第21話 ハートキャッチ
一通り4人でボールを回しあってみると、案外全員が様になっていた。
最初のうちはそっと下から放っていた女子2人に対してもしっかりキャッチできると判断した俺は、途中から山なりのボールも交えて上から投げてみたりする。
きゃあっと最初はぶりっ子みたいな声出していたレイも、結果ボールはしっかりと握っていた。
さらに盛川さんは勘がよく、動ける範囲は限られるものの落下地点には無駄なく入りスムーズなキャッチを繰り返している。
一番驚いたのは玉野で、どうやら左利きらしく右手にグラブをはめると、
俺が投げるすこし強めのボールを難なくバシバシいい音を響かせてキャッチしてくる。
その姿はプロ野球往年の名ファーストのような貫禄があり、すぐにコイツは経験者だと見抜いた。
「なあ玉野、お前野球やってただろ。何で言わなかったんだ?」
問いかけながら俺はキャッチボールの球を投げ返す。
「えっ、言わなかったっけ?僕中学までリトルリーグに入ってたって」
「やっぱりな。お前けっこう上手かったんじゃないか?何で辞めちゃったんだよ?」
2人で会話しながらキャッチボールをするという絵に描いたような展開にうらやましさを感じたのだろうか、レイがひとつの遊びを提案してきた。
「あのさキャッチボールしてたらウチ思いついちゃったんだけど、お互いに聞きたいことをボールを投げた時に聞くってのはどうかな、面白くない?
何か質問をパスするの投げた相手にね、好きな食べ物は~?とか、
それで受けた相手が答える、インドカレーとか。コレ面白くないけど例えとしてだから許してね」
「え~それなんか怖い、私できるかなあ」
盛川さんと俺はやや不安げだったが、楽しそうにしている玉野がさっそく僕からと質問とボールを投げて寄越してきた。
「じゃあライトくんに。ライトくんこそ何で野球辞めちゃったのー?もうする気はないんですかー?」
受け取った俺は、何度も自分に問いかけた答えの出ない問いに曖昧な返答でしか返せない。
「分かんないなー。高校辞めた時は二度とやるまいって思ってたけど、
こうして久しぶりにキャッチボールしたらなんか楽しいって感じてるし。でも野球部とかはLR学園には無いんだろうから、まあこうして遊び程度でやることはあるんじゃないかー」
そう言って玉野にボールを投げ返す、けっこう強めのを。
「はうわっこわっ!今のは怖かったよ頼田くん!今までこんな凄いボール投げる人見たことないよ。ゾクゾクするんだ僕、ライトくんが今度はピッチャーとして
真剣勝負をする場面が見れたなら、どんなに痺れるボールを放るんだろうかって」
「俺がピッチャー?」
自分の野球人生で想定していなかったポジションを、玉野から勧められて胸が少し高鳴っているのを感じた。
何故ならコイツはどんなスポーツ選手の適性でも見いだせる、動作解析のプロだと豪語する奴だから。
「ちょっと玉野、二人だけでやってないで次ウチにボール渡してよ」
もうあり得ないかもしれない自分が投げる試合の場面を想像していると、
ボールを奪い取ったレイが、また違った質問を投げかけてくる。
「ねえ頼田教えてよ、なんで今日盛川さんを誘ったのー?」
パシッと受け取り考えてしまう。
何を狙ってレイは本人がいるこの場でそんなことを聞くのか。
盛川さんの方を見ると彼女もまた戸惑ったような顔をしている。
沙月さんからエゴだとみなされた俺の気遣いが、実際盛川さんに伝えた時どう感じるのか確かめさせたいのだろうか・・・・?
もう一度、思ったまま素直な彼女への想いをぶつけてみることにした。
「言っただろ、俺は盛川さんと話したかったし友達になりたいと思ったって。
・・・・・あとはもっと自然に振舞ってほしかったからかな、色々気にしすぎてるようで嫌だったんだよ、少し前の俺を見てるような感じでさ。それで・・・・、」
「それで何よ?ほらボールで渡してみたら」
俺から盛川さんへ質問のボールを投げ返すようにレイが促す。
「それで、そのもっ盛川さん・・・・・!これから盛川って呼んでいいかな?
えっとそれともモーリーとか・・・・・ユメとか?
あだ名みたいな感じの方がいいのかな?俺すっ好きなんだな~、その由夢って名前」
そう告げると山なりのふわっとしたボールを盛川さんに渡した。
「えっ、ああハイ。じゃあ盛川でも、由夢でもいいよ」
「何それ青春?質問でもないし、キモいんだけど。ほとんど告ってるみたいに聞こえたよ」
横から茶々を入れてきたレイの言葉で、確かに突然俺は間をすっ飛ばして何を口走ってしまったんだろうと反省する。
「あのさ次、頼田の代わりにウチが聞きたいことあるから盛川さん、じゃなくて
由夢ボールちょうだい」
「うん分かったよ・・・・・私もレイって呼ぶね」
壁を崩す途中の女子二人の交流が何となく上っ面に感じ、代わりに付け足すというレイの言葉に若干不安を覚えてしまう。
「えっと、ホントにイヤならイヤって言ってよ。きっと頼田はさ、
その脚のこともあって由夢を気にかけてるんだとウチは思ってるんだ~。そういうのって嫌じゃない?自分の気にしてるとこ触れられるって・・・・・」
動揺したレイのボールがそれて、盛川はそれをキャッチできなかった。
上手く動かない脚を引きずるようにして駆けていくのを気にした俺も、後ろからボールを追いかけていく。
そしてほぼ同時に転がった場所までたどり着くと、ボールを拾って盛川に手渡した。
「盛川も・・・・・知ってるかもしんないけど前に俺さあ、野球の大きな試合で
今みたいなのより、もっととんでもない大暴投をするって取り返しのつかない失敗やらかしたことがあって。その結果一人には大ケガさせて、多くの人の心を傷つけちゃって、もう立ち直れないぐらいに深く沈んでさあ・・・・・、」
「うん知ってる・・・・・、見てたから、ずっと」
「えっ?」
情報としてではなく、注目して俺のことを見ていたかのような発言を、
どう受け取っていいものかしばし考えを巡らせている間に、次の言葉を待つでもなく盛川はレイにボールを投げ返すために戻っていった。
「レイ、みんなも何となく想像ついてると思うからこの際はっきり言っとくけど、私のこの右脚・・・・・義足なんだ。それ以上はあんま言いたくないし、
中途半端な気の使い方されるぐらいならいっそ放っておいてほしいって思うかな、ゴメンだけど。」
戻っている途中でボールをレイに投げ返したあとに、盛川ははっきりと声に出し伝えていた、想いを。
「うん、そうだよね。だってさ頼田、沙月さんの言ってた通り
やっぱあんたのエゴだとか言われてたの、そうなのかも・・・・・」
遠目から残念そうに俺に伝えてくるレイの言葉を、声を大きく出して盛川はさえぎる。
「だけど!本当に私の気持ちを理解してくれている人がいて!そんな人が
もう何を気にしてるのかすら分からないぐらい、お互い自然に気にしあえるような関係だったら・・・・きっと嬉しいって思う!
・・・・・なんか私、バカでおかしなこと言ってるかもしれないけど、私身勝手でワガママで、じゃないと多分立っていられないから!」
盛川の出す大きな声に気を取られて、レイが投げ返すボールが再び大きくそれた。
それを追いかけていく俺の背中に、レイから声がかけられる。
「ゴメン頼田!今のユメが言った通り、あんたは何も考えずフツーに誘ったんだもんね。あと何度もボール取りに行かせてゴメンね~!」
勢いのなく転がっていたボールを拾い上げると、俺は手を挙げている盛川に気付いてボールを投げ返す。
バウンドしたボールをキャッチした盛川は、俺が近くまで戻ってくるのを待ってコッチに向けて投げる動作を示してきた。
「頼田くん、私からも質問していい?」
「ああうん、いいぜ何でも」
意を決したように厳しい表情に変わった盛川が、ようやく本当の質問を投げかけてくる。
「あのさ、さっきの話の続きだけど、頼田くん試合で大きな失敗やらかしたって言ってたじゃない?実は私も、その時テレビとかでその~映像とかよく見ててね・・・・・、わっ笑ったりしてたから、知ってるんだけど・・・・、当の本人はその時自分のこと、どう思ってたの?」
引きつった笑顔の盛川から投げられた、俺を揶揄するような問いかけに少しショックを感じてしまう。
「どうって、もうひたすら思いつめて自分を責めてたかなあ。
何も聞きたくなかったし、誰とも会いたくなかった・・・・学校まで辞めちゃったぐらいだから・・・・」
「でも、また学校に入って元気そうに友達とここにいるよね、何で?どうやって、
いつ立ち直ったの?」
強い調子で次々放たれる盛川の詰問に、俺はボールを持ったまま身動きがとれない。
「ちょっとユメ?何が聞きたいの、もうよくない?次ウチが投げたいんだけど」
「あっえ~と僕もさっきからずっと待ち状態なので、そろそろ欲しいかなあ・・・・」
張り詰めた空気を和らげようとするレイと玉野が、キャッチボールの再開を持ちかけようとするが、盛川はなおも返答を迫ってくる。
「なんで?私は頼田くんとこういう話がしたくて今日来たんだけど」
興味本位で誘ったんではないと証明したかった俺は、とことん彼女の希望に沿ってあげようと、自らの手の上でボールを遊ばせながら、遊びの主旨を無視して話を続ける。
「正直俺はまだ立ち直れてないよ盛川。・・・・・でもさ、無理に立ち直らなくていいとも思ってる。ずっと転がり続けてさえいればいいんだって考えるようになった、からかな?だから今ここに来れたんだ」
「えっと・・・・・・、転がるってどういうこと?」
「俺はあの時、目標に向かって登っている途中につまずいたんだけど、
そこから落ちたくなくてずっと踏ん張ってた。
自分が今どこにいるのかも分からず、ひたすら助けが来ることを信じて踏ん張ってたみたいな感じかな。でもそのしんどさに耐えきれなかった俺は、
いっそもう転がり落ちてみることにしたんだ。その先に何があるか分からないし、
転がった先には石や穴やデコボコなんかがあって、その度にぶつかったりはまったりして止まるんだけど、
でもなんだろう、その挟まった場所も居場所なんだなあって気付けたから、
今ここにいるって感じかな」
「なに、ウチらや沙月さんと会って今ここにいるのが転落した先だっての?失礼じゃない?」
「ライトくん、言わんとしてることはめっちゃ分かるよ、もうちょい詳しく」
自分でも上手く言語化できない挫折からの道程を振り返ると、心が折れた時の心境が蘇って言葉に詰まりそうになるが、そこで二人が合いの手を入れカバーしてくれていることに有難さを感じた。
「結局さ、転がった先にもまた道があったってだけの話だよ。
俺はこれまで自分と似たような集団ばかり仲間とみなしていたけど、実はそうじゃなかった。
転がり落ちた先で手を差し伸べてくれたり道を指し示してくれた人たちがいて、
本当の信頼のおける仲間ってのに気付けたんだと思う。
・・・・・だって俺、今までお前らみたいな面白い奴らと会ったことねぇもん。
今が一番、自分で生きてるって感じがするんだ」
「・・・・・・は、はは?」
3人が3人とも半笑いで固まっていたので、過度にイタいセリフを吐き過ぎたと、
少々気まずい思いが込み上げてくる。
こっ恥ずかしいこと言ってるとは自覚しているが、素直な感覚に任せて言葉を紡いでいくと、どうしても浮ついたセリフばかりが口をついて出てくるのだ。
「うっわ~!よっ、よくそんな台詞言えるね~。ウチ、さぶイボ立ってきたよ」
「ライトくん、僕は生涯にわたってキミにチアし続けることを誓うよ」
いや、一生って重たいし。ってか今更チア要素持ち込むんかい!
・・・・・・まあともかく、少し間は開いたし二人は微妙な表情だったが、
概ね好意的に捉えてくれたことに俺は胸をなでおろす。
俺の傷口をのぞき込もうとした当の盛川はというと、まだ少し考えこんだ様子で・・・。
「・・・・・失敗って結局自分次第なんだよね。うん、私がどうありたいかで
変わってくるのかな。・・・・・分かったよ、転がり落ちるって表現、何だか腑に落ちた気がする。・・・・ありがとライト」
ブツブツと呟いていたかと思ったら突然吹っ切れた様子で、俺の名を呼び感謝を伝えてきた。
「不安だったけど、やっぱりライトに聞けて良かった。
私も積極的に転がってみるから、もし穴にハマったら助けてよね。
・・・・・・あとゴメン、ライトの傷口えぐるようなこと聞いちゃって」
感謝と謝罪を同時に伝えるのは、その相手を真に思いやっているからこそ出るのだと、経験上知っていたから、俺も重ねて想いを伝える。
「俺、脚のことだけを気にして盛川を誘ったわけじゃない。・・・・・だけど、
君に同情?いや同調って言うのかな、してたんだと思う。
人からも言われたんだけど、そういう自分の失敗に人を重ねて見るってのは、すごくエゴってか自己満足なのかもしんないけど。どうしても放っておけなくて・・・・・」
「ううん気にしないで、私もそうだから。多分そういうのに敏感な人だって思ってたから今日の誘いにも乗ってみたの。それで今日分かったこともあるから、
だからライトにはいつか話すと思う。私が抱えてきた、傷のこととか・・・・」
相手への過剰な思いやりは、時に薄っぺらさを与えてしまいかねない。
だけど、この時の俺たちは同じく傷を抱え合った者どうし、互いに意思を通じ合えた喜びから、たとえ無意味だとしも言葉を重ね合いたかった。
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