問う。

 でも、まったくもって聞こえてないようで無視されてしまう。


「悠士はセクハラだと言われても、おかしくないことをしてると自覚しときなよ?いくら小春ちゃんが妹みたいに可愛いからって、年齢が年齢なんだからさ」


「別に妹として可愛がってるだけで……」


「そ、そうですよ!?」

 あ、置物と化してたけど生き返ったな。


「ほら、こう言ってるし」


「わ、私はいきなり悠士先輩に可愛いだなんて言われても、全然嬉しくなんてありませんよ! だって、悠士先輩はお兄ちゃん的な存在なんですから。た、ただ、耳元で囁かれたのでびっくりしただけです! それじゃあ、そろそろご飯なので失礼しますね!」

 顔を真っ赤にしたのを認めないかのような捨て台詞。

 そして、勢いよく俺の部屋から逃げていく。

 可愛い妹的な子でほっこりした気分に浸ることが多かった。


「気を付けないとダメだな……」

 大丈夫だろうと高を括っていた。

 小春ちゃんも別に嫌だとは言っていないが、甘く見過ぎなのは多分間違いない。

 真冬の言う通り、一線は引いとかないと不味いか……。


「セクハラって思われたら、俺、間違いなく捕まるもんな」

 年頃の女の子だ。

 このまま接し続けるのは危ない。


「うん。そうしときなって。だって、悠士は、べ、別に小春ちゃんをい、異性として見てるわけじゃ無いんでしょ?」


「まあな。さてと、俺もそろそろ飯にするか……」

 夕食をどうしようか悩みながら立ち上がるのだが、真冬はなんと言うか物凄く何か言いたげな顔で膝を抱えて座っていた。

 

「どうした?」


「別に……何でもない」


「どうみても、何か言いたげだろ」


「そ、そんなわけないじゃん……」

 ところどころ素直じゃない真冬。

 それもご愛嬌という事で、まあ深く聞くことはしなかった。

 だけど、あれだ。


「いいや、聞かせろ」


「今日はやけにしつこいじゃん。前は、私が嫌そうにしてたら、すぐに聞くのを辞めてくれたのにさ。なんでなの?」

 反省してるから。

 浮気してるって俺は勘違いした。

 それはきっと、俺がしっかりと真冬に聞くことは聞けずにいたからだと思う。

 だからこそ、こうして聞いてる。

 でも、説明するのが結構恥ずかしいので頬をかく。


「あ~。あれだ」


「なに?」


「お前に嫌われるのが嫌で、お前に必要以上に話を聞かなかったろ?」


「それがどうしたの?」


「でも、それって間違いだったんだって思ってる。ほら、浮気されてるって勘違いした時もさ、俺がもうちょっとお前に踏み込んでれば一発で浮気してないって分かったはずだし」

 

「……そっか」


「で、どうしたんだ?」

 改めて真冬に聞く。

 そしたら、真冬は小さな声で俺に言う。


「小春ちゃんみたいなこと、私にしてくれたことないなあ……って」


「耳元で囁くとか、ちょっと気恥ずかしめな事をしたら、お前は怒ると思ってた。もしかして、お前も本当はああいうのがされたかったってか?」

 真冬と付き合っていた頃。俺が割と浮かれてた時だ。

 本当に恥ずかしくなるような事をたくさんしようとしていたら、恥ずかしくなるから嫌だと言われたのはよく覚えている。

 嫌がる事はしたくないので、あんまりそう言う事をしてこなかったんだけどな。


「だって、私、素直じゃないし」


「まあ、それは良く分かる」


「しょ、正直に言うと、ああいうのされたかった。一度、ああいうのはダメって拒んだじゃん? だから、悠士にして欲しいな~って言えなかった」


「ちょっとだけ抱きしめて良いか?」

 実はちょっと傍から見て恥ずかしく見える行為をされたかった真冬。 

 そんな元カノが可愛すぎて抱きしめたくなってしまう。

 今は友達なのに。

 恋人でもない俺が、真冬に抱き着く権利なんてない。

 なので抱き着く同意を求め、真冬に抱き着こうとしたのだが、口を尖らせて言われてしまう。


「やだ。今、抱き着かれたら、悠士のことがもっと好きになっちゃう。もうさ、同棲での失敗を繰り返さないようになんて、どうでもよくなっちゃうからダメ……」

 顔を覆い隠しながら抱き着くのを拒否される。

 感情に飲まれて、何も反省しないまま恋人に戻りたくない。

 また失敗したくないからこそ、俺は感情を押し殺し真冬に笑いかけた。


「ああ、そうだな。じゃあ、今は腹割って話すか」

 夕飯を食べるために部屋を出ようと、立っていた俺。

 今一度、真冬の横に座って話す。


「お前が実は耳元で何か囁かれたいって知ってびっくりした」

 にやにやと隣に座ってる元カノを見た。


「うっ……。やっぱり笑われた」

 真冬は恥ずかしそうに悶える。

 だけど、恥ずかしそうに見えるが、晴れやかさを感じさせる顔で俺に言う。


「でも、悠士に話せてすっきりした。やっぱ恥ずかしいけど」


「そうか。なんか、こう言う事を言うのが恥ずかしいけど、敢えて言わせてくれ」


「悠士の言う事は、きっと恥ずかしくないよ」


「じゃ、言うか……。まあ、あれだ。真冬と俺は話してるようで、話してなかったんだなって」


「あははは、かもね」

 苦々しく笑う真冬。

 俺もふっと笑った。


「お前が耳元で囁かれたいだなんて、初めて知ったからな」


「しょうがないじゃん。こっちから拒んだのに、やっぱりして欲しいーって言いにくいじゃん」


「だな。で、あれだ。これからはもっとたくさん話そう」

 真冬にまじまじと話すのが恥ずかしい。でも、これで良い。

 一度終わっている俺達だ。

 馬鹿正直に恥ずかしい事を言い続けるくらいでちょうど良いんだ。


「うん」


「という訳で、真冬よ。実は耳元で囁かれてみたい以外に、一度拒んだけど、こういう事をして欲しい事ってあるか?」


「あ、ある」


「おう。話せ。話せ」


「インスタでツーショット写真を投稿したい」


「え、ああ。そうだったのか?」

 インスタグラムを携帯にインストールしたばっかりな時、俺は真冬と写真が撮りたくて一緒に撮ろうと誘った。

 しかし、恥ずかしいって言われてダメだった。

 

「嫌だって前は断ったけどさ。何だかんだで、こう友達が投稿する彼氏とのツーショット写真を見てたら……良いなって。私もしたいなって」


「お、おう。じゃあ、撮るか?」


「ううん。今は撮らない」


「なんでだ?」

 ツーショット写真が撮りたいのに撮るのを我慢する理由が分からない俺に、真冬はうっすらと笑みを浮かべてこう言うのだ。



「よりを戻した時の楽しみにしときたいからね。それに私達は今、恋人じゃ無くてシェアハウスで一緒に暮らす友達なんだからさ」

 


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