第35話 立ち入り調査

 夏の気配がいよいよ色濃くなり始め、お祭りの到来を匂わせるのぼりが

商店街の各店にはためきだした頃、宣伝行脚の甲斐もあってか

対決イベントのことも街中で話題になり始めていた。


 あちこちで目立つように試合のポスターが張られ、ある店では

タオルやうちわなどのグッズが販売され、またある店ではこの対決を少しでも良い席で観ようとする

お客のため球場のチケットまで販売されているとのことだった。

 

 応援の姿勢が日に日に高まっていること自体は嬉しく感じたものの、

この真剣勝負を露骨に営利目的で利用されてしまっていることを、俺は複雑な思いで眺めていた。


 その点について、俺たち高校生で考えた企画に水を差すことにならないかな?っと、参謀の玉野に聞いてみると、

「えっイベントごとなんだからフツーに利益は考えてやるべきことでしょ?

それに僕たちLR学園だよ。来るもの拒まず、営利目的金もうけ。とりあえず何でも

やってみよう精神の校風だからね~っ」と軽く流されてしまった。

 最近の玉野は若干感情論に押し込まれている感はあるが、

その威勢のよさを真に受けて、まあそんなもんかと丸め込まれてしまった。


 ただ現状、いくつかのお店において俺たちの肖像を無断使用されていることは

看過できず、イベントの売り上げ等について僕らに帰属するものは当然要求したいから、そこらへんの交渉よろしく!とのことで、

その担当を担う俺は盛川を伴って、玉野から指定された該当するお店へと

派遣されやってきているのだった。



「えーっと盛川。玉野から指定されたお店って、ここで合ってるよな・・・・?」

「・・・・・うん、間違いないね。住所もお店の名前もここで合ってるから」


 実際そのお店を前にすると、自分が今ここに何しに来たんだっけ?と

分からなくなりかけていた。

「で、交渉って一体俺ら何すればいいんだっけ?」

「えっと、このお店が私たちに無断でチケットやグッズを販売しているからその確認。そしてもし販売したいのであれば、その許可を与えるべきかどうかの交渉、

あとそれに伴う売り上げの配分交渉だね」


 本来もう少し早めに気付くべきなんだろうが、ここへ来るルートが

いつもと違っていたし、道案内は盛川に任して終始ダベリながら歩いていたせいで、いざたどり着くまでここが見慣れた場所だということが、全然意識に入りもしなかった。


「うん藤間マートだな。・・・・・悪い盛川もう一回確認したいんだけど、

本当にこのお店なの?」

「そうここには書いてあるけど。でも藤間マートって、確かライトやレイが

バイトしてる店だよね?えっ、チケットとか売ってること知らなかったの?」

「まあそうだな。ってかあの人、お祭りとか参加しないと思ってたし」

 暑い日差しの中ここに突っ立ってても埒が明かないと考え、

とりあえず玉野による情報の真偽を確かめるためにも店へと入っていくことにする。



 「どうもこんちわ、沙月さーん・・・・・・」

 ドアを開けると、

「あっ、いらっ・・・・・」と言いかけたレイと目が合った。

 俺だと気付くとすぐに、それまでいじくっていたであろうスマホに目を戻すが、

 「こんにちは~」と、

続いて店へ入ってきた盛川の姿を確認すると一転、目を丸くして話しかけてきた。


「うそっ、どうしたの今日は二人で?あっまた玉からの指示で

フィールドワーク関連の調査?・・・・・でもなんだかこうして見ると新鮮だな~、二人がこの店にいるのって。えっユメがここ来るのって初めてだよね?」

「うんだね。話には聞いてたけど、来るのは初めてかも」

 少し緊張した様子で辺りを眺めまわしてから、盛川は気まずそうに持っていた資料に目を落とす。


 実際この店の中にいて、盛川を連れていることには俺も若干の不安を感じていた。

それは沙月さんが一般基準に当てはめると、病気だと診断されてしまう特性を有していて、人に対して合う合わないがあり極端な対応をしてしまうということ。

それに盛川の脚のことは、既に情報として伝えてしまっている以上、

そのことを沙月さんがどうイジってくるか分かったもんじゃないからだ。


「で、俺らそのフィールドワークの調査でここに来たんだけど、沙月さんって今いる?」

「う、うんいるけど。でもどうかな~?そういうの沙月さんめっちゃ面倒くさがると思うんだよね~」


 店の奥を目で示しながら両手で枕を形作って、彼女は今寝ているというジェスチャーをレイはする。暗黙に今日は帰れというアピールだろう。

 それでもハイそうですかと、とんぼ返りするわけにもいかず、

あえて奥まで聞こえるぐらいの声で、資料に目をやりながら説明をする。


「そっか、じゃあまあとりあえず伝えるべきことだけ残していくわ。

正直俺も玉野から言われても、あんまピンときてないんだけど、

その~今度の俺らのイベントあるじゃん?それに沙月さんってかこのお店がな、

いっちょ絡んでるらしくて、肖像やらを無断で使ったチケットや商品売り出してるって聞いたもんだから、

その情報を確かめに来たんだけど・・・・」


 話を聞くとすぐに思い当たる節があったようで、ふむふむと軽くうなずきながらレイは手前に置いてあった紙切れを俺たちに示してきた。

「ふ~ん。あっひょっとしてそれってこのチケットやグッズのこと?」

【 明宮真太郎、生対決チケット!球場内一塁側指定席 

お弁当ドリンク付き 1500円 】と表示されてある。


「観戦チケットが弁当、ドリンク付きで1500円とは、こりゃけっこう安いな、

じゃなくて!えっマジでこの藤間マートで、俺らの対決に乗っかったチケットとか

扱ってたの!?えっ何で言ってくれなかったわけ!?」

「ってかウチはむしろ藤間マート側がお願いされてるのかと思ってたよ。

ほらこれ見て、他にもグッズがこんなにいっぱいあるんだから!

今このお店で一番売れるのがこの関連なんだよ!」


 どこか自慢気に、レイは様々なグッズを見せびらかしてくる。

主に明宮をあしらったタオルやTシャツに、クリアファイルにストラップ。

他に対決を盛り上げるベースボールカードまで。所狭しと並べられた商品を見ると、

さながら本格的なファングッズ専門店のようだ。


「あとほら見て~一応頼田のグッズもあるんだよ~。じゃーん、これベースボールカードっていうんだって。あんたのカードは数少ないし、明宮くんのに紛れ込ませて並べてたんだけどさ、

全然売れないからウチがタダでもらってあげたよ、へへっ」

 

 まさかこの俺ごとき単体で利用した商品まであるとは思わず、

その驚きと多少の嬉しさから、実物をその手に取って確認してみようと、

ドラマに出てくるスターを気取って、レイからカードを奪い取ろうとする。

「おい~っ、ちょっ待てよ~!」

「あははっ、ちょおっやめなって・・・・・」

 からかうようにカードを上に掲げて逃げ回るレイを、

俺も少しアホらしいなと思いながらも追い回した。


「もっ盛川隊員。犯人の後ろにまわって現物を確保しろっ!」

「はっハイ隊長!」

途中からは捜査員ごっこ的な妙な遊びが加わり、意外にノリの良い盛川も

レイを追っかけまわす遊びに加わってくれる。

 そう、これはもう単なる遊び、ただ鬼ごっこを楽しむ若者たちにすぎなくて、

本当にドラマの一場面を演じている気分でいた。


「ふっふっふっ。ついに追い詰めたぞ・・・・・カードハンターレイチェル。

神妙にお縄につくんだな」

「はぁ?うっわ~何その設定?ちょっとキモくなってきたんだけど・・・・・。

ハイハイ、ウチもう降参。捕まってあげますよー」

 そろそろ一人で逃げ回ることにも飽きてきた様子のレイは、

俺たちに店の奥まで追い詰められると、やれやれといった仕草で両手を上げる。

 それでもやはり、確保するまでこの捜査員設定から俺たちは逃れることが出来ず。


「では盛川隊員。逃げられないように前と後ろから同時に飛びかかるぞ!」

「はいっ!隊長。私はコチラ側から抑え込みますっ!」

 俺はレイを抑えるため胸付近を目がけて手を伸ばしていく。

はっきり言ってもうカードなんかに目は向いていない。

とにかくレイの身体を確保することが優先となっていた。

レイの後ろ側では大きく手を広げた盛川が待ち構えていて、

万全の態勢に感じた・・・・・のだが。


「やっやだっ!もう降参だってば!」

 そう叫びながらもレイは、身体をするっとひねらせて俺の触手状にうごめく指を素早く避けた。


「あっなんでや?」

思ってもみなかったレイの身のこなしに、俺は情けない声を出しながらただ前を通りぬける。

だが突き出した手はというと、そのまま後ろにいる彼女の元まで突っ込んでしまい。


 「あっ・・・・・!」

気付いた時には俺の両手は盛川のお胸に当たり、そのふくよかな湾曲を

しっかりとタッチしてしまっていた。


「・・・・・・やっライト!」

 脳天が痺れるような柔らかさを感じながらも、動揺した彼女の脚から

カシャンと音がしたことで、俺はとんでもない罪悪感を感じピクリとも

手を動かせなかった。


「ごっ、ゴメン盛川!わっわざとじゃないんだ」

ベタな言い訳をしながら目をつむって手を引っ込めようとした、

 その時。


「何しとんじゃ~~~~~お前~~~!!」

 後ろからとんでもない圧力の声が聞こえてきて、そちら側を振り向くと同時に

俺の左頬にこれまたとんでもない圧力の衝撃が加えられた!

「うげゃぁ!!」

 瞬時に俺はその場に倒れこみ、盛川の脚を見上げながらひれ伏すことになった。

痛みに疼く頬を押さえながら・・・・・。


 その衝撃から鉄拳制裁を受けたことは何となく分かったが、形式的に一応

殴った相手を見上げる。


 「ふふっ・・・・・」

そして、つい笑みをこぼしてしまった。

あ~良かった、と感じてしまったから。

 

 女性に対しておこなった不始末に、こうして女性である彼女から鉄槌が加えられたこと。

それも空気を一切読まない彼女だから、おこなった悪事にはそれ相応の罰を与えてくれたはずだと。

その安心感から俺の心は救われた気がした。

別に性癖的な意味ではない。


 「さちゅきさん・・・・・!」

いっつもそうだった。彼女の視線は常に善悪を超えた、

物事の価値を見通す目を持っている気がする。

 

 ならば今回のことも、彼女なりの筋を通した説明をしてくれるはずだ。

そう淡い期待をして、後日また場所を改めて彼女に向き合ってみることにした。

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