第15話朝倉先輩に愚痴る

「ふぅ……」

 謝り続ける真冬を落ち着かせ、部屋に押し込んだ俺は1階へと降りる。

 深夜1時を過ぎたリビングを通り、冷蔵庫から飲み物を取り出す。

 出したペットボトルを手にしたまま、自分の部屋へ戻ろうとした時だった。


「やあ、加賀くん」


「あ、どうも」

 ジャージ姿で髪の毛を拭きながら歩く朝倉(あさくら)龍雅(りゅうが)先輩と出会う。

 シャワーを浴びて来たせいなのか、顔つきが若干違う気がする。


「随分とぐったりとした顔をしてるね」


「あ~、まあ、色々とです。朝倉先輩はいつもこの位まで起きてるんですか?」


「大学生はこんなもんだと思うよ」


「そう言われてみればそうですよね」

 大学生は夜更かしが大好物。

 というか、講義が2限からだとか、3限からだとか、大学に行く時間が割と朝じゃ無いせいだろう。

 で、明日は遅いし夜更かしをしても大丈夫。

 そんな感じで、夜型へと切り替わって行くのは……良くある話だ。


「さてと、それじゃあ僕は部屋に戻るよ」


「あ、はい」

 去って行く朝倉先輩。

 気が付けば……俺は呼び止めていた。


「少しだけ飲みませんか?」

 真冬のせいでぐちゃぐちゃにかき回された落ち着かない気持ち。

 誰かと何かを話す事で忘れたくて声を掛けていた。

 ちょうどお酒も『加賀君の歓迎会でしたし、余ったお酒はプレゼントです』と日和さんから貰ったしな。


「うん。良いよ」


「え、あ、はい。意外とすんなりOKされたな……」


「別に明日は早いわけじゃ無いしね。それに人との交流が嫌いなら、こんなとこに住んでないよ。でもまあ、やっぱり無しかな」


「ん?」

 朝倉先輩が向けた視線の先。

 リビングのソファーで毛布を掛けられ無防備に寝ている小春ちゃんが居た。


「加賀くんは随分と小春ちゃんに懐かれてるんだね。悪戯されないと信じてるじゃないか」


「それを言うなら、朝倉先輩もじゃ……」


「確かに悪戯するのは男に限らないか。さてと、せっかく飲みに誘ってくれたけど、また今度で」


「いや、別に俺の部屋で良いですよ。誰かに見られて困る物があるわけじゃ無いし」


「……ん~、中々に大胆だね。まあ、良いか。加賀くんは悪い子じゃなさそうなのは小春ちゃんから良く聞いてるし。それじゃあ、お部屋にお邪魔しようかな」

 といった感じで朝倉先輩と飲むことになった。

 氷を入れたグラスと俺の歓迎会で余ったお酒を手に俺の部屋へ。

 互いに適当に腰掛け、軽いおつまみをつまみながらお酒を飲み始める。


「ふ~。で、わざわざ僕を呼び止めてまで、お酒を飲みたくなった理由を教えて貰おうか?」

 グラスを持つ姿が似合う朝倉先輩はこっちをにやりと見ながら聞いて来た。

 真冬との事を言うのも憚られる気がするも、モヤモヤとした気持ちを誰かにぶつけて発散したい。

 ……まあ、ところどころ嘘や冗談を織り交ぜればバレることは無いか。

 軽い気持ちで俺は話しだした。


「いや~、元カノの未練が中々に消えなくて困ってるんですよ」


「その憂さ晴らしに僕を飲みに誘ったと。で、加賀くんは何でそんなに未練がたらたらなんだい?」


「あ~」

 嘘を織り交ぜるために間を稼ぐ。 

 ちょっとばっかり時間を掛けて朝倉先輩に答えた。


「あれです。自然消滅したせいで、喧嘩別れとか互いに嫌いになって別れたわけじゃ無いんですよ」


「それは確かに効くね……」


「そうなんですよ。で、今更になって連絡が来たって感じで……」

 超嘘だ。

 だけど、似たようなもんだし別に良いだろ。


「連絡か~。復縁したいとか?」


「いや、復縁する気はないって」


「なるほどね」

 聞き上手な朝倉先輩に俺は色々と愚痴った。

 酔っている俺は自分の事ばかり話し続けるのもあれだと思い、朝倉先輩自身の事を聞く。


「朝倉先輩は何人くらい女の子と付き合った事があるんですか?」


「あははは、僕かい? 幾ら、女の子にモテるからってそう簡単に付き合えるわけがないじゃないか」

 酔いが回って来たのか陽気に答えてくれた。

 なるほど、言われてみればそうだ。

 モテるからって簡単に付き合えるわけないよな。


「そうですね。簡単に付き合えるわけがないか……」


「ああ、そうだよ? 簡単に付き合えるわけがない。さすがに女の子と付き合うのは覚悟なしじゃ、やってけないからね」


「なんかその言いぶりだと、付き合った事がないみたいな気がしますけど?」


「女の子と付き合った事が無いよ。この前はぼやかしちゃったけど、僕は恋人すら居たことは無い。というか、僕の事はどうでも良いじゃないか。加賀くんは自分ばかり話しているのもあれだって思って、僕の事を聞いてくれたんだろ? でも、今日は特別サービスだ。僕の事なんて気遣わず、とことん君の話に付き合ってあげるよ」


「良いんですか?」


「いいとも。で、加賀君は未練が消しきれない。だったら、答えは意外と簡単なんじゃないか。というか、自分で出してただろうに」


「それって……」


「新しい出会いを求める。加賀君は未練が消しきれないから、心機一転ここに来たんだろう? だったら、そういうのもありでしょ。小春ちゃんには随分と懐かれてる。日和さんとも、そこそこ仲良く出来てるし。真冬ちゃんとは……まあ、うん。という感じで、普通にあり得る話だと僕は思うよ」


「いや~、小春ちゃんは妹みたいな存在ですしちょっと……」


「5年も会って無ければ、もう別人でしょ。とはいえ、そう言う事なら日和さんはどうだい? 意外と男へ求めてるハードルが低いからいけるかもよ?」


「厳しいと思いますよ。俺、見た目は頑張ってますけど、中身はあれですし」


「じゃあ、真冬ちゃんは……なしか。相性は良さそうだけど、二人とも微妙に距離を感じるし。となると、後は……僕とか?」

 言い切った後、黙った朝倉先輩はじ~っと俺の目をまじまじと見つめて来る。

 ま、まさか。も、モテるのに恋人がまだ居ない理由って……。


 お、男がれ、恋愛対象だからだったのか!?


「あははは、さすがに僕は無いか」


「そ、そうですよね。いや~、質の悪い冗談で心臓が止まるかと思いました」

 ほっと胸をなでおろす。

 いやはや、朝倉先輩にロックオンされたと思い焦ってしまった。


「でもまあ、未練が消しきれないならさ、時として強引に新しい出会いや経験を積んでみるのも悪くないと僕は思うよ。さてと、良い時間だ。そろそろ、失礼するね。グラスは……」


「飲みに誘ったのは俺なんで片付けはやりますよ」


「それじゃあ、また飲もうか」


「はい。良ければ、またお願いします」

 それから俺はお酒を注いだグラスやらを片付ける。

 時間も時間だ。

 真冬との事で悩んで寝れなくなるという事はなく、気が付けば眠っていた。


   *


「あ、加賀君。おはようございます」

 目が覚めた俺は酒を飲んだせいかけだるい体で1階に降りた。

 そんな俺に挨拶をしてくれたのは日和さんだ。

 Tシャツにハーフパンツという動きやすいラフな格好をしている。


「おはようございます」


「ふふっ。まだまだ日は浅いですけど、シェアハウスはどうです? 楽しいですか? 」


「楽しいですよ。他の住民ともだいぶ打ち解けられてきた気がしますし」


「それは良かったです。さてと、少し遅めですが朝ご飯を作る気なんですけど、良かったら加賀君もどうですか? スクランブルエッグとベーコン。トーストと、サラダって超簡単なメニューなんですけど」


「じゃあ、お願いします。お金は払った方が良いですよね?」


「初回限定サービスで今日は無料にしましょう」


「引っ越したばっかりで節約したかったんで助かります。今月はちょっとお金を使い過ぎてる気がするので」


「おっと、すみません。朝ご飯を作る前にちょっと失礼しますね」

 ラフでシンプルなTシャツとハーフパンツ。

 そんな部屋着姿をしている日和さんは、俺の前からいきなり姿を消そうとする。


「どうしました?」


「聞きたいです?」


「じゃあ、聞かせてください」

 日和さんは少し照れくさそうにしながらも、落ち着きを持った様子で告げる。


「ブラを付けて忘れたんですよ。加賀君が居るので、さすがに付けないのは駄目かなと。まあ、このTシャツだけで別に十分だと思うんですけどね」

 何食わぬ顔で言われたノーブラ宣言。

 さらには俺を男として意識しているかのような気遣いをされた。

 正直に言うと、ちょっと気を引かれる何かがある。

 Tシャツだけで十分などと言われたせいか、ちらっと日和さんの胸を見てしまう。


「あ。今、見ましたね?」

 

「そう言う訳じゃ……」


「見られたく無ければ、見られないようにするのが、このシェアハウスでのルールです。今回は私が全面的に悪いので何も言いませんから安心してください」

 優し気に笑う日和さんはブラをつけるために、自分の部屋へ戻って行った。

 朝食を作ってくれるというので、リビングにあるテレビを点けて待つ。

 その間に俺は朝倉先輩に言われた事を思い出す。


「忘れるために新しい出会いを求めるか……」

 真冬への未練。

 それを消しきるためには、そんな方法も一つの手段と言える。

 未練が消しきれないからこそ、俺は心機一転ここに引っ越してきた。

 自分で分かっていた答えを、今一度はっきりと朝倉先輩の口から言われる事で、再認識した俺は決意しかけるも……。


「ん。真冬か。おはよう」

 起きて来た真冬に気が付いた俺は挨拶する。


「だ、誰も居ないよね? き、昨日はごめん。本当にごめん」

 真冬は周りに誰も居ないと確認してから、勢いよく俺に頭を下げた。

 顔は恥ずかしさのあまり真っ赤である。


「気にすんな。ほら、誰かに見られたら困るからさっさと頭を上げろ」


「う、うん」

 新しい出会いを求めようと決意しようとしたらこれだ。

 未練を断ち切らせないかのように、俺に関わって来るのは本当に反則だろ……。

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