第19話 詰めたい距離

 「お腹空かない?何か買っていこっか」

 本日メインの予定に入る前にすっかり凹んでしまった気持ちを立て直そうと、

レイがファストフードのバーガーショップ立ち寄ることを提案した。

 待ち合わせの時間を気にする素振りを見せると、既に店内でテイクアウトの注文していたレイは顎をしゃくる動作で、それなら先に行ってろと促し、仕方なしに俺は一人トボトボと約束の地である中央公園までやってきていた。


 公園といってもここ中央運動公園はそこらの街中にあるものとは違い、市が運営する付近最大のスポーツ施設といった規模のもので、公園内には球場・体育館・陸上競技場などが併設される広大な敷地面積を誇る。

 なので漠然と待ち合わせとなると探し回ることが必至なので、待ち合わせには

高齢者向けのフィットネスセンター前の

【憩いの森広場】が指定されていた。


 指定した時間を少し回ったぐらいのタイミングで広場前に近付いていくと、

遠目にも彼女の姿があるのが分かった。

 来てくれるかどうか最も気にかけていた人物がこうして一番乗りで待ってくれているのを見ると、さっきまで落ち込んでいた気持ちが少し晴れていくのを感じる。


  盛川さん・・・・!

短パンとTシャツにキャップを合わせるという、今すぐ運動できそうなスポーティーな格好に身を包んだ彼女が、辺りを眺めながら木陰になる位置のベンチに座って待っている。

 普段の学校ではシックな色合いの服装が多い分、今日の彼女は普段とはだいぶ違った印象の女の子に映る。


 そっと近づいていくと、やがて彼女もこちらに気付いて手を挙げて応える。

にっこりと笑顔まで見せてくれて、ここに来るまでに沙月さんの言葉に脅かされていたのは何だったんだろう?と無駄に意識していたことを思い知らされた。


「やあ盛川さん。来てくれてありがとう」

「うん来たよ、せっかく誘ってもらったからね」

 少し遠慮気味にスペースを空けながら、

盛川さんと同じベンチに腰を下ろす。


「まだ一人?俺のほかはレイってほら赤い髪した女の子がもう少ししたら来ると思うけど、玉野はまだ来てないかな?」

「うん、私が見たのは頼田くんだけ」

「そっか、じゃあもうちょい待つか」

 自分で誘っておきながら、こうして二人きりになった時に盛川さんと話す話題を考えておくべきだったと、今更ながらにちょっと焦る。


「あ~今日めっちゃ天気いいよな~、俺も帽子持ってきたら良かった」

「ハハ、そうかも」

 無難に天気の話をしながらすでに会話に詰まりそうな俺は、何となく彼女の恰好に話題を移した。

「なんか盛川さん今日いつもと雰囲気違うよな?めっちゃスポーティー?じゃない」

「アハハでしょ?以前の私はどっちかって言うと、こういう恰好が多かったんだけどね。

でも変だね私だけなの?玉野くんのメールでは今日はジャージ系の動きやすい服装で集合!とか言われてたんだけど、他の人は言われてないの?」

「さっ、さあ何でかなあ~今日暑くて汗かきそうだからじゃない?

おっ俺なんかはほら元々動きやすい恰好しかしないからさ、何も言われてないだけだよ、きっと」

 何でそんなこと言ったんだよ玉野のやつ!?

せっかく盛川さん来てくれたのに気悪くしたらどうする?レイもジャージに着替えてきてくれぃ!


「まっいいけど。久しぶりにこういう服装したら何だか気持ちいいなあって思えたから。ここすっごく風が気持ちいいし」

 そう言いながら両手で太ももを抑えている彼女の脚の方に、自然と俺の目は向かう。

この部分はいつも通り黒くて、それでも今日の格好に合わせたのだろう、

タイツではなく膝上丈のニーソックスを履いている。

「・・・・・気になる?」

 そしてその視線は、やはりすぐに気づかれてしまう。


「えっ、いやあまあちょっと・・・・」

「私の脚、変な音するでしょ」

右足を軽く曲げ伸ばして、実際に音が鳴るのを示して見せる。

「カチャン、コチャンて機械の音だよねコレ。・・・・・そうだよコレってね」

 盛川さんが脚の動きを止め、右足のソックスをずり下ろそうとする。

「いや、いいって。無理に見せなくても・・・・・」

 俺は盛川さんにものすごく悪いことをしている気分がして、彼女の動きを触ってでも止めたくなった。


 彼女の手と脚に触れそうになった、その時。

 「だーれだ?」

 いたずら声と共に、俺の両方に何か柔らかい感触が当たる。

 「あっつぅ!!」

 すぐに熱さが頬全体に伝わって耐えられなくなり、当たっているモノを払いのけようとするが、ひょいっと逃げられてしまった。


 「アッハハハハ!!バーカ」

 顔付近に漂っていた匂いから既に想像はついていたが、確認のため後ろを向くとやはり、満面の笑みをしたレイがハンバーガーを両手に立っていた。


「やあっお待たせ頼田、それに盛川さん。来てくれたんだね」

「うん、おはよ・・・・」

 少し体が近づきすぎていたことに気付いた盛川さんが、じりじり俺との距離を取る。


「楽しそうじゃん、何話してたの?」

 ほらっそこ詰めてとレイにケツで押され座らされた俺は、盛川さんとレイの両側女子に挟まれた形でベンチに肩身を狭くして座る。

 再び盛川さんとの距離が詰まり、どこか意識してしまった俺は彼女の顔の方を見れずにいる。


「まあ何話してたかはいいとして、とりあえずコレ食べよっか?せっかく買ってきたんだし、んっ頼田コレ盛川さんにも渡して」

 それぞれに一つずつハンバーガーが手渡されると、さあ食べてとレイは促した。

「えっいいの?私がもらっちゃって?」

「もちろん。どうせお腹は空くでしょ?あっそれともチーズバーガーがイヤ?

じゃあこっちのチキンのやつか、あっ頼田の照り焼きと交換する?」

 遠慮がちにハンバーガーを握ったままの盛川さんは、何故か俺の方をじっと窺っている。

 視られてるなら何かアクション起こさねばと、俺は手にしたハンバーガーにガブッっとかじりついた!


 「ふっ、アハハハハ」

 何を突然笑いだすのか分かりかねる俺は、口をモグモグしながら怪訝そうに盛川さんのことを眺める。

「バカだよね、コイツ」

「アハハハ・・・・うんうん」

 両側に座る女子たちが、おそらく俺の顔に関する何かで阿吽の呼吸で応じあっていた。

 自分の顔の仕草ひとつで、女子たちが少しでも打ち解けあえるきっかけになるのなら、笑われるのもそんなに悪い気はしない。


「うん、おいしぃ」

俺につられて盛川さんもハンバーガーを頬張る。

これまであまり見たことのない柔和な表情をして、意外に一口のサイズが大きかった

「頼田なに人の顔ボーっと見てんの?失礼だよ。ってかあんた、ずっと口の周りソースついてるからね」

「えっマジ?」

慌てて俺は手の甲で口の周りを拭った。

「げっ、ケモノみたい」

「ふふっ」


 特に会話らしい会話は無かったが、3人でハンバーガーを片手に笑いあった。


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