第6話 親子の事情

「へぇ~、ライトがお客さん相手の仕事してるっての?何それマジで?」

「いや、ホントのことだから。あの~昔よく行ってたじゃん、稲ケ崎商店街って。ちょっと遠いけど、そこの藤間マートってお店で今バイトしてんだって」


 ヘヘッあの甲子園以来、ひきこもりがちな俺しか見ていなかった母さんが驚くのも無理はない。フルタイムで仕事をしている母さんとはすれちがい気味で言う機会もなかなか無かったし、慣れるまでは言うまいという男の子特有のカッコつけ精神も働いていたんだろう。

 だが満を持して、母ちゃん実はいまバイトして頑張ってんだぜ!イエイ!としゃくれ顎で自慢できるタイミングを見計らって、現状報告をしてみたのだが・・・・。


「ふ~ん・・・・そっか。ライトバイト始めたのか」

ガックリ、案外かあさんの反応はそっけなかった。


「あ、うん。・・・・、バイトをね、とりあえずってか」

「・・・で、どんなお店で働いてるって?コンビニ?」

「いや、コンビニじゃないけど、まあ似たような?その~、藤間マートって店なんだけど・・・・。」


 そう言うと母さんがなにやら上目遣いになり、顎をしゃくらせ記憶を探っているような顔をしだす。集中するとしゃくれる癖はどうやら遺伝のようだ。


「とうま?・・・藤間マート・・・・。あぁ、あのお店ぇ~!私知ってるよ~そのお店。確かご夫婦で日用品とか食料品とか売ってるお店だったわよね~。もうだいぶ前だけど私よく通ってて、あそこの奥さんとも買い物ついでによく話してたりしてたのよ~!」


「あ、うん。多分その店だ。もともとは夫婦でやってたみだいだな~お店」

「うん、そうそう旦那さんの方は裏方であんま店頭には立ってなかったけどね・・・・・え?ってか、今はもうご夫婦では店やってないの?」

 やっぱりそこに引っかかるか・・・。さてどう言うべきか。


「えっと実は今、その娘さんが店主やってるんだけど・・・・その~ご夫婦はもう歳だし、そろそろ引退かな~?的なやつで?だったかな・・・。あとを継いだんだって」

 まあ正直に言っても別にいいんだろうけど、他人の不幸話をあえて俺がすることはないだろうとテキトーに濁すことにする。


「へぇ~そう。いやぁ私が通ってた時には元気で若若しいご夫婦だな~て印象だったんだけど・・・・。そうなんだあもうそんなに。あら~引いちゃったんだ・・・・。まあご病気とかじゃなかったらいいんだけどさ」


「さあな。そこまでは知んないけど、単に娘さんに店継がせたかっただけなんじゃない?知らんけど」

「知らんけどってさライト、あんたが働いてるお店でしょう。藤間マートで働いてるんでしょうよ?」


 元気で若々しいか・・・・。その印象が事実なら人間の生き様なんて病気どころかアッちゅうまにどうなるか分からんてことで。

そのことが当の家族である沙月さんにどれほどのショックを与えたか、想像して余りあるな。


・・・・今の沙月さんの姿だけ見てたら、とても想像できんことだが。


「ああじゃあ今度沙月さんにでも聞いて、あっ沙月さんてのが今の店主やっている人で・・・・、その娘さんのことなんだけど」


「沙月さん・・・・娘さんねぇ。・・・・・その~今のお店やってるのって若い子なんでしょう?いやぁ当時よく話してた奥さんからは、息子さんのことならよく聞いてたんだけど娘さんがいたなんて全然、女の子がいたなんて知らなかったわ~。へぇ~そっかそっか~、今はお嬢さんがお店やってるのね~、ふ~ん」


 何それ?娘さんいたの知らないって。なんかちょっと怖い気がすんだけど。

・・・・まあ、人が家族構成のこと全て他人に明け透けに話す必要性なんて全然無いし~、黙ってたとしても別にいいんじゃない?

 

 きっと箱入り娘的扱いで、秘匿扱いされてただけなんじゃないの~?沙月さんは。親父さんあたりにね。ウンそう思おう。


「いやぁそう~娘さんがいたのね。・・・・で、どう?やっぱりその沙月さん?やっぱり美人なんでしょ?うふっあの奥さんの容姿から女の子をイメージすると、そら相当ナイスバディな美人さんに違いないわね。アンタがバイト始めるきっかけにもそれがなったはずだろうし」


・・・・いや、結果的に図星だけれども。


「でもね~あの若々しかった藤間マートの奥さんが、娘さんに店譲って身を引くとはねぇ~。何だかあんま想像できないわね~ホント病気とかじゃなかったらいいんだけどさ・・・」

 かなり粘着質に食いつくなあ~そこ。そんなに老いが連想できないほどのピチピチな奥さんだったのか!?なんか今見れないのが惜しい気がしてきた。


「・・・・あのね実は数年前に一度、私の病院でさ。藤間さんを見かけたことあってね・・・それで・・・・」

 街の大きな県立病院が母さんの勤め先であり、そこで看護師をやっている。

本来イケないことなんだろうが、このような患者の情報をふと俺に漏らしてしまうことがある。


「それで・・・・、その時はなんとなく声かけることが出来なくてさ、なんだかずっと気になってたっていうかあれ以来藤間さんとも会えてないから余計にね・・・・。たまたまライトのバイト先が藤間マートだったんなら今度また、ご挨拶にでも伺ってみようかな~?なんて・・・・どう?」


これ以上詰められると厄介になりそうだから、端的に事実のみを話しておこう。

「えっといや、もう亡くなったんだって、沙月さんのお母さん。・・・・数年前に」


・・・・・はぁ沙月さんみたく、もうちょい気さくに話せたらな。


「そう、なんだ。そういうことか。そっかぁ~、へぇ~分かんないもんだね人なんて」


「うん、なんかこういうのちょっと言いにくくて・・・・・。でさ、今は沙月さんが一人で店やってて、大変らしいから俺なんかをバイトに雇ってくれたってわけで」


「そう、お父さんもダメなの?今は?」

「いや、ダメってか病気だとかでもう・・・・そうダメっぽい・・・」

ダメ~!?お父さんの調子ダメで片付けちゃう俺ら親子の語彙力こそダメだろ~!

お父さんがもうダメって言い方、なんかめっちゃ失礼じゃねぇ!?


「そっか、じゃあライトが当面はサポートしてあげないとね。その沙月さんって子をさ」

「あ、うん。俺も今はそう思ってる・・・・」

「でもね、深くは入れ込まないようにしなさいよ~!ライト。その沙月さんにも沙月さんの人生があるように、アンタにはアンタの人生があるんだから。とりあえずはそこでバイトやってみたらいいけど、その後の目標みたいなものは早く見つけた方がいいよ」


ちょっと煩わしく感じる。その目標云々ってやつ。


「うん、分かってるって。・・・・じゃあ俺もう寝るから・・・・」

まだバイトというチャレンジを始めたばかりの俺に、その先なんてまだ見えやしねぇさ。

 ただ母さんにはまだまだ俺に求めているものがあって、俺はそれに応えてあげるべきなんだろう一人息子としてさ。


 甲子園でやらかした子の親ってレッテル張りは、きっと母さんにもツラい立ち回りをさせているに違いないから。それを挽回するぐらいには俺は応えなきゃならない、それは分かってるさ。

ただ現状の俺には、何か断言できる目標みたいなのがまだ浮かんでこないんだよ。



「あっそうそう待ってライト、これ言っときたかったんだ。今日ね、実は母さんの病院にね・・・・・」

やれやれまたか・・・。ホントはイケないんだぞ、患者さんの個人情報漏らすのは。

「あの子が来てたのよ。明宮くん。明宮真太郎君が」

「えっ?明宮が・・・・?そっか・・・・そう、なんだ」


 既に回復して退院したという事実は知っていたが、まだ病院通いは続けてるんだ。やはり当たり所が頭部だけに、まだ検査等、慎重にステップ踏んでいるってことなんだろうか・・・・・?


けど、母さんが俺に明宮の話を振ってくるなんて珍しい気がする。

 俺が傷つくだろうから極力避けている節はあったが、あえて今明宮のことを話すということは、もしかしたらもうだいぶ良くなったっていう情報なのかもな。


「それでどうなの明宮は?退院したってのは聞いたけど、ちゃんと回復はしてるの?」

「あ、うん。そう、身体の方はもうね何ともないみたいよ。以前と変わりなく回復したみたいって言ってたわね・・・・・だけど」


「けど?」

 母さんの話しぶりからすると、そんなに深刻な事態になってる印象は受けないが、やや思わせぶりな話しの繋ぎ方が気にかかる。


「いやね、ただ脳神経課での経過観察はしばらく続ける必要はあるってだけの話よ。まあそれ自体はそんな大げさな話じゃないから安心なさい。スポーツ選手の脳震盪からの回復ステップには、その後半年から一年に渡る経過観察が必要になるってだけのことだから・・・・・ただね」


「・・・・・ただ?」

 いや引っ張るな~!一体今の明宮が何だってんだよ!?どういうことが起こってるのか、もっと端的に結末だけ早く教えてくれたらいいんじゃねぇの!?


「・・・・やっぱり止めとこうかしら言うの。一応患者さんの個人情報だからね。ライトだからって家族だからって、おいそれとべちゃくちゃ喋るのは何だかマナー違反な気がしてきたわ」


いやマナー違反のレベルじゃねぇからな、患者さんの個人情報漏らすのは!

 ってか何かしら意図があってこそ、あえて明宮の話振ってきたんだろう?

もう言いたいこと言っちゃいなよユー!


「まあそうね、結論から言うとね何か、何かしらの身体の機能的な問題が、明宮くんには発生してるって話よ。それ以上のことはフム、母さんは知らないわね」


いや結局知らんのかい!?その程度のネタでよう引っ張り続けたなぁ!


「いや、それだけじゃないのよ。私が明宮くんのことでその、ライトに知らせたかったのは」

「えっ?まだ明宮のことで、俺のせいで、・・・・・何かがあるっての?」

「ううん。ライトのせいとかじゃないと思うんだけど・・・・。その、担当している先生たちから漏れ伝わってきた話ではね、その明宮くん学校をね、小弧ノ城学園だったかしら?辞めちゃったって話なの」


「ええっ!?明宮が・・・・マジで!?明宮も学校辞めちゃったっての?何で!?・・・・えっ?だって、アイツは、高校野球のスターで、まだこれからも野球続けていくんじゃ・・・・?」


 加害者である俺が学校辞めたのは流れからあり得るだろうが、被害者側であるましてや球界のスター街道歩んでいたアイツが、ケガしただけで学校辞めちゃうなんて・・・・、あり得ないだろう。


 なんだか俺がやらかしたプレーが、めっちゃ尾を引いてる感じがするんだが・・・・・。

「えっともう一回確認させてほしいんだけど、野球やる分には全然問題ないぐらい身体は回復してんだよな、明宮って?それともさっき言ってた身体の機能的な問題ってのが、まだ何か影響してるってわけ?学校辞めてるってことは」


「い~や、身体能力に影響するような後遺症はないって聞いてるわよ。だから野球も再開したって話も聞いてたし。でもそうねなんだか知らないけど、今の学校は辞めちゃったんだって明宮くん。それでみんな驚いてるって話なのよ」


「そんな・・・・・、もったいなさすぎるだろう」

「そう、もったいないわよね~。だからライトにも言っておきたかったのよ、このことを。・・・・あのねアンタもね、もし良かったら続けてみたらって話よ」


 はァ何を?明宮が学校辞めたのを知って、俺が何を続けるっていうんだ?


「いやそれでね、それだけじゃないみたいなのよ明宮くんて。小弧ノ城学園はそのまあ~辞めたみたいなんだけどさ、またこの春から別の学校に編入することになったんだって。まあそりゃ当然の話よね。なんの目的意識もなくただ漠然と中退してブラブラしたりする子じゃないわよね。ああいう子は」


 はぁ?だから何だってんだ?俺がブラブラするのは勝手だし・・・・。

それより小弧ノ城を辞めて別の学校に編入するって明宮の意図がよく分からん。

 あえて野球も学業面も環境が整ったエリート校での居場所を捨ててまで、転校する必要性が?そんなの俺のせいだろ。俺のもたらしたケガのあおりを食らっているって想像しかできないじゃないかよ・・・・!


「その・・・・だからね、ライトもまた野球とかやりたかったら?学校にまた入り直すとかしてね・・・・・。

「うっせーよ!!俺が何しようと俺の勝手だろう!!」


「ライト・・・・・・!」


「・・・・悪い、俺もう寝るから。とりあえず明日からもバイトあるし」


 野球をもう一回・・・・。

母さんの言いたかったことはよく分かったし、だからこそそんな母さんの想いに応えられない今の自分に腹立たしさを感じる。

 ましてやそれを母さんにぶつけ返してしまう、自分自身にホントイヤになるほどの情けなさを感じてしまう。


 明宮の現状を伝えることで俺の発奮材料になればと考えたんだろうけど、その明宮の現状はきっと歪んだものであり、それが俺がもたらしたものだとすると、いやそうとしか思えないし、なのに俺がまた明宮と同じ土俵に立っていいなんて、どうしてそうすんなりと思えるんだよ・・・・?


 ベッドに入って眠ろうとするが、沸き上がった怒りとモヤモヤから上手く眠れそうにない。こんな時は、沙月さんの姿を思い出し、ちょっとスケベな妄想をしながら、しばし布団内で悶えることにしようか・・・・。


 あれ?何だかよく分からん女の子たちのイメージばかりが浮かんできて・・・・、ちょっとやだっ!そんなやらしい恰好!あれっ・・・なんだ、これもう夢の世界だわ。

 なんだよ、すんなり眠れちゃってんじゃん・・・・・。


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