第24話 あの日からずっと

 階段を上がって3階まで着くと、ここだと言って明宮がフロアへと入っていく。

「この3階のフロアがオレのスペースさ。そっちが寝室であっちがトレーニングルーム。でそこがトイレに風呂で、そこは書斎になってるよ」

「えっマジで?この3階全部が明宮くんの部屋なの?」

 母さんと二人で住むアパートの部屋面積を、軽く超えている広さが全てが自分の部屋だなんて、貧乏症の俺ならこのうちの一つだけだとウソをついた方が落ち着く。


 「さあどうぞ」

 書斎とされた部屋の前に明宮が立ち、玉野が入っていくと俺もその中へと続く。

書斎というが中には大型のスクリーンが備え付けてあり、さながらミニシアターのようだ。

 そこで玉野がノートパソコンを取り出して、機器と繋ぎ何やらセッティングを開始する。


 特にやることもなくそれを眺めていると、横に明宮が近づいてきた。

「フフッ便利な奴だよ玉野は。こういった機械関係に詳しいし、データを分析する能力にも長けてる。さらには人体のメカニズムまでよく理解していて指導出来るほどなのだから、そばに置いて利用しない手はないよ。なあ頼田?」


「あ、ああ。俺もよく助けてもらってるけど、便利って言い方はちょっと・・・・、あっと元々二人はチームメイトなんだって?」

 明宮の物言いに多少引っかかりは感じたが、自分の立場をわきまえて俺は二人の関係へと話を振る。


「ああ確かに、玉野とオレはリトルリーグのチームで会って以来の付き合いさ。ほぼ同時にそのチームに入って、同じファーストのポジションを争う関係だった、最初はね。で結果的にはオレがポジションを勝ちとって今に至るって感じかな。

ハハハまあ玉野もいい選手だったんだけど、オレの方が年も上だし仕方ないよな」


「違いますよ。明宮くんの能力、特に飛距離が飛びぬけてたからです。

僕はしょせん堅実レベルの当てるだけの選手でしたから」


 機器のセッティングをしながら、玉野も会話に参入してくる。

「悪い、その通りオレが飛びぬけてたせいだ。言い方に気を付けてみたつもりだったんだけどな、ハハッ」

 そのセリフを玉野にではなく、わざわざ俺に向けて明宮は言い放つ。


 話しているうちに明宮の欠点らしきものがようやく見えてきた。

恵まれた環境に身を置いて育つと高慢な性格ぐらい併せ持つだろうと、

明宮の性格に難があったことに俺はむしろホッとしていると、

少し声のトーンを落として明宮が話を続ける

「ただ全ては過去の話だ。オレが飛びぬけた選手だったのは・・・・。

頼田キミとの試合で送球を受けてからは、もう以前のオレじゃないんだ。オレは変わってしまった・・・・・」


 明らかに沈んだ様子でケガの影響があったと語る明宮に、即座に気を入れ直し腰を曲げ、俺は再び謝罪の言葉をつづる。

「あっあの明宮くん、そのことに関しては本当に心から済まないと思っていて、

許してもらえるとは思わないけど、でも何度でも謝らせてほしい。申し訳なかった」

「いや、そういうことじゃないんだ。・・・・・あと、くん付けはやめてくれ。

さっきも言ったようにオレたち同級生だろ?それに敵だった相手に敬意払われるのは気味が悪い」

 頭を掻きながら答える明宮は、明らかにいら立っているように見えた。


「でも、さっきの言葉だとケガの影響がまだ残ってるってことだろ?

謝って済む話じゃないことは分かってるんだけど、俺にはこれぐらいしかできないから・・・・」

「分かってるんなら止めてくれ。それに謝罪なら嫌というほどもう受けたさ。キミの母親からな。オレが入院していた病院で働いていたらしくてな、もう毎日のように頭を下げに来るのが鬱陶しくて、いいと言ってるのにいつまでも止めやしない・・・・ったく」


 母さんが俺の代わりに・・・・・。

勤務している病院に明宮がいたという話を聞いていたのに、そんなことすら想像していなかった。今更ながら母の想いにやるせなさを感じる。


「で、でも明宮!けじめとして俺に責任があることだから、もう一度しっかりと謝罪させてほしい。本当にあの時は申し訳なかった。

それで、ケガから復帰する上で償えること、俺に出来ることがあるなら何でもするから。そのために今日呼んでくれたんだろう?」

「そうだ、謝られたぐらいじゃ一切何の解決にもならないからな。そのためにキミをわざわざ呼んだんだ。おい玉野そろそろ映像の準備できたか?」

 そういうと明宮は玉野のところへ行き、パソコンの画面を見てうなずいた後、

スクリーン前のソファーに座る。


「まあ座れよ、ほら。まずはオレが受けた後遺症についてだ」

 促されてそばにあったデスクチェアーに腰掛けると、何が流されるか分からないまま画面に注目する。

「はい、まずは現状を説明するためのバッティング練習の映像を流します」

 


 明宮が打席に立っている映像が流れだす。

どうやら練習時の映像のようで、バッティングピッチャーの投げる山なりの球を軽々とスタンドまで放り込んでいる。

「ハハハどうだ、さすがの飛距離だなとか思ってるんじゃないか頼田?

このピッチャーが投げているボールは100キロ程度、いわば練習でなら誰でも打てる、ん違うか?」

「うん、ま、まあな・・・・・」

 適当に相槌を打つが、いくら練習のゆるいボールでもここまで飛ばすやつは見たことが無い。後遺症というよりは自画自賛の映像だと思って眺めていると、

「次は少し難易度上がった小弧ノ城学園、控えの3番手に打撃投手が変わった映像です」

 玉野の説明と共に、次の打撃練習の映像が流れる。


 今度はいかにもピッチャーといった上体をした選手から、勢いのあるストレートが投じられている。最初の2球を見送った後、明宮は真ん中付近に投じられたストレートにバットを当てるが、詰まったゴロが転がっていた。

 その次もゴロ、その次もボテボテ、たまに良い当りもあるが、

センター前に抜けていく程度のもので、長打は皆無だった。

「・・・・・頼田、視てて分かるか?このピッチャーが投げるボールは120キロ程度なんだぜ。それも真っ直ぐが来ると分かった上だ。ふっヒドイだろ?全てドン詰まりなんだぜ」


 何とも言いようがない。確かに最初の映像との落差にショックは受けるが、明宮の求める基準が分からない以上、こういう時だってあるんじゃないかと思ってしまう。


「では、最後のバッティングの映像です。

小弧ノ城学園エース左腕が投げています」

 

 最後だという映像は、俺の記憶にもある投手のものだった。

去年明宮のチームと甲子園で対戦する際に、散々映像で対策したからだ。

どちらかと言うと軟投派で、変化球でかわすタイプだったはず。

その投手が明宮のバッティング練習のために、伸びを感じさせるストレートをテンポよく投げ込んでいく。


 最初の1球は空振り。次は見送る。3球目再び空振り。4球目ファール。5球目見送り。・・・・と、その後もしばらく視ていたが、ほとんど打撃練習用のゲージから前に飛ばせない始末で、へっぴり腰で手だけでボールに当てにいって空振りという酷いのまであった。


「ハッハハハハハ!我ながら笑ってしまうよ。ったく、何だよこのスウィングは!?ほとんどタイミングが取れていないじゃないか!・・・・・どうだ頼田視て分かったと思うが?」

「つまり、あのケガの影響で明宮はこうなったってことか?」

 バッティングに支障が出ているのは分かった。ただそれが俺がもたらしたケガがどう作用してなったものか想像すると怖くなり、不用意な発言を口に出すのをためらってしまう。


「明宮君のボールに対する反応が以前とは明らかに違っています。

ボールを認識して振り出すまでに一瞬のラグが発生するようになっていて、おそらく頭にボールが当たった影響じゃないかと」

「で、でもまだ体が万全じゃないってこともあるんじゃないか?長打力自体は失っていないようだし、練習で勘を取り戻せば明宮ならまた元通りになっていくと思うぞ!」

 玉野からの説明を受けて、明宮を励ます意味も込めてあえて楽観的な意見を返す。


「ふぅー言っておくが身体にはもう何の問題もない、医者のお墨付きだ。

そして、視ていて分かったと思うが、今の映像はオレがまだ小弧ノ城学園に在籍していた頃のもので、今はもうそこにオレの場所はないんだ。君なら言ってる意味がよく分かるよな?」

 俺の目をきつく見据えて明宮は問いかけてくる。お前ならこの気持ちが理解できるだろうと。


「・・・・つまり、存在価値がなくなったってことか」

「ハハハそうだ頼田。オレは野球をやるうえで価値のない人間になってしまったんだよ。長打の打てないオレなどただのブタだと、自分でもそう思えてきてしまいあまりの腹立たしさに勢いで学校は辞めてしまったよ」

「なんでそんな簡単に?明宮ほどの選手なら、時間かかったとしてもチームメイトは待ってくれてるんじゃないか?」


 声を振り絞っても気休め程度の言葉しか出てこなかった。

明宮と俺がほとんど同じ理由から学校と野球をドロップアウトしたことを知ってしまうと、どんな言葉も自己矛盾につながりかねない。


「復帰したての頃は特に問題はなかったよ。飛ばせなくなったオレのことは、時間が解決してくれると、チームメイトは温かく見守っていてくれた。

だがな、それにも限度があった。いつまで経っても改善の見込みがないと分かると、段々と皆の心が離れていくのを感じたんだ。

ボテボテの当たりしか打てなくなったオレを野球部の奴らは白い目で見るようになり、いつからか嘲笑する声が聞こえてくるようになった。

さっきのブタだというのは、実際に同級生が言っているのを聞いたものさ。ハハッ我慢できるか?」

 自分の経験ともあまりにリンクしすぎていて、俺は感情に詰まってしまう。


「どうライトくん?言葉にならないぐらいすっごく驚いているんじゃない?

まさかあのスーパースターの明宮くんが、ひとつのプレーきっかけで自分とこんなに似たような立場にいるなんて、思ってもいなかった?」

「ああ、俺のせいでこんなことに、本当にどうしたら・・・・・」

 自分のプレーがもたらした被害の大きさを知って、ただただ罪の意識に苛まれて俺は顔を覆う。


「奇しくもキミとオレは同じ立場になったんだから笑えるよなあ。

被害者と加害者が同列なんて。いやむしろ今やキミの方が優位な立場に立っているかもな。ピッチングの才能に目覚めたんだって?玉野から聞いてるぞ」

「いや、そんな大したもんじゃないよ」

 正直ここに呼ばれると知った時点では、明宮が打席に立ち俺が投げるシーンを思い浮かべ、密かに練習までしていた。

 だが明宮の現状を知った上では単なる独りよがりの願望だと知る。


「自分を卑下するようなことは言わない方がいいよライトくん、

君には可能性があるんだから。キミを見込んでここへ招いた明宮くんがみっともなくなるでしょ」

「ああそうだ頼田、キミに開かれた可能性はオレにとっても唯一の可能性になり得るんだ。お前は自分に責任がある以上何でもすると言ったよな?ぜひ腕を振るってもらおうじゃないか」


「えっと、つまり俺は何が出来るんだろう・・・・?」

 立場が急に逆になったみたいに、二人に励まされる俺という構図にワケが分からず戸惑ってしまう。


「頼田、オレは小弧ノ城学園を辞めた後ただでは転ぶまいと、少しでも復調のきっかけを探ろうとした。その時よく見ていたのがキミの映像だ。

あのバックホームのシーンを何度も見返したよ。あのボールが当たったことで何か作用したなら、そこにヒントがあるんじゃないかってね、まあワラにも縋る思いさ。玉野頼む」


「はい。ボクはその発想悪くないと思います、明宮くんにもそう伝えました。

頭に当たったことでバッティングに影響があるってことは、つまりボールが当たる瞬間、それを認識していたってことです。恐怖感を身体が覚えてる証拠なんです」


 玉野が話しながらパソコンを操作し、再びスクリーンに映像が流れだす。

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