第26話私にも同じことをしてよ
「ん。誰だ?」
部屋の扉がノックされた。
誰が来たんだ?
「私だけどさ。ちょっと良い?」
「ああ、真冬か。鍵は開いてるし入って良いぞ」
「じゃ、入るよ」
静かに開いたドア。
そして、俺の部屋に入って来た真冬はちょこんと肩身が狭そうに座った。
「で、用は?」
「アニメ見たくてさ。最近、始まったあのアニメって録画してあるでしょ?」
真冬は机に置いてあったブルーレイレコーダーのリモコンを取り、録画したアニメを再生し始めようとする。
が、俺の方を見て来た。
「別に気にすんな。見て行って良いぞ」
「ありがと」
そして、再生ボタンを押した。
録画されたアニメ。
俺は一度見たが、それでも面白い作品だったので真冬と一緒に見てしまう。
静かに大人しく、ただただアニメを見るだけ。
気が付けば、20分もの時間は過ぎていた。
アニメを見終わった後、真冬は俺の部屋に置いてあるクッションを抱きかかえて、何気ない感じで話題を振られる。
「小春ちゃんとのお出掛けは楽しかった?」
「楽しかったな」
「そっか。うん、小春ちゃんは良い子だし。そりゃ、楽しいよね」
「嫉妬してるのか? 何度も言うけど、小春ちゃんは妹的な存在で……」
小春ちゃんは小さい頃からの幼馴染というか、兄妹みたいな関係。
俺は気になる女の子として見た事などない。
それに、小春ちゃんも俺をお兄ちゃん的な存在と言っているし……。
「うそつき……。今日だってさ、仲良くパンケーキを食べに行ったのをインスタにあげてた。私とはそういうことしてくれなかったのに……。どうせ、もう私なんかどうでも良くて、小春ちゃんの方が好きなんでしょ? ねえ、そうなんでしょ?」
「だから、小春ちゃんは妹的な存在だって何度言えば……」
真冬は怖い顔して俺に近づく。
じりじり距離を詰められる中、俺はふとした疑問に気が付き頭を抱える。
「なあ、真冬。もしかしてさ、俺、お前に小春ちゃんが妹みたいな存在だって言って無かったか?」
「何度もそれは聞いてる! ねえ、悠士は小春ちゃんが本当は好きであんな風にパンケーキを食べに行くんでしょ?」
「やっぱり伝え忘れてたか……」
「なにを? 」
仏頂面で俺に迫って来る真冬。
そんな彼女に俺は伝え忘れていた事を告げる。
「小春ちゃんが小さい時、俺が色々と面倒見てたのって聞いてないよな?」
「えっ!?」
真冬は口をあんぐりと開け、ポカンとした顔をしたまま止まってしまう。
やっぱりか……。やっぱり、言って無かったか……。
「ガチで妹的な存在だ」
「……ほんとうに?」
「小春ちゃんに聞け。てか、昔の写真も実家に行けばあると思うぞ」
「そ、そうなんだ」
すーっと距離を取った後、クッションに顔をうずめ真冬は叫んだ。
「あああああぁぁぁぁ……。なにそれ、聞いてない。聞いてないから!!」
「なんか、やけに嫉妬されてると思ってたけど、お前に本当に妹みたいな存在だって言って無かったんだな……。悪い」
「ううん。悪くない。てか、変に迫ってごめん。ホントごめん」
「まあ、あれだ。これでちょっとはマシになっただろ」
本当に俺と小春ちゃんが兄妹的な存在だったと知ってたとしても、相も変わらず嫉妬されるのは間違いないけどな。
「嫉妬してないし……」
「素直じゃないな。まあ、お前のそう言うとこ嫌いじゃ無いから良いけど」
「仮に、私が嫉妬してるって言ったら悠士は何かしてくれるの?」
嫉妬してると言われたところで、俺は何をしてやれば良いんだ?
ちょっと考えていると、真冬が俺の方へ迫って来た。
そして、指を絡めて俺の手を握る。
「小春ちゃんと手を繋いでたんだし、私とも繋いでよ」
「見てたのか?」
「遠くから見てた。あのさ、悠士。もし、私が嫉妬してるのを認めたらさ、こう言う風に同じことしてよ」
「小春ちゃんと俺がしたようなことをか?」
「ダメ?」
「いいや。ダメじゃない」
そりゃそうだ。
小春ちゃんにしてやれて、真冬にしてやれない事なんてない。
「じゃあさ、今度お出掛けしてね」
「お、おう」
今までにない雰囲気が俺を襲う。
逃がすまいという真冬の気迫がひしひしと俺に伝わって来る。
あれ? 真冬って、こんな奴だったっけ?
「確かに悠士と小春ちゃんは本当に兄妹的な存在なのかもしれないけどさ。やっぱり、良い雰囲気だと思う」
「そうでもないだろ」
「ううん。絶対に良い雰囲気。でもさ、止める権利はない。だから、私はその……えっとさ」
顔を真っ赤にして言い淀む。
言いたい事が出て来るまで待った。
「小春ちゃんに負けないくらい。頑張るから」
「……」
ぎこちない笑顔で俺に宣言した真冬。
あまりの眩しさに言葉を失う。そりゃそうだ。昔は、俺の方が嫉妬してた。
どこに行っても、真冬はリア充で中心的な人物。
誰からも好かれ、色んな人が真冬に近づいて来た。
そのたびに俺は嫉妬し、好かれようって頑張って頑張った。
真冬がモテるのに嫉妬してた。
だけど、今は俺がモテるのに真冬が嫉妬してる。
得も言われぬ新鮮すぎるこの状況に俺はドキドキが止まらない。
「昔と逆かも。昔は悠士がずっと誰かに嫉妬しててさ。そのたびに私が大丈夫だって言ってあげたのにね」
「そりゃ、お前がモテすぎて俺なんかと釣り合わないんじゃ……って」
「あははは、まさか私が悠士の立場になると思わなかったかな」
今の立場を笑う真冬。
そんな彼女は俺の手を痛いくらいに握って離さない。
「お前とよりを戻すためにも、同棲が失敗した理由をちゃんと考えて反省しなくちゃな……」
「今はうまい具合にシェアハウスで共同生活が出来てる。ほんと、なんで同棲が失敗したんだろね」
「まず第一に部屋だな。一人一部屋あるのがデカい。お前と気まずくなった時、一人になれる場所があるってのが凄く安心する」
「確かに。喧嘩しても、前住んでたとこだと嫌でも顔を合わせなくちゃいけなかったし……。私はそれが嫌で実家に帰ってたからさ」
「今だから言うが、お前が実家に帰った時、精神的に凄くきつかった」
二人で暮らしているはずの部屋に一人。
真冬は実家に帰って俺だけの空間。
精神的にきつくなっていたのをぶちまける。
「私が帰って来た時、『ああ、帰って来たのか? もう二度と帰って来ないと思ってたのに』なんて言った癖に?」
「あ、あれは……言葉の綾だ」
「ふーん。それにしては、本音っぽく聞こえたけど?」
「悪かった。た、確かに帰って来なきゃ良いのにって思った一面もある」
「あははは。そんなの分かってるから別に気にしなくて良いよ。でも、帰って来なきゃ良いのにって言葉の裏に、きつかった気持ちがあったのを知れて良かった」
「俺も最近は、ちゃんとお前が嫉妬してるのを知った。で、まあ、そのせいでドキドキが止まらない。どうせ、俺が誰かと仲良くしてても何食わぬ顔で嫉妬なんてされてないって思ったし」
「あ~、うん。隠してた。特に大学に入ってからさ、君はそんな格好良くなってるからか、割と女子受けが良いからね」
「何で隠してたんだ?」
真冬は手を繋いでない方の手で、自分の口元を覆い隠した。
目をこっちに向けず小さく答えてくれる。
「面倒くさい子って思われたくなかった」
「素直じゃないのは前から知ってるっての。今更、そんなことでお前の事を面倒だって思う訳ないからな?」
「そう言われてもさあ……心配なのは心配だし」
こいつ。俺の事が好きすぎだろ。
ほんと、なんで別れちまったんだか。
「さてと、小春ちゃんに嫉妬して俺の所へやって来た真冬よ。満足したか?」
「うん。割とすっきりした。悠士と小春ちゃんが小さい頃に面識があったのを知れて、凄くすっきりした。出会って間もないのにあんなに仲良しなのは、相性最高じゃんとか、お似合いだとか、そう言う嫉妬する気持ちが和らいだ」
「悪いな。しっかりと伝えてやれなくて」
「大丈夫。勘違いしちゃう前に知れたし」
浮気だと勘違いして別れる。
二の舞はごめんだと言わんばかりだ。
「だな。もし俺が、ちゃんとお前に小春ちゃんとは小さい頃を過ごした仲だと伝えれなかったら……。また、失敗してた」
「辛くて辛くてもさ。逃げちゃダメなんだね。前だったら、嫉妬してもさ。たぶん、我慢して自分を押し殺してた。こうして、悠士に迫るなんてしないで逃げてたと思う……」
「本当にこれからは我慢しなくて良いからな。あれだ。嫉妬してるって素直に伝えてくれれば、俺も気を付ける。今も好きなのはお前だし」
「そっか。ありがと。てか、待って。小春ちゃんと小さい頃に面識があるって事は日和さんともあるの?」
「あ~、それに関して説明するのはちょっと長くなるがちゃんと説明するか……」
それから俺は小春ちゃんと日和さんを取り巻く家庭環境を説明した。
そして、俺と日和さんの関係を締めくくる一言を真冬にハッキリと言う。
「という訳で、日和さんと俺は他人だ。以上」
「なるほどね。親が離婚してた。でも、よりを戻した。だから、小春ちゃんと日和さんは実の姉妹なのは変わらないと……」
理解した真冬はうんうんと頷いてる。
どうやら上手く説明できたようで一安心だ。
「さてと、夕飯は食ったのか?」
「まだ。これからどこかに食べに行こうかなって」
「じゃ、これから牛丼を食べに行くけど、真冬も一緒にどうだ?」
「ふ~ん。小春ちゃんはおしゃれなパンケーキで、私はサラリーマン御用達の牛丼なんだ。なんか、雑に扱われてる気がする……」
「ちゃんと、おしゃれなとこにも連れて行ってやるから安心しろ」
「分かってる。ごめんね。意地悪して」
わざとらしい悪びれた顔。
そんな真冬と俺は一緒に駅の近くにある牛丼のチェーン店へ歩く。
付き合っていた時と同じように、手を繋いで。
真冬に小春ちゃんと手を繋いでたでしょ?
だったら私とも繋いでよと言われたんだからしょうがない。
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