第3話 再起への助走

「ライト~起きてる~?ご飯はテーブルにおいてあるからね~、ちゃんと食べるのよ~、それじゃあ母さん行ってくるから」

 毎朝、家事・洗濯・ご飯の用意をして、俺が起きているのを確認してから母さんは仕事に出かけていく。

 もっぱらステイホーム生活中の俺に対し特に何も言わずに三食分用意してくれる母さんの優しさはとても有難く、それ以上にとても胸に痛いものがある。


 俺が甲子園から帰ってきてからも学校に行かなくなってからも、世間で話題になっている件や今後のことなんかに関しては、母さんは特に突っ込んだことは聞いてこない・・・・・。

ただ甲子園でのプレーに関しては、

「ライトはよくやったよ、頑張ったね」

とだけ言ってくれたのがものすっごい心にしみた。


 ウチは母子家庭であり女手一つで俺をここまで立派に育ててもらい、既に投げ出してしまったとは言え名門校で野球までやらしてもらってたんだ。

 ちょっと失敗したからっていつまでもクヨクヨして母さんに心配をかけてるわけにもいかないのだが。

 かと言ってこれまで野球しかやってこなかった頭の固い俺が、学校を辞めたからって新たに始めるべきことを急に思いつくはずもなくて、まだやる気の火も種火程度しか燃えてねぇなと感じていた俺はぼーっと日がな一日ネットをしたり、ビデオを観たりゲームをするという、ベタな引きこもりライフを満喫していることが多かった。


 そんな内向きな生活の中においても、どうしてもあの事件のことはまだ気がかりで目にとめてしまう。俺がらみのことだしアイツ明宮のこともあるからだ。


【甲子園の悲劇!意識不明からの奇跡の復活、明宮くん!一方、狂肩(マッドネスアーム)は逃走中!?】

《無事退院してから、先日練習を再開したという小弧ノ城学園の明宮真太郎くん。

まだ本調子に戻るには当分かかるとのことだが、ゆっくり落ち着いて来年の甲子園を

目指すとのこと。皆の期待も大きい明宮くん、復活への期待もいよいよ高まるところだ!

 その一方で、明宮君に意図的にボールをぶつけたと思われる豊鳴館高校の狂肩(マッドネスアーム)こと少年R・Rだが、どうやらいまだ反省の様子はなく謝罪の意思も無いとのこと。周囲の話によるとあの事件のことをネタにして笑いまで取っているらしい、何たる悪童!

周りには呆れ果てられ、もう相手にもされていないということである。

なおR・Rは現在学校にも姿を見せずどこにいるかは不明とのこと。そろそろ裏社会にでも足を突っ込んでいるのでは?と周囲に噂されている》


 「はぁ~なんだよこの記事・・・・。」

この手の悪評はいまだネットにあふれていて、目をそらしたくてもそらせずにいる。

それはもちろん俺が直接関わったことだからだ。

 目を覆いたくなる中傷はともかくとして、明宮のケガが回復していっているという情報は素直にうれしい・・・・・。

それだけは信じたいし、信じていいだろう。

 

 自分を責める気分になるのはもうイヤなんだだけれど、俺はこの手の情報を逐一チェックすることにしていて、それは素直に明宮の回復具合が気にかかるし、自分自身の発奮材料にもなるからだ。

 明宮の情報は見るのが辛い部分もある反面、明宮だけの動向に注目していれば、次第にアイツがよくなっていることを知ることで、心の重荷が少し取れていくのを感じていたから。


(いずれ時機を見て直接謝罪にも行きたいとも思うんだけれど・・・・・。

ただそのためには、まず俺の方もしっかりしなきゃなぁ・・・・・、まずは生活面から、少しぐらいは頑張れるかなあ・・・・・。ウン頑張らないとな)


「とりあえず~何か始めてみるかぁ・・・・・そうだなぁ、特に何も思いつかないけど、体づくりの運動でも始めてみるかなあ・・・・ベタだけど」


 俺は踏み外しちまった人生というレールの、軌道修正を少しずつ図っていくことにした。


 翌朝から引きこもり生活でなまった体を立て直すため、まずはランニングから始めてみることにした。

 部屋の中でいつまでも悩み続けていても気が滅入るだけだし、自分は頭で考えるよりもまずは体を動かすことで発想がクリアになっていく人間だと感じていたからだ。

「とりあえずは近所周辺4,5キロを目途として、ゆっくり目なペースでスタートしてみるか」


 アパートの部屋を飛び出し軽快な歩幅にてランニングを開始する俺。


「ひっひっふ~、ひっひっふ~、ひっひっふ~・・・・」

 最初は思ったより楽に早いスピードで走ることが出来て調子に乗った俺は、かの

大河ドラマ「いだてん」の金栗四三氏の息遣いをマネする余裕まであったぐらいだったのだが・・・・・。


「はぁはぁふぅ~~~、はぁはぁふ~~~~ぅぅう、あぁああああぁ・・・」


 10分も走ったところで横っ腹が急激に痛み出し、それは次第に鳩尾みぞおちにまで広がって、息もできないほどの激痛となっていた。

 家に着くころには息も絶え絶え意識もうろう、転がり込むような無様さでアパートの部屋にて突っ伏していた。

 

次の日にはもう体中が痛くて痛くて、走るのはやめることにした。

「数か月前までは高校球児だった俺がこの有様かよ・・・?」

己の落差の大きさにショックを受け、俺は寝込んでしまった。

 その次の日には早くも体は何ともないほどに回復していたが、とてもランニング

再開の気分にはならなかった。なのでこれまで通り一日中寝込んでネット動画を

視ることぐらいしかできなかった。


 だがその次の日からは、俺はまたランニングをするぞ!という気分を取り戻していた。

 というのも前日に視聴した、駅伝を題材としたアニメが思いのほか面白く、10時間ほどかけて一気見するほどハマってしまい、軽く感化されてしまっていたからだ。


「俺はやはり、考えるよりは感じて動く性質(タチ)なんだろうな」という己のバカな気性にようやく気付き始めていた。

「はっはっふぅはっ、はっはっふっはっ、はっはっふっはっ・・・・」

この日は抑えめにリラックスして自分のペースを守って走るという、駅伝ものアニメのキャラクターから教わった指導を意識したおかげか、最初の日よりはだいぶ楽に走ることができていた。

「大河ドラマよりも、案外最近はアニメの方がリアルさ追求してるのかもな」

どうやら俺は、超どうでもいい説に思い至っていたらしい。


 それからはほぼ毎日走ることが習慣化していき、走る距離と時間も次第に伸びていった。今日はこのコース次の日はあっちの道と、日々探索を兼ねたランニングが楽しくなっていき、気付くと2時間ほど走り続けている日もあったほどだ。

 走り終わった後にはアプリにて自分が走ったコースと距離をチェックすることで、

何だか自分の残した功績を褒めてもらえたような気分にもなって、特に何もない生活の中でも充実感を得ることが出来ていた。


 あの甲子園での件以来何もなかった俺の人生に、わずかなばかりの光が差し込んできた気がしないでもなかったが、と同時に一人で趣味の世界に没頭していては大して状況は好転もしないんだということにも、うすうす気がつき始めていた。


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