第10話 お花見の誓い

 浮足立つ気分をそっと抑えるように頭を撫でつけ髪型をセットし、身だしなみも

おかしくないか角度を変えながら鏡に映る自分の姿を念入りにチェックする。

「よしっ!・・・・まあ面白くはないが、我ながらビシッと様になっている格好と言えるんじゃないかな?」

 自らの服のセンスと容姿にイマイチ自信が持てない分、あえて口に出すことで自分に暗示をかけて気分を盛り上げる。


 本日は晴天。以前から設定されていた藤間マート所定の休養日であり、こないだ沙月さんからお誘いを受けた待望のお花見が催される日なのである。


 セルフチェックに勤しみすぎた分、気付くと待ち合わせの時間がもう目前に迫っている。慌てて玄関に行って靴を履き勢いよくドアを開け飛び出そうとしたところ、急な後ろからの呼びかけの声に気勢をそがれ前につんのめってしまった。


「ちょっとライトー!どこ行くの?今日バイトお休みでしょ?」

さすがに親だけあって我が子の勤務シフトの休みのパターンまで何故かきっちり把握してやがる。

 

 今日は母さんの病院勤務もたまたま重なり休みということで、時間がない中でもしっかり出掛け先のチェックを受ける羽目となった。

「うん。まあ休みだけどさ、ちょっと遊びの約束でな」

「へぇ~な~にそれ珍しいじゃん、友達と?あっ、ひょっとして藤間マートの女の人とかってまさかそれはないよね?」

「・・・・・いやっそのまさかだけど。けどっ、沙月さんも含めて何人かだからなっ!何人かで集まって、はっ花見するんだからなっ!」


 女性と会うことへの気恥ずかしさから、ついウソまで交じえて強めの調子で弁明してしまった。ウブな男としては女性がらみのことで母親にいらぬ勘繰りをされるのは耐え難いものがある、特にフラついてナイーブな状態の俺には。


「ふ~んそう、そんなことになってたのね。まあいいわ、ウンとりあえず今日は楽しんできなさい。・・・・・はぁ~でもねライト、もう春よ。そろそろ切り替えが必要ってことは考えといてね」

「おう分かってるし。・・・・・じゃあ急ぐから」


 具体的にこうしろとキツく迫ってくることはなかったが、母さんは俺に明確な変化を求めていると感じる。

 手っ取り早く安心させるには高校へ再入学して、人生の軌道を適切な位置に戻すということが最も分かりやすい工程なんだろうが、そこへの最初のステップをどう踏めばいいのか分からずに俺はもがいているのだ。

 なかなか開かない改札のゲートをくぐり抜けるような格好でドアを開け、ようやく外に飛び出すことが出来た。


 

 沙月さんとレイとの待ち合わせの場所には、家からほど近い総合スーパーが指定されていた。

 すでに約束の昼前11時を少しオーバーしてしまっていたので、俺は焦った姿を努めて見せつつスーパーへと駆け込み、弾む息を落ち着かせながら二人の姿がどこにあるのかをキョロキョロと見回す。


「お~い頼田く~ん!」「頼田、コッチー!」

 すぐに反対側の出入口から買い物袋を両手に抱えた女性二人組、沙月さんとレイがコチラに笑顔を振りまき呼びかけていることに気付く。周りのお客の視線が、二人に呼びかけられている俺に対して向き少し気恥ずかしさを感じてしまうが、二人の方へと視線をやり軽く手を挙げて応える。


 店内の照明によって二人の女子の姿が鮮やかに照らしだされていた。

ウインドブレーカーにむっちりしたパンツとレギンスをはみ出させた沙月さんと、派手なアニマルプリント模様のシャツをダボっと身に着けたレイ。どちらもとっても眩しく輝いている。

先ほどまでの焦燥感がウソのように、俺の感情は満ち足りた気分に包まれていった。


「どうもちわっす。すんません、ちっと遅れちゃって」

 二人に近付いて女性を待たせてしまったことへの失態を挨拶がてらに詫びる。主に沙月さんへ向けて。

「んっそうかな?いやそんなの。だってアタシとレイは元々30分ぐらい前には待ち合わせて先に買い物してたからさ、全然気にしなくていいし」

「そういうこと。頼田は荷物持ちなんだからその設定で呼んでますー」

はは、なんだ。そういうことね。確かに女子二人のお買い物に男子が立ち会うなんて気まずい思いをしないように配慮してくれたってことかも。

あくまで付け加えとしての立場をもっと自覚すべきだった。


「はいっ、だからコレ二つ持ってね!頼田は力持ちでしょ?んっ」

レイが二つのエコバッグを俺に突き出して渡し、残りの一袋ずつを沙月さんと分けあって持った。


 渡されたバッグの中には缶やペットボトルなどの飲料がずっしりと詰まっており、なかなかの重量感がある。はて3人でこんなに量がいるのだろうか?とも一瞬感じたが、この大量に用意された飲み物は二人の女子がお花見へ臨む上でのワクワク感だと捉えたなら、コチラの気分までなんだか弾んできて重い荷物を持つ両腕の痺れも心地よく感じてしまう。


「お花見の場所なんだけど、ここから歩いて10分ぐらいの駒ヶ池って所にしようと思うんだけどさ~。頼田くん、いいかな?」

「えっ、ええ。もちろん!そこは確かに桜の名所ですよね、俺もよく知ってますぜハハッ」

 顔ではニッコリ笑って応じてはいたが、駒ヶ池という場所を聞いた瞬間俺の心は再びどんよりアンニュイな気分に陥りかけていた。

 駒ヶ池というのは俺が通っていた豊鳴館高校からの帰り道にあり、そのため自主練習なんかでもたまに使っていて、野球部時代の記憶とモロにリンクする場所だったからだ。


「よしっ!じゃあお楽しみのお花見へと、レッツゴー!だぜ爆走兄弟!」

「アハハッ!何それ!?なんか沙月さんって、所構わずギャグぶっこんでくるよね~!ウケる!」

「・・・・ハハッ。ハハハッ、アッハー!」

「やだっ!頼田がめっちゃ笑ってるし―!なんだか変なこと考えてそうな顔だー!

ほらっ沙月さん逃げよう!」

 

 今目の前で明るく振舞ってくれている二人の女子の姿を見てると、過去に捉われて立ち止まっている自分の姿が客観視できて、途端に滑稽に思えてきた。

「ちょっ待てよ!沙月さーん!レーイ!俺の荷物めっちゃ重いんだぜー!?」

 小走りでフラフラと逃げる二人の背を追いかけながら、彼女たちの姿を自分の行く先を指し示す道しるべのように感じていた。



 花弁はひらひらと舞い落ちるどころかまだ蕾から咲き始めの段階で、よくて五分咲きといったところだろうか。花見を催す際の風情が感じられる状況とは言えなかったが、その分人出は少なく、場所も好きに取り放題なのでゆったりとした気分で存分に花見気分を味わえそうだ。


 駒ヶ池周辺にはベンチとテーブルがあてがわれた休憩スペースが各所に設置されており、目的地に着いた俺たちはそのうちの一つのテーブルに荷物を置くと、何はともあれさっそく桜の花を見上げる。


「まだ五分咲きってところだな。散り際もいいけど咲き始めがやっぱキレイだよなぁ」

「だねー。ウチは正直桜なんてあんま興味なかったけど、こうして見てるとだんだん良さが分かってくるっしょー。うんピンクがいいよねー。四枚、五枚?の花びらがこう、手のひらの恰好でくっついてるのが絶妙だねー」


 レイと俺のガキ二人で分かったような分からんような桜の講評会をしていると、

プシュー!とテーブルでは先んじて沙月さんが一人、ビールの缶を開け飲み始めていた。

「頼田くん、レイ。咲いた後よりもね、これから咲き始めようとする蕾を愛でながら酒を飲むってのが~ういっ!乙な楽しみ方ってもんですぜ。ドゥフフ」

 含み笑いをしながら語っている沙月さんの姿に、彼女の裏側を垣間見た気がしてゾクッとする。


「ちょっと早くなーい!?沙月さーん。ウチらまだ乾杯してないんだけどー!」

そう注文を付けながらレイは缶ジュースを手早く袋から二つ取り出し、その一つを俺に投げてよこした。

「よっと」俺は片手でもぎ取るようにして、カッコを付けてジュースの缶をキャッチする。

「そいじゃあほら頼田もこっち座って。沙月さんはハイッこれ新しいのもう一個持って・・・・、じゃあ、そろそろみんないいかな?」

ハイハイいいですよ、と沙月さんが二本目を開けて応える。

 

 俺も席に着き缶のフタを開けると、プシューーー!と中身の炭酸水が勢いよく噴き出して顔にかかった。

「プッハハハハ!」

「レイ、お前よくこんな古典的なことを・・・・・・」

「違うもーん。頼田がカッコつけて掴んだから噴き出したんじゃなーい?

「ふん、まっまあええわ」

沙月さんがティッシュで顔を拭いてくれて、代わりのジュースを置いて渡す。


「そいじゃあ皆さん、今度こそ準備いいですかー!?」

満面の笑みをしたレイが乾杯の音頭を仕切りたがっている、まあジュースかぶるぐらい余興ってことで大目に見てやろう。

「スリー、ツー、カンパーイ!!」

「かんぱーい!」「かんぱーい!」

三人で缶をぶつけてそのままグイっと一気に飲み干した。

「ぷはぁ~」

 まだ一口程度しか口に含んでいないのにレイが、俺の代わりとばかりにジッとこっちを見ながら飲み干した感を表してくる。

 彼女の呼気から飲んでいるアップルティーの香りがほのかに漂ってきた。


「あーそうだー!藤間マートのお花見の席ってことで~、アタシ店主である沙月さんからの~ういっ、二人に向けたあいさつをしたいと思いまーす!」

 三本目を開けほろ酔い機嫌の沙月さんが、花見の席で述べるのに丁度いい口上を思いついた様子で訥々と語り始めた。


「え~っ、ういっ!我ら~三人、生まれた日や~、え~と時は~違えども~、もお~

死する時は~きっと、同じと~誓わんワーン!」

って三国志かよ!?最後は吠えちゃってたし、ワケ分からん。


「へ?サンゴクシて何?今沙月さん一体何を言ってたわけ?死ぬとき同じって怖いんだけど」

「花見の席でのそういったセリフで有名な歴史物語があってだな~、それを沙月さんはマネしたんだよ。まあアレは桃の園だったと思うけど・・・・」

 てかレイ、三国志のタイトルぐらい耳にしたことないか?

「へぇ~そうなんだー。そういうドラマのセリフだと分かれば、沙月さんがなんか

ホントのサンゴクシっぽく見えてくるよー」

 コイツ、サンゴクシを特撮ヒーローかなんかと勘違いしてるんじゃないだろうか?


「えへっカッコよかったかな?ういっ。一回言ってみたかったんだよーあのセリフ。

お花見だし三人揃ってるし、こりゃ絶好の機会だって思いついちゃって、ういっ!誓っちゃったぜ!ういってへっ」

いやっういてへって!?全然キマってませんけどぉ!?


「はぁ~でもさ。生きるか死ぬかってのは言い過ぎかもだけどねういっ。アタシはこの三人の道がこの後ズレていったとしてもさ、この店で三人が出会えたのも袖振り合うも他生の縁ってやつで~、それぞれを気にしてずっと想い合うことはしていようよ。ってことが言いたかったー!ういっわけよっ、ういっ」

呂律が回らなくなってきたが、言わんとしてることはしっかり胸に伝わってきた。


「ウン、ウチらずっともってことだね!」

その言葉で片付けられると三国志の誓いまでもが途端にチープに思えてしまうぞ。

「ずっともの誓い、イエ~イ!」

沙月さんまでズットモの誓いに乗っかっちゃった!?

「カンパーイ!」「かんぱーい!」「かんぱーい!」

 何だかそのまま雰囲気に乗せられた俺たち三人は、今度はずっともの誓いとして、再び乾杯を酌み交わしあった。


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