第38話香水の香り
小春ちゃんに真冬とお出掛けしているのを見つかってしまった。
冷や汗を流しながら、水着を試着中の真冬を待つこと数分。
小春ちゃんは雑談がてら俺をからかう。
「悠士先輩。あそこの試着室で真冬先輩は一糸まとわぬ姿となってるわけですが、気になってるからって覗いちゃだめですからね? 」
「一糸まとわぬって、水着の試着は下着の上からなんだから全裸じゃないだろ」
「意外と詳しいですね」
「上はブラ越しじゃなくて、お店によっては直につけてみるのもOKな場合があるらしいのも知ってる」
「さすが、元彼女持ち。ちょっと侮ってました」
雑談して待っていると、試着室から満足げな真冬が出てきた。
試着してみて、さらに気に入ったんだろう。
さてと、買ってあげると約束したけど……
「悠士先輩。私に熱い視線を送ってどうしましたか?」
ニコッと笑う小春ちゃん。
そんな彼女の前で真冬に水着をプレゼントするのは怪しまれる。
一応、復縁しかけの元恋人なのは秘密にしている。
いっそのこと、ちゃんと話すのもよぎるが……もし、打ち明けた後、気まずくなったらそれはそれで困る。
水着をプレゼントしてあげるくらいはお金があるけど、すぐに引っ越せるほど、お金はないのだから。
さらにわがままをいえば……
せっかく仲良くなったシェアハウスとの住人と気まずくなって、お別れをするのは悲しい。
「てか、小春ちゃんは水着を見にきたってわりに、俺との話ばっかりで満足なのか気になってな」
「だって、こんなところで悠士先輩と真冬先輩に出会っちゃったんですよ? そりゃ、買うつもりのない水着を見て、あ~、やっぱり欲しい! ってうじうじするよりも、二人を見て楽しんだ方がお得じゃないですか」
「ほんと、良い性格してるよ」
「どもども。で、悠士先輩。ここですよ。ここで、真冬先輩が持ってる水着を颯爽と奪いお会計へ行きプレゼントすれば好感度爆上がりですって」
俺達の様子を見て楽しみたい小春ちゃん。
真冬へ水着をプレゼントしたい俺。
水着を買った後でお金を渡すのは味気なさ過ぎて絶対にしたくないし、今の発言はしっかりと利用させて貰おう。
「そんなに俺と真冬があれこれしてるのを見たいならお望み通りにするよ」
試着室からご機嫌で出てきた真冬が手に持っていた水着を奪い取る。
そして、そのまま会計へ。
すぐに包装は破ると思うが、せっかくなのでプレゼント用の簡易的なラッピングもして貰った。
「小春ちゃんが買ってあげれば? とうるさかったからな。という訳で、形だけやってみた。後で、お金は返してくれよ?」
そう言いながら、買ったばかりの水着を俺は真冬に手渡した。
もちろん、ただの演技で後からお金は返して貰うつもりは毛頭もない。
それをわかっている真冬はふふっと笑って、俺と同じく演技する。
「タダで良いなんて悠士もなかなかの男前かな」
「いいや。後でちゃんと返してもらうって」
「ん~、どうしよっかな? 私は買ってなんて言ってないし。ね、小春ちゃん?」
小春ちゃんに怪しまれないようなわざとらしい演技。
それをしている自分たちがどこか面白おかしくて笑ってしまいそうだ。
そんな演技だとしても、小春ちゃんからしてみれば割と満足できる仕上がりだったらしい。
「そうですよ? 悠士先輩。ここは男気を見せるとこですからね!」
「くっ。そう言うことなら……」
とまあ、プレゼントするふりをするもこのままじゃ、真冬は俺に水着を買わせた欲張りさん。それを分かってかちゃんとフォローをいれてくれた。
「大丈夫だよ。後で、返すからね? 冗談、冗談」
「おう、助かる」
「っと、お二人は水着を買い終わったあと、どうするつもりで?」
「ん~、ぶらぶら?」
「真冬の言う通り、特に決めてないからなあ……」
「ほほう。ところで、さっき私もご一緒して良いか聞きましたが、あれって本当について行って良いってことですよね?」
俺と真冬は小春ちゃん視点ではシェアハウスの住人同士。
ここで、二人きりで遊びたいなどとほざけば怪しまれる。
とはいえ、久しぶりに二人で外でゆっくりと過ごしたい気持ちはあるわけで、小春ちゃんにちょっとしたおふざけを仕掛けた。
「いや、ついて来て良いなんて許可してないぞ。なあ、真冬」
「うん。許可なんてしてないよ?」
真面目な顔で小春ちゃんに言った真冬。
ここで、小春ちゃんから『え~酷いです! お二人とも、私のことを仲間外れにするなんて最低ですからね!』という答えが出てくると思っていたら、
「私を仲間外れにしたいってことは、これから二人で恋人が行くようなちょっとあれなところに行く予定だったんですかあ? もう、お二人ともお盛んですねえ」
「ちょ、ちょっ。わ、私と悠士がそんなとこ行くわけないから! ね、ね?」
「そ、そうだからな? 小春ちゃんをちょっとからかっただけだって」
想定外の答えに慌てる俺と真冬。
くっ。小春ちゃんはやっぱり強い。
必死に弁明していると、そんなのは分かってますよと言わんばかりなしたり顔で俺達に微笑んだ。
「え~、二人して私を除け者にしようとしたので、そういうことなのかな~って思ったのに。ところで、もう一度お聞きしますが~。これから、私もご一緒していいですよね?」
「遠慮なくどうぞ」
真冬も横で大きくうんうんと顔を上下させている。
「わーい! やりました。で、これからどうします? 実は、こうして私と悠士先輩と真冬先輩でちょっと外へ遊びに行くのは初めてなので楽しみです」
「あ、そうだ。近くに香水が売ってるお店があったっけ。ちょっとそこで買い物させてよ」
真冬が香水を買いたいと言い出した。
ああ、そうか。夏だもんな。
この前、爽やかでスッキリした香りの香水を買いたいって言ってたっけ?
「それ、私も気になります! 学校では校則で香水は禁止されてますが、休みの日とかに使おうかな~って思ってたので。色々と教えてくれると嬉しいです」
「いいよ。せっかくだし色々と教えてあげる。で、悠士は大丈夫?」
「俺も今日はぶらぶらと買い物する気だったから、どこでも良い」
「じゃあ、決まりで。さ、行こっか」
目的地が決まった。
香水が売っているお店に向けて歩き始めると、小春ちゃんが真冬に聞く。
「真冬先輩って今も香水つけてるんですよね?」
「つけてるよ。ここに」
とんとんと胸の間を指でつつく。
すると、小春ちゃんはごくりと息をのんだ後、恐る恐る話す。
「も、もっと近くで嗅いでもい、良いですか?」
「あははは、良いよ。はい」
歩みをちょっと止め、真冬は香水をつけた胸の間を嗅ぐのを許す。
小春ちゃんは胸に顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。
で、顔を離した。
「大人の匂いがしましたよ! 悠士先輩!」
「なぜ、俺に報告する」
「私が真冬先輩の匂いを嗅ぐ姿を羨ましそうに見てたじゃないですか。あ、真冬先輩に頼んで嗅がせて貰いましょう。きっと、真冬先輩は優しいので嗅がせてくれるかもしれませんよ?」
普通に嗅いだことがあるんだよなあ。
元カノだし。
さてと、どう返事をしたものか……。
「あ~、さすがにそんなのを頼めるわけない」
「え~、真冬先輩なら優しいですからいけますって。ね? 真冬先輩!」
「え、あ、あははは……。まあ、良いけどさ」
苦笑いしながら嗅いでも良いと許可をくれる。
ここで、意固地になって嗅がない! というのも不自然。
じゃあ、ちょっとだけと言って、真冬の胸に顔を近づけたときだった。
「手が滑りました!」
俺の背中を押す小春ちゃん。
少し驚き、俺は姿勢を崩し真冬の胸に服越しだが顔が触れる。
そして、結果はなんというか、うん。なにの有難みも無い触れ心地だった。
だって、まあ……真冬は胸ないから……うん。
と、まあ、下心? っぽい何かが透け出ていたのか、真冬はちょっと怖い顔。
これは怒られるのか? と思っているも、どうやら怖い顔な理由は俺の考えと違ったようだ。
「小春ちゃん。悪ふざけでもやったらダメなことはあるからね?」
「え、あ、わ、私は悠士先輩と真冬先輩がもっと仲良くなって欲しいな~って手助けをと思ってですね」
「ふーん。じゃあ、私も悠士と小春ちゃんが仲良くなる手助けしなくちゃ。例えば、小春ちゃんの胸に悠士の顔を手が滑ったって言って、押し付けるとか?」
「い、いや。それはちょっと……恥ずかしいので。す、すみませんでした! も、もうしませんから、許してください。ほんの出来心だったんですって」
真冬に謝る小春ちゃん。
眉間にしわは寄せてるけど、小春ちゃんに本気で怒ってはいないであろう真冬。
その二人の楽しそうなやり取りを俺は横で見守るのであった。
そして、俺は思い耽る。
久しぶりに胸に顔を突っ込んだ。幾ら触れ心地は悪かろうが、やっぱり好きな人と触れ合うのは悪くない。
ったく、小春ちゃんめ。
さっさとよりを戻して、ねちっこいほど真冬と触れ合いたくなってきたじゃないか。どう責任を取ってくれる?
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