第41話二人で海へ行った思い出

 小春ちゃんがストーカー被害にあってるとのことで、レンタル彼氏を始めたのだが、元カノである真冬の行動が目に見えて嫉妬している。

 俺が小春ちゃんを学校近くまで迎えに行ったことを話すと、大学の講義終わりに俺の近くに真冬がやって来てこう言うくらいにはな。


「小春ちゃんと一緒に帰ったんだし、私とも一緒に帰れるでしょ?」


「あいよ。ご要望にお応えして、一緒に帰ってやる」


「なんか偉そうじゃん。昔は私と一緒に帰るだけで、帰らせて貰えるって感じでしっぽ振ってたくせに」


「年月が経ったからな……」

 確かに真冬の言う通り、高校生の時の俺は真冬と一緒に歩くだけで、いつもそわそわしていた。

 特に、陰キャ丸だしな俺を横に置くのは申し訳がなく、真冬が一緒に帰ってくれるときは、本当に申し訳なさを感じていたくらいだ。

 だからこそ、有難みは半端なかった。ダサい彼氏と気にせずに歩いてくれる可愛い真冬。

 その嬉しさと心地良さは今も忘れはしないが、有難みは日々の積み重ねで薄れていくのだからしょうがない。


「ふーん。酷い奴だね」


「すみませんでした。まあ、最近はちょっと言動も粗雑になってきてるし、気を付けるようにする」


「別に怒ってないって。ま、私への口調とか態度が昔よりも雑になってるのは否定しないけど」


「昔は昔であれだけどな……」

 頬をかいて苦笑い。

 今は雑に話せるが、昔は何を話すにしても相手の顔色を伺いまくってた。

 それはそれで、いかがなものかってわけだ。


「かもね。でも、ああいう君も好きだけどね。なんか可愛くて。ま、あのままだったら、絶対に途中で嫌いになったと思うけど」


「なんで?」


「いや、ずっとあれはあれで面倒くさいじゃん」

 大学からシェアハウスへの道のりを二人で歩く。

 そんな中、真冬は思い出したかのように俺に話を持ち掛けてきた。


「日和さんが今度海に連れて行く計画を練ってるってさ。職場では遊ぶ相手がいないから、意地でも私達を引っ張って行くらしいよ」


「この前、愚痴ってたけど、日和さんって年上の部下がたくさんいて扱いに困るって言ってたくらいだからなあ……」


「ほんと、大変そうだよね」


「で、話は戻るけど、海と言えば、お前と始めて海に遊びに行ったときは、本当に今でも笑いが止まらなくなる」


「あれは、本当に笑えたし楽しかった」

 去年の夏。

 俺と真冬は付き合って二人きりで海に行った。

 それはそれはもう、大学生という年齢もあってできることは段違い。

 笑えることだらけであったのは、今でも忘れることはない。


   *


 3月から教習所に通い始めた俺は、6月に免許を取得。

 親も自動車保険を俺が運転しても大丈夫なように切り替えてくれたし、練習がてらちょくちょく運転をしている。

 だいぶ車を運転するのに慣れてきた頃、具体的には免許を取って2ヶ月が経った頃の夏休みである8月だ。

 彼女である真冬が海に行きたいと言い出した。


「海の季節だね」


「そうだな」


「……そうだよね」

 相変わらず素直じゃない真冬。

 遠回しに海に連れて行ってと誘っているのだろうが、付き合い始めて早3年目。

 ちょっと真冬をからかうことくらい、造作もない俺は敢えて海へ行こうと誘いはしなかった。

 すると、露骨に不機嫌そうに俺の近くへ座りなおす真冬。


「わかったって。海行きたいんだろ?」


「悠士が行きたいなら行く」

 この生意気な奴め。

 あくまで、俺が誘ったというスタンスを崩す気はないようだ。

 可愛い所でもあるが、もうちょっと素直になってくれたって良いのにな。


「じゃあ、行くか。ちょうど俺も車の運転に慣れてきたし」


「車で行くの?」


「逆に聞くが、俺が最近、車の運転の練習してるの知ってて、海の季節だよね? とか言ったんだろ?」


「べ、別にそういわけじゃないし」

 目線を逸らして誤魔化された。

 つまり、そういうことであろう。

 

「で、いつ行く? 親の車だし、いつでもってわけには行かないぞ」


「夏休みだし、バイトがない日ならいつでも平気。6~7日ってのはどう?」


「……」


「な、なに? 急に黙って」


「いや、日帰りじゃなくて泊まりなんだなって」


「だ、だって、ゆっくり遊びたいし。あ~、でも、この時期だと宿は取れないかも」

 だがまあ、すっかりその気になった俺はというとネットを駆使し色々と調べた。

 大人数の予約ならまだしも、たかが二人なため、意外とすんなり宿は見つかる。


「楽しみだな」


「うん」

 と言った感じで海へ行くことになり、すぐにやって来た海へ行く当日。

 俺は親から借りた車で真冬を迎えに行く。

 なお、友達と海に行くから車を貸してくれと頼んだら、親はにこやかに笑った。

 何も言いはしなかったが、彼女を連れて海に行くのはバレバレなようだ。

 親は、高校生の頃から俺が女の子と付き合っているのは知っているし、もうニヤニヤとされるのは別に慣れた。


 そして、真冬が待っている場所へ。

 家の前まで行くか? と聞いたが、親にうるさくされるから、ちょっと遠くが良いと言われたので、何ら変哲のない住宅街にある寂れた公園の近くを待ち合わせ場所に選んだ。

 安全運転の末、真冬の姿を見つける。

 どうやら向こうも気が付いたようで、車の方へ近づてきた。

 一応、泊りがけということもあり、そこそこ大き目な荷物を持っている。

 俺は車から降り、真冬のもとへ。


「お待たせ。悠士」


「荷物はそれだけか?」


「そ、これだけ」 

 真冬の荷物をトランクに積み込む。

 そして、俺が運転する車の助手席に真冬が腰かけた。


「ふふっ。なんか、緊張する」


「俺の方こそ、彼女を横に乗せてドライブとか始めてだからな。というわけで、安全運転で行くからそこら辺はよろしく頼む」


「飛ばされても困るから別に良いって」


「じゃ、行くか」

 親から借りた車を走らせ、俺と真冬は海へと向かい始める。

 目的地までは1時間ちょっとで、意外と近い。

 せっかくなら、熱海にでも行くか? と聞いたら、まだ免許を取り立てなんだし近くで良いよと言ってくれたからだ。

 

「悠士ってさ。良い彼氏だよね」


「急にどうした?」


「だって、車を運転して海連れて行ってくれるし」


「ちょろいやつめ」


「そう? 意外と、海連れて行ってと言っても、面倒だからって断る男もこの世にはたくさんいるらしいけど」


「そういうもんなのか? にしても、あれだな。気合入っててびっくりだ」

 助手席に座るは彼女である真冬。

 海へ行くということで、カジュアル感が強めだが、それでも明らかにデートを意識し気合が入っている。


「ま、悠士と海に行くんだし、サービスしてあげなくちゃいけないし」


「真冬のそういうとこ、本当に可愛いと思うぞ」


「……ま、あと数年後には、サービス精神はどうなるかわからないけど」


「寂しいこと言うなよ」

 

「だって、だいぶ悠士との関係も慣れて来ちゃったからさ」


「だよなあ……」

 慣れ切った関係。

 初めて彼女とのドライブであろうと、結構な余裕があるからな。


「窓開けて大丈夫?」


「気にせずどうぞ」


「じゃ、開ける」

 ウィーンと助手席の窓が音を立てながら開いた。

 そこまで飛ばしてはいないが、びゅうびゅうと車内に吹く風。

 真冬はそれに身を任せ、なんだか気持ちよさそうに風を浴びていた。


 そして、俺の顔を見てすっかりと見慣れた笑顔を向けてくれる。




「彼氏の運転する車で海へ行く。ふふっ。なんか、これだけで楽しいや」






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