第25話 フラッシュバック

・・・・・この熱気とざわめき、追い詰められた感触が記憶に蘇る。

これまで直視することが出来ずにいた、あの甲子園での試合。

 俺の唯一で、ラストとなったプレー映像だ。


 外野に飛んだフライを落とし、俺は慌てた様子で送球を放る。

それが思いもよらない方向にそれたところでストップがかけられ、スロー再生に変わる。明宮の周辺がアップで捉えられ、ボールが当たるまでの瞬間が刻一刻と映し出されていた。


 あの瞬間の状況を客観的に視て、初めて気付くことがある。

それは明宮がボールを目で追っていたという事実、つまり明宮は近づくボールを認識していたということだ。

なのにそのまま送球は直撃し、悲劇に至ってしまった・・・・、何故だ?


「そう、オレはこの時キミが投げるボールをはっきり目で捉えていた。

サヨナラの場面で皆はホームベース付近に視線を集中させていただろうが、

オレは基本に忠実だからな、ボールから目を離していなかった。

・・・・・ボールが接近してくることを認識していながら避けなかった、いや避けられなかったんだ」


 失礼だとは思うが、明宮の意外な脆さに興味が湧いて弱みをもっと覗いてみたくなった。

「じゃあ明宮は、あの時分かっててボールを避けられなかったっていうのか?」

「ああそうさ。格好をつけさせてもらえばオレはあの時、キミのボールに魅入られてしまったんだと思う。

しかし実際の話、あまりに凄まじいスピードボールがこっちに向かってくる恐怖で体がすくんで動けなくなり、そのまま当たってしまったというのが的確だろう。

恥ずかしい話だ。その、だからキミのことをあまり責められない自分がいる」


 こんなこと白状するのは明宮にとって耐え難い屈辱なのだろう、

唇を咬んで話をする明宮を少しでも思いやるための言葉を探す。

「でも俺がとんでもない送球をしたことは事実だし、その結果ケガさせてしまったのは悪かったよ。・・・・・・気になるのは体の方なんだけど、本当にもう何ともないのか?ボールへの恐怖心を除いては」

「ハハハ、実際のケガは軽い脳震盪程度だったんだ。

しばらく入院してたのはマスコミ対策でな。体調はバリバリ元気でいつでも復帰できたんだ。もちろん今も身体は健康そのものだ、彼女にウザがられるほどには、な」

「それを聞けて俺も少しはホッとできるよ、ははは」

 フツーに聞けばちっとも面白くない発言だけど、明宮のらしさが少し戻った感じがして、場の雰囲気が和んだ。


「あの、互いの現状を確認できたところでそろそろ本題に入りたいんですけど。ライトくんにはぜひ、そのマッドネスアームを使って明宮くんの再生を手伝ってもらいたいんです」

 パソコンを片付けた玉野は、ボールを取り出して俺に示した。

「もう一度今日、オレに向かって投げてくれないか頼田?身体に植え付けられてしまった恐怖心を取り除いてほしいんだ、頼む!」

 部屋のドアを開け、そこにあったバットを手にすると明宮は、窓の外の空模様を眺めながら話す。

逆光で、表情がよく窺えない暗がりに立つ明宮の姿が、今にも襲いかからんとする獣のように映り寒気を感じた。


「でもいいのか、俺が投げても?・・・・こんな雨の中じゃまた頭に当てるかもしれないぞ」

「ハハッそりゃあいい。もう一回当ててくれたらショックで治るかもな。

下に練習場があるから、とりあえず準備してくれ。・・・・・待ってる」

 有無を言わせぬ態度に俺は身を固くする。


「ライトくん、僕からもお願いします。試しに一度投げてあげてください。

ここにトレーニングウェアがあるんで、着替えて下に行きましょう」


 玉野から渡されたボールを一点に見つめ集中を研ぎ澄ます。

今の状態の明宮に対し、俺の投げるボールを見せれば再生どころか、むしろ心をへし折る結果にならないだろうかと?

相手を心配する気持ちで葛藤が生まれ、胸が苦しくなった。



 外に出るとさっきよりは若干雨は弱まっているように見えるが、それでもしとしと降る雨の下では、野球するには不向きな条件だと思える。


 玉野について練習場まで案内されると、辺りをネットに囲まれた一面緑のフィールドがお目見えする。

 鮮やかな芝が露に濡れている美しい光景に情緒を感じ、勝負関係なくボーっとここを眺められたらどんなにいいだろうと、職場逃避的な空想を思い巡らす。

 

 芝のフィールドは野球の内野部分ほどの広さがあり、それぞれの適当な位置にベースやマウンドも配置されていて、個人宅ではこれ以上望みようもないほどの練習環境だといえる。

 既にホームベース付近のネット裏では、明宮が雨に濡れることも一向に気にせずに、黙々と素振りをおこなっていた。

ブウンッ!ブウンッ!という風を切り裂く凄まじいスウィング音が肌で伝わってくる。


 ここに至って俺は気乗り薄で、ふう~と深呼吸を入れながら明宮に近付いていく。

「明宮・・・・・・」

「頼田ボクはOKだ。君も準備してくれ、」

素振りを続けたまま、コチラを一切見ることもなく明宮は伝えてくる。


「しかしすごいなお前んち。こんな練習場があるなんて・・・・」

「だから?オレが生まれてくる環境を選んだわけじゃないぞ。それに持てる能力を出し惜しんだこともない。

フン、こんな条件で育ったなら素晴らしい選手になって当たり前だとでも言いたいんだろうが、それならオレを並みの選手でいさせてくれるなっ!」

 スウィングを止めてコチラを向き、そのセリフだけまくしたてるとまた素振りを再開した。


「ライトくん、勝負する相手に同情は無用ですよ。さあボクが相手になるんでキャッチボールしましょう!」

「いや、いいよ玉野。今すぐにでも俺は投げられるぜ」

 明宮の檄によって気合が入り、相手をねじ伏せるため俺はウォーミングアップも行わずにマウンドへ向かった。


 俺の様子に気付くと、静かに明宮も左のバッターボックスへと入る。

そして彼お決まりのルーティンである、バットを上に掲げ重心を確かめるように

軽く振り回す動作をおこなった。

 

 顔とバットの先ををこちらにクルッと向けると、明宮の顔つきが一層厳しいものになる。いつでも来いという構えでボールを待ち構える姿は、以前と変わらず打ちそうな迫力でみなぎっていると感じる。


 俺は慣れないマウンド上で濡れた土が気になりスパイクを2,3度こすりつけ、そして大きく深く深呼吸する。

 ホームベース付近を見据えてもキャッチャーはおらず、明宮が待ち構えるのみ。

ただでさえ投手経験のない俺が、向こうにあるネットの中心を目がけて投げなきゃならない不慣れさに、いやが上にも心拍が高まってくる。


 いっそ当ててもいい。

もはやなる様にしかならない状況に腹を決めた俺は、セットポジションから脚を軽く上げ、腕を後ろに回すと、肘と腕の形がしならせた弓になるように引いていく。

 サイドスローからの腕の振りを意識し、まずは第1球目のボールを指先から放つ!

投げる瞬間、雨による寒さでブルっと震えを感じた。


 指からの球離れが少し早かった気がしたが、既にボールはネットに突き刺さっている。

中心からは右上にそれた、明らかなボール球に明宮は手を出さなかった。


 無意識に腕が縮こまっていたのかもしれない。そう感じて右手を見つめると、少し震えているのが分かった。体が冷えたことによるものか心理的なものか自分でもよく判断がつかない。


「おいっ玉野!今のスピードは?頼田のボールってのはこんなもんなのか!?」

 俺の後ろから映像を収めている玉野に向けて、マウンドを通り越して明宮は叫んだ。

「今のは90マイルで144キロ程度です。練習なしに投げれるのは正味凄いと思いますけど、本来もっと凄まじいボールがいきます。

いろんな悪条件で固くなってるのかもしれませんね」

「・・・・玉野、お前防具つけてキャッチャーやれ。受けるぐらいならできるだろう。

コイツの力を引き出させろ。このままじゃオレの回復条件にならない」

ちぇっ、と少し文句めいたものを呟きながらも、玉野はガード類を付け準備に取り掛かる。

 明宮は今見たボールへの対応をシミュレーションしているようで、スウィングの軌道を入念にチェックしている。


「じゃあ僕の練習のため2,3球投げてもらえますかー!」

 玉野の準備が終わり、ホームベース後方にしゃがむ玉野に目がけ軽くまず1球投げる。

ビシッと指にかかったボールがいき、玉野の頭が少し後ろにのけぞった。

「おおっ、こっわ~・・・・・」

 驚きの声を上げた後に「ナイスボール!腕が振れて伸びを感じるよ」

とアドバイスを付け加えてボールを返してくれる。


 確かに、さっきより格段に投げやすい。目標があって受けてくれる相手のミット目がけて投げればいい安心感に、腕が強くしなるのを感じた。

 続けて2球投げて、それぞれ弾丸のようなボールが玉野の構えるミットに鈍い音を響かせ収まった。

 「いったあ~~い!」

 投手役の俺をおだてるついでに、明宮をリラックスさせる意図なのか、

玉野は素っ頓狂な声を上げながら手を振り、明宮に準備いいよとバッターボックスに入るよう促した。


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