第4話 バイトのお誘い

 俺の住む街からデカい川を一本渡った隣の市には、昔ながらの工場と田園畑と新興の住宅街とが隣接するなかなかモザイクないで立ちの街並みがあって、そこには

さびれてはいるが人通りがそれなりにある商店街があった。


 家から距離にして7~8キロ、走って往復して1時間ちょいのコースであり最近の俺はデカい川をめがけて走り、橋を渡ってこの商店街までやって来て買い食いして帰るというのが定番のランニングコースとなっていた。


 立地的に商店街は下町と新入りの住民が揃って足を運ぶ範囲内にあるのでにぎわいもそれなりにあり、パチ屋や立ち飲み屋なんかもあって素性の怪しげな人らも昼間っからたむろしていたが、それらを広く受け入れてくれる商店街の度量の大きな雰囲気が、俺に安心感を与え居心地の良さも感じさせてくれていたのだろう。


 それ以前に昔、子供時代に母さんとよく通った商店街の安定した変わらなさに、

郷愁の想いを感じ取っていただけなのかもしれないが。


 そんなジョギングがてらの商店街通いを日課としていたある日のこと、その日も

走って商店街までやってきハアハアと息を継ぎながら、さてなかなかのタイムが

出せているぞと陸上選手ばりの感想を独り言ち片手腰にドリンク給水をおこなっているところで、ある店の前の張り紙に俺の目は留まった。


  ≪バイト募集。学生OK力仕事アリ≫


「アルバイトねぇ、学生かぁ・・・・・。年齢的に10代でもOKってことかな?」

店の上には“藤間とうまマート商店”という店名が表示がされており、中を窺ってみるとどうやら日用品やら食料品やらを扱ってる店のように見えるが、なにぶん薄暗いガラス越しを遠目に見ていてははっきりとは判別できない。


俺はもう少しガラスに顔を近付け、さらに店内を窺い探っていると・・・・・。

店の奥からのっそりと人が現れたのが分かった。


 そのスタイルからするとどうやら若い女性のようであり、その人も割とすぐコチラで見ている俺の姿に気付いたようでじーっとコチラを見つめ返してくる。

 

やがてコチラの方へじわじわと迫ってきて、あっという間にガラスドアを挟んですぐ目前にその女性が立っていた。

 グイっとそこからガラス越しの接触をしかねんほどの近さまで、顔を前に突き出してきた女性の勢いに俺はひるんでしまい、


「ひゃっ!ととぉっ・・・」

と変な声を出して後ろに半歩後ずさった。・・・・・とその瞬間。

「おいっ兄ちゃん、何してんのや?」 

前の女性に意識を集中させていた俺は、突然背後からダミ声が飛んできたことにより情けなくも少し肩をビクつかせてしまった。

 

 恐る恐る後ろを振りかえるとそこにはいかにも厳つげな短髪の中年男性が、俺をいぶかしそうに眺めている。


「おい、にいちゃん!その店になんぞ用でもあるんか?」

「えっと・・・・、いやぁ、その~用というほどでは」

「なら何や?中の女覗いとっただけっちゅうんかい?ええっコラ?」

何の興味がわいたのか、イカついおっちゃんが執拗に絡み口調にて問い詰めてくる。


「いやっ、ちがっ、全然そんなんじゃなくて、その~っ俺は、ばっ、バイトのことでちょっと」

「・・・・・ほう、そうか」

取り繕いながらもなるべく本当のことを話すことで、なんとかこの場を逃れたいと考えを巡らしていた。


 最近はただ走って帰るだけだったから特に意識はしていなかったが、そういえばこの商店街の近辺はガラの悪さでけっこう有名だったことを思い出す。

雑多さを受け入れている反面、おかしな奴も多いから気を付けろって、トラブルを

避けるためここらには立ち寄るなって、野球部時代にはよく言われてたっけ。


「おう沙月なんやこのガキ、ウチでバイトしたいみたいやぞ」

「え~何なの父さん、今日店来る日だったっけ・・・・・?」

 さっき店のドア越しに俺と向かい合っていた女の人がすぐそばに立っていた。

眠たそうに潤んだ瞳をしたその女性が、じっとりと横から顔を見つめて聞いてくる。

「で、キミはうちでバイトしたくてさっき中覗いてたの?」

「えっ、ええ、まあ・・・・少し興味があって」

「ふ~ん、そうなんだ~」


 彼女の身に着けているエプロン越しからでも充分伝わってくるかなりのボリューム感のあるその胸のふくらみが、さっきからあと少しで腕にタッチしそうな距離にあるもんで、どうしてもチラチラそこに目をやってしまう。イケないぞ俺。

「興味って何?バイトに?・・・・・それともアタシに、ってこと?」

「・・・・・・・・!!」

 思いもかけず本心をズバ抜いた質問をされてしまったことで、一瞬フリーズしてしまう。

「ええっ!?いやっそのぉ、それはもちろんバイトにですよ・・・・っで、でもっ、

アナタのことにもまったくぅ~興味が無いわけじゃあ~・・・・ないっ、ですけどねっ!」

 ああっダメだ、これダメなやつだ。ダメな返し方だ。胸見てたのバレてたわ。

これじゃウブ丸出しハムの中二の返し方だわ。俺はどうしようもなくただ顔を赤らめていた。


「おいっ沙月、いい歳した女がガキをあんまからかうんじゃないぞ。そいつ、めっちゃ困ってんじゃねぇか」

 さすがに男同士ということもあってか、思春期のガキのテンパり具合が見ていられなかったんだろう、この女性の父親だというおっちゃんが助け舟を出してくれた。

「は~い、ゴメンね♡」

「い、いえっこちらこそ」


 ようやくほっと一息つけた俺は、もうこの店でのバイトのことなど忘れて帰ってもいいかなという気分になっていたのだが。

「じゃあ俺、今日はそのぉ~用があるんでもう帰ります。あの~っ、バイトのことはまた今度にでも・・・・・」


「あれぇ~~~~?」

 適当にごまかしながらフェードアウトしようとしていると、再びその沙月さんという女性が近づき顔を寄せてくる。

「あれ~キミ、ひょっとしてアレ・・・・・・?」

「おいっ沙月、もうからかうなって言ってんだろうが!」

 おっちゃんは若干キレ気味に娘を諭していたが、俺は直感的に自分の正体がバレたと判断していた。

「いや違うよお父さん。アタシからかってんじゃないよ。ほらこの子、なんか

どっかで見たことある顔だなぁ~と思ったら、ほらあれだよ。あの甲子園での・・・・・」


「うわーーーーーっ、何じゃアレーーーっ!!!」


 とっさに大声を出し遠くの空を指さすことで、沙月さんや親父さんの気をそらしつつ、その間クイっと顎をしゃくらせそのまま背中もそらした変態ポーズにて、

じりじり後ろに下がりながらの帰還をしようと試みた・・・・・のだが。


「えっアッチに何が?・・・・・って!あーーーっ!やっぱりそうだこの顔だ!

若干しゃくれた感じでバックホームしてたこの変な顔―!!あの場面の子だよー!ほ~らね父さん、やっぱり甲子園でやらかしちゃった話題の子だよー!」


 ・・・・・・裏目に出たらしい。顎をしゃくらせ、背中をそらし右手を上げるという俺なりの変装ポーズが、奇しくも甲子園での全力バックホームをした時の姿と、

完全にダブってしまっていたらしい。

自分では全く気付いていなかった。送球する時に変顔をする癖があるなんてこと。


「ほう、そやな~、確かにここいらの・・・・・そうや、豊鳴館高校の子か、

明宮潰した子やな」

「でしょ~。ほらこの子アレだよ。マッドネスアームだよー!」

ここまでズバリと傷口えぐりこむド直球発言を直に受けてしまうと、さすがに

ヘコむ。

 ネットやテレビ等、間接的には蔑称べっしょう表現を散々受けてきたが、いざ実際生身の人間からそれを受けるとまた違ったショックと重たさを感じてしまっている。


「アヘアへ・・・・・・」

うつむきマッドネスアームらしく奇人ぶったセリフをつぶやきながら、トボトボと家路に着くことにした。

「ちょっ、ちょっと待ちなよー。どこ行くのさー?マッドネスー・・・・じゃなくて、マッドー・・・・・んっ、違うか?」

「何やにいちゃん、帰るんか?ウチでバイトするんちゃうんかー?」

 後ろからお姉さんとおっちゃんが呼びかけてくる。マッドネスアームな俺にこれ以上何を言いたいんだよー!もう放っといてくれ!

ただもう傷つきたくない一心で、俺は知らんぷりを決め込みその場を足早に逃げ去った、

・・・・・・のだが。


「ちょっ・・・・・ちょれ~えいっっっ!」

 突然、天才卓球少年のようなかけ声がしたかと思って振り返ると、沙月さんが右手と左手を交互にブンブン振りながらすぐ後ろに迫っていた。


 意外に早っ!・・・・・・そう思った時にはもう遅かった。

沙月さんに腕をつかまれ、強制的に体を向き直されていた。


「はぁ・・・はぁ・・・。何で逃げるのさ?」

「いっいや、逃げたわけじゃ・・・・・」

 追いつかれて立ち止まった俺は目の前にいる彼女、沙月さんが一体何を言うために追いかけてきたのか見当がつかずに困惑していた。

 ただせめてマッドネスらしくどうにでもなれ!というヤケな気持ちで自分をごまかし、うつむいた目線の先の彼女のふくよかなおっぱいを見つめていた。

「そんな下ばっか向かないでよ!」

「・・・・・・・・!!」


 その言葉から、おっぱいを凝視していたことを詰られるんじゃないかと一瞬肝を

冷やしたがそうじゃなかった。


「そんなうつむいてちゃダメだよ、キミ」

「えっ?」


「キミってやっぱり、地元の豊鳴館高校で甲子園出てた子なんだよね?」

「はい、そうです。あの最後にライト守ってた・・・・・頼田です」

「そうか。ひょっとしてあの甲子園での大暴投事件でまだショック受けてるの?」

「ええ。そりゃまあ・・・・」

「フフッ。そっか~そうだよね。ウフフフッ」

「何かおかしいですか?」


 野球をやめ学校も辞めなきゃならないほどに自らを追い詰めてしまったあの出来事のことを、彼女が鼻で笑っているように感じて内心いきどおりをおぼえた。


「い~や、全然。そりゃショックだったよね・・・・・。ウン、だよね。あんだけ

テレビやなんやで騒がれてたもんね」

「で今はどうしとるんや。野球は?今日は学校ちゃうんか?」

 ま~た!横でそっと見ていたかと思ったおっちゃんが、急に割り込んで痛いとこ突いてくる。


「その~おれ、もう辞めちゃったんで・・・・・学校。あの件以来野球もできなくなっていづらくなったって言うか、もう行く意味もなくなっちゃったんで・・・・」

 正直ありのままの事実を俺が告げると、沙月さんとおっちゃん共に神妙な表情に変わり、互いの顔を見やりつつアイコンタクトを取り合ってるようだった。


「ほうか・・・・。そないなことになってたとはな。すまん知らなんだ」

これまでほとんど話してこなかったあの事件のこと、その顛末を初めて直接他人に話したせいか、俺はズシリとした重さのようなものを胸に感じていた。

 さらにこれ以上ここにいることで二人に気を遣わせて、いたたまれない気持ちになるのもイヤだった。


「じゃあ俺、もう帰りますんで・・・・」

「あっ、ちょっと待って」

「えっ・・・・・、まだ何か?」

 これからも頑張ってねとか、最後に気休め程度の温かい応援のセリフをもらって

お別れするのだと思ったのだが。


「お父さん、いいよね?」

「・・・・ああ、まあ、ええんとちゃうか」

 少し惜しげな様子の沙月さんは、父親であるおっちゃんに対し何かしらの了解を求めている。

「明日、また今日と同じぐらいの時間にウチの店に来て。ってか来なさい」

「えっ何で・・・・?」

意外な言葉に俺は、うつむき加減な顔を上げ目を見開かされた


「何ってキミ、ウチでバイトするつもりだったんだんじゃないの?さっき言ってたでしょ?・・・・で、明日そのためにキミはちゃんとココに来ること。いいね」

「えっ?バイト、いいんですか?俺、学校辞めたやつですよ。あのマッドネスアームなんですよ・・・・・。ホントにいいんですか?」

 せっかくの相手の好意に対し、何で自分を卑下するようなことを言って返しちゃってるのだろう?自分でもよく分からなかったが、相手の真意をしっかり確認しておきたかったってことだ。


「いいも何も、まだキミをバイトとして雇うとは言ってませんけど~」

 不敵な笑みでそのセリフは、もう半分雇うって言ってるようなもんじゃないのか?

「ハハハそう、ですよね。まだ・・・・ですよね」

それでもまだ俺は曖昧な姿勢の返答をしてしまう。


「それにその~マッドネスなんちゃらっての?それが何か問題でもあるの?」

「いやその俺の評判とかが・・・・迷惑になるかも。って思って」

 沙月さんが見せてくれる気づかいに対し、申し訳なさと嬉しさの感情が入り混じってどういう表情をしていいか分からない。

「ま~たそうやってキミは下を向く~~~」

そう言って沙月さんは突然、両の手で挟むように俺の頬を抑えつけた。

「はっきり言っておく。キミが気にしてるあのプレー、甲子園でやったあのプレーはめっちゃ良いプレーだった、と思う」

まっすぐに俺の顔を見据えて告げる、はっきりとした激励だった。


「私は見てなかったけど、お父さんはそう言ってた」

いや見てなかったんかい!!

「ほや。あのバックホーム見てワシは確かに、コイツとんでもない肩しとるなぁ~と思ったもんやで~。そんでワシはアンチ明宮やったからな。根っからのエリートみたいなやつ嫌いなんや。ようやったと思ったで」

「お父さん、それはいいすぎ」

「そか、そりゃすまん」

「ははは・・・はははは」

 

 何と言っていいか分からず俺はただ愛想笑いを浮かべていた。そして二人も

それに合わせるような軽い笑みをコチラに向けてくれていた。


 思いがけないお誘いと、あの甲子園でやらかしたプレーに関して初めて肯定的な意見をもらったことで、あれ以来胸にわだかまっていた重しが少しとれ、明日への

展望までもがわずかに開けてきたような気がしないでもなかった。


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