第5話 支えてあげたい

「いらっしゃいませ~こんにちは~!・・・・・はいっ!」


沙月さん自身が見本の店頭挨拶を見せた後に、つづけて言うように俺に促す。

「いらっしゃいませ~こんにちは~!」


野球部で培われた声量を発揮しつつ、プラスなるべく快活な印象を与えるように

心がけて声を出す。


「いらっしゃいませ~こんにちは~!はいっ!」


つづけて沙月さんはあいさつ練習を促してくる。

「いらっしゃいませ~こんにちは~!」


今度は先ほどよりやや声を落として、一語一語を丁寧に発声する。


「いらっしゃいませ~こんにちは~!はいっ、次は~・・・・・三連発!」

えっ三連発!?なんで?正直沙月さんが何を狙っているかよく分からないけれど、

とりあえず従っておく。


「いらっしゃいませ~こんにちは~!いらっしゃいませ~こんにちは~!

いらっしゃいませ~こんにちは~!・・・・・ふぅ」

しつこさにややアホらしくなってきた。


「ブックオフか!!」

「いやっ何が!?アンタが言わせたんでしょうが!」

「あははははっ。よろしい」


 藤間マートでバイトを始めてから一週間ほどが経っていた。

お笑い好きな沙月さんが俺を和ますようムード作りをしてくれているおかげか、今のところそんなに苦に感じることもなく楽しく仕事に励めている。

 

 店に着いてまずは、重量物を中心とした商品を補充する仕事を任されることが多い。そしてその作業が一段落すると店が開店し、レジや接客のやり方を実際の勤務を通して沙月さんに教えてもらうという流れとなっていた。


 店には日用品から食料品、お酒類、弁当なんかも沙月さんが手作りしたものが売っていて、さらには百均コーナーまであったりと意外とバリエーション豊富な品揃えで、立地的には商店街のおこぼれの客や、近隣工場の従業員も拾える位置にもあることから、それなりに人の入りも良かった。

 まあ、じゃないと俺みたいなヤツをバイトとして雇ってくれてないはずだろうし。

ゆくゆくは昼の数時間を一人で任せたいとのことで、そのために今沙月さんにみっちり指導を叩き込まれているのだ。


「頼田くんそこ、お弁当と飲み物並べておいて!」

「頼田くん!そこの奥さんの商品、お味噌が重たそうだから取ってあげて!」

普段は朗らかな印象な沙月さんだが、仕事中はピリッと割と厳しめに変化する。


 俺がバイトに入る時間は、朝から昼の客入りが落ち着く3時ころまでだったんで気付かなかったが、聞くと沙月さんはどうやら8時頃まで一人で店番をしているとのことでそりゃあ大変で気も張るわな~。

大変なお嬢さんだわ。とえらく小生意気に感心したものだったのだが。


・・・・・・ん?一人で?

 てっきりこの藤間マートは、こないだ初めてこの店に来た日にあった、沙月さんの親父さんと二人でこのお店の切り盛りをしているものだと思い込んでいたが、

どうやらそれは違ったらしい。

 そういえば最初にこの店に来た日以来、沙月さんの親父さんの姿は見ていなかった。


「お父さん病気なの、ガン」

「・・・・・・・・・!!」


 朝から晩まで沙月さんが一人で店番をするワンオペ態勢をとっているのは大変でしょうと、こないだ見かけた親父さんと一緒にお店をやっているんじゃないんですか?てな感じで、何気ない会話を俺は投げかけたつもりだったんだが。

 それに対しまさかこんなヘビーな返答が返って来るなんて・・・・。


「えっマジで・・・・・?冗談じゃなくて・・・・?」

「うんマジもマジ、めっちゃマジ。ステージ5のガン、肺のね」


 どうしてこうも深刻な事実を、あっけらかんと言えてしまうのだろうこの人は?

いやこの人たちと言うべきか、あの親父さんもそういえばこんな感じの人だったっけ。


「元々は私の両親二人でこのお店はやってたんだけどね~、それが4年前ぐらいかなぁ、お母さんがホント急だったからビックリしたんだけど・・・・・死んじゃって」

また出た。ヘビーな事実をこうもあっさりと。


「それからはお父さんもそりゃあショックだったんだろうけど、何とか踏ん張って。あっ私お兄ちゃんがいるんだけど、そのお兄ちゃんが母さんの代わりに入ってお店の営業はやってたんだけどね~・・・・・」

 そう言って沙月さんが思いつめたようにすっと下を向く。不謹慎かもしれないが一応念じておこう、お兄ちゃんは無事でありますようにと。


「それでお兄さんは・・・・?」

 重い話をする沙月さんはきっと辛いだろうにも関わらず、間が耐えきれなくなった

俺はその先を促すように合いの手を入れてしまった。


「えっ、ああ、お兄ちゃん?お兄ちゃんは今ウチにはいないんだけどね。きっと元気にやってるんじゃないかな~。今は東京の方で働いてるの」

「ほっ、そうですか・・・・」

 良かった、さすがにそこまではないよなと胸をなでおろすけど、でもこの後、親父さんが病気になるって流れだからなあ。


「で、去年なんか具合悪い~ってお父さん唸ってたからさ~、検査詳しいの受けてみなよ~?って受けてみたらさ~、ほら、な~んだ、ガンだったの・・・・・・。

ガンでガーーーン!って見事なオチ。・・・・・・ハハ、ツラくない?」

「・・・・・・・・・・」


 いや辛いよ!ツラすぎるだろ!何だよガンでガーーーン!ってオチ?よくそんな

病気に対してオチとかつけられるなぁこの人!オイッ!?

「ははは、笑っていいよぉ・・・・」


・・・・・笑えないって沙月さん。そんな人の不幸を笑えるわけないよ。


 ツラいことを全部内に秘めて、笑いでごまかそうとしてんの明らかだもん。

そんな明らかに無理して口角上げたひきつった笑顔目の前にして、ケラケラ笑えるわけないって。俺けっこうナイーブなんだから。


「余命まで宣告されちゃってんだからねお父さん。働かすわけいかないでしょ。でもさ、お兄ちゃんも一人ではやってられないって、もうこの店はダメだ!この時点で畳んだ方がいいってブチ切れて、この街から離れていっちゃたからさ」


「・・・・そう、だったんですか、それで沙月さんがお店を?」


「ウン、だってもうあとはアタシしかいないからね。アタシは大阪の方でずっとフラフラしてたから。てめぇヒマだろう継げ。ってことでアタシに全部このお店任せられちゃったってわけ」


 重い話を事も無げに飄々ひょうひょうと、終始軽やかなペースで語っていく

沙月さんを見てると、一体これまで自分が悩んでいたことは何だったんだろう?と、 甲子園で経験したことも、ガキである俺にとっては確かにツラいことだったのかもしれないが、それで、それ自体で自身の存在が揺らぐほどのことだったか?

 周りや人の意見に左右されすぎていて、自分を失っていただけなんじゃないか?

人の意見にいちいち左右されるぐらいのメンタルしか、俺は持ってなかったって

ことだろう。


もっと自分を出していこう。彼女を見てるとそう思える。


「う~ん、お姉さんもうしんどいよ~。頼田くんがいてくれてホントすんごい助かるから、もっとお姉さんを助けられるようになってね~、また明日もよろしく~」

「へ、へい・・・・」


 いかんいかん。腑抜け顔になって少し返事がおかしくなったかも。

お客さん相手に気を張っている時とのギャップを見せる沙月さんのユルユルな顔に、ちょっと萌えを感じてグッときた。

 単純に人手が欲しくて頼ってくれてるとしても、こうして女性に頼られると、俄然やる気にもなるってもんだ!

 胸にわだかまっていた重たいものは、もうほとんど感じられなくなっている。


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