第22話 コーチングの妙

「あのもういい?その二人だけの世界みたいなの。ウチら置いてけぼりなんですけど」

痺れを切らしたレイが間を割って会話の打ち切りを促し、俺たちは輪に戻る。


「じゃあそろそろ帰ろっか。ほとんど今日はキャッチボールしに来たみたいになったけど、まあそれなりにウチら打ち解けあえた感じがするし良かったんじゃない」


 淡々とボール回しすることに飽きてきたレイがグローブを玉野に返し、俺たちも続く。

まだ少し名残惜しそうな玉野は、トボトボとした足取りでグローブをバッグに直しにいった。

 盛川もまだ少し惜しそうな顔をしていたが、顔を見合わすと笑みを交わし、

また今度ね、と手を振って別れた



「あ、あのさ、最後にいいかな。僕からお願いがあるんだけど。これだけはやっとかなきゃ収まりがつかんっていうか・・・」

 帰る途中玉野に呼び止められ立ち止まると、再びボールとグローブを差し出して俺にこうお願いしてきた。

「ライトくん、一度ね全力投球してみてくれないかな?僕の言う投げ方で」

 どうやら玉野の目的は、俺のマッドネスアームの破壊力を確かめることらしいが、投げ方を指示するというのは、改善の余地があるか試したいということだろうか?


 誰も使用していない公園のすみっこで、俺は玉野に言われたとおりに20メートルほど離れたカベの、中心に描かれた〇目がけて思いっきり投げる。


 中心を狙ったつもりが、やはり投げ方にクセが強いのか右上にそれ、

あやうく外に飛び出す寸前だった。

続いて3球ほど放るがどれもこれも狙いとは程遠く、ただ衝撃音と共に辺り一帯の鳥や動物たちを一掃する結果しかもたらさなかった。


 フムフムと映像を取りながら確認していた玉野は、ついに投げ方の指示をしてくる。

「やっぱライトくんは腕と身体の回転軸が食い違っているよね。

体の動きは横回転なのに、腕を縦に振って上から投げてるからボールがとんでもないとこにいくんだよ。だから、サイドかスリークォーターかぐらいの横の位置から投げた方が絶対いいよ、次からそうしてくれない?」

「横から・・・・?」


 そう言われて俺は試しに腕をサイドから振るシャドーピッチングをしてみる。

確かに、上と横の丁度真ん中あたりのスリークォーターの位置から腕を振った時に、しっくり腕が振れることを感じてゾクッとした。

 なんでこんな簡単なことに今まで気づけなかったんだろうと、野球部のコーチや仲間、もちろん俺自身も。


 再びカベの先の〇印を見据え、足を軽く上げて目標を目がける。

投げる時に初めて対象を見て投げられていることを感じた。

 サイドから体に巻き付かせた腕を思いっきり振ると、 ブンッ!という音と共に

空気を切り裂いた感触がした。

カベに向かって一直線の筋が走り、衝撃音がして見ると〇の中心にボールが突き刺さっていた。


 「・・・・・・・・は!?」

あまりの衝撃に、自分自身でも目の前の光景が信じられなかった。

ほとんど弾丸のそれと言っていい球筋が、狙いにピッタリと収まっている。


「だから言ったでしょ。まあ僕の予測もチョイ超えてきたから、ちょっと驚いてはいるけどね。ちなみにあそこには元々くぼみがあるんだ、そこに上手く刺さったんだね。

概算では球速150km/h、スピンレートっていう球の回転数が2700を超えないと刺さらない計算だから、ライトくんの測定値はそれを上回ったことになるね」


「ウソだろ、俺が150キロの球を?」

 球速150キロというのは高校生レベルで言えばトップクラスで、プロのドラフトにかかるほどの水準だ。スピンレートの数値はよく分からんけども、150キロの球速はなかなかお目にかかれるものではない。自分が叩き出した数字というのは半信半疑だった


「ホントだって、僕のスピードガンでも今の球速94マイルと出てるから、ちなみに94マイルは151キロだよ」

「マジでか!?ってかスピードガンて、お前何でそんなもん持ってんだよ?」

「言ったよね、僕はデータアナリストだって。どんな数値でも選手の能力を相対化するデータは集めなきゃ気が済まないんだ。

あと球速150よりスピンレート2700の方がレアさでいったら上だから」

 様々な機器をカバンからチラつかせては、データ指標について玉野は熱く語る。


「ほう、そうなのか。何だかお前のスゴさも分かった気がするよ・・・・・。で、俺の能力を測ってどうしようってんだ?俺を励まして、もう一回野球やれとでも言うつもりか?」

「うん、そうだね。ライトくんに最高の投手になる素質があるってことを確認したかったわけだけど、それを踏まえた上でライトくんに会ってほしい人がいるんだ」

「・・・・・誰だよ、その人って?」

「かつて高校生最強バッターといわれ、キミとの因縁のある選手だよ」


 因縁と聞いてすぐに、俺の頭にはある一人のバッターのイメージが浮かんでいた。

「おい、それってまさか?」

「そう、明宮真太郎くんだよ。実は僕も明宮くんとは少し繋がりがあってね、

ライトくんと同様、僕は明宮くんも再生させたいと思ってるんだ」

「あけみや・・・・・!」

その名前を聞いた瞬間、今さっき投げた俺のボールが明宮に向かうシーンが浮かんだ。


 いつかは謝りにいかねばとずっと考えていたけれど、お互い別の学校に進んだことでなかなか訪れなかった対面の機会が、まさかこんな形で向こうからもたらされることになろうとは。

 再び明宮にめがけて投げるボールが、再生につながる・・・?

相手の状態は不明ではあるが玉野の意図するところは明らかで、俺は身震いするのを感じていた。

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