第23話 明宮家

 空には厚い雲が垂れ込め、しとしと降る雨が止みそうな気配はしばらくない。

俺は空を見上げながら、玉野が到着するのをやや緊張した心持ちで待っていた。


 《ライトくん、先週のお誘い次の土曜はどうですか?

よければ駅前にお昼に待ち合わせで。明宮くんの家にお邪魔しましょう!》


 つい先日公園で投球を披露したついでに、明宮に会ってくれないか?と

誘われてから、まさか一週間もしないうちにドキドキご対面タイム!のセッティング完了メールがくるなんて、

それもいきなり相手の家でなんて思ってもおらず、

えっやだまだ心の準備が・・・・。と言いたくもなるそんな乙女チックな心境だった。

 

 駅の出入り口から数歩前に進み出ると、空を見上げて雨に顔を濡らす。

高まっていた緊張感が少し和らいでいくのを感じた。


 一体玉野が明宮とどういう関係なのか、そして俺に何をさせたいのか。

明宮の再生とはどういうことか。

 

この急展開に関して疑問に思うことはいくらかあったが、現状考えていても詮無き話。とりあえず明宮に会えたらやるべき行動は一つ、まずは謝罪だと。

そう意思を固めて高まる緊張と精神を落ち着かせる。

 

 しばらく雨に打たれて心をなだめていると、やがて駅前のロータリーに黒塗りの高級車がスムーズな転回を見せて入ってきた。

注目して見ていると、中から待ち合わせ相手である玉野が転がるように飛び出てコチラに向かってくる。


「おっまたせライトくん!えっそこ雨に濡れてるじゃない、ささっと乗りなよ」

「えっと玉野その車なに、お前んち車なの・・・?」


 イカつい外装の車に乗るのはあまり気乗りしなかったが、玉野が強引に腰に手を回しエスコートするもんだからあれよあれよと乗り込むしかなかった。



「明宮くんちは高台の高級住宅地にあって、交通の便が悪いから車を出してもらったんだ」

 広い後部座席で、わざわざ隣に密着して座る玉野が話しかけてくる。

先週のパレードコスとは打って変わり、さすがに今日は玉野もシャツにジャケットというかっちりした服装に身を固めている。


「へえ、そうなんだ。スゲエなわざわざ車で送迎してくれるなんて」

「とんでもありません。当方、明宮家の敷地にいらっしゃるお客人を無事にご案内することは私どもの率先しておこなう努めですので、どうぞお気になさらず」

 キッチリした髪型とスーツを着た運転手が、俺ごときガキに対するには丁重すぎるサポート姿勢を示してくるのが逆に怖い。


 噂には聞いていたが、実際もってる奴ってのは器が違うらしい。

家柄がよくて、頭がよくてスポーツも万能。

絵に描いたような恵まれ方をして育つと、きっと人を恨むなんて気持ち抱いたことないんじゃないか?明宮は。

そう考えると、謝罪に訪れた俺の気分も少しは安らぐのだが・・・・。

 

 勢いの強まった雨が叩きつけるように窓に降りそそぎ、俺が知る街並みとは別世界の豪勢な住宅街の様子も滲んでよく見えなかった。


 

 車で山道をくねくねと進むうちに、度々玉野が寄っかかってきて車酔いが段々とキツくなってきたタイミングで、ようやく明宮家と思しき大邸宅にたどり着いた。


 門の前に止まって運転手が合図をすると、ピーっという音と共に頑丈な扉が両側に開いていく。

 敷地に入ってすぐの両側に、これまた厳つい黒スーツの男が2人立って礼をしているのを見ると、どこぞの組に侵入してしまったのかと少し血の気が引いていくのを感じた。


 車のドアが開けられ、傘を差した運転手に付き添われながら俺たちは邸宅へと案内される。

 始めは目の前に建つ和風のお屋敷へと入ろうとしたがさっと止められ、さらに奥の芝生の上に建つビルのような重厚な外装の建物へと誘導される。

その建物の横には、練習場だろうか?ネットに囲まれた芝生のスペースが見えた。


 玄関入って左に抜けた先の、応接間と思しきフロアへと俺と玉野は案内され、

ソファーに掛けてしばし待つようにと促される。

 レンガ造りの暖炉や装飾品、ふかふかなカーペットなど、まるで美術館にいるような感覚で辺りに目を巡らす。


「めちゃすごい家ですよね、鎧やはく製があるなんて。僕は何度か来てるので慣れてますけど。あっ、ちなみにその絵はラッセンです」

「なるほど、明宮家もフツーにラッセンが好きなのか・・・・」

 キュレーターのごとく隣に立って作品の説明をしてくれる玉野に対し、特に知識のない俺は当たり障りのない感想で応える。


「・・・・で、玉野って明宮とどういう知り合いなの?」

「いやそこもフツーだよ。リトルリーグの僕のいっこ上の先輩が明宮くんなんだ。今となってはウソみたいだけどね、ボクたち実はファーストのポジションを争ったライバルだったんだよ」


 半ば現実感のない空間に導かれ、玉野の話もどこか上の空で聞いていると、

奥から突然妖精が姿を現したかと思って俺は目を見開いた。


「あれれ、だ~れだろう?なんか変なお兄ちゃんたちがいるぞ~」

「んとスミレ、来てるの玉野んだよ~!あともう一人知らないお兄ちゃんもいるぞー!」

 よく見ると、顔のよく似た小学生ぐらいの女の子が2人、コチラを見つめ立っていた。


「ああライトくん。彼女たちは明宮くんの双子の妹さんで、椿(つばき)ちゃんと菫(すみれ)ちゃんですよ。めっちゃキュートですよね!」

「ああ、確かに・・・・」


 ほとんど顔恰好の同じ二人が、髪型や服の色合いにはそれぞれコントラストが与えられていて、まるでお人形のような愛らしい二人の姿にとてつもない破壊力を感じてしまう。


 持ってる奴ってのは、どこまで羨ましすぎる条件を持ち合わせているのだろう?と明宮の顔を思い浮かべていたら、当のご本人が満を持してついに姿を見せる。


「やあ玉野。そしてあの試合以来で、実質初めましてになるのかな?ようこそ頼田」

「明宮・・・・・・!」

大柄な男子が、にっこりと白い歯を覗かせながら俺たちを鷹揚に出迎える。

 端正な顔立ちに厚い胸板、一切焦ったことなどないような余裕のある口元、

堂々と立つ姿は皆が描くイメージとまるで違っていないはずだ。


 明宮に対し、いやが上にも恐縮してまず第一声を放つ。

「あっおっ俺、頼田ライトです・・・・。初めまして」

「ははっ、初めましてって何だよ?かしこまって。オレたち縁のある同級生だろう?もっとフランクにいこうぜ」

「そうそう遊びに来たつもりでリラックスだよ、ライトくん」

 俺たちがここで向かい合う経緯を理解していながら、いきなりフランクになんて明宮も玉野も冗談のつもりだろうか?持ってる奴の余裕っぷりが理解できん。


 戸惑っていると、横にいたツインズ少女が急に騒ぎ始める。

「え~っ今この人頼田ライトっていったー!頼田ってお兄ちゃんの敵じゃーん!しねー!」

「そうだそうだ、らいたらいとはお兄ちゃんにボールをぶつけて逃げた悪者だー!

追い出せー!」

 罵声には慣れている俺も、こんな可愛らしい少女二人から攻撃を受けてはさすがにショックを受けてしまう。

 表では余裕ぶって振舞ってはいるが、結局裏では明宮家の人たちは俺のこと散々文句つけてたって証明なんじゃないの?コレは。

「ほら椿、菫。そんなことお客さんに言うもんじゃないぞ。・・・・悪いな頼田、

オレがキミの映像をよく見てるせいで、妹たちはそこから影響を受けてるらしい」


「俺の映像のせい?・・・・・それはゴメンね」

自分の映像を見たせいと言われてもピンとこないが、ここに来た経緯があるためなんとなく双子たちに謝っておく。

そして本人、明宮に向かってもようやく・・・・。


「あっ明宮くん!俺その、去年の試合の時とんでもないプレーをしてしまって・・・・、キミにケガをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「分かった。その件はここじゃあ何だからとりあえずオレの部屋に行こう。玉野、オレは妹たちをあずけてくるから先に案内してあげてくれ」


「あっちょっと待って玉野。あのコレ明宮くんの口に合うかどうか分からないんだけど、お土産としてケーキ持ってきたんだ。受け取ってくれないか・・・?」

 お詫びの品として適当かは分からずとりあえず用意したケーキを、お土産としてここで明宮に渡すことにする。

「おう、ありがと。椿、菫このケーキ向こうに持っていってくれるか?

そんでおばさんに聞いて良いって言ったら食べていいからな。ほらゴー!」

 兄から犬のように手なずけられたツインズたちは、わーいケーキケーキ!と

無邪気さを弾けさせながら走り去っていった。


「頼田のおかげで手間が省けたし、オレが部屋まで案内するよ」

そう言って明宮は俺の右肩にポンと手を置いて微笑む。

 口角は上がっているのにどこか目が笑っていない、不気味さを感じさせる表情に身を固くすると、明宮の爪が皮膚に食い込んでいるのを感じた。


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