第11話 生まれと進路
楽しい時間はあっという間に過ぎ、お花見が終わった後の帰り道、池のそばの桜を眺めて余韻に浸りつつ俺とレイと沙月さんの三人はトボトボと来た道を戻りながら歩いていた。
「あ~楽しかったね~、まぁた~うっく、来年もしようねー三人で~」
上機嫌なのはいいが、まだ若干赤みを帯びた顔で足取りもおぼつかない沙月さんのことを無事に送り届けるために、レイと俺で藤間マートまで同行することにしていた。
沙月さんがふらついておかしなところへ行かないよう主にレイが体を支えていたので、行きに比べだいぶ軽くなっていたとはいえ俺はそれなりの重量の荷物を一人で持つ羽目となった。
「ねぇ頼田、それっていいの?食い込んでるよ」
レイが俺の持っている荷物を指さしながら聞いてくる。
「えっ、いいって何が?」
「あんたのそっち右の肩って投げる方だよねー?野球やってる人って普通投げる方の肩には荷物かけないって聞いたことあるから」
確かに・・・・・、右肩の筋にバッグのひもがくっきりと食い込んでいることに、レイに言われて気付く。
「ああそうだな。いや、でも俺もう野球やってないからいいんだよ・・・・・ってかレイも俺が野球やってたって知ってたのか。・・・じゃあ噂のことも?」
不意にレイから受けた気づかいによって、もう少し周りからの自分に対する素朴な評価がどんなもんだったのか聞いてみたくなった。
「ああ知ってるし。頼田なんかマッドネスアームて呼ばれてたんだよねー?あんま意味は分かんないんだけど。なんか投げるボールが人殺せるぐらいエグイっていうのは聞いたかなー?ねぇそれってマジなの?」
「マジなわけないだろうが!てかたとえ殺せたとしてもそんな手段に使わんて!」
「げっ!やっぱそれ、やろうと思えば出来るってことじゃん」
野球に興味ない同年代女子の印象なんて大概こんなもんだろう。
やはり俺のことはヒットマンまがい程度としか思ってないってことだ、まあ明宮のこと言われないだけマシかな。
「ねぇ、それいっこ持ったげる」
唐突にレイが俺からバッグの一つを引っぺがして奪い去り、後ろを振り向き尋ねてくる。
「で頼田はさー、野球はもう嫌いになっちゃったてわけ?もうやりたくないの?」
「えっ何で?」
率直に口から出たであろうレイの意見が深層心理の核心を突いてる気がして、しばし口ごもり考え込んでしまう。
「やるやらないじゃなくて、もう野球も学校も辞めてるしさ」
「ふ~ん、じゃあやれるならやりたいってことだ」
「だから知ってるんだろ?俺は高校辞めたんだって・・・・」
「あっそ、じゃあまた入ったらどう?ダメなの?新しい学校に、そんでまた始めればいいじゃん野球。ウチも新しい学校入るんだし」
「そんな、簡単にいくかよ・・・・」
新しい学校に入り直すことは自分自身でも最近よく考えていたことだが、レイが単純に思いつきめいた言葉をポンポンと投げつけてくるせいで、余計考えが纏まらず悩みが深くなっていく気がする。
「そんなの口で言うのは簡単だけど、じゃあどうすればいい?俺はどんな学校に?どうやって入ればいいって言うんだ?」
「そりゃあ自分が興味を惹かれたところがいいんじゃないかな?ね~だよね?レイ」
ついさっきまでフラフラと千鳥足になっていたはずの沙月さんが、急に素面に戻ったのか、レイと俺の間に入って歩きながらすんなり会話に参入してきた。
何気に話は聞いてたようだ。
「ウン、ウチもそう思うんだけどねー。頼田が考えこんじゃってんのバカなのに」
「バカって、じゃあそういうレイはどうなんだよ?新しい学校入るって難しくないのか?・・・・どんな学校に行こうとしてるわけ?」
自分のことばかり突っ込んで聞かれることに耐えられなくなってきた俺はバリアを張り、進路が定まって多少余裕を見せているレイの側へと話を反転させる。
「えっウチ?いやぁウチはそのっだね~、けっ経営とか学べるスクールに行くのさ。アハハハ。まあ通信制なんだけどね」
何だコイツ!?人の進路には散々介入しようとしてきた割に、自分のこと聞かれるとしどろもどろで具体性欠いてるじゃねぇか!防御弱っ!
「レイは~お店手伝ってるんだよね~お母さんの。で将来的にそのお母さんがやってる飲食店の~、昼の部を自分で経営したいから勉強するんだって、言ってたよねレイ?」
「あ、うん。そう」
レイの描くプランの代理人とばかりに沙月さんが説明してくれているのに、レイは照れ臭いのかどこか素っ気なく返事をする。
「へぇ、そっか。レイはちゃんとした計画みたいなのがあるんだな。で、そのお店ってどんな?どういった感じの料理出す予定なん?」
「えっと、フィリピンパブだよ」
「もうっ沙月さんっ言わんでよー!」
「・・・・・・・ひ、フィリピンパブか」
その言葉を聞いてしまうと、レイの名前にまつわることなど背後にあるものが一気に解き明かされてしまった感がある。
人通りもまばらな道路沿いを歩きながら、周りにはもう桜の木やそれを眺める人たちがいないんだと確認するようにレイは辺りを見回している。
「はぁ。えっとね、そのふぃ・・・・、パブってのがお母さんがやってる夜のお店なの。で同じお店の昼の部分をウチがやりたくて、そのための勉強をするってわけなの。ね分かるでしょ頼田?・・・・言っとくけど、ウチがやるのはカフェ、カフェだから!」
「へぇ、カフェか。オシャレだな」
カフェという響きより、どうしても先に出たフィリピンパブの方が語感としてインパクトが強く頭に強くイメージとして残ってしまっている。
「お母さんがやってるフィリパブだって立派な店なんだし、レイは誇りに思ってあげてほしいな。ママさんのこと。」
「もちろん・・・・ウチはママのことは大好きだし誇りに思ってるよ。でも沙月さんがあんな急に言っちゃうからさー」
レイの歩調がゆっくりになって遅れだす。
レイが戸惑うのも分かる。自分のアイデンティティーに関わる部分をああもあっさり他人に明かされてしまったのだ。心のやり場に困っているのだろう。
「え?お母さんがフィリピンの人なのって、レイにとって隠しておきたかったこと?」
沙月さんは基本的には大らかで包容力のある人だが、どこか感情の機微を読めないというか人の後ろめたく思ってることなんかにもズケズケ容赦なく突っ込んでくる悪癖があった。
こんなこと面と向かっては言えやしないが、沙月さんて頭のネジ一本抜けてんじゃないかと思う時がたまーにあるほどだ。
「えっとさ・・・・、頼田も分かってたよね?ウチに外国の血が半分入ってるってこと?」
レイが隠したがっていた出自に関する話題なんてこれ以上膨らますことはないと察した俺は、彼女のことを持ち上げつつ学校の話題へと修正を図ることにする。
「・・・・いや、正直俺は全然。へっへぇ~そっか、レイはカフェの経営の勉強しに学校かーウンすげぇいいと思うぜ。お母さん想いだってこともな」
「へへっそうかな?そうかもねウチはママのこと大切にしてるね」
「いやぁ、俺も出来ればまた学校通ってみようかな?とか考えてはいるんだけど、その、うちは母子家庭だしさ。好きでやってた野球を投げ出した俺が、また何かやりたいとか母さんに言い出せないってか、あんま負担かけたくないとか思っちゃうと、なかなかな・・・・・・・・」
「ハイハーイ、ウチもママとの母子家庭ですけどー!」
嬉しそうに駆け寄ってきたレイが、ハイタッチを求めるような姿勢で手を挙げている。
俺もレイに合わして少し恥部をさらしたつもりだったんだが、そんな明るく同調の意を示されてしまうとむしろ片親家庭であったことが有難く思えてきた。
「ハハハそっか、じゃあどうなの?親一人だとやっぱ俺はその~学費とか?費用が気になるんだけど。レイが通うのは通信制だっけ?そういう学校って少し安かったりする?」
「う~んどうだろう?そんな変わんないかも。ウチが行くコースは100ほどかかっちゃうかな」
「ひゃっ、ひゃくまん・・・・・もか?」
「そこはあんま気にしなくていいんじゃない?今は教育無償化とか学費軽減プランが充実してきてると思うし。それなら頼田くんが通ってた野球の強い学校だって、きっとお金かかってたはずじゃない?」
後押しの気持ちで言ってくれてるのは分かるが、沙月さんの直言は真っ直ぐ過ぎてグサッと胸をえぐられる。
「だねー、色々条件つけてるとホントにしたいこと見失っちゃうかもよー頼田」
「レイはママさんのお店と藤間マートを掛け持ちして頑張ってるし、頼田くんだってうちのお店でのバイト代があるじゃない?視野広めてみたっていいんじゃないでしょうか?」
「はぁ、確かにそう・・・・かもです」
確固たる意思や目標なんて持ち合わせてないのに、フラフラと人に担がれるとそのまま乗っかってしまいたくなる性分がある、これは俺の悪い癖なんだろうか。
「あっじゃあさ、もし良かったらだけど、ウチと同じ学校にしてみない頼田も?」
「・・・・・えっと、どうだろう?」
商店街の入り口が遠くに見えていた。今日という特別な日が終わるとまたこれまでと同じ一日がまた始まる、そう考えると少し憂鬱で投げやりな気分になる。
もう彼女らに身を委ねるつもりで、とりあえずの選択肢を与えてくれることを望んでいた。受け入れるかはともかく・・・・・。
「うんっと、で何て学校なんだ、レイが行く通信制の~その学校って?」
「えっるあーるっ」「LR学園、だよね」
レイが答えようとしたその学校名を、空気の読めない沙月さんが横からかっさらって吐き出す。
「・・・・・えるあーる学園?」
耳にし、口にしたその言葉の響きは、およそ学校を連想させるものではなかった。
「変な名前で、ヤバい学校かも?とか思ったでしょ?」
「いやっ、ヤバいとまでは。名前だけじゃどんな学校なのかなんて分かんないしさ」
分からないなんて呟きながらも、コスプレ風のカラフルなセーラー服を風に靡かせている女子生徒の姿をどことなくイメージしてしまっている。
「頼田くん、多分今ギャルゲっぽい妄想してるね」
「げっマジで?うわっホントだ、分かりやすく鼻の下伸びてるし!全然違うからね、サイテー」
「えっウソ、ちがっコレはホント違う!」
何で俺の顔はこんなにダイレクトに顔で表現し、この女子たちはそれに過敏に反応してしまうんだろう?
咄嗟に口の辺りを手で覆い隠して取り繕う。
「あのねーLR学園てのは基本通信制のスクールなの。つまりパソコンを通してオンラインで授業を受けれるってシステムが特長の学校なの」
「へぇそっか」
レイの言ってることがイマイチよく分からない俺は適当に相槌を打つ。
「あーそれは頼田全然分かってないて顔だね、あのねオンラインで授業受けるってのは全部自分で決めていいってことなの、分かる?どんなカリキュラムをやるかとか、いつそれを受けるとかをね、時間や場所に捉われず融通が利くってことなの、ね?それって良くない?」
「いや分かんないな、それってつまり全部一人でやれってことか?」
「はぁ~ったく、何かポイントずれてるわー。まあ一人でやれるってのはそうなんだけど、全部自分が成長するために好きに決めていいてことなのよ。時間も受ける授業もね。誰かにやらされるんじゃなくて、全てはアンタ次第ってことよ。キツく言っちゃえばね」
「どう頼田くん?レイの説明を聞いてみて興味のほどは?」
全部自分で決めていいって言葉に俺は戸惑っていた。学校の授業なんかこれまで上の空だったし、野球部でも誰かの指示に従って動いていた俺が、授業をどういったプランで受けていくかなんてとても決められそうにない。
今聞いたことを整理するだけで頭がいっぱいで、また鮮やかな色した制服姿の女子のスカートがひるがえる場面を思い浮かべている。
「で、そのLR学園に制服ってあるの?」
「・・・・・呆れた。気になるのそこ?」
案外初めに気になるのはそういうとこなんだよ。レイ、キミだって多感な年頃の女子なんだから分かってほしい。
「うん、まあ制服はないよね、だって基本オンライン授業だし。でもね、授業や部活を対面でやりたいって人向けに校舎が用意されてたりするし、授業によっては実際集まって受ける必要なのもあるみたいだから、その時に制服っぽいの着てくる子はいるらしいよ。ま、それも個人の自由ってことだから」
「ほぉ~、実際に集まって授業受けるプランもアリなのか・・・・・」
「だ~か~ら~、全部カリキュラムを決めるってのはそういうことなの。ね、何となく分かってきた?あとLR学園では部活も一応あったりするから、もし頼田が制服に執念燃やしたいんならコスプレ部に入ればいいよ、もうあるみたいだしさ」
「コスプレ部・・・・・・・へへっ」
想像すると思わずにやけ顔になってしまう。レイの方をチラッと見やり、彼女がするとしたらどんなコスプレだろうかと想像する。
今日の恰好からすると・・・・・動物系かな?
「前もって言っとくけど、ウチはやんないからねコスプレ部とか」
「ったり前だろぅ!まだその、LR学園?俺なんか入るとも言ってないしなっ!」
すでに俺の心なんて見透かされているのは前提として姿を眺めていたから、レイが拒否感を示すのはまあ理解できる。
ただ新たなことを始める上で、何かしらの動機付けが必要なだけだ。それが単純な欲求からくるものであれ、ハートを動かすには原動力が必要なんだから。
「おっと、いいかもねコスプレ。じゃあさ、今度さ~お店で何かやってみない。メイド服とか?めっちゃレイに似合いそうじゃない?ねっ頼田くん」
「は、はぁ・・・・・。確かに似合うかもしんないけど、えっとメイドの恰好で店に立つっていいんですかね?」
いったん引きかけた話の流れを押し戻すかのように、また沙月さんらしく雑な提案をブッコんでくる。
「いやっ!絶対イヤっ!ウチそんな恰好でバイトするぐらいなら、お給料倍額もらうからねっ!」
倍もらったらやるのかよ?じゃあ俺がその分出そうかな?・・・・な~んて、顔に出てなきゃいいが。
「変な想像すんなよ頼田!あんたはそんなことよりまず自分の目先の将来イメージした方がいいと思うけどねっ。学校ぐらい、自分がどうしたいのかぐらい自分で決めなよ」
ごもっともなご意見で。俺は顔を振ってシャキッと理性を取り戻す。
「ねぇ頼田くん、アタシがメイドの格好してもまだギリOKかな?てへっ」
沙月さんのメイド服姿、想像すると生々しくて生唾があふれ出てきた・・・・・って、ホントこの人は空気読めねぇよなぁ!
今そんな話題で盛り上がる場面だろうか!?
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