第20話今はまだよりを戻す気はない。ただ……

 深夜2時を過ぎた頃。

 真冬に迫られてからというものの、眠気が一切襲って来ない。

 しょうがなく俺は荷解きが終わっていない段ボールを整理することにした。

 そろそろ衣替えするには良い時期だしな。夏服を出そう。


「それにしても、真冬め。堂々と言いやがって……」

 リビングで真冬に言われた言葉が頭にこびりついて離れない。 

 何が俺が好きだからだ。言わない方が良いって分かってる癖に、なんで俺に言うんだか。

 今は着る予定の無い服が入った段ボールを開けようとしたのだが、


「あ~。この段ボールの中身を片付けなくちゃな……」

 漫画、ラノベ、ゲームソフトが入った趣味で溢れている段ボールの方を先に片付けることにした。

 そう、箱の中に入ってるものは、全部が全部俺の物ではない。

 ダンボールに入っている漫画やラノベ、ゲームソフトの一部は真冬の物だ。

 俺の部屋から出て行くときに、持って行かなかった忘れもの。


 捨てたら不味いと思い、ひとまず俺が預かっていた代物。

 シェアハウスで再会した今、返してやらないというのはなしだろう。


「どれが俺のだ?」

 真冬の物と俺の物でごっちゃになっている中身。

 漫画に関してはかなり複雑だ。

 これが俺のとか、真冬のとか、そう言う風に扱ってなどいなく、発売日になったら俺と真冬のどちらかが本屋に寄り買っていた。

 1巻を買ったのは俺。2、3巻は真冬。そして、4巻は俺。

 ま、そんなに気にしなくて良いか。どうせ、漫画は二束三文にしかならないし。


 問題はゲームソフトだ。


 元花札屋だったとこが出しているソフトは、今でも一本3000円買取以上はくだらない価値がある。

 それ以外にも値段が付くゲームはそれなり。

 ゲームも漫画とおんなじで、俺と真冬の物が混在しており、高校生の時から貸し借りを続けているせいか、どっちが買った物なのか、本当に分からない。


 なにせ、漫画と違って、ゲームを買う時は――


『ん~、今日の遊園地は中々に空いてて良かった』


『だな』


『ねえ、そう言えば今日、ゲームの新作の発売日じゃん。せっかくだし、買いに行こうよ』


『そうだな。買いに行くか』

 二人で一緒に居る時に買う事が多かったのだから。

 そりゃあ、漫画と違ってどっちが買ったのか物凄く曖昧になる。

 お金が足りない時は、二人で出す場合もあったし。


「呼ぶか……」

 売ればお金になる物の所有権を雑に扱う訳にもいかない。

 真冬を自分の部屋に呼ぶ。どうせ、まだ起きてるだろうし。

 そうだな……。

 迫られたせいで、悶々とした気持ちを晴れやかにするため少しからかうか。


『今から俺の部屋に来てくれ。大事な話がある』

 うむ、我ながらにして随分と意地悪なメッセージだと思う。

 それから、1分も経たずに足音が響き、コンコンと俺の部屋の扉がノックされた。


「入って良いぞ」

 ドアの前にやって来たであろう真冬に声を掛ける。

 そしたら、そ~っとドアが開く。

 忍び足で、恐る恐る俺の部屋に足を踏み入れる真冬。

 大事な話があるというメッセージに動揺しているのは目に見えていた。


「な、なに? 大事な話ってさ」


「ああ、俺達にとってすごく大事な話だ」


「う、うん」


「まあ、座れ。きっと今日の夜は長くなる」

 ダボッとしたスウェットを着ている真冬をベッドに座らせる。

 借りてきた猫みたいにちょこんとベッドに腰掛ける姿は、どこからどう見ても、何を言われるのを気にかけていた。

 さっき迫られたせいで、悶々としたんだ。

 この位の嫌がらせは許せ。

 反応見たさに敢えて黙っていると……。


「大事な話なんだよね。そ、それって、どういう系のやつ?」

 さっきは良いようにやられたからな。

 もう少し焦らそう。


「実はさ、俺。いや、悪い。中々言い出しにくいから、もうちょっと時間をくれ」


「そうなんだ。まあ、良いけどさ……」


「ああ」

 内心で笑いを堪えながら、俺はだんまりを決め込む。

 ベッドに座り、そわそわとする真冬にわざと近づいてみたり、頭を抱えてみたり、色々していたら、真冬がとうとう黙っていられなくなった。


「私は君に何を言われても、ちゃんと受け止めるから。怖がらないで、ちゃんと大事な話について教えてよ」

 

「それじゃあ、言うぞ」


「う、うん」


「お前が俺の部屋に忘れて行ったゲームなんだが、俺とお前のなのか、ごっちゃで良く分からん。金になる物だし、ちゃんと所有権をハッキリさせようと思ってな」


「……」

 顔を手で覆い隠してしまった真冬の顔を覗き込む。


「ん? お前は一体、大事な話を何だと思ってたんだ?」

 

「悠士のばか……。大事な話って言われたら、シェアハウスからやっぱり出て行くとか、私に出て行ってくれとか、ふ、復縁したいとか色々あるでしょうが!」

 半泣きで怒る真冬。

 その姿を見て、俺は一瞬にして血の気が引いて行く。

 今回は絶対に俺が悪い。幾らあんな風に迫られて悶々とした気持ちになったからって、嫌がらせでこんな風にしたら怒られるに決まってんだろ。


「ねえ、君さ私とどうなりたいの? 自分から振っといて、私をからかって。本当は何がしたいの?」


「悪い。先に謝らせてくれ。変にからかい過ぎた。本当に悪い。でも、何がしたいって、それはお前もだろ?」


「そ、それは……」


「俺達はシェアハウスに住む他人だ。そう約束したよな?」

 俺が言い切った後、真冬はだんまりを決め込む。

 口を開くのをただひたすらに待つ。

 

「……そうしなくちゃいけないって分かってるよ。でもさ、やっぱり無理だって分かってるのに悠士とやり直せるんじゃないかって思っちゃう。ねえ、悠士はどうなの?」


「俺は……」

 シェアハウス内で住民に心配させないため、元恋人同士であったことを隠し、そこそこ仲良く振る舞うという協定を結んだ。

 でも、それは俺が望んだからではない。

 そうしなくちゃ、迷惑が掛かるという義務的な感覚からもたらされた物だ。

 

「俺だってお前とやり直したい」

 言わない方が良いのに、とうとう言ってしまった。

 だけど、間違っていると分かってるからこそ、すぐに訂正する。


「でも、都合が良すぎるだろ。浮気してると勘違いして別れた癖に、すぐ浮気してないと分かったらやり直すっておかしいだろ……」


「うん。おかしいね。それにさ、浮気したと勘違いしなくても、あの時の私達は遅かれ早かれ別れてたって言える。でもさ、恋人に戻りたい。これってダメなのかな?」

 真冬の言葉が俺の胸に突き刺さる。

 浮気はあくまで根本的な理由ではなく、別れるに至ったきっかけでしかない。

 別れたのは同棲が上手く行ってなく、別れても良いと思っていたからだ。


 俺は真冬とまた恋人になりたい。

 真冬もそれを望んでいる。


 だけど、失敗のせいで今は恋人に戻りたいなんて口が裂けても言えない。

 

 でも、もう逃げるのはやめだ。


「今はまだよりを戻す気はない」


「だよね……」

 少し吹けば消えてしまいそうなくらいの弱い返事。

 真冬は諦めた顔で俺の部屋から出て行こうとする。

 だけど、俺はもう決めたんだ。


「気持ちは離れかけてた。でも、お前が嫌いだって言えるほどに、気持ちは離れてなかったのは事実だよな」

 覚悟を決めた癖に中々言い出せない。


「そうだけど。それが何?」

 何を言ってるんだと言わんばかりな目つき。

 そんな真冬にとうとう俺は告げてしまう。


「都合が良すぎるかも知れない。でも、俺はお前とよりを戻したい。ただ、今は戻す気はないだけだ。お前はどうなんだ?」


「戻したいよ。でも、同棲が失敗してる私達に将来はないから戻すのが怖い……。だって、同棲してた時みたいに、また喧嘩しちゃうのを考えると不安しかない」

 恋人に戻りたいのは真冬も同じな事に安心を覚える。

 だが、それと同時に真冬の言われたことは避けられない事実だ。

 俺達に将来は無い。

 同棲が失敗した時点で俺と真冬の関係はそこまでだ。


「俺もそう思う」

 別れてしまったのは変わらない事実。

 幾ら、互いに互いを好きだったとしても別れてしまっている。

 よりを戻したところで、また失敗する。

 浮気されてると勘違いしてすぐに別れたいと思うほど、気持ちが真冬から離れていたのは事実なのだから。


 それを忘れたら、きっと痛い目に遭う。


「傷つきたくない。だからさ、未練を断ち切るためにも、やっぱり私がシェアハウスから出て行って、悠士の前から消える。再会したから未練がぶり返しただけ。きっと長い期間を掛ければ、悠士との関係も忘れられるはずなんだから。はい、これでこの話はおしまい! じゃ」

 辛い顔して勝手に話を終わらせて逃げようとする真冬。

 俺は逃げられまいと手を掴む。


「離してよ……。もう、話は終わったじゃん!」


「いいや。終わってない。まだ大事なことを言ってない」


「なに?」

 ぶっきらぼうな真冬。

 そんな彼女に俺はハッキリと告げた。


「同棲が失敗したなら、失敗しないように反省するってのは駄目か? 今の俺達はそれを確認できる立場にいるはずだ」

 ワンルームの部屋で同棲していた時とは違うだろう。

 でも、一つ屋根の下で同居しているのだ。

 もし仮に、このままシェアハウスで喧嘩せずに真冬と仲良く出来たのなら――


 同棲での失敗を克服できたと言えるはずだ。


 ここ数日かけて考えていた結論。

 どうすれば、真冬とよりを戻すことが出来るか考えて考え続けて出した答えだ。


 反省した所で遅い。

 いいや、そんなわけがない。

 世の中には反省して、やり直してる人の方がたくさんいる。


 よりを戻したところで、また同棲は失敗する。

 だったら、同棲する前に失敗しないか確かめれば良い。

 俺と真冬は幸運な事に、反省して失敗した理由を確かめられる立場に居る。


 そして、不安なら――


 今すぐによりを戻す必要は無い。

 

「……そっか。今すぐによりを戻さなくても良いんだ」


「本当に都合が良いと思う。だけどさ、心の底から反省して、心の底からやり直せるって思える様になったら……俺とまた付き合ってくれ。いいや、付き合ってください」

 本当に都合が良い事を言ってる。

 こんだけ御託を並べた癖に行ってることは『キープ』させてくれ。

 そう言ってるようなもんだ。


「うん……。やり直してみよっか。シェアハウスで上手く一緒に暮らせれば、同棲が失敗したなんて忘れて、もう一度踏み出せると私も思う」

 曇りかかっていた真冬の顔が晴れ晴れしていく。

 一度は諦めかけていた真冬との恋。

 それを諦めなくて良いんだと思うと不思議と俺も笑っていた。


「改めて言わせてくれ。これからよろしく」


「私からの提案なんだけど、反省するまでも悠士と仲良くしたい。よりを戻す前でもさ、前まではいかなくても、普通の友達として仲良くしたいな~って。ダメ?」


「そうだな。友達からまたやり直すか」


「うん。友達としてシェアハウスで一緒に仲良く暮らしてみよ? で、うまく行ったらさ、また恋人に戻ろっか。うまく行ったらだけど……」



 こうして、俺と真冬のやり直しは始まった。

 



 

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