第18話元カレに近づきたくてしょうがない

「お待たせしました~。ご注文を承ります」

 タピオカジュースを買うために並び始めてそれなり。

 やっとの思いで、俺と小春ちゃんの番が回って来た。

 メニュー表を見る時間は待ち時間で十二分。


「悠士先輩はミルクティーでしたよね?」


「ミルクティーだな」


「じゃあ、店員さん。ミルクティーとミルクサワーでお願いします! ストローの色は両方ともピンクで!」

 

「かしこまりました。合計2点で1600円でございます」

 うん、高い。

 一つあたり、800円か。

 正直値段ほどの価値は……まあ、深くは追及しないでおこう。


「これでお願いします」

 財布から2000円を取り出し店員さんに渡した。


「あ、私が出そうと思ったのに……。後で返しますね」


「いや、せっかくだし奢ってやるよ」


「悠士先輩って優しいですね。もっと、私に貢いでも良いんですよ?」


「調子乗るな」


「あたっ! 小春ちゃんの頭をブツとか最低ですよ。まったくもう! でも、本当にありがとです」

 しっかりお礼の言える小春ちゃんと待つこと3分。

 店員からドリンクを受け取り、タピオカジュースを売っているお店のテラス席に腰掛けた。

 これだけの行列。

 大体の人は座れず、商品を受け取るや歩きながら飲む。または、そこらで立ちながら飲まざるを得ない。

 

「ふぅ~。やっと買えましたね。あと、運良く座れてラッキーです」


「ああ、ほんとタイミングよく席が空いたよな」

 流れで普通にタピオカミルクティーを飲もうとしたら、小春ちゃんに待ったを掛けられる。


「インスタ用の写真を撮らせてください。悠士先輩の元カノに送る用の嫌がらせ写真も撮ってやりましょう!」


「インスタの方は許すが、嫌がらせ写真は撮らないから」


「え~、せっかく来たのに。まあ、良いでしょう。という訳で、悠士先輩ちょっと横を失礼。そして、これをこうしてっと」

 俺にタピオカミルクティーを良い感じに持たせた後、小春ちゃんが俺の横にやって来る。

 そして、携帯の内カメラで俺と自身の姿をカメラに収めた。


「いえい! っと」


「おい。タピオカは映して良いが、俺を映して良いって誰が言った」


「ふっふっふ~。せっかくなので、友達に彼氏いるアピールで大人の余裕を見せつけてやろうと思って。それに顔は映してないので良いじゃないですか」


「ったく。今回だけだぞ?」


「いえいえ。好評だったらまたお願いします。私はインスタグラマー。人気が欲しいお年頃なんですから」

 やや決め台詞っぽい感じで格好つける小春ちゃん。

 どんな写真をインスタグラムに投稿しているのか気になっていると、携帯を差し出し俺に見せてくれた。


「中々人気だな。顔出されてたら普通に危なかった……」

 小春ちゃんのアカウントをお気に入り登録しているアカウントは30万。

 かなり知名度がある人気者だ。

 友達に見せつけると言っていたので、身内で楽しんでるだけかと思っていたが、ここまで人気とか普通に凄い。


「あはは、だからちゃんと顔は隠してるんじゃないですか。ネットリテラシーは大事なんですよ?」


「意外としっかりしてんだな」


「小春ちゃんは意外としっかりしてるんです。インスタはこわ~い人が一杯いますからね。ここまで人気だと普通に変な奴に絡まれますし」


「そういうしっかりした所は日和さん譲りか……」

 やはり姉妹。

 しっかりしているところはしっかりしている。

 割と人気なインスタグラマーであり、妹分である小春ちゃん。

 そんな彼女と一緒にタピオカを飲んだ。

 

 そして、飲み終わった後も何だかんだで夏服を買いたいと言われ、若者向けのアパレルショップに付き合った。

 テンション高めな小春ちゃんとのお買い物にぐったりとした疲労を感じながらも、気が付けば帰り道。

 小春ちゃんは買ったばかりの洋服の入った袋をぶらぶらと揺らしている。


「ん~。今日はありがとうございました!」


「別に気にすんな。シェアハウスってこういう風に住民と仲良く色々したい人が集まる場所だし」


「そうですよ~。こういう風に仲良くしたい人が集まれる良い場所です。ま、私はお母さんとお父さんがイチャイチャしてるのを見てられないから、逃げて来たんですけど」

 

「でも、人付き合いがあるのは今の小春ちゃんは嫌いじゃ無いだろ?」


「昔ならともかく、今は人と遊びたくてしょうがないですからね」


「それにしても、良かったのか? 俺の意見なんて参考にして」

 ぶらぶらと揺らしながら持っている服の入ったビニール袋を見た。

 そう、中身は俺が良いと言った服が入っている。


「良いんですって。さてと、今日は本当に楽しかったです。さすが、彼女が居ただけあります。こういうお出掛けに慣れてるのがよ~く分かりました」


「何だかんだで、デートはたくさんしたからな……」


「ほほう。そう言えば彼女さんと別れた理由は聞いた事が無いんですけど。良かったら、教えてください!」

 別れた理由を聞かれてしまう。

 が、しかし。小春ちゃんもわきまえてるのか、ちゃんと俺が嫌だと言えば、聞くのを辞めてくれそうだ。


「教えないからな」


「分かりました。この話はおしまいで。じゃ、話題を変えて、こんな可愛い子である私とデートした感想はどうですか?」


「妹みたいなもんだし別にこれはデートじゃ無いだろ」


「ま、それもそうですね。とはいえ、そんなことを言ってますが、実は私にドキドキしてる癖に」


「してない。むしろ、小春ちゃんの方がドキドキしてるんだろ?」


「は、はあ!? してませんし~。私は悠士先輩の事、これっぽっちも良いだなんて思ってませんし~」

 本当の兄妹みたいに言い争いながら、俺と小春ちゃんは暗くなる前の真っ赤な夕焼けの中を歩き続けた。


   *


 真冬Side


 すっかり暗くなった頃。

 バイトを終えた私は家に帰って来た。


「ただいま」

 

「おかえり。真冬ちゃん」

 リビングに入ると朝倉先輩がカップ麺を食べている。


「それ夕ご飯?」


「今日はこれで良いかなって。それに安いし。こう言うところで、節約しとかないとお金がいくらあっても足りないからね」


「そっか。じゃ、私も疲れたし冷食かカップ麺で楽しよ……」

 冷凍庫を見るも、目ぼしい冷食が見つからなかった。

 なので、キッチンにあるストック棚からカップ麺を取り出す。

 カップ麺の封を開け、保温状態の電気ポットからお湯を注ぎ3分待ち始める。


 ちょっとした手持ち無沙汰の時間。

 私はSNSのサイトを見る。

 友達が今日は何をしたのか見るべく、指で画面をスクロールしては適当にいいねを付けたり、コメントをつけたり。

 そうしていく中、私はとある投稿に辿り着く。


「ん?」

 スマホの画面には、タピオカを持つ顔の映らない男と制服を着た女の子。

 男の方は悠士っぽいし、女の子の方は小春ちゃんのような気がする。

 さらには、小春ちゃんが『あ、真冬先輩。インスタってやってます? やってたら、アカウントを教えてください! ちなみにこれが私のです』と教えてくれたアカウントから投稿されていた。

 お気に入り登録してるユーザーの投稿しか表示されないタイムラインに表示されてるのだから、絶対にそうである。

 

 タピオカを持っているのは『悠士』と『小春ちゃん』なのは間違いがない。


「やっぱり仲良いじゃん。嘘つき」

 別に小春ちゃんとはそう言う関係じゃないと言っていた悠士。

 だというのに、まるで恋人がするような事をしている。

 そして、何よりも横に居るのが私じゃ無くて、小春ちゃんだと思うと本当に胸が苦しくて涙がでちゃいそうになる。

 涙を堪えるために、私はちょうどリビングに居た朝倉先輩に話しかけた。


「仲が良いみたいだね」


「誰と誰が?」

 

「小春ちゃんとゆ、じゃ無くて、加賀君がさ。ほら」


「二人で帰って来たと思ったら、こういう事だったのか。うん。二人とも仲良さげで良い感じだね」


「でしょ?」


「で、真冬ちゃんは、どうしてそんなに不機嫌そうなんだい?」


「べ、別に何でもない」


「分かるよ。真冬ちゃんは加賀くんとイマイチ打ち解けてられてない。そりゃあ、同じシェアハウスに住む住民。出来れば仲良くしたいってのはね」


「う、うん」

 勝手に勘違いしてくれた方が都合が良い。

 私は朝倉先輩の言葉に頷く。

 下手に取り繕っても良い事は無いだろうし……。


「そうだなあ……。ああ、そうだ。そう言えば、真冬ちゃんってメイクがうまいし、手先が器用だよね」


「それなりに器用だと思うよ」


「この前、加賀くんと話したんだけど、元カノさんに眉を整えて貰ってたんだって。でも自分でやると、下手くそだから、びくびくしてるってさ」


「そうなんだ。って、もしかして、私にやれってこと?」


「小春ちゃんみたいに加賀くんと仲良くなりたいんだよね? だったら、自分から近づいてみるのもありだと思うよ」


「まあ、気が向いたらしてあげよっかな……」



 気が向いたらだなんて言った癖に――

 気が付けば私は悠士の部屋を訪れていた。



「ん? なんだよ」


「あ、あのさ。最近、ちょっとダサいよ?」


「わざわざそれを言いに来たのか?」

 私の物言いが悪かったのか、ちょっと機嫌を悪くする悠士。

 まだ好きな元カレ。

 誰かと仲良くしてるのを見せられ、私も仲良くしたいと思ってしまった。

 気持ちが抑えきれない私は止まれない。


「眉毛が微妙だよ? せっかく顔は良いんだし、勿体ないから私に整えさせてよ」

 どうしようもなく一緒に過ごしたくてしょうがない。



 困らせちゃダメなのにね……。



 分かっている。分かっているのに。

 気が付けば、悠士と過ごせる口実が見つかれば、私は悠士に迫ってしまうのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る