第36話気合の入った二人

 気が付けば、真冬とデートする日。

 待ち合わせ場所である駅前に向かうと、携帯を弄りながら俺を待っている真冬の姿があった。

 とても男心をくすぐる姿が俺の顔を赤くしていく。


「悪いな。待ったか?」

 近づきながら声を掛けた。

 携帯を弄っていた真冬は俺の方を向き何食わぬ顔でこう言うのだ。


「別に待ってない。さ、行こ」

 いつも通りの立ち振る舞い。

 が、残念な事に格好はいつも通りではない。


「その似合ってる服はいつの間に買ったんだ?」


「この前」


「で、明らかに化粧に気合が入ってるのは気のせいか?」


「気のせいでしょ」

 真冬はすました顔だ。

 明らかに今日のためと言わんばかりなおしゃれした姿で現れたのに。


「そうかそうか」


「悠士こそ気合入り過ぎでしょ」


「いいや、いつも着ている服よりも、比較的、新しめな服を着ているだけだろ」

 デートのためにあまり着ておらず、くたびれていない服を選んだ。

 今日のために、わざわざおしゃれしたというのが気恥ずかしくて誤魔化す。


「あと、珍しく制汗スプレーの匂いがするし」


「もう夏だ。匂いは気にしなくちゃだ」


「ふーん」

 互いに、互いのいつもより気合が入っている格好を見つめる。

 まじまじと熱い視線を送り合った後、待ち合わせ場所で俺達は笑ってしまう。


「悪い悪い。真冬との久しぶりのお出掛けだ。ちゃんと気合を入れてきた」


「やっぱりね。面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいけど、私も」


「ふっっ。ダメだ。笑いが止まらなくて死にそうだ」


「あははは。ダメ。何その恰好。今更、私に格好つけてる悠士が面白すぎ」


「お前こそ。さてと、笑ってないでそろそろ行くぞ」


「だね」

 駅前で合流した俺と真冬は歩き出した。

 久しぶりに二人だけでのお出掛けは気分をどんどん高揚させていく。


「私とお出掛けできて嬉しいのは分かるけどさ。もうちょっと顔、なんとかならないの?」


「にやけ顔を抑えるのは無理だな。久しぶりのデートすぎて楽しい」


「しゃきっとした顔ができないなら離れて歩く?」


「俺、そんなキモい顔してるのか? わかった。わかった。抑えとく」

 真冬が離れて歩くと言い出した当たり、相当みっともない顔だろうな。

 そんなわけで顔をシャキッと引き締める。

 自身の表情を変えるトレーニングによってお手の物だ。 

 元陰キャである俺は感情を表情に乗せるのが苦手だった。

 しかし、真冬によって調教され、意識すれば傍から見れば機嫌が良さそう、不機嫌そう、真面目そう、などなど少しは表情を作れるようになっているわけだ。


「にしても、久しぶりだな。こうして、二人でお出掛けするのも」


「ん~、別れる前は一緒にコンビニとかスーパーには行ったけど、それ以外の場所にはあんまり二人で行かなかったからね」


「となると、3か月ぶりくらいのデートか?」


「そうかも。同棲を始めた頃はお金を節約しようって言って、遊びに行かなくなったし。ってなると、3月頃に映画を見に行ったのが最後?」


「よく覚えてるな」


「手帳に色々と書き込むからね。そのおかげか、意外と覚えてるよ」

 したり顔で凄いでしょ? と言わんばかりな真冬。

 高校生のときは覚えきれるだけの予定しかなかった俺。

 大学に入ってから、意外と色々な予定が入るようになった今。

 スマホに入れたカレンダーのアプリでスケジュールは軽くメモしてある。

 1回だが不運なことに、スマホのシステムアップデートのせいで、前まで使えていたカレンダーのアプリが機能しなくなった経験がある。

 しかし、紙でできた手帳であればデータが消えるなんてことはない。

 真冬も使い勝手が良さそうな雰囲気を見ると、カレンダー付の手帳を1冊用意し、活用するのも悪くなさそうだ。

 

「俺も手帳を使ってみようかな……」


「珍し。今までいらないって言ってたのに」


「いや、まあ、俺も色々と予定が増えてきてるからさ。といっても、手帳を買ったところで結局は置物になるだけな気もするんだよなあ……」


「ま、手帳に書き込むのが習慣になるまでに大抵は飽きるしね。あ、手帳の記入をさぼって無いか、私が見てあげよっか?」


「んーー」

 乗り気になれない。

 ということは、きっと手帳を買っても活用されることはないんだろう。


「じゃあ買ってあげる。私が買ってあげたものなら、使わずに放置なんてできないでしょ?」


「ま、そうだな。試してみるか。という訳で、手帳をつける参考にしたいから、後で真冬の手帳を見せてくれよ」


「見せないからね」


「なんで」


「恥ずかしい。だって、仕事でもあるまいし、日記っぽく『肉寿司がおいしかった~☆』なんて感じなのもいっぱい書いてるもん」


「ぷっ」


「ほら、笑った。だから、絶対に見せない」


「そりゃ、お前が手帳に美味しかったって書いた後に☆マークを付けて彩ってるとか言われたら笑うだろ。いや、お前、そんな風に手帳を使ってたのか?」

 手帳を付けるとき、どこはかとなく格好良い姿だった真冬。 

 だからこそ、俺は手帳についてお堅いイメージを持っていた。 

 なのに、実際、真冬は女子っぽいというか、茶目っ気がある感じに☆マークで文章を彩っていた。

 そのギャップが面白くてしょうがない。


「ちなみに、俺とのデートがあった日はどういう風に手帳に記録してあるんだ?」


「今日は悠士とデート『ご飯美味しかった』って感じ」


「☆マークは?」


「ちょ、ちょっとだけ使ってる。本当に恥ずかしいから、み、見せないからね?」


「はいはい。さすがに無理に見せろなんて言わないっての」


「なら良いけどさあ……」


「話は戻るが、本当に久しぶりだな。二人で遊びに行くなんてさ」


「だね」

 二人だけの時間をたっぷりと味わおうとしたときであった。

 視線の先にとある人物が目に入る。

 その人物とは……


 友達と楽しそうに話しながら歩いている小春ちゃんであった。


 不味いな。

 シェアハウスではいらぬ気遣いをされたくないし、させたくない。

 だから、俺と真冬の関係はヒミツにしている。

 ともなれば、今この状況を目撃されてしまうのはあまり良くないだろう。


「ん~、どうしよっか。鉢合わせしたら気まずいし今日はやめとく?」

 真冬も小春ちゃんの存在に気が付き俺に聞いた。

 しかし、よく見ると、小春ちゃんとその友達が歩いて行ってる方向は俺達の目的地とは真逆だ。

 ここでやり過ごせれば、別に何の問題もなかろう。


「行き先が違うっぽいし大丈夫だろ」


「言われてみればそっか。じゃ、すれ違わないようにちょっと遠回りして水着の売ってるお店まで歩こっか」


「ああ。そうだな」



 そして、遠回りした末にお店が入っている集合施設に到着。

 水着が売っているお店に辿り着く。

 きょろきょろと店内を見渡した後、俺はレジにいる店員さんのもとへ。


「すみません。連れと一緒に来たんですけど、入って大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫ですよ~」


「ありがとうございます」

 意外と男性入店お断り。

 そんなお店も普通にあるので確認した。

 すると、真冬はくすくすと笑いながら俺の近くへ歩いてきた。


「本当に律儀だよね。そういうとこ」


「いや、一応な。で、どういう水着を買いたいんだ?」


「ん~。フレアトップにしようかなって」

 フレアとは太陽のように揺らめいた感じに裾が広がっている服のデザイン。

 真冬のおしゃれに付き合っているうちに覚えた。

 確かに、フレアだとボリューム感が出て自然と小さい胸も……盛れるよな。


「あのさ、今、私に失礼なこと考えてたでしょ?」


「そ、そんなわけないだろ」


「ふーん。ま、いいや。でさ、フレアトップとは別にタンキニでも良いかな~って」


「タンキニ?」


「わかんないか。あ、あれあれ」

 真冬が指さした水着。

 それは、丈の長いタンクトップのようなトップスとショートパンツみたいなボトムスで構成されている。

 露出控えめで体系もカバーできるタイプか……。

 確かに可愛いと言えば、可愛いのだが……。


「真冬はくびれが凄い。だから、隠すのはもったいないな」


「本当は?」


「露出多い方が心弾む……と俺は思う」


「はいはい。むっつりスケベさんがタンキニだとご不満そうだし、や~めたっと。さてと、せっかく色々な水着が置いてあるお店に来たんだし、色々見よ?」

 それから俺と真冬は一緒に水着選びを楽しむのであった。





 

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