第11話仲良し兄妹?

 洗濯機が静かになるまで時間が掛かる。

 部屋に戻ってゆっくりしようと思った矢先の事だった。


「宿題を手伝ってくださいよ~。私を変えたあの日の事を忘れてたんですから、ちょっとくらい私に優しくしてくれても良いと思いません?」


「そういう事なら少しだけ面倒を見てやるか……」


「それじゃあ宿題を持ってきますね!」


「リビングで待っていれば良いか?」


「はい!」

 元気よく自分の部屋に戻って行った小春ちゃん。

 リビングのソファーに座り、待つこと3分。

 小春ちゃんが宿題と筆記用具を持って戻って来た。


「お待たせしました。この英文を日本語に訳すのが宿題です」

 教科書に書いてある英文を日本語に翻訳するという宿題。

 ざっと教科書を見てみたら、内容に見覚えがあった。

 小春ちゃんが通う高校は約1年と2か月前まで俺が通っていた高校だしな。


「まあ、分かんないところがあったら聞け。そしたらヒントを出してやる」


「ちゃんと分かるんですか?」


「大学生を舐めんな」


「じゃあ早速ですけど、この単語が分かりません。教えて下さい」

 

「辞書を引け。辞書を」


「え~、教えて下さいよ。あ、分かりました。実は教えようと思ってたけど、思った以上に分からないんじゃ……」

 煽って来る小春ちゃん。

 俺が分かっている事を知らしめてやるために紙とペンを手に取る。


「ちょっと待っとけ」

 教科書に載っている英文を次々に日本語に翻訳していく。

 区切りの良いところまで訳した後、俺は訳が書かれた紙を小春ちゃんに渡す。


「ほら、これで大体合ってるはずだ」


「ありがとうございました。悠士先輩のおかげで楽できそうです。っふ、私に乗せられてまんまと答えを作ってくれるなんて、ほんとチョロいですね」

 楽が出来たと嬉しがる小春ちゃん。

 俺はそうなるのを見越していたのは言うまでもない。


「ちなみに、誤訳も幾つか入れといた。自分で合ってるかは確認しとけよ」


「え~、それじゃあ楽が出来ないじゃないですか。もっと優しくしてくださいよ~。そんなんだと、いつまで経っても彼女が出来ませんよ?」


「いや、普通に彼女は居たからな」


「悠士先輩の昔を知ってると、どうも嘘くさく聞こえるんですよね~」


「……」

 滅茶苦茶に痛い所を突かれて無言になる。

 ああ、そう言えばそうだった。

 小春ちゃんは俺の過去を知っているんだったな……。


「根っからのオタク。高校デビューは失敗に終わり友達は居ない。今は髪の毛も良い感じで服もおしゃれ。だけど、それでも彼女が出来ると言われても信じられないんですよ」


「しれっと高校で友達が居ない扱いするな。高校デビューに失敗しただけで、仲の良い奴は居たからな」


「強がらなくて良いんですよ? 」


「今の俺を見ろ。割と陽キャっぽいだろうが、どう見ても彼女が居そうだろ?」 


「だったら証拠を見せて下さいよ」


「そ、それは、まあ……」

 同じシェアハウスに住む真冬が元カノだったなんて言える訳がない。

 変な気遣いをされたら、たまったもんじゃないんだから。


「やっぱり嘘なんですね。というか、今は格好良いのはどうしてなんですか? 教えて下さい! 一体、何があってぼさっとしてる髪の毛、友達が居たらダサいって言われる私服を着てるボッチから脱出したんですか?」


「ほら、無駄口を叩かず宿題をさっさとやれ」


「あ、話し逸らした! ねえ、教えて下さいよ~」

 しつこく聞かれるも、何だかんだで小春ちゃんは黙る。

 そして、冷蔵庫からパックジュースを取り出し俺の前に置いた。


「しつこくてすみませんでした。これで許してくださいね?」

 ほんと、小春ちゃんはずるい性格をしてる。


   *


 本当の妹みたいに面倒を見てやっている小春ちゃんが宿題を初めて40分が経つ。

 いきなり、小春ちゃんはペンを置いて叫ぶ。


「疲れた!!!」


「まだ終わってないだろ。休憩すんな」


「悠士先輩の鬼! そう言えば、先輩って朝ご飯は食べないんですか?」

 小春ちゃんは俺の警告を無視し、普通に宿題を辞めて話しかけて来た。

 

「普段はこんなに早く起きないからな。朝昼兼用で食べてる。小春ちゃんこそ、朝ご飯を食べてないだろ。平気なのか?」


「いや~、作ってくれる人が起きて来ないので」


「日和さんに作って貰ってるのか? でも、もう9時になるぞ?」


「早く起きて欲しいかなって感じです。とはいえ、さすがにお腹空いたからって起こしはしませんけどね~」


「自分で作る気は無いのか?」


「ないです! 出来る人が料理をするべきだと思うタイプなので私はしません」

 日和さんが起きて、小春ちゃんは朝ご飯を作って貰うのを待っているそうだ。

 何だかんだで、一緒にご飯を食べているあたり仲が良いのが見て取れる。

 

 ピー、ピー、ピー!


 唐突に脱衣所から洗濯の終わりを告げる音がかすかに聞こえて来た。

 小春ちゃんが後につかえているので、さっさと洗濯機の中身を取り出すか。


「洗濯も終わったようだし、干してくる」


「あ、私も浸け置きした体操服を見に行きます。もう、宿題は辞めです! 悠士先輩と一緒にしてたら、おしゃべりしちゃって全然進まなかったですし。とはいえ、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げてお礼を言う小春ちゃんと一緒にリビングを出て洗濯機の脱衣所に向かった。

 

「よしっ、終わってるな。そっちはどうだ?」


「落ちなかった汚れも綺麗に落ちました。いや~、なんで体操服って汚れが目立つ白なんでしょうね」


「さあ? 俺はもう洗濯機は使う必要は無いし、小春ちゃんが使ってくれ」


「あ、はい。よいしょっと!」

 小春ちゃんは濡れた体操服を洗濯機へ入れる。

 他の洗濯物も洗濯機にどんどん放り込んでいった。

 それを傍から見守っていると、いきなり手を止めて俺に話しかけて来た。


「スケベですね。洗濯機に放り込まれる私の服に熱い視線を送るなんて、本当にエッチなんですから~。あたっ、しゅ、しゅみません。頬が伸びる。伸びるので、やめてくらさいよお」


「生意気な後輩には説教が必要か? 俺とお前の仲だ。こんな風に頬を引っ張ろうがセクハラにはならないのはわかってるだろ?」


「っく。確かにちょっとやそっとの事じゃあセクハラになりません。じゃあ悠士先輩に私がセクハラしても大丈夫なはずです! 良いんですか? 私のぷにぷにほっぺを引っ張ったら、私にたくさんセクハラされちゃいますよ?」


「小春ちゃんが俺にセクハラ出来るならすれば良い」


「あ~、喜ばせるだけなので反撃にはなりませんね。っく、そしたら私はどう悠士先輩に反撃をしたら……」


「さっさと手を止めてないで、服を全部洗濯機に入れろって」

 小春ちゃんが手を止めたので、持っていた籠を奪う。中に入っている小春ちゃんの服をどんどん洗濯機に放り込む。

 手伝ってあげているというのに慌てて俺の手を握り、作業の邪魔をしてきた。


「す、ストップです。それ以上は不味いですって。本当に不味いのでっ!」


「何がだ?」

 制止する小春ちゃんを無視し、籠の中に入ってるものを掴んで取り出す。

 掴んだ服は軽い。こんなに軽い服は初めてかもしれない。

 てか、これは服じゃなくてパンツだな。冷静に何を手にしたか、理解した時には遅すぎた。


「ダメって言いましたよね?」

 バッと素早い動きで俺が手にしていた縞々模様の可愛らしいパンツを隠す。


「悪い。手を止めてるから、てっきり、サボってるんだと思ってた」


「違いますよ! 悠士先輩に下着を見られちゃうから、敢えて手を止めてたんです! ま、まあ、悪気がないのは分かってるので今回は怒りませんけどね!」


「そうして貰えると有難い」


「は~、暑い。暑い」

 最近は春も終わりを告げ、すっかりと気温も高くなってきた。

 まだ汗ばむ程ではない。だというのに、小春ちゃんは着ているパジャマの胸元をパタパタと扇ぎ涼しさを求める。

 暑いというよりも、下着を触った俺を罵ることが出来ず、手持ち無沙汰になってしまった気持ちを落ち着けるかのようだ。

 やってしまったものはしょうがない。もう一度、俺は小春ちゃんに謝っておく。


「今度から気を付けるから許してくれ」


「謝らなくて良いですよ。悪気はないのは分かってますし」

 小春ちゃんはセミロングになるまで伸ばした髪の毛の穂先をくるくる弄る。

 少し気まずくなったのもそうだが、手には洗い終わったばかりの服を入れた籠がある。

 さっさと干しに行こう。


「干しに行ってくる」


「一応、お庭の方にも物干し竿があるので、下着とか見られたく無い物以外は、遠慮なくそっちに干して良いですからね」

 ちょっと顔を赤らめた小春ちゃんに見送られ脱衣所を出た。

 籠の持ち方が甘かったので、しっかりと持ちなおす。

 その際に脱衣所の扉が少し空いていたせいか、ボソッとした声が耳に入る。


「彼女が居たって言ってましたし、女の子に慣れてるんでしょうかね……。私のパンツを触っても意外と冷静でしたし……」

 別に女慣れしてたからとか、そういう訳じゃない。

 ただ単に小春ちゃんはあの小春ちゃんだから。

 結構昔とはいえ、本当の妹みたいに可愛がってた子に欲情するとか、普通にあり得ないだろ。


 そんなことを思いながらも、持ち直した洗濯籠を持ち自分の部屋へ向かった。



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