第14話真冬と仲良くなったきっかけ

「悠士とは一生仲良く出来ると思ってたのに。終わりは呆気なかったよね」

 酔っている真冬は後悔を愚痴り始める。

 小春ちゃんに何度も言われてるが、昔の俺は根暗でオタクだった。

 片や真冬はリア充でクラスのトップカーストで俺とはほとんど無縁の存在。


 情けなく、俺に抱き着き愚痴る胸以外文句のつけようがない程、綺麗な真冬。

 そんな彼女を介抱しているも、短調なやり取りを繰り返すばかり。


 何かを考える余裕があったせいか、気がつけば――

 俺は氷室真冬と仲良くなり始めたきっかけを思い出していた。


   *


 ――高校1年生の秋。


「ふぅ」

 放課後。

 掃除当番であった俺は掃除を終えて一息を吐いた。

 一緒に掃除当番であった奴らはちょっと薄情者で、ゴミ捨てに行っている間に片づけを済ませ部活に行ってしまった。

 物寂しい教室の中、帰り支度を済ませ教室を出ようとした時だ。


「おっと」

 躓(つまづ)き体勢を崩した俺は、クラスメイトである氷室さんの机を引っかける。

 そして、机は倒れ中身が飛び散った。

 悪い事をしたなと思いながら、零れ落ちた机の中身を元通りにし始めた。


「ん?」

 一冊のブックカバーがつけられた文庫本。

 カースト最上位のリア充でクールで美少女と名高い氷室さんが読んでる本。

 ふと気になってしまい、パラパラとページを捲りたい気持ちに駆られる。

 が、さすがにそれは気持ち悪い。

 勝手に盗み見るのはあまり褒められたことじゃない。

 俺はそっと文庫本を机の中に戻そうとした時だ。


 教室の前方から俺の元へ誰かがやって来た。


「見た?」

 綺麗で曇りなき瞳を向けて来る。

 その者の名前は氷室 真冬。

 クラスで一番綺麗で可愛いと言われている彼女の剣幕。

 俺は圧倒されおどおどとしてしまう。


「み、見てない」


「嘘つかないで良いよ。で、どうしたら黙ってくれる?」


「黙るって? どういう事だ?」


「お願いだから、私がその本を読んでたことだけは誰にも言わないで?」

 ぎゅっと制服のスカートの裾を握って懇願して来た氷室さん。

 ごくりと息をのむ。この本を読んで居たと氷室さんは周りにばらされたくない?

 一体、何の本を読んでたんだ?

  

 中身なんて見てないのに、見られたと勘違いされている。


『秘密を言いふらされたくなかったら、俺の言う事を聞けるよな?』

 と粋がるわけにもいかず、正直に誤解を解く。


「この本の中身なんて見てないからな。逆に聞くがこの本って何なんだよ」


「本当に見てないの?」


「ああ」


「そっか。じゃあいいや。ごめん。変に疑ってさ」


「俺の方こそ悪い。机を倒しちゃって」

 盛大に机を倒し中身を飛び散らせたことを謝る。

 そしたら、先ほどの剣幕はどこに行ったのやら、氷室さんは落ち着いた表情を取り戻す。俺が散らかした机の中身を拾うため腰掛けて、一緒に片付けてくれる

 ちょっとした沈黙が訪れ、妙に気まずくなった俺は一応、念を押した。


「本当に見てないから安心してくれ」


「君が見てないって言うのは雰囲気で分かってる。もしかして、見られたかもって思って慌てちゃっただけ。本当にごめんね。疑ってさ」


「ちなみに机はわざと倒したとかそう言うのじゃないからな?」


「知ってる。君が躓いて倒したのは廊下から見えてたからね。で、急いで君の元に駆けていったわけ。うん、本当に見られて無さそうで安心した」


「というか、俺が氷室さんの秘密を知った所で、何も意味ないと思うんだが?」


「確かに、君が私の事を言いふらしたところで、誰も信じてもらえないかもね……。うん、焦って損したかも」


「お、おう」


「あ~。さすがにちょっと今の言い方は無かったかな」


「気にしないでくれ。俺が自虐したんだし。おっと、文庫本はさっさと仕舞っておいた方が良くないか? 様子からして、それを忘れたから教室に戻って来た。で、俺が机を倒して中身を見た? って慌てて駆け寄って来たんだろ?」


「うん。その通りだよ」

 氷室さんは俺に見られたと思っていた表紙不明の文庫本をカバンに仕舞う。


 しかし、手元が狂ったのだろう。

 ポロッと床に落ちる。


 バサッと音を立てて床に落ちた本。中身は俺に知られたくないもの。

 それだというのに、無慈悲にも床に落ちたせいで、緩めに取り付けられていたブックカバーが外れ中身が露わになってしまった。


「無職だった俺、転生して神になる?」


「終わった……」

 顔面真っ青になり氷室さんは立ち尽くす。

 彼女が知られたくなかった文庫本の中身。

 アニメが今月から始まる程に人気のライトノベル『無職だった俺、転生して神になる』という作品だった。


「ああ、そうか……」 

 なぜ文庫本の中身を知られたくなかったのか、それは俺でも容易に想像できた。


「私がこんな本を読んでるって思って無かったでしょ?」

 そう、氷室さんはリア充だ。

 さらには、陰キャオタクと相反する陽キャグループの人間。


「確かに、氷室さんが居るグループの奴らにバレたら馬鹿にされそうだ」

 アニメ、漫画を嫌ってる女子で構成されたリア充グループ。

 そこに所属する氷室さんがライトノベルを読んでるなんて誰も思う訳がない。


「うん……。だから秘密にしてる」

 暗い顔で落ち込む氷室さん。

 確かに言いふらされたら、

 『うわっ。氷室さん。漫画とかアニメが好きとか、普通に無いわ~』って仲間外れにされかねない。

 開口一番、すごい剣幕で俺に『見た?』って聞くのも十分理解できる。

 感慨深い何かに囚われていると、氷室さんが俺に勢いよく頭を下げた。

 

「お願い。黙ってて欲しい。私に出来ることならなんでもするから!」


「いや、さっき言われた通り、どうせ氷室さんがライトノベルを読んでるって、俺が言いふらしたところで誰も信じないだろ」


「そうだけど……」

 腑に落ちない顔で思い悩んでいる。

 確かに今まで築き上げて来た人間関係。

 それを失うんじゃないかと思うと不安でしょうがなくなるのは仕方がない。


 オタクバレして、リア充グループで爪弾きにされるのは可哀そうだ。特に氷室さんの友達には一人、オタクを物凄い毛嫌いしている子がいる。


 その子にバレでもしたら、割と酷い目に遭う可能性が高い。

 自分達のグループにはオタクなんていなくて、陽キャの塊である事をいつも主張しているのだから。


 もちろん、氷室さんが『無職だった俺、転生して神になる』という転生チートものと呼ばれる小気味よさを追求したライトノベルを読んでると言いふらすつもりはない。


 しかし、氷室さんは不安でしょうがなさそう。

 なので、俺はその不安を解消すべく、馬鹿な事を言ってしまう。


「氷室さんも俺の弱みを握れば安心できるか?」


「えっ?」


「俺が言いふらすか心配なら、俺が言いふらせないように俺の弱みを握れば安心できるかって聞いてる」


「君にメリットがないでしょ? それで良いの?」


「俺が言いふらさないか心配なんだろ? そうだな。よし、もし俺が氷室さんはライトノベルを読んでるって言いふらしたら、これを周りに見せつけてやれば良い」

 携帯を取り出した俺。

 同じクラスという事もあり、氷室さんの連絡先を一応知っている俺。

 何とはなしに、俺の弱みになりそうなメッセージを彼女に送った。


『あなたの事が好きです。付き合ってください』


「え? なにこれ。取り敢えず、返事だけど、ごめん。無理」


「告白じゃないから。もし氷室さんがライトノベルを読んでるって俺が言いふらしたとしたら、それを使えばいい」


「どういうこと?」


「告白を受けて貰えないからって、私がライトノベルを読んでるって変な嘘を言いふらされて、本当に困る。っていう感じでそれを周りに見せれば、俺の言う事なんて周りは絶対に信じないだろ」


「そんな簡単に私の事を信じて良いの? このメッセージってさ、君の方が私よりも不利になっちゃわない?」


「あっ……」

 メッセージを送ってから激しく後悔する。

 これじゃあ俺が不利過ぎるという事に。

 ドクンドクンと一気に血流が早くなる。

 クラスでは地位が低い。友達も少ない。これ以上、下になるのは御免だ。

 今、氷室さんに送ったメッセージを周りにバラされようものなら俺はどうなる?


 焦りに焦りを感じる中、氷室さんに強がった。


「氷室さんはそんなことをする人に見えないからな。だって、漫画やアニメを嫌うグループに居ようが、嫌いだなんて一言も氷室さんの口から聞いたことないし」

 

「そっか。ありがと。分かった。安心して君が……。いや、加賀君が秘密を言いふらさない限り、私もこのメッセージを他人には絶対に見せない。私が悪いのに迷惑かけちゃったね……」

 リア充グループに所属する氷室さん。

 彼女が発した言葉は真っすぐで、嘘偽りは感じられれなかった。

 ちょっとした秘密を共有しただけ。

 俺と氷室さんは何食わぬ顔で互いに別の日常を生きていく……。


 と思っていた。


 またまた放課後、ゴミ箱の中身を捨てに行っていたら、いつの間にか他の奴らに帰られて一人になっていた。

 そんな俺に、どこからともなく現れた氷室さんが話しかけて来た。


「私の秘密。周りに言いふらしてないよね?」


「言ってないぞ」

 クラスの中心というか、花形である氷室さん。

 一方、俺はと言うと、オタク趣味を共有できる数人の友達と、クラスの片隅で細々と暮らしている小心者。


 俺の発言に力などないに等しい。


 第一、俺は氷室さんに告白ともとれるメッセージを送ってしまっている。

 ライトノベルを読んでるって俺が言いふらしたとしても、それを覆せる。

 そこまで心配する必要は無いというのに、わざわざ放課後に俺を待ち伏せし、くぎを刺してきたのはなんでなんだ。


「それなら良いんだけどさ……」


「っと。そう言えば、あれのアニメが今日から始まるな」

 氷室さんが読んで居たライトノベルを原作としたアニメが今日から始まる。

 誰もいないのを確認し、話題を共有したくて話を振ってしまう。


「うん。まあ、私の家だと最速で放送してくれる地方局は映らないんだよ。放送後1週間後に放送されるネット配信で見る予定。か、加賀くんは地方局が映るから、最速で見るんだっけ?」


「何で知ってるんだ?」


「きょ、教室で話してたじゃん」

 さっきから何やら様子をちらちらと伺われている気がする。

 まさか……


「良かったら、DVDに焼いて持ってくるか? ネット配信よりも早く見たいだろうしさ」


「え、良いの!?」

 血相を変えて凄い食いつ気を見せる氷室さん。

 なるほどな。原作を買って読むほど好きな作品のアニメ。

 どうしても早く見たかったんだろう。

 もしかして、俺が秘密を言いふらしてないか釘にさすために近づいて来たんじゃなくて、本当は……このために近づいて来たのか。


「素直じゃないな」


「うっ。だって、そんなに仲良くないのに頼むのは申し訳ないじゃん」

 やっぱりそうか。

 釘を刺しに来たんじゃなくて、今日放送されるアニメをDVDに焼いて、持ってきて貰いたかったんだ。

 こっちの様子を心配そうに見つめる氷室さんに俺は言ってやる。


「分かった。分かった。ちゃんと、DVDに焼いて持って来る」


 俺と氷室さんの付き合いは『一冊のライトノベル』から始まった。

 それはきっと忘れることはできないだろう。




 

 



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