第7話 見る目を養え

 自分が思ってることや感じていることを素直に上手く言葉で表現できれば、どんなにスムーズに意思疎通が出来て気が楽だろうって思うことはたまにはある。


 たとえばこの人・・・・・。しばしばこの藤間マートを訪れてくるいわゆる常連客のおっさんAだ。

 今レジ前に立つ俺の姿を見るなりやや驚きの表情を見せ、そしてあからさまに残念そうな表情へと変わっていく。

 そう、このA氏は今こう思っているに違いない。


「はぁ・・・・・、何でや、何で沙月さんちゃうねん?ほんで最近よく見るけど一体誰やねんこのガキは?ええっワイはなあ、沙月さんの姿を見にわざわざこの店来てやってんねんで。ホンマいい加減にせえよ何やねんこのガキ」


 概ねこんなところだろう。沙月さんに対して見せるあからさまにデレた表情と、俺を見る際の露骨にげんなりした表情。このおっさんAはその内に秘めたはずの想い全てを顔で語っているに等しい。ただ言葉には一切しないだけで。


 沙月さんへの貢物としての意味合いだろう、普段の購入額が大きいのはまあ認めてやるにしても、沙月さんへの想いをはっきりと伝えることもできないアンタじゃ、沙月さんから商品を購入して感謝されてるってだけで、そこから先は何の進展もないだろう。


 お店での形式的なやり取りを彼女とのコミュニケーションと感じて、心の充足感を得ているなんて、虚しい日々の繰り返しに過ぎないんだぜ・・・・・。


 それならいっそのこと素直に、


『アナタのことが好きです沙月さん。無理だとは思うんですけど、まあ無理だとは思うんですけど~、その~ボクとお付き合いとか、その先には結婚までも、出来たら考えていただけませんでしょうか?』


とか言って、ン十万はする指輪か宝石でもセットで差し出したら・・・・・。


「えと、コレ・・・・・」


そうそう、こんな具合に・・・・。って、ん?

目の前には100円玉と缶コーヒー1本がセットで置かれている。


「いや全然足んねぇからなぁ~~!・・・・・」

「・・・・・はァ何が?はよレジしてくれん?」

おっさんAが怪訝な表情を浮かべ目の前に立っていた。


どうやら俺は、手前勝手な妄想の世界に入り浸りすぎていたらしい。


「・・・・・はい、すいません。お代100円で、ちょうどいただきます」

「しっかりせぇよキミ。あの女の店主さんの代わりなんやろ?」

「え?あ、ハイ。どうも、ありがとうございました」

「ま、頑張って」と言いつつ、おっさんAは店を出ていった・・・・。


なんだ、けっこういいおっさんじゃん。


 どうやら俺がおっさんのAの表情から得ていた情報は、ほとんど思い込みに近い妄想だったということだろうか?


いやでも、あのおっさん今日コーヒー1本しか買ってねぇし!!

 いつもは沙月さんから弁当やお茶や、菓子までも買っていくあのおっさんAがだぞ!それがコーヒー1本ってしょっぱ!

 俺しか店頭にいねぇとなるとあからさまに購入意欲失せてんじゃねぇか!?ほ~らやっぱ沙月さん目当てなんじゃねぇ・・・・・?


 はぁ、いやまあどうだろう?単になじみの店員に愛想よくする常連客ってだけのことかもしれないし。俺がおっさんAにテキトーな妄想で人柄キャラ決めつけていたように俺も好き勝手レッテル張りされてたからなあ。

実際人がどう思って考えているかなんて、結局分からないんだよなあ・・・・。


 ここ最近になって、俺は昼過ぎの数時間を一人での店番を任されるようになっていた。

 これは少しでも沙月さんの負担が減らせればという思いから、俺から申し出た試みであり、正直沙月さんも不安丸出しの表情をしていたけれどいずれはそうする予定だったんだからと、少し前倒しでヒマな時間の店番を任せてくれるようになっていた。


 この店番を任されている時間の中で、俺はお客さんの考えや想いを汲み取るような訓練?てか努力を試みる癖がついていた。

 それは単に店の売り上げを少しでも増やすための俺なりのマーケティング(本で読んだ)ってやつなのかもしれないが、こないだ母さんから俺への勝手な期待に、つい逆上して反発してしまったことへの反省の意味合いもあった。


 もっと素直に自分の想いや意思を表明できるように、いろんな人たちのふるまい方や嗜好を探ってみようではないか、という俺なりの努力のつもりなのだ。


 今のところ観察によって導き出されたデータの精度は極めて低く、やはり俺にはまだまだ対人的なスキルが欠けていると感じさせられていたが、このせっかく得た接客(ダジャレ?)のチャンスを生かして、コミュニケーションスキルの向上に鋭意取り組んでいるのだ。


 この時間帯店には比較的人が少なく、訪れるのもほとんど常連客ばかりなので、その人となりを観察しやすいってこともある。まあ単にヒマだともいえるが。


「こんにちは。あら、今日はお兄ちゃんが一人で店員さんやってるの?」


 そう、この今しがたドアを開けて店に現れた初老のご婦人もそうだ。

この人はそう、初老のご婦人Bとしよう。バアさんのBではなくビューティーなご婦人Bだぞ!お客さんだからな。


 このご婦人Bは普段ビールはマストで、果物などもついでに買ってくださることが多い。おそらく今日もビールを2本は買うはずだ。


 よしその通りビールを手に取った。・・・・いや待て、だがしかし今日は何と1本しか手に取っていない・・・・だとぉ?


 クソっ、またか?またなのか?やはり沙月さんが店にいないと、俺みたいな得体の知れないガキが店にいると、お客さんは皆購買意欲が失せてしまうとでもいうのだろうか?


 ならばそう、ご婦人Bは今こう思っているに違いない・・・・。


『あ~ら今日は沙月ちゃんはいないのね~?残念。じゃあ発泡酒1本だけにしとこうかしらね~。ところであのレジにいる子は一体どこの子かしら、やだわ~不気味ね』

とまあ、大体このような考えを抱いているのではないだろうか?


「いやねぇ・・・・、な~に~あの子、不気味ねぇ・・・・」


よしっビンゴ!正に俺が思った通りの答えをご婦人が発しているぞ!


・・・・・んんっ!?マジで!?


「えっ!うあっ、当たった!?」


「はぁ?えっとキミ?・・・・・・何が当たってるって?」

気付くと俺の目の前に不審そうな顔したご婦人Bが立っていた。


・・・・・はぁ、またやってしまったのか。人を視ているつもりがまた妄想の領域に踏み込んでいたようだ。


「あのね、キミ今店番任されてるんでしょう?だったらあのお店の奥にいる子、よく見といた方がいいわよ、万引きかも?なんだか様子がすんごく怪しいから」

ひそひそ声でそう俺に伝えるなり、ご婦人Bはそっと目配せしてその場所を示す。


 ・・・・・いつからいたんだろう。ご婦人Bの体で陰になっていて気付かなかったが確かに店の奥にいる。

ちょっと怪しげな雰囲気の女の子が。

 お菓子類を置いたコーナーのすみっこにて、何か目的がある風でもなくただそっとたたずむように立っている。


 年のころは俺と同じぐらいだろうか?肩ぐらいまでの髪の半分ほどを、赤く染めている派手な印象の子だ。何で気付かなかったと思えるほどに、際立つ印象的な目つきをこちらに向けて・・・・・・!?


 俺と目が合うやいなや、素早く目を逸らしてしまった。そして、またコチラを窺うように目を向けてきて、俺が見てるのに気づくと、途端にさっと目を下にやりそのままその場にしゃがみこんだ。


 う~む確かに怪しい、挙動不審だ。


「それじゃあ、あとはアナタが気を付けて見てるみたいだから、私はもう行くわね・・・・」

 奥の少女と、そこから視線を外さずに見ている俺のことを交互に確認しながらそう告げると、ご婦人Bはすっと店のドアを開け去っていった。


「あっ、ありがとうございました~」

遅れてもうご婦人Bには聞こえていないかもしれないが、目線は少女の方を向けて反応があるかを窺いつつ、店の外へ向けてお礼の言葉を放つ。


 だが依然、少女はそのままお菓子コーナーのすみっこにいて、そこにあった丸椅子の上にちょこんと座っていた。  

 ただもうコチラ側へ目を向けてくることもなく、逆にコチラから隠れるように体の半分背を向けた状態になっている。


 なので俺はより彼女の観察を強めてじっと凝視していると、何やら彼女の腕から手にかけてもぞもぞ動いているのが分かる。


 その先を追ってみるとどうやら口へと繋がっていて、彼女の顔の片側の頬っぺたの部分がさかんに動いていることが確認できた。


(えっと、これは何か食べているのか?・・・・モグモグしてる?)


 まさかとは思いつつも俺は体の位置をずらしていき、少女の正面側が見えるように乗り出すような態勢になって確認してみると、やはり彼女は食べていた。

その串に刺さったものを。


 間違いない。彼女がその味わいを堪能するようにムシャムシャとしゃぶりついているそれは、店に並べられた駄菓子の一つである、イカの串刺し珍味だった。


「えっとキミマジで?ちょっとそれ、店のお菓子なんじゃ・・・・・」


情けない・・・・・。こんな状況ならホントはもっと毅然とした調子で注意すべきなんだろうけど、


 まだ疑い半分で、もしかしたらこの女子自前のお菓子なのかも?とか、え?お金レジに置いてる?とか考えながらあたふたしてしまったせいで、彼女に対して働きかける声までもが、とてもか細いものになってしまった。

 そのせいか、少女は特に悪びれる様子もなく堂々とイカの串刺しを堪能し終わると、目の前にあったもう一つのお菓子にまで手を伸ばしちゃってるじゃないか!


「ちょっ、え~っとそこのキミ~店のお菓子勝手に食べないでくれる・・・・?」


これ現行犯だぞ!今はっきり目撃しているんだぞ俺!この赤髪ロリポップ少女の蛮行を!


 えっ!また、マジで!?今度はピンクのサクランボ餅菓子を・・・・・!?

ハイ今開けた~!それを~つまようじでポイポイつまんで口に放り込んでいますよ~~!


「オイ~キミさ~!そこの女の子、さん。あのぉ~お店のお菓子を勝手に食べないで、もらえますぅ~・・・・かな?」


ああなんか変な感じになった。女の子に注意することに慣れてないせいか、なんか語尾がおかしくなっちまった。

 ・・・・けど今度は意識して声の出だしを強めに発したからか、どうやら俺の注意には気づいてくれたらしい。


きょとんとした表情で赤髪の少女がコチラを見つめ返してきた。


「・・・・えっ?何で?食べちゃダメ・・・・なの?」


 大それたことをしてた割には急にきょとんと不安げな表情になって、人が当然持っているべき常識についての疑問を投げかけてくる。


「いやぁ、まあそりゃそうでしょう。勝手には・・・・・ねえ」

「ウチは別に、勝手にじゃないんだけど。だって」


 少し反論めいたことをつぶやきながら、赤髪の少女はつまようじを口に入れたままにして、餅菓子をゆっくりとした舌の動きでねぶり続けている。

どうやら彼女には悪いことをしているという感覚がないらしい。


「お金を払ってくれたら、その、別にお店で、そこで食べてくれても全然・・・・ウン。いいんだけどね」

俺は少女に諭すようになるべく優しく語りかけ、何とか妥協点を探ろうとする。


「ウチは、お金は沙月さんが、だって・・・・」

「えっ?沙月さん?・・・・・えっと、キミって沙月さんの知り合いなの?」


 その沙月さんという言葉が赤髪の女の子から発せられた瞬間に、それまで全身に無駄に入っていたであろう、無駄な硬さがすっと抜けていく感覚を得た。


「なんだキミって沙月さんの知り合いだったのか。ハハハやだなあ。ならそうと早く言ってくれれば・・・・・」

 ん?沙月さんの知り合いならいいのか。店の商品勝手に食べても?マナーとしてどうなのそれ?・・・・・まあいいさ。笑っとけ。


「アハ、アハハハハハ・・・・・。そっかぁ~。沙月さんの知り合いね」


「・・・・うん、そうなの。フッ、フフフッ・・・・・」


俺のあからさまな苦笑いに対し、赤髪の娘も取り繕ったような作り笑いで返してくる。


「アハ、ハハハハハ、ハッハハハ・・・・」

「ウフフ・・・・・・フフフッ・・・フ、フフッ・・・・・」


 何だこれ・・・・?もたんぞこの状況。何とも言えん間は!はよ助けてくれ。沙月さん。俺にこんなある意味イカした女子の相手はキツイぞ!はよ帰ってきて、んで説明求むよ、沙月さ~~~~ん!!


「ハイただいま~」

まるで俺の心の叫びを聞いていたかのようなグッドタイミングでドアを開けて、

沙月さんが帰ってきてくれた。


「あっ、良かった沙月さん!今ちょっと女の子が来てて・・・・」

「そうみたいだね。なんだか頼田くんが困ってそうだったから、アタシ急いで戻ってきちゃったよ。ウフ」


「マジっすか!いや~まるでテレパシーみたいですね。俺ホントに今、沙月さんへ心の中で呼びかけてたんですよ。いやマジですよ。俺たち何か通じ合うものがあるのかもしれないっすね」


「えっ何が?アタシ見てたんだけど、キミたちのことを外から。そんでなんか間が持たなくて困ってそうだから入ってきたってだけ」

「いや、見てたんかい!!なら早く入ってこんかいっ!」


「なにそれ~、もっと優しくツッコめないのかな~ヤになっちゃうわ~。アタシは逆に気を利かして様子見してあげてたってのにさ~。ウフフフ。ね~レイちゃん」

「ハイ。ウチは気付いてましたけどね、沙月さんがソコのガラス扉のとこから見てるの。フフフフッ」


 レイ・・・・・。そう呼びかけられた女の子が見せた笑顔は、先ほどとはうって変わって柔和で自然な笑みだった。

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