第12話迫って来る真冬は冗談を言う
ベランダに洗濯物を干し終わった。
少し遅いがお腹が減ったので朝食でも食べるか……。
いつでも食べられるようにと、買って来た菓子パンをコンビニの袋から取り出す。
やや水分が少ないパンという事もあり、喉の渇きを感じた俺は小春ちゃんに貰ったものの、飲まなかったパックジュースを取りに冷蔵庫の元へ。
ちょうど部屋を出た時だ。
「おはよ」
眠そうな真冬と遭遇してしまう。
「おはよう。眠そうだな」
「うん」
俺と真冬の行きつく先は一緒。
冷蔵庫前に辿り着くと、真冬は何も言わずに待っている。
「悪いな」
冷蔵庫からパックジュースを取り出し横にずれる。
しかし、一向に真冬は冷蔵庫から何も取り出そうとせず俺の手元を見ている。
「どうしたんだ?」
「それ、小春ちゃんのじゃん」
「貰ったからな」
「本当に? 勝手に飲んでるじゃ……」
怪しい目つきで真冬が睨んで来る。
「あ、真冬先輩。ホントですよ! それは宿題を見て貰ったお礼としてあげたやつです!」
キッチンのすぐ横に壁を隔てずにあるリビング。
そこでくつろいでいた小春ちゃんが援護してくれる。
「貰ったって言っただろ」
「そっか。変に疑ってごめん」
素直に謝って来た真冬はちらちらと俺の方を見ながら、冷蔵庫から飲み物を取り出した。
飲み物を一口飲んで戻した後でさえ、俺の様子を伺っている。
「なんか言いたい事でもあるのか?」
「小春ちゃんと仲良しなんだ」
「そうだな。仲良しだ」
「そうですよ~。悠士先輩とは超仲良しです!!!」
聞こえていたようで小春ちゃんも頷いてくれた。
「ふ~ん」
冷蔵庫に飲み物を仕舞ったはずの真冬。
が、しかし。まだ喉が渇いていたのか、また取り出して飲み始める。
そんな様子の傍ら、水分の少ない菓子パンを持ったまま降りて来た俺はパックジュースを飲みながらパンを食べる。
咀嚼していると、リビングに居た小春ちゃんが俺の元へやって来た。
「悠士先輩。私もお腹すきましたよ~。お姉ちゃんが起きて来ないので、朝ご飯が出て来ません!」
「寄越せってか?」
「え~、そんなことは言ってませんって~。ただ……」
俺の持っている小春ちゃんがくれたパックジュースに熱い視線が注がれる。
言わなくてもわかる。
あげたんだから、くれても良いんですよ? というのが。
「ったく。ほら」
「やりました。それじゃ、頂きますね」
パクリと一口食べられる。
その様子をじ~っと見ていた真冬は恨めしそうにこっちを見ていた。
「ふぅ。ごちそうさまでした。これは確かに喉が渇く味ですね」
「だろ?」
「さ~てと、お姉ちゃんは起きて来なさそうなので起こしてきます! 」
「朝食を作らせるために起こすとは中々に酷いな」
「いえいえ。寝過ごすのだけは嫌だから、起きなかったら起こしてくれとお姉ちゃんに頼まれてますし」
小春ちゃんは寝過ごしそうになっている日和さんを起こしに行く。
で、残された俺に真冬はボソッと声を掛けて来た。
「仲良くなりすぎでしょ……」
「そりゃまあ、小春ちゃんと俺の仲だし」
「そっか。良かったじゃん。私なんかよりも、良い子が見つかってさ」
「別に小春ちゃんとはそう言う関係じゃ……」
「誰にでもあんな風に接するの?」
「しないな」
「じゃあ、そう言う事じゃん」
「そう言う訳じゃ……」
頬をかいてどうしたものかと悩む。
一向にどう言うのが正解か分からない。そんな俺をみた真冬は大きくため息を吐いた後、愛想笑いを浮かべる。
「本当にごめん。面倒臭くて。あ、そうだ。これで許してよ」
真冬はキッチンにあるストック棚からチョコレートを取り出し渡してきた。
「気にすんな」
「やっぱり駄目だな~私って」
「そうか? 誰だってこんなもんだろ」
「悠士もさ……。私が誰か他の男の人と仲良くしてたら、今の私みたいになってくれるの?」
「……」
なる。
だけど、言ってはいけない気がした。
これ以上、未練を大きなものにして抑えきれなくなるのが怖い。
「そりゃ答えにくいか……」
「まあな」
「で、さ。小春ちゃんとは実際どう? 私なんかよりも良い感じ?」
「やけに食いつくな……。別にお前が思ってる関係じゃないぞ」
「ふーん。私が思ってるような関係じゃないならさ。小春ちゃんの宿題を見てあげてたんでしょ? な、なら、私の課題を終わらせるのを手伝ってよ」
声を震わせながら、わざとらしくニヤニヤして迫ってくる真冬。
関係は終わっているが、別に今は喧嘩しているわけでもない。
なら、真冬とは普通に接しても何の問題がないはずだ。
「分かった。分かった。どうせ、前にも見てやったことがあるあの課題だろ? だったら、付き合ってやるよ」
「へ?」
「小春ちゃんに優しくするのは、別にお前が思ってるような関係になりたいとか、そう言うのじゃないからな」
「本当に課題を手伝ってくれるの?」
「別れたとはいえ、今は喧嘩してるわけじゃ無いし。なんだ? まさか、冷やかしで手伝えって言ったのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「ったく。周りに元恋人だってバレるとあれだから、お前の部屋か俺の部屋だな」
「私の部屋は机がないから、ゆ、悠士の部屋で」
「あいよ」
こうして、俺は真冬が抱えている課題の手伝いをすることになった。
一足先に自分の部屋に着いた俺は小さな机の前にクッションを敷き座る。
待つこと、1分弱。
課題を進めるために必要なパソコンを持った真冬が俺の部屋に入って来た。
「お邪魔します……。机を借りるね」
小さな机に持ってきた物を置く。
真冬も俺と同じでそこらに転がっていたクッションを尻にし座り、カタカタとノートパソコンのキーボードを打ち始める。
俺はそれを横で見守り続ける。
で、そこそこ時間が経ってから真冬は動作を止めて聞いて来た。
「ここって、これで意味が通じる?」
大学では小中高の時と違って、自分の答えを出す必要がある。
自分の考えを反映し、自分なりの答えを求められるのだ。
高校時代は真冬に勉強で負けっぱなしだったが、どうも自分なりに考えて答えを出すのは俺の方が得意だったらしい。
だからこそ、こうして真冬は自分が出した答えがあっているかどうか、よく俺に聞いてくる。
「大丈夫だと思う」
「そっか」
真冬は再びキーボードを叩き始める。
俺は携帯を弄りながら見守り続けた。
響くのはカタカタという音だけ。そんな音が支配する部屋で真冬は声をあげる。
「こういう風に仲良くするのって、悠士的には嫌?」
「嫌だったら断ってるぞ」
「ならさ、こう言う風に課題を手伝って欲しい。べ、別に君と元サヤに戻りたいわけじゃないから。やっぱり悠士と何かするのって気が乗るしさ……ダメ?」
俺の目を見ずに話す真冬。
喧嘩別れしてない。互いにそう認めている。
それが俺の心を堕落させ、未練がましく真冬の方へ近づけと誘惑する。
ダメだと思っても、誘惑から俺は逃れられない。
「そう言う事なら仕方がない」
「うん。じゃあ、お願いする」
こうして、同棲してた時みたいに課題を見てやる約束をした。
再び、部屋は静かで文字を打つ音が鳴る。
真冬から何かを聞かれ、それに答える。
何度かそれを繰り返した後、真冬は課題を終わらせノートパソコンを閉じた。
「悠士のおかげで捗った。お礼にさ何かしてあげよっか?」
「ん?」
「同棲してた時はさ、課題を見て貰ってもお礼をしてあげなかったじゃん」
「あ~、確かに」
「彼女だから彼氏である悠士が私に付き合ってくれるのは当たり前。そう思ってた。だから、悠士に『お礼くらい言えよ』って怒られた。なのにさ、『君は私の彼氏でしょ?』って私は逆切れ。ほんと、笑っちゃうよね。そんなのダメなのにさ」
真冬は気恥ずかしそうに同棲していた時に起きた失敗を語る。
今更、反省されても遅い。
だけど、素直に謝る姿が痛いくらいに胸を締め付ける。
痛みから逃れようと、俺は肩をすぼめている真冬を茶化した。
「彼氏彼女の関係に慣れ過ぎて、なんでも当たり前だと思ってたってか?」
「あははは……」
から笑いする真冬。
そんな彼女は笑うのをやめて俺に話す。
「反省してる。だからさ、課題を手伝って貰ったし、きちんとお礼させてよ。何して欲しい?」
「そう言われてもなあ……」
唐突に何をして欲しいと聞かれても思い浮かばない。
頭を抱えて考えていたら、落ち着かない声で言われてしまう。
「た、例えば、私と復縁したいとか?」
「おまっ」
「ごめん! 今のは嘘だから。さすがになし! さてと、お礼は考えといてよ。課題を手伝ってくれてありがと。じゃ!」
あたふたとノートパソコンを手にし立ち上がる真冬。
俺の部屋を出て、ドアを閉める前にボソッと言い残して消えていく。
「さっきのは冗談だから……。ほ、本気にならないでよ?」
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