第20話 触れちゃイケない

「頼田ジュース買ってきてね2本、水系のやつ。そこに自販機あるから」

 ハンバーガーを食べ終わると、口が甘ったるいからと使いっ走りを命じられた俺は、「へいへい」と軽く応じながら買いに向かった。

するとその途中でスマホから鳴動音がしてメールの着信があるのを知らされる。


【ヘルプ!頼田くん助けて 球場のとこまで早く来て!( ノД`)】

何やら物騒な玉野からの緊急を告げるメールだった。


 急いで飲み物を買って引き返すとそれをレイに渡して告げる。

「玉野さあ、まだ来てないよな?なんかアイツ今ピンチってメールよこしてきたから。俺ちょっと見てくるわ・・・・!」

 球場はどっちだっけと辺りを見回しながら、方向を見据えて走り出す。

「えっなになに?ちょっどこ行くの~!?」

「球場のとこー!おまえ達はそこで待っといて、後で連絡するから」

 女子に変な姿は見せたくなかった俺は、使いっ走りの延長戦だと思い込みながら急いで駆けていった。



 球場のそばまで来ると一旦足を止め、一体どんなピンチに玉野が陥ってるのか分からない以上かなりヤバい状況を想定しつつ、身構えながら人がいそうな球場の入り口側に回ってみる。

 入り口から少し横にそれた空き地の方から、声と気配がするので窺ってみると、すぐに人が5、6人が集まって騒いでいることに気付く。

 そしてその中心に、玉野の姿があることも何となく分かった。

「はぁ~、こういうことかよ。ピンチって」

 俺の期待はある意味、裏切られた。


「へへっ何だこの子ブタ野郎。オカマみてぇだ!」

「おいぶつけろよ!そこのケツのところ!ほら叩くぞ、おらっ気持ち悪いんだよ!」

「あうっ!もおっやっ、やめろ~って!」

 玉野が野球のユニフォーム姿の少年たちに辺りを取り囲まれ、バットで小突かれたり、ボールをぶつけられたり散々イジられているのが見て取れた。

 それも見るからに年下、中坊ぐらいのガキの集団に。

そしてその原因も、玉野の恰好を見てみれば何となく察しがついた。

 野球の練習帰りと思しきガキたちにからかわれている玉野もまた、野球のユニフォーム姿をしている。

 それが特別、異彩を放つ派手な柄と色遣いのもので・・・・・。


 淡いピンク色のユニフォームのトップス前を全開にし、その中にゼブラ柄のタンクトップを覗かせている。

 その下はというと、ムッチムチの半パンとハイソックスを合わせるという

お前どこのチアガールやねん!とツッコミの一つも入れたくなってしまう、

そんなイタいイタすぎる服装のチョイスをしてしまっているのだ。

「玉野そりゃお前、野球やってるようなワンパクなガキからしたら恰好の餌食だぜ・・・・・」


 だからと言ってコレを見過ごしていいわけはもちろん無い。

年下に制裁を振るうこと自体にあまり気乗りはしなかったものの、野蛮な行いには当然手荒い手段で対抗するしかないと考えた俺はしょうがなく、ホントしょうがなく唯一無二の強力な武器、マッドネスアームの威力をいっちょ発揮することにした。


「オラー子ブタちゃん、泣かすぞおらあ!」

 玉野を円形に取り囲んでいる集団まで近づいていくと、調子乗ってバットを人目がけて振っていた悪ガキの一人に狙いを定め、右手でその首根っこをガシッと掴む。


「おいっ、ケツを上げっ・・・・・・えっ・・・?」

「ばっ・・・・・・えっええっ!?おっお前ういて・・・!?」

 

 玉野を取り囲んでいた連中の目が、突然動きを止めた一人の仲間へと集中し、その視線は徐々に上へと上がっていく。

 首を掴まれた一人のガキが、クレーゲームの景品のように持ち上げられ宙に浮いていた。


「うわっ!?何だこれ?えっウソ、何でオレ持ち上がってんだ!誰だよっオイ下ろせ!」

「てっ、てめぇ誰だ!何してんだショウヤを下ろせよ!」

異常に気付いた周りのガキたちが一斉に反発してくる。

 だが片手で宙に浮かばされている仲間を前に、もはやガキどもの戦闘意欲は失せたと見え、ひたすら文句をつけてくることぐらいしかできなかった。


「おっ下ろして!下ろしてください!すんません下ろしてくだぁ・・・!」

 ショウヤと呼ばれる少年から謝罪の言葉が出たところで、俺はショウヤ坊の首に引っかけたアームを離してやる。

「ああん!」

尻餅をついて落下したショウヤ坊は情けない声を出し、その場にへたりこんでしまった。

「おい大丈夫か、ショウヤ!」


 ワナワナと震えているショウヤと、そこに群がるガキどもに俺は一声かけることにする。

「おいショウヤとお前ら全員よく聞け。

お前たちのやったことは人間への侮辱だ。お前たちが同じ髪型や格好で揃えるのはいくらでも好き勝手にやりゃあいい。

だからって少し、いやだいぶか。人と違う姿カタチしてる奴がいたっていちいち文句つけるなよ。ただ影でこそこそ笑ってるぐらいにしとけ・・・・いいな?」


「ライトくぅ~ん・・・・・!」

代わりに言ってやったからと玉野の方を見ると、今にも泣きださんばかりに顔を歪ませていた。


 仲間に支えられながら立ち上がったショウヤが少し離れた場所までよろよろ歩いていくと、俺のことを睨みつけて叫んでくる。

「おっお前のこと知ってるぞ!甲子園でやらかしたマッドネスアームだろう!お前みたいなヘマしたやつがぁ、偉そうに言ってんじゃねえよ!バーカ」

「この人でなし!」「大バカ野郎!」「クソ失敗男!」

そうだ!そうだ!と、ショウヤの復活につられて活気づいたガキどもが、離れた位置から一斉に俺に対する罵詈雑言を浴びせたおす。


「ふふん、そりゃあ野球やってる奴らなら気付かれるか」

罵声への耐性がすでに出来上がっている俺は多少の文句には動じない、

 ましてやガキの遠吠え程度なら鼻歌混じりで聞き流せる。


「おっおいっマッドネスアーム!お前のことクラブの監督や先生、父さんと母さんにも言っとくからな~覚悟しとけっ!」

「ふん好きに言えよ。その代わりその告げ口した奴ら全員、お前と同じ目に合わすからな。ショウヤー、言うんだったらお前が覚悟しとくんだなー!」

「ひっ、ひやぁぁぁ~~!!」

 あまりに捨て台詞が長いもんだから、一発脅し咬ましたら驚くぐらい効果てき面、蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ去っていった。


「うっライトくん、ありがと助けてくれて・・・ううっ」

「いいって別に。お前来るのが遅いから心配してたんだぞ」

 涙を必死でこらえた表情の玉野を見てると、そのケバい恰好とのギャップから妙に切なさが込み上げてきて、心配してたなんてついうそぶいてしまう。


「らあ、らぁ・・・・らあぃとぉく~~ん!!」

とうとう涙腺が決壊した玉野は、顔を隠すように俺の体に縋りつき、顔をこすりつけて泣いた。


「うわあぁ~~ん!ありがと~ぉ!だいすきだよ~マイヒ~ロ~だよ~!!」

「おっ、おい玉野!お前ちょっとヤバい、ひっつき過ぎだって・・・!」

 男二人全力の抱擁シーン、しかも一人はチアリーダーの恰好をしていて・・・・。

こんな姿誰かに見られたらと考えただけで、ゾッとして生きた心地がしなかった。

 さかんに辺りの目を気にしながら、何とか玉野を身体から剥がそうとしていたら、後ろにはやはりと言うか、案の定のオチというか・・・・。


「げっ!?頼田マジで?・・・・・あんた達、何してんのよ?」

「うわぁウソでしょ!?頼田くんと玉野くんってそんな関係だったの?」

 後を追ってきたレイと盛川さんが、ものすごい得体のしれないものを見る目でコチラを見つめていた。

「いやっ違うんだコレは。玉野はさっきまで辛い目にあってて、そう俺はただ慰めてるだけなんだ!」

「そうだ~僕は慰み者にされたんだあ!うわぁぁん!」

 現状を端的に説明する言葉はなく、釈明がむしろ一層やましさを増幅させてしまうのだ。


「あのさ~二人でお楽しみなら、ウチらもう帰ってもいいかな?ねえ盛川さん」

「う、うん」

「待って!マジでこれはホントマジ誤解だから、お願い帰らないでくれーい!頼む」

 必至の形相での哀願が効いたのか、二人はやれやれといった面持ちでその場に立ち止まってくれ、その後しばらくかけて順序を追って事の顛末を説明していった。


「そっか。それを信じるなら頼田は玉野にとってのヒーローだね。

抱きつきたくなる気持ちも分からなくはないかな」

「さっき慌てて走っていく野球のユニフォーム姿の男の子たちとすれ違ったし、

今の話信じていいと思うよ。てか二人がどういう関係でもそれは自由だと思うんだ、私は」

「うん、そうだね。頼田が選ぶのが誰だろうとウチらにとやかく言う権利はないかもね」

 とりあえず別の意味合いでは俺の説明を納得してもらえたようなので、全然良くはないがとりあえずスルーしておくことにする。


「でもさ何なの玉野そのキツイ恰好?それで今日フィールドワークで会社訪問とかするつもりだったの?パレードじゃないんだよね~マジ引くんだけど」

 確かに、お祭りごと以外でこの衣装をチョイスをした玉野のモチベーションを聞きたい。


「いやもちろん行かないさ今日はね。調査の件はボクに全部任せてくれてオッケーだって言ったでしょ。その分僕は今日、単純にみんなで遊ぶつもりで来たんだよ!」

「はあ、遊びに誘ったわけウチらを?それならそうと言ってくれたらいいじゃん。フツーに遊んであげたのに」

「いっ言ったさ。盛川さんにはそう連絡したよね?ジャージとか動きやすい恰好で集合って、ほらっだから盛川さんもこうしてパツンパツンの恰好してきたんでしょ?」

「うん・・・・、まあそうだけどね」

パツンパツンだという玉野と同じカテゴリーとみなされて、恥じらっている盛川さんの姿がいじらしい。


「ふん、フィールドワークはまあ今日じゃなくてもいいとして。で玉野、

遊ぶってあんた何がしたいわけよ?公園だから何か動き回ることなんでしょ。ちょっとぐらいなら付き合ってあげるから言ってみなさいよ」

「え~どうしよっかな~?」

 やる気を覗かせ軽くストレッチをしていたレイの動きが止まり、

イラつきが顔に表れ心なしか赤髪が逆立っているように感じる。


「ま、まあさ。ここは球場横だから、ほらキャッチボールでもしないか?なあ」

「てかグローブとかウチら持ってないしー」

 場を取りなすため俺は適当な提案をしたつもりだったが、それを聞いた玉野の表情はパアっと明るくなり、

「うわあ、それがいいね!実は僕もそのつもりだったから、ほらグローブ持ってきてるんだ」

と言って大きなカバンから実際に人数分のグローブを取り出していた。


「げっ何あんためっちゃ用意いいじゃん。マジで野球するつもり満々で来てたってこと?でもウチら女子は頼田みたいな野球経験者が投げるボール取ったりできるか分かんないよ。どう盛川さんはキャッチボールとかできそう?」

「私はまあ取るぐらいなら、出来そうかな?」

 

 運動をすることでの盛川さんの脚への負担は気にかかるが、本人がやる気を見せてくれている以上俺も微笑みを見せて賛同の姿勢を見せる。

「そっか俺コントロールは良くないんだけどさ、女子にはなるべく下投げとかで返すようにするよ」

「ふ~ん、まそれならウチもやってあげてもいいんだけどね。玉野、キャッチボール以外で他にプランとか用意はしてないの?たとえばだけど」

 既にグローブの一つを手にして、その匂いを気にしているレイはまだ完全に乗り気ではないようだ。


「う~んそうだね~キャッチボール以外では・・・・・、

あっそうだ、踊らない?レッツダンスだ!」

「踊る・・・・!?」

 その言葉を聞いた俺たち三人は一様に顔を曇らせる。

レイに至ってはあからさまにミスったという表情をしていた。


 玉野は再びかばんを漁りだして、そこからハンディカメラを取り出す。

「最初に待ち合わせに指定していた森の広場に一段上がったステージみたいなとこあるじゃない?そこで僕らダンスするって面白いんじゃあないかな~って考えてたんだ。皆でね、それぞれの動きを決めてこう、ダンスをするんだ。

そしてその様子をこのカメラに収めてアップロードする。僕はねこれ楽しん・・・・・」

「さ、さあ~キャッチボールしようか!さあほら盛川さんパース!」

玉野のプランを個人的願望と聞き流し、レイはさっそく盛川さんとキャッチボールを開始していた。


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