第39話日和さんの愚痴

 気が付けば夜も更けている。

 小春ちゃんがいるということもあり、早めにお出掛けは終わらせシェアハウスへ帰ってきた。

 今は、リビングで過ごす気分ではなかったので、自分の部屋。

 適当にゲームをしたり漫画を読んだりしたりして時間をつぶした。

 ふと、やることを失ったとき、今日のお出掛けについて色々と思い耽ってしまう。

 楽しかったは楽しかった。しかし、腑に落ちないところもあったわけで……。

 俺はそのイマイチ満足することができなかった点を解決すべく、とあるメッセージを真冬へ送る。

『今度は二人きりで遊びに行こう』

 なんだかちょっぴり気恥ずかしいような文章。

 付き合ってばかりであったら、送るのに10分。いや、下手したら1時間は悩んでいたに違いない。それも、ジタバタとみっともなく。

 けど、やっぱり俺と真冬はなんだかんだで付き合いが長いせいか、指はすーっと送信のボタンをなぞった。


「今日は本当に残念だった。ま、楽しかったけど」

 今のメッセージを送ったのは、真冬と二人きりで遊びたかったから。

 二人で楽しむ時間が欲しくてしょうがない。別れる前はこいつと一緒にいるとしんどいと感じてた癖に。

 真冬と一緒に過ごすのがつらくなった理由を俺は知れた。

 同棲を始めたばかりのとき、あまりにも俺達がルールというものについて無頓着だった。大げさにいえば、愛さえあれば何とでもなる。

 だから、互いに好き放題。ルールがないから、どっちが悪いか明確にできず、なあなあな状態で終わり。

 それが真冬へのストレスやイラつきを招いた。

 再び縁を持った今、同棲が失敗し、何故互いに嫌気を覚えてしまっていたのかがどんどん見えてくるのが堪らなく嬉しい。


 けど、それと同時に俺の中でとある不安の種が育っている。


「俺達はどうしたらゴールなんだ?」

 同棲が上手く行かなかった理由を解き明かし、もう一度仲良くできるようになったらよりを戻すと約束した。

 この約束がどうしたら果たされるのかが、不明瞭なのだ。

 さすがにこの曖昧さはどうにかしないと不味いと思っていると……。

 

「加賀君。ちょっと良いですか?」

 コンコンとノックされた後、ドア越しに日和さんが声を掛けてきた。

 返答しながら廊下に繋がるドアを開ける。


「あ、はい。どうしました?」


「いえ、今日は小春が色々とお出掛けにお邪魔したそうですね。なので、ちょっとだけお礼をと思いまして。というのは建前。晩酌用のおつまみを作り過ぎちゃったので良かったら食べませんか? って誘いにきました。もちろん、タダですよ」


「他の人は誘ったんです?」


「龍雅君はアルバイト中。小春はこの前のテストで赤点を取った科目の課題を夏休み前までに終わらせるのに必死。真冬ちゃんはこの時間に食べると太るから大丈夫だそうです」


「なるほど」


「それで、お返事はどうですか?」

 夜の11時。明日は講義はない。

 課題というすべきことはあるのだが……期限はまだ先だ。


「じゃあ、せっかくなので」

 日和さんと晩酌することになった。

 リビングに向かうと机の上には作り過ぎたおつまみ。

 何でこんなに作ったんだろう? と思う間もなく理解させられる。


「さてと、愚痴る相手も捕まえたので今日はいっぱい飲みましょうかね~」


「おつまみのお裾分けは愚痴る相手欲しさの餌だった?」


「いえいえ、ただ作り過ぎちゃっただけですって。まったく、酷いですね。加賀君ってば」

 絶対嘘だ。誰か愚痴る相手を捕まえる口実にたくさん作り過ぎたに違いない。

 まあ愚痴を聞かされるのは別に嫌なわけでもない俺は普通に腰かけた。

 すぐに日和さんが冷蔵庫からキンキンに冷えた2本のビールを持ち、やって来る。


「まあまあ、今日はお酒もおごりですからお付き合いください」


「そういうことならしょうがありませんね。でも、無理して奢らなくても払うものは払いますよ」


「いえいえ。こう見えて稼いでますからね~。家賃収入に普通の会社員としての給料。あとは、株主配当がちょこちょこと。ただまあ、株はしょっぱいですね。全然、儲からないので株主優待券目当てで気軽に持ってるだけって感じです」


「へ~。ちなみに年収は……」


「さすがに教えません。さてと、それでは乾杯です!」

 グラスに注ぎなおさず、缶と缶をぶつけあう。

 グビっと喉を潤した後、日和さんはさっそく俺に愚痴り始めた。


「はあ……。友達がどんどん結婚していくんですよ」

 日和さんは26歳。

 ここいらで結婚していく人がどんどん増えていくのもよくわかる。

 晩婚化だなんて言われるこの世の中。別に26歳付近での結婚はまだまだ遅くないどころか、このご時世では早いとすら言われるが、気になるものは気になるか……。


「そんなに焦る必要あるんです?」


「いや~、彼氏がいないので」

 相当に彼氏がいない期間が長いのだろう。 

 それがゆえに周りが結婚していくことに対し、焦りや妬みを感じるに違いない。

 頷いていると、恨めしそうに俺の顔を日和さんは見た。


「加賀君はいいですよね。若くて」


「はい、まだ20ですからね」


「あ、ひどいです。そうやって、若さを自慢するなんて本当にずるいですよ。私なんて、今はもう人生の岐路も岐路で苦しんでるのに。このまま仕事に全力でいいのかって」


「小春ちゃんから聞きましたけど、建築士をしてるんでしたっけ?」


「はい。で、話を続けますが、本当に仕事と私生活の両立が難しいなあ……ってつくづく思うんですよ」


「そうですか? 意外と日和さんはしっかり両立できてる気が……」


「色恋を除けばですよ。結局のところ、仕事と私生活の両立なんて、恋や結婚してないうちはもう楽勝も楽勝なんですよ」


「なるほど……」


「仕事と私生活の両立なんて、恋や結婚したら話は別。ゴールインした友達は仕事を少し楽なものへ転職してるか、部署替えしてもらってるそうなんですよ。将来の子育てのためとか、夫を支えるためだとか、そんな理由でちゃんとした仕事ができなくなるんです」


「今の仕事が好き。でも、恋愛したらその仕事との両立ができない。だから、恋に遠慮がち。でも、後ろ向きだけど恋はしたいって感じですか?」


「そう、そうなんですよ! 結婚して子供を育ててたら、まともなキャリアなんて築けないのがほとんどなんです。だからこそ、私は誰かと結婚して子供を産んだら、今みたいにばりばりと仕事ができなくなるのかあ……って思うと、凄く恋に対していい感情を持てないんですよ。けど、周りがちゃんと好きな人を見つけてイチャイチャしてるの見てたら、それはそれでうらやましくて……」

 ガン!

 日和さんはグビっとビール缶の中身を飲み干した後、缶を無意味に机に叩きつけた。そして、机に突っ伏した日和さんは無気力にぼやく。


「仕事したいけど、恋もしたいんですよ……。どこか、私が稼いでくるから私の代わりに家のことをしてくれる良い人いませんかねえ……」

 引っ越してきてだいぶたった今。人間関係もより深くなってきた。

 だからこそ、日和さんはこんなにも正直に悩みを打ち明けてくれるんだろうな。

 それからも飲み会? は続き俺と日和さんの酔いも深まった。

 陽気な気持ちで話す中、日和さんはずけずけと遠慮なく俺に踏み込んだ。


「私の恋愛観を赤裸々に語ったんですから、加賀君もしゃべってくださいよ」


「え~あ~、俺の恋愛観はあれですね。とにかく一緒にいて楽しい人がいいです。一緒に共通の趣味があって、仲良く過ごせる。そんな人であればベストです」


「ほほう。いいですねいいですね」


「性格は気が強くて芯がしっかりしてるだとさらにベストです」


「へ~。まるで、真冬ちゃんみたいな子ですか?」


「ぶふっ!!」

 盛大に酒を吹き出す。

 そして、変なところに入ったのかゲホゲホとむせてしまう。

 背中をさすってくれる日和さんは俺の反応を面白がって手は緩めてくれなかった。


「焦るとは良いな~って思ってるんですかね?」

 

「いや、ただ、唐突に言われてびっくりしただけですから。別に、あいつとはなんともないですって」

 

「本当ですかあ?」

 それからも俺と日和さんは気を失うとまではいかなくとも、グダグダとうだうだと夜な夜な語らうのであった。



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