第29話元カノは押し倒している元カレを目撃する
「大型スーパーに行くんですけど、一緒にどうですか?」
別に用もなく自分の部屋でくつろいでいると、日和さんから誘われた。
大型スーパーと言えば、ここら辺で一番有名な所と言えば……あそこか?
「会員制でパレット単位で陳列してるあの倉庫型のとこであってます?」
「はい。そこです。あそこでしか買えないものとか色々ありますし、せっかくなので誘ってみました」
いまいちパッとした欲しいものは思い浮かばない。
とはいえ、何だかんだで行くだけで楽しそうだ。
てか、今日はもう録画したアニメも全部見終わって暇だったし。
「じゃ、お言葉に甘えて。あ、他に誰かは?」
「小春も来るそうです。フードコートの美味しいで有名な餃子ドッグが食べたいらしいので。それじゃ、10分後に玄関に集合でお願いしますね~」
とまあ、一緒に大型スーパーに行くことになった俺。
軽く身支度を整えた後、玄関へ向かう。
するとそこには、年相応におめかしをした小春ちゃんが居た。
「あ、悠士先輩。どうも」
「行くとこが行くとこなのに随分とおしゃれしてるな」
「まあ、元が可愛いので、何着ても可愛く見えちゃうって訳です。今日はそこまでおしゃれしてませんよ? 」
「今日も自信満々だ。昔は……自信なんて微塵も持ち合わせてなかったのに」
「そうですけど。自信はいくらあっても困らないことに気が付いた今、変に卑屈になる方が勿体ないので」
「そうなんだよなあ……。卑屈になっても、本当に良い事はない」
「昔は根暗だった者にしか分からないですよね。卑屈にならずに、自分に自信を持つことの素晴らしさって」
「まあな」
互いの暗かった過去を知っている。
だからこそ、通ずる何かを感じる俺と小春ちゃん。
ちょっとした昔話に花を咲かせた後、日和さんが来ると俺と小春ちゃんは車に乗り込んだ。
「さてと、お二人とも忘れ物は無いですか?」
3列シートの広々としたミニバンタイプ。
シェアハウスの敷地内に停めてある日和さんの車だ。
車に詳しくないが、メーカー純正のオプションの装備が結構ついてる気がする。
てか、絶対に日和さんって26歳って言ってたけど、年齢の割にかなり稼いでるよな……。
「あ、俺は大丈夫です」
「おなじく!」
「シートベルトはちゃんとしてくださいね~。それでは出発です」
日和さんの運転する車はゆっくりと発進した。
タイヤが路面を擦る音と風を切る音が聞こえる車内。
他愛もない話をしながら目的地へ走って行く中、日和さんが小春ちゃんに聞く。
「小春は本当に加賀君と仲良しですよね……。もしかして、好きなんですか?」
「ぶふぉっ!? お、お姉ちゃん。なんて事を……」
盛大に吹きだした後、慌てる小春ちゃん。
顔を真っ赤にしながら、運転する日和さんに食らいつく。
「そういうのもあり得るのかな~と」
「そ、そんなわけないですからね? ゆ、悠士先輩」
「知ってるから安心しとけ」
「ふふっ。加賀君にとって、小春は範疇にないと」
「妹みたいなもんですよ? 疎遠だったとはいえ、そう言う感じに見れるわけがないじゃないですか」
「それもそうでしたね。さてと、目的地に到着です。駐車場は……平日なので入口近くに停められそうですね」
駐車場内を徐行し、ちょうどいい場所に車を。
そんなに遠い場所ではなく、車に乗り込んでから30分くらいしか経ってない。
とはいえ、なぜか車から降りると背筋を伸ばしたくなるんだよなあ……。
「ん~。日和さん。お疲れ様です」
「お、運転手にさりげない気遣いが出来るとは、さては大学で何かしらのイベントの時、車を運転させられた経験がおありですね?」
「まあ、そんな感じです」
「それでは行きましょうか」
入り口に置いてあるカートを取り店内へ。
女性に押させるのも何なので、代わりに俺が受け取ってカートを押す。
まずは日用品コーナーへ。
日和さんはシェアハウスで使っている業務用の大きな洗剤をカートへ乗せる。
「よいしょっ。これで洗剤は良しと」
「お姉ちゃんの買い物について来ると、主婦っぽいな~って思うんですよね。悠士先輩もそう見えません?」
「あ~、分かる。どこはかとなくお母さんっぽい」
「ですよね? なんかお母さんっぽいですよね?」
「こらっ。聞こえてますよ? まだ、若いのにお母さん扱いは辞めて下さい」
「え~、そう見えるんだからしょうがないのに。ね? 悠士先輩!」
「おい。俺に振るな。ここで俺が頷いたら絶対に怒られるだろうが」
やたらと母親っぽく見える日和さんをからかったり、普通のスーパーじゃお目に掛かれない大きな商品に目を奪われたりして楽しく歩いた。
そんな中、せっかくだから好きなとこを見て来て良いという。
俺は一人でに大型スーパーを練り歩く。
と思いきやだ。
横を向いたら、愛想良くニコッと笑う者が一人。
「何で俺に着いて来たんだ? 小春ちゃん」
「悠士先輩が何を見るのか気になったので!」
「まあ、良いけど」
「どこを見るんですか?」
「ん~、日用品は特にこれと言って必要ないしな。保存のきく食品でも見て回るとするか……」
大型スーパーは伊達じゃない。
生ものはとてもじゃないが一人で食べきれる量をしていないのだ。
小分けされたのも一応あるが、あんまりお得じゃない。
だからこそ、ここでしか買えないたくさん入ってお得な保存の効くものを……。
いや、気にする必要は無いか。
俺が住んでるのはシェアハウス。
余ったら、誰かに格安で売り付ければ生ものだって食べきれる。
「おや? そっちは生鮮系のコーナーですよ?」
「良く思えば、余ったら小春ちゃんに売りつければ良いと思ってな」
「私はあのでっかいサーモンが食べたいです。お刺身はもちろんで、マリネとかムニエルとかにしたら美味しそうです」
「俺は料理が出来ないぞ? 」
「ふっふっふ。ちょっとおだてれば、喜んですぐに作ってくれますよ?」
「なるほどな。さすが小春ちゃん。悪知恵が働く悪い子だ」
料理が出来ないのなら出来る人にやって貰えば良い。
それから歩き回って色々と見た後、日和さんと合流した。
そして、悪知恵を働かせることにした俺はどでかいサーモンを手にする。
「日和さん。これを買うか悩んでるんですけど、日和さんの分の食材費も払うので何か作ってくれませんか? ほら、俺なんかが作っても……美味しく出来ませんし。ほら、日和さんって料理が上手なのでお願いしますよ」
「分かりました。そう言う事なら作ってあげましょう! 食べたいものがあったら、この料理上手な私をどんと頼ってくださいね? あ、でも生ものはぬるくなるので最後にカートに入れましょっか。次はパンですよ。パン!」
俺と小春ちゃんは所詮は偽物の兄妹。
やっぱり、日和さんと小春ちゃんは本物だ。
自信満々なとこが。
おだてながら頼んだせいか、露骨に機嫌が良くなった日和さんを先頭に歩く中、ちょっと日和さんから離れた時だ。
小春ちゃんが俺に小さくこう言う。
「ね? お姉ちゃんってちょろいですよね?」
「ちょろすぎて心配になるレベルだな。結婚も気にしてたし、騙されないように見張ってあげろよ?」
「あははは……。意外とお金持ってるので、本当にころっと騙されそうですよね」
そして、やたらと上機嫌な日和さんを先頭に俺達は買い物を続けるのだ。
*
「小春ちゃんよ。このティッシュはどこへ置いとけば良いんだ?」
大型スーパーから帰って来た後、俺達は買って来た物を運んでいた。
「ふっふっふ。秘密の部屋へ案内してあげましょう。着いてきてください!」
1階にある立ち入り禁止と書かれたプレートがぶら下がっている部屋。
恐る恐る扉の奥を覗くとそこは……。
「物置っぽい?」
「物置ですよ。ただし、何故立ち入り禁止かと言うと……。こう言う訳です」
そこら辺にある洗濯もの干しから冬用コートを抜き出して見せてくれる。
「日和さんの私物置き場だからなのか」
「はい、ここはお姉ちゃんの物置です。そして、ここは実はシャワー室へつながる脱衣所でもあります」
小春ちゃんの言う通り、部屋の奥にはシャワー室に繋がる扉らしきものもある。
「何で使って無いんだ?」
「一応、このシェアハウスは最大で9人まで入居できます。そしたら、シャワー室が一つじゃ足りないからです。ちょっと前までは使ってたらしいですけど、二つもあると掃除が面倒なので一つ塞いだそうです」
そんなどうでも良い話を小春ちゃんとしていたら、業務用の大きな洗剤を持った日和さんがやって来た。
「よいしょっと。二人で何話してたんですか?」
「ここがお姉ちゃんの物置で元は脱衣所だったって事を話してた」
「ああ、そうでしたか。という訳で、私の私物置き場なので普段は進入禁止ですからね? まあ、別に見られても困るようなものを置いてあるわけじゃ無いので、別に入られても良いんですけど」
「本当に~」
疑り深い目をした小春ちゃんは物色し始める。
そして、ニコニコ嬉しそうに日和さんに言った。
「お姉ちゃんが写る高校の卒業アルバム出てきましたよ! 後でみんなで見て辱めてやりましょう!」
「見たら、小春のお小遣いを2カ月カットしますよ?」
屈託のない笑顔で晴れやかな顔をしたまま。
が、どこか怖い日和さん。
「あははは……。見ない見ない」
小春ちゃんは圧に屈しそーっとアルバムを元あった場所に戻す。
気になる。
生唾を飲み込み、どんな日和さんが写っているアルバムか好奇心が止まらない。
後でこっそり……。
「あ、加賀君もですからね。勝手に見たら、お説教ですよ?」
「は、はい!」
「さてと、後で見られない場所に隠しと置かなくては……」
見られたくないアルバム。
高校生時代を収めた卒業アルバム。
芯がしっかりとしていて、面倒見の良く誰とでもすぐ仲良くなれる日和さん。
きっと、高校時代はさぞモテたんだろうな。
ふと、頭によぎったことをそのまま日和さんに伝えていた。
「日和さんってしっかりしてますし、男の人からモテるんじゃないですか?」
「ん~」
「あ、無理に答えなくても……」
「いえ、ちょっと思うところがあったので考えちゃいました。まあ、加賀君の言う通りモテましたよ。だけど、冷やかしも多かったので、あんまり良い人に出会えなかったな~と。さて、まだまだ運ぶものはあるので、手伝ってください」
どこか遠い目をしながら日和さんは車へ向かう。
「お姉ちゃん、冷やかし告白の常連になっちゃったんですよ。可愛すぎて」
「そりゃ言い淀むか……」
真冬が高校時代に仲良くしていた子にも居た。誰か罰ゲームとして、あいつに告白して来いよと選ばれがちな子がな。
日和さんもきっと、そう言う風に周りから扱われてしまったのだろう。
「だから、お姉ちゃんはよく私に言うんですよ。冷やかされるようになったら、もう向こうから近づいて来るのは変なのばっかり。小春はそうならないようにするんですよ~って。まあ、今は冷やかしで告白されるなんて事絶対にありえませんけどね!」
「一応、嘘だけど彼氏持ちだもんな」
車に残ってる荷物を運ぼうと歩く。
すると、小春ちゃんはグイッと俺の腕をつかむ。
「酷いです。私は遊びだったんですね……」
「おい。捏造すんな」
「うぅ……。私は悠士先輩と付き合ってると思ってたのに……。ああ、もう生きてけません。さよなら!」
小春ちゃんは変な演技をする。
少女漫画のヒロインが衝撃的な光景を見て走り出すかのようだ。
で、オーバーな動きをしたせいか小指をぶつけた。
「あたたた……。足の小指が……、こ、小指が……」
「危ない!!!」
ぶつかった棚の上に乗せられていた割と大き目な段ボール。
それが落っこちて来た。
咄嗟に小春ちゃんを押し倒した。
ガタン! ガタガタガタ!!
割と重かった段ボールを皮切りに、いくつもの小物が高い所から降り注ぎ背中を打った。
「いててて」
「ゆ、悠士先輩……。す、すみません」
「いきなり押し倒したが、どこか打ってないか?」
「あ、はい。ちょっと驚きましたが大丈夫です」
「それは良かった」
小春ちゃんと密着していた体を起こす。
自然と上がる視線の先に居たのは……。
「小春ちゃんと何してるの?」
バイトを終えて帰って来た真冬だった。
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